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加奈子×紗彩—背徳(立成19年1月)

 一緒にいると、落ち着く存在だった。なのに、今は。……考えるだけで、頭がどうにかなっちゃいそう。『好き』って二文字の中の、魔法みたいな力は、私も知ってたけど、……それを本当に受けてみると、想像の何倍も熱い。あの気持ちを伝えられた瞬間から、


「私……、恋人同士になっちゃったんだよね、紗彩ちゃん(おんなのこ)と」


 女の子同士でお付き合いすることもあるって聞いたことはあるけど、私もそうなるだなんて思ってなかった。最初、漫研の部室に入ってたときに見ちゃったようなこと、今は私もしちゃってる。想像したよりもずっと、柔らかくて、熱くて激しくて。……少女漫画みたいに奪われるので、もっとときめいちゃって。ダメだな、私、……恋に恋してるみたいなとこがあるのは自覚してたけど、今はたぶん、紗彩ちゃんに恋してる。

 一人の部屋、鍵もかけた。……絵を描くときは集中したいからって、鍵のついた部屋にしてもらったけど、……よかったな、そうしといて。ちょっと恥ずかしいな、……男の子と女の子でも、描いたことがないようなこと。女の子同士のだって、もうちょっとソフトなのだったら、頼まれて描いたこともあるけど。……チューとかよりももっと先の、オトナなこと、するとしたら、どういう感じになるのかな。

 

「そういうことしたいって思っちゃうの、変かな、私……」

 

 頭の中、ぐるぐる、ぐるぐる。ただ漠然と憧れてた気持ち、ぶつけられてみたら、……その気持ちを持ってしまったら、想像とは全然違う。そんなにきれいなものじゃないし、ずっと重くて、痛くて、熱い。

 ペンタブを握って、真っ白な世界に少しずつ形をつけていく。想像したものは、あまりにも鮮やかに頭の中に浮かんじゃってる。ダメ、……なのはなんとなく分かってても、止められないよ。

 二人きりの部室、ベッドに押し倒されて、私の手首、抑えるように握られてる。少し見上げたとこにある紗彩ちゃんの顔は、熱い息がかかる距離。声も、顔も、熱っぽい。


『いいよね、加奈子さん』

『うん……いいよ、来て?』


 私の声も、熱を帯びる。近づく顔、少しだけ、顔を傾けて、……あ、目、閉じた。つられて、私も。チューされるのは何回かあるけど、全部、向かい合ってしてるとき。

 その先のこと、想像でしかわからないけど、……考えるだけでドキドキしちゃってる。私の好きなことも、知ってくれてるのかも。初めてチューしてくれたとき、めちゃくちゃ激しくしてくれたし。

 軽いラフだけなのに、それだけで、めちゃくちゃにゾクゾクしちゃってる。誰かにされることは想像したことあるけど、こういう、知ってる人では想像したことないや。ましてや、女の子が相手なんて、今まで考えたことなかったのに。ペンを離した左手は、迫られるようにスマホの画面を叩く。紗彩ちゃんに電話をかける。まだ、起きてくれてるかな。でも、今は声なんて聞かないほうがいいのかな。消灯の時間なんて分かんないけど、


『……もしもし、加奈子さん?』

「うん、紗彩ちゃん……?」

『どうしたんですか、泣きそうな声して』

「ぅ……、ちょっと、寂しくなっちゃっただけだよ」


 間違ってはないけど、少しはぐらかした答え。優しいのも分かってるのに、勝手に不安になって。恋の病、治ってないみたい。あのときもらっちゃった気持ちから燃え上がった心は、まだ、初めての恋でやけどしちゃってる。


『もう……、学校ならいつでも会えるのに』

「そうだけど……、あるじゃん、不安になっちゃうの」

『分かりますけど……、物語だとよくあることでも、自分で本当に味わうと、感じ方、全然違いますよね』

「……紗彩ちゃんも、そうだったんだ」


 似た者同士っていうのはわかってるけど、改めて分かっちゃうと、きゅんってする。私、こういう人がタイプってわけじゃなかったのに。年上で、運動部で、かっこいい男の子がいいって思ってたのに。初めての恋をしたのは、年下で、文化部で、かわいい女の子。好きなタイプと重なるのは、私より背が高いことくらい。


『私、ずっと思ってますよ、思ってたより、ずっと同じなんだなって。……加奈子さんが、応えてくれたときから』

「……ねぇ、紗彩ちゃんも、……女の子に恋するなんて、思ってなかった?」

『……実は、そうなんですよ、星花にいたから身近でしたけど、……まさか、自分がそうなるって思ってなくて』

「こんなとこまで一緒になるなんて、思ってなかったな」


 おんなじとこを見つけてくたびに、好きになっちゃうの。胸の中、キュンってしちゃう。少しだけ収まってた気持ち、あふれて止まんなくなりそう。


『……ちゅ』

「……ぇ、紗彩ちゃん……?」

『……今から会うのはさすがに無理ですけど、こうすれば寂しくなくなるかなって』

「紗彩ちゃん、ずるいよ……っ」


 どうしたって、嬉しくなる。私の好きなこと、全部わかってくれる。……こういうのは、相手が紗彩ちゃんじゃないと、ないよな、きっと。


『じゃあ、明日、昼休みで、ですね。借りてる本、まだ読み終わってないですけど』

「うん……、おやすみ、じゃあ、また明日だね」

『ですね、おやすみなさい、加奈子さん』


 なんか、あの時と一緒だ、紗彩ちゃんが気持ち伝えてくれたときと。お互いに切るのを待つ、ほんのちょっとの時間。それを終わらせたのは、私のほう。


「……ぁ、ね、紗彩ちゃん、もう、だめ……っ」

 

 変な声、出ちゃう。聴かれなかったはず、だよね、あふれちゃう気持ち、止まんなくなって。体の中。全部熱くなって。……全部、出ちゃった。

 ……こんなになるのも、一緒だったり、しないかな。紗彩ちゃんも、同じこと思ってないかな。二人きりじゃないとできなくて、部室でもできないようなこと、……エッチなこと、したい、とか。

 ふわふわする頭で、後始末をしにティッシュを取りに行く。罪悪感と一緒に、……いつもより、想像の中に深く入ってくる感じ。

 ……紗彩ちゃんのこと、頭に浮かべてたからかな。ティッシュをゴミ箱に入れるのも面倒になって、ベッドに倒れこむ。……もう、ダメだな、私。戻れなくなっちゃった。ただ、『普通の恋』を恋しがってたときの私には。

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