一華×舞―甘い導火線(立成19年11月)
「そういえばさ、そろそろ冷蔵庫の中身減らさないとまずいよね……」
「……ああ、そっか、最初食べたくらいで、それからあんまり減らしてないもんね」
誕生日のクラスメイトにお菓子をあげる文化は、どこも大体持っているみたい。ただ、それが二日違いで来ちゃうと、あまり食べるほうじゃないあたし達にはキャパオーバー気味になる。……運命みたい、なんて舞がキラキラした目で言ってくるから、どう返せばいいか困ったのも、もう一月くらい前の話。
そういえば、今日って。……色事には興味無かったあたしでも、何となく察する。冷蔵庫の中をゴソゴソと探ってるとこを見ると、やっぱりなんか探してる。
「今日だと、……やっぱりこれかな」
「そうなっちゃうか、……って、最初からこれしたくて話振ったでしょ」
「あ、やっぱりバレてた?」
右手にお店で最近よく見る赤い紙箱のお菓子を握りながら、よく見てるふんわりした笑顔を浮かべる。それにつられて、あたしまでちょっと頬が緩む感じする。ほっぺ、ちょっと熱いや。
「そりゃ分かるよ、あたしだってそういうの知らないわけじゃないし、……正直、興味はあったし」
「そうなの!?」
「それに、舞のノートでも描いてあったしね、わざわざ日付まで書いて」
「そ、そうだけどさ……」
ほっぺ、真っ赤にしてる。あたしがこっそり見てるの分かってるくせに、それまでとおんなじように無防備に置いてる。どうしてかは訊いてないけど、どんなことしたいか気づいてほしいってこと、なんでしょ。それに、したことには律儀に一回ごとにマークもつけて。……ちゅーしてるとことか、ちっちゃくつけてるはずの印が一行まるまる並んでて、ノートの模様みたいになっちゃってる。いろんなこと、してみたいって思わされる。
「……したいんでしょ?……あたしも、だからさ」
「うん、……いい、かな」
「ほら、するんなら……さ」
あたしから誘うとか、いくらなんでも柄じゃなさすぎる。……教えてよ、知らないから。体、熱くなってるのに、まだ熱を求めてる。
「向き合ったほうがいいよね、……ベッド、行こっか」
「ん、……だね」
自分のベッドの真ん中あたりに乗って、軽く膝立ちしてあげる。封を切るぺりぺりとした音とか、足音とか、それだけなのに、心の中、ざわつく。
「……もっとすごいこともしたのに、なんかドキドキするね」
「うん、……あたしも」
あたしの真ん前に座って、……いつもより遠いの、ちょっとだけ違和感。見つめ合う目線、おんなじ高さ。
「……あーん、して?」
「ん、ぅ……」
ヤバ、目、閉じちゃう。滑り込ますように入ってくるお菓子を、くちびるで受け止める。顔、抱き包まれる感じ。舞の手、手汗でちょっと濡れてる。
ゆっくり食べ進めていこうとすると、反対側から、動かされてるの感じる。折れないか、ちょっと不安になる。味とか、そんなの感じてる暇ない。向こうと同じタイミングで、進めていって、……普通に食べれば一分もかからないのに、いま、どれくらい経ったっけ。息づかいとか、動かされてる感じとか、強くなってきてるから、近づいてるのはわかるけど。
「は、ぅん……っ」
「ん、ぁ……」
「ん、まい……っ」
「ぁ、かわいい……っ」
ふにっとした、柔らかいぬくもり。残ってるのを飲み込むのも、もどかしくなりそうな。甘いの、チョコのせいだけじゃない。
くちびる、ついばまれる。真ん中にちょっと残ってるの、もらうらうように舐めとられる。……もっとちょうだいって合図、頭より先に、体が動く。
「るぴっ、はむ、……れる、……ちゅぴ、……りゅぷ、ちゅぃ、はぷ」
「ん……っ、ね、まい……っ、んぷ、るぷ、はぁ、ね……、んく、ぁ」
おとなな方のちゅー、最初は苦いのに、今は、最初から甘くて、しびれる。優しいまま、離れる。やっと、目開けられる。……舞の目、とろんとしてる。たぶん、あたしも。
「一華ちゃん、……どうだったかな」
「ずるいよ……、分かんなくなっちゃうって、あんなことしたら」
「ごめんって、……わたしも、その、つい勢いで」
「いいよ、……そんな謝らなくて」
でも、あたしも似たようなものか。体、勝手に応えてたし。体の中、全部熱い。もっとって言ってるの、無理やし押し込めて、でも、体は離れられない。舞もまだ、手離せてない。
「こんなのしてたら、全部食べる前に晩ご飯の時間になっちゃうね」
「……うん、だね」
「……もしかして、もうちょっとしたかった?」
「そ、それはもういいから……っ」
したくないって言ったら嘘だけど、我慢、きかなくなりそう。知らなかった熱、もうあたしの中を満たしてる。
「じゃあ、普通に食べよっか。飲み物買ってくるよ、りんごジュースでいい?」
「いい、あたしも行くから……っ」
「分かった、立てる?」
「……うん、大丈夫だから」
まだ、熱いままでいたい。……『好き』に染まるって、こういうこと、なんだ。知らないものがしみ込んでくの、ちょっと痛くて、それ以上に甘いや。