志乃×有里紗―ゴールラインを過ぎたって。(立成17年2月)
「んん……、ありさちゃん……?」
覚えのある、甘いかおり。寝起きでは感じたことのないものが、胸いっぱいに広がる、もちもちしてるさらさらの肌。目を開けると、有里紗ちゃんの、ふんわりとした寝顔。まだ寝てるなんて、珍しい。うちも、まだ気だるいのが残ってる。思い出した、昨日の夜の、長くて、甘い時間。余韻は、まだ消えない。……ちゅー、したくなっちゃう。だけど、ガマンしなきゃ。せめて、有里紗ちゃんが起きるまで。
「早く起きないと、ちゅーしちゃおっかな」
言葉にするだけで、ちょっとだけほっぺが赤くなる。昨日、いっぱいしちゃったのに。その先の、もっと深いことまで。ほっぺが熱くなっちゃうのに、なぜか、顔を近づけてる。
携帯のアラームが、控えめにぴりぴりと鳴る。びっくりして、顔を離してしまう。有里紗ちゃんに抱きつかれてるせいで、止めにもいけないし。普段だったら、こんなに長くは鳴らないのに。起こしにきてくるか、うちが起こすかして。……まあ、大体、うちは起こされるほうだけど。
「ん、……あ、しのせんぱい……?」
「おはよ、……えへへ」
「もう……何すか?いきなり」
気だるげに、タイマーを止めに寝転がる。顔、見えなくなっちゃったな。抱いてた腕も抜かれて、なんだか、寂しくなる。あんなに、いっぱい『すき』をもらって、それでもまだ、足りなくなっちゃう。欲張りだな、うちって。
エアコンと電気ストーブも着けてから、またこっちに向き直る。
「夢じゃ、なかったね、えっちしたの」
「お、思い出させなくていいじゃないっすかっ!」
目覚ましより、ずっと大きな声。目は覚めちゃったけど、気だるいのはまだ取れない。有里紗ちゃんも同じみたいで、タイマーを止めてもなかなか布団から出て行かない。また、うちの方に向き合って、ほんのり赤くなった顔を見せてくる。
「起きないの?確か、練習あったよね」
「ありますけど……、ちょっとだけ余裕ありますし、いいっすよ」
「そっか、冬だと練習軽めなんだよね。じゃあいっか」
2月は短距離も長距離も大会がない時期だし、寒いと怪我しやすいからってことで練習も遅い時間からが多い。いっつもタイマーの時間は変えてないから、ちょっとだけ余裕があるのも嘘じゃないはず。また、背中に手を回される。
「そうっすよ、……寒いんですし、もうちょっとあったまりましょ」
「まだ、甘えんぼなの残ってるね」
「べ、別に、そういうんじゃなくて……、裸だから、志乃せんぱいが一番あったかいってだけで」
「ごまかさなくっていいんだよ?顔、真っ赤になっちゃってるんだから」
今更、顔を隠そうとしてくるけど、ばっちり見えちゃった。うちも、ほっぺが緩むの、抑えられないや。うちも、まだ残っちゃってるかも、昨日の甘い時間の感覚が。
「うぅ……、先輩のいじわるなとこも、昨日に置いてってくださいよぉ……っ」
「そんなかなぁ……、有里紗ちゃんのほうが、よっぽど意地悪だったよ?」
「あ、あれは……っ、その、ご、ごめんなさい……、っ!?」
謝らないでよ、うつむいてるせいで、ちゅーして伝えられないから。代わりに、思いっきり抱きしめて封じる。うちだって、おんなじだったよ。かわいいって思っちゃったのだって、いじわるしたいって思っちゃうのだって、……いっぱい、気持ちよくしたのだって。
「いいよ、うちもおあいこだもん。……それより」
「ん、んぐぅ……、な、何すか?」
「えへへ、……なんか、クセになっちゃいそうだね、えっちするの」
