【12期キャラクター紹介短編】杏花-小さな逃避行(立成19年11月)
星花女子プロジェクト第12期で出したキャラクター「佐瀬杏花」の紹介短編です。
「今日も疲れたな、本当に」
一人になったタイミングの部屋で、ふとため息がこぼれる。本当は、一人部屋の菊花寮がよかったけど、そこまで行けるほどの頭でもないみたい。一応、年に二回は転寮の話は出るみたいだけど、特にあたしの方に話は出てきて来ない。まあ、いいか。……そこまでは、居心地も悪くないし。多少気になるとこはあるけど、半年も経つとそれも慣れてきた。
逃げるように来たこの場所は、冬でも故郷よりは暖かい。気温もだけど、それ以上に周りの何かが。今すぐ厚着を脱げるほどじゃないけど、どこにいても周りが吹雪だった場所に比べれば、そんなの大したことじゃない。風がなければ、寒さはあまり感じなくなる。ここには、あまり冷たい風は吹かない。……これ以上のものなんて、あたしの世界には存在しない幻。最初から無ければ、追いかける必要もない。そんなのに執着して、心を何かに奪われる心配も。
「……なんて、いつものことか、ずっと」
あの時から、あたしにはもう、強がりで身を固めていることしかできない。似合ってないのに明るく染めて、メッシュまで入れたジャギーな髪も、つける必要もないのにしてる眼鏡も、それの一部。……警戒色みたいなものかな、こういうのって。苦笑いがふとこぼれる。どんなに強く見せても、あたしの心は弱いままだってのに。一人でいたいのは、誰かといるのが怖いから。……あの時から、凍り付いたままの時間。取り戻せる気は、もうしないや。……はぁ。思わずこぼれるため息。
このまま、不器用に生きてく覚悟はしてる。このまま、何にも欲しがらないでいれば、裏切られることもない。……それ以外の選択肢は、もうあたしの傍から飛んで行っちゃった、とうの昔に。そっちを向くのも疲れたっていうのが、正しいのかもしれないけど。
今日は部活もないから、勉強もそこまで焦らなくていい。まずは、ゆっくりしよう。音楽プレイヤーにヘッドホンを繋ぐ。……私を、この世界から忘れさせてくれる防御壁。けっこういいものを持ててるのは、アイドルになるなんて気の迷いの中で、唯一よかったこと、かもな。前のプレイリストを続きから再生すると、最近見つけたお気に入りのアーティストの曲。洋楽ばかりのリストの中に、巷で流行ってるような曲は一つもない。……メロディーと、からにじみ出るかすかな感情しかわからないから、落ち着く。……ふぅ。今度のため息は、さっきよりはいいもの。
ここじゃないどこかに、もっと遠くに、このまま連れてってくれればいいのに。その願いは、さすがに無理だってわかってるけど。