心も、体も、全部二人で溶け合ってく感じ。忘れられないくらい、優しくて、また、ほしくなっちゃう。それなのに、全部繋がったような気がしたのに、すぐ目の前に映る顔は、慌てて首を振る。
「だ、ダメですよ!?……そんな、いっぱいするのは」
「ダメなの? ……イヤだった、わけじゃないよね?」
「そ、それは当たり前っすよっ、でも……」
イヤじゃないのに、あんなに気持ちいいのに、なんでためらっちゃうんだろう。疲れちゃうってことだったら、うちのほうが先にへとへとになるし、やっぱり、恥ずかしいから、なのかな。
「でも、何?」
「だって、あんなのいっぱいしたら、それしか考えられなくなっちゃいそうじゃないっすかぁ……」
わかるような、わかんないような。思い出してただけでも、ふわふわで熱くて甘い。だから、ほしくなって、……それしか、考えられなくなって、怖いっていうのは、ちょっとだけわかるかも。
「えっちだね、有里紗ちゃんは、そんなの考えて」
「せ、先輩に言われたくないっすよ、んもう……」
こっちのほうを見つめて、睨むようにこっちを見つめてくる。むくれた顔を見るのも、なんかかわいい。うちよりも年下なんだってこと、今更みたいに思い出す。
「でも、ちょっとわかっちゃうな、……すっごい、気持ちよかったもんね」
「……だから、あんまりいっぱいするのはだめですよ?」
「えー?……じゃあ、どれくらいだったらいいの?」
「そ、それは……」
こんなことを真剣に考えてるのか、顔の赤さがもっと増していく。えっちなくせに照れ屋さんなの、どうしようもないくらい、かわいい。うちにしてくれたケモノみたいな有里紗ちゃんは、夢の中だったみたいに。顔を寄せると、うつむいて目を合わせてくれない。
「んー?」
「つ、月に一回くらいで、次の日練習とか学校ないときだったら……」
「それくらいが、ふつー、なのかなぁ……?」
他の人がどれくらいしてるかなんて、それこそ、えっちの仕方よりもわからない。
おんなじ部屋で過ごしてるって言っても、部活だってあるし、何回もできるわけじゃない。月のものもあるし、これからの時期だと大会だって増えてくるし、これくらいになっちゃうのかな。
「他の人はどうでもいいでしょ?……えっちのときは、あたしからしか聞きたくないって言ってたのに」
「だって、それは……、こういうのって、二人で満足できなきゃ意味ないでしょ?」
「どれくらいするかだって、人それぞれっすよ?」
「そ、そうだけどさぁ……」
そういうこと、もっとしたいのって、うちだけなのかな、……頭では分かってるのに、これくらいが、多分限界なんだろうなっていうのも、有里紗ちゃんが、うちのこと、大好きでいてくれるのも。
「あたしだって、一緒ですから。……ちょっとは、あたしからも甘えられるようにしますから」
「うん、……だったら、いいよ、うちも」
ガマンしてほしいなんて、言いたくないんだろうな。それだけ、好きでいてくれてるんだ。いくらでも甘えたいのも、甘えられたいのもわかっちゃうくらいに。
「なら、よかったぁ……、そろそろ、起きなきゃですね」
「だね……、服、どこやっちゃったっけ」
「それよりも、はやく服着なきゃ寒いっすよ……?」
昨日、脱がしっこしてから、どうしちゃったっけ。有里紗ちゃんのことで頭がいっぱいで、もう忘れちゃった。有里紗ちゃんがおそるおそる布団をはがして、体が出たあたりのとこで一気に引っぺがす。
「ひゃぁっ!?さ、さむいよ~っ」
「エアコンもストーブも付けてるんですよ?もう……」
「そーだけどさ、寒いのは寒いのぉ……っ」
有里紗ちゃんが何か返そうとして、もごもごとはっきりしない言葉。着替えを取ってきたと思うと、有里紗ちゃんがタオルを2本持って洗面台に向かう。しばらくお湯を流すと、タオルを濡らしてそれを絞るのを、遠目で見る。ほかほかの濡れタオルを渡してくるときも、ちょっとうつむいたまま。
「とりあえず、体拭いてくださいよ?昨日、ぐしょぐしょになったんすから」
「あー、そっか、ありがと」
いろんなもので濡れちゃって、太もものとこなんてまだ濡れてるような感じ。触られたとこ、軽くこするように拭く。いっぱい、オトナなちゅーされてから、首筋とか、耳とかいっぱい舐められて、……耳元、めちゃくちゃゾクゾクしちゃったな。どういうことされたかまで思い出しちゃって、あの時の熱さが、戻ってきちゃう。頭の中、ぼうっとするのを抑えながら、なんとか最後まで思い出して、拭き終わる。
クローゼットまで急いで、着替えを手早く取ってきて、ベッドに置いてから着るのだって、ちょっと時間がかかる。早く着ないとって焦って、ちょっとだけ、着るのに手間取る。スポーツブラとショーツに、アンダーシャツと、練習着とジャージの上下と、それとソックスも、……こういう忙しいときには、ちょっとめんどくさくなる。
何とか全部期終わると、もう有里紗ちゃんは着替え終わってて、布団をめくり上げてごそごそと探し物。
「志乃先輩も着替え済ませたら手伝ってくださいよ、もう……、どこやったんすか?」
「いいけど、うちも知らないよ?……有里紗ちゃんのことしか考えてなかったもん」
「そ、それはいいっすからっ!」
また、ほっぺが真っ赤になっちゃってるんだろうなぁ。床にも落ちてなかったし、ベッドの下に落ちちゃってるのかな。布団は毛布ごとはがされてるから、ベッドの上は今は何もない。有里紗ちゃんのジャージもギリギリで引っかかってて、うちのは、もう下に落ちちゃってるみたい。
「見っけたよー、でもうちのが落ちちゃってるみたい」
「そうなんすか?」
「うん、じゃあ有里紗ちゃんのだけ渡すから、……あ、ショーツ、まだ濡れてる」
「そ、そういうのはいいっすから……、お布団も濡れちゃったから、洗濯出さないとっすね」
のんびりでいいやと思ってた支度も、意外と時間がかかる。練習ない日じゃないとダメな理由も、なんとなくわかる。ベッドの奥底の、うちのショーツとジャージに、ようやく手が届く。
「うちのも取れたよ、……けど、洗濯出す時間あるかなぁ」
「ご飯行くときに出せばいいじゃないっすか、……でも、お布団はさすがに無理かもっすね」
「じゃあ部活終わってからだね、さすがに乾かないだろうし、今度はうちのベッドで一緒だねっ」
「そ、そうっすけど……、えっちは、だめですからね?」
するつもりはないけれど、早めに釘をさされた。うちだって、そこまでえっちじゃないもん。それとも、有里紗ちゃんも、欲しくなっちゃいそうだから?
「さすがにしないよー、それとも有里紗ちゃんがしたかった?」
「そ、そんなこと無いっすよっ!早くご飯行きますよ、ほら、洗濯ものここに入れて」
「わかってるよ、……ありがと、行こっか」
タオルと洗濯物を、有里紗ちゃんの用意してくれたレジ袋に入れて、下着は、洗濯ネットのほうに。柄も全然違うから、おんなじのに入れても混ざらない。
「んもう……あとちょっとで食堂入れなくなっちゃいますよ?」
「わかってる、もう準備できたから」
財布もスマホも持った。有里紗ちゃんが洗濯もの持ってくれてるから、一緒に鍵も。いつもと同じだけど、今日は、ちょっと違う。いつもより、ちょっと距離が近い感じ。
廊下に出ると、ひんやりした空気が包む。でも、心のどこかは、なだ、あったかいまま。