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第2章 ドラァグ・クイーン



「アラ、悠君お久しぶり!」


 ダリアさん、通称「ダー様」は今日はドラァグ・クイーンの恰好ではなく坊主頭に革ジャンというラフなスタイルだ。


 トマトジュースにテキーラを入れたストロー・ハットというカクテルを呑んでいる。


 普段の仕事はフリーのヘアメイクアーティストをやっていたはずだ。


 最初に会った時「仕事の割合は、半分がヘアメイク、半分がオカマ仕事ね」と言っていた。


 ドラァグ・クイーンや女装家やゲイの方々の中には「オカマ」とか「ホモ」といった言葉を忌み嫌う人も多いが、割りと年配の人はあまり気にしない傾向にある。昔はLGBTに対する風当たりも強く、いちいち気にしてられなかったからかもしれない。


「異形姐さんもご無沙汰じゃない?」


 ダー様はゲイじゃない人も「姐さん」と呼ぶ。そこら辺、あまり他の人が言ってるのを聴いた事がないので、ダー様独特の言い回しなのかもしれない。



 異形氏がソルティ・ドッグ、僕がモスコミュールで乾杯した。


「お互いにまだ生きてた事に!」ダー様が音頭を取る。


ここ、2丁目のバー「ランスロット」はノンケでも女性客でも入られるお店だ。2丁目のお店は8割くらいはゲイしか入れないが、残り2割は誰でも入る事が出来る「観光バー」という営業形態のお店になっている。


「悠君、相変わらず男前ねえ。年取って渋みが増したんじゃない?」


「ダー様こそご活躍で。よくテレビで見かけますよ」


「昔のお仲間が、なんか知らないけど売れちゃったからねえ。私はそのおこぼれ貰ってるようなもんよ」


 確かに最近はどのチャンネルもゲイタレントだらけだ。昔からノンケの女性には、口が達者なゲイは大人気なのだ。


 もともと僕がダー様を初めて見たのも深夜のテレビだった。ダー様はその番組で人生相談をやっていた。その番組を観て「この人はこんな見た目なのに、なんてまともな事を言うんだろう」と感心した。


 その後、異形氏に連れて行かれたフェティッシュ・パーティで司会していたダー様を紹介され、話して行く内にその人柄に惹かれていった。多分、僕たちには想像も出来ないようないろんな苦労をしてきたんだろうな、と思った。



 ダー様はまだそのフェティッシュ・パーティの司会をやっているようだ。月に一度、東京中の変態が集まると言われた老舗イベントで、いろんな問題を起こすので会場を転々としながらも、未だに続いてるのだ。


「10年も経つと、客層も入れ替わったんでしょうね」


「そうねえ。年配の人だと健康を害してる人も多いわねえ。基本的に夜の住人って不健康だし」


 確かに顔が土気色の人が多かった。


「性別が分からない人も多かったですね」


「俺の経験から、背の高い綺麗な女性は7割くらいの確率で男だったしな」異形氏が話に入ってくる。


「姐さん、どうやって確かめたの?」ダー様がケラケラ笑う。


「巨乳の女友達と一緒に行った時にさあ。俺がトイレ行ってる隙にその子が知らない男に声掛けられてて。俺が戻ったら退散したから『なんて言われてたの?』って訊くと『君はそんなに大きな胸を持ってるのに、なんで露出しないんだ!』って説教されてたらしくてね」


 理不尽な話もあったもんだ。


「あそこはホント、カオスでしたね。僕も女友達と一緒に行った時に、その子がトイレで不良外人に絡まれて」


「あー、渋谷でやってた時は外人多かったわねえ」


「その時、親切な男の人が助けてくれたんですよね」


「良かったじゃん」


「でもその人、全裸だったんですよ。親切な全裸の人!」


「その二つの条件は相反しないよ。全裸でも親切な人はいるだろうし」


「ま、帽子被ってたから正確には『全裸』では無かったんですけど」


 アンダーグラウンド界隈には強烈な人やエピソードが多いので、話は尽きない。


 僕たちはいつまでもバカ話を続けた。



「悠君、薫子ちゃんの事を知りたいんでしょ?」


 お店に入って1時間ほど昔話をした後、ダー様が唐突に言った。


「ダー様、何か知ってるんですか?」


「アタシは詳しくは知らないけど、そこら辺の事情をよく知ってるのは誰なのかは教えてあげられるわよ」


 ダー様はウィンクしながらそう言った。



「アタシも薫子ちゃんは好きだったのよ。あの娘、こんな界隈にいたのに変にスレてなかったし。まあ、どこか暗いのはしょうがないし、多少メンヘラっぽくはあったけど、そんなのここら辺界隈の若くて綺麗な娘だと標準装備みたいなもんだしね」


 そうだ。


 薫子の場合、その暗さが魅力にもなっていた。


 どこか人を不安にさせるような大きな瞳は、いつも怯えたように潤んでいた。


 僕たちアンダーグラウンドの住人は、学生時代に身近に友達がいなかった人が多い。


 趣味嗜好が一般と異なってるので話が合わないし、人見知りの子も多かった。


 薫子も典型的なそういったタイプで、複雑な家庭環境も手伝って、一般の友達は極端に少なかった。


 その分、フェティッシュ・パーティやゴシック・イベント、ヴィジュアル系バンドのライブ等で出来た友達には心をある程度開いていた。少なくとも同族意識は持っていたはずだ。



 僕が薫子と知り合ったのは、2004年。彼女が17歳、僕が26歳の時だ。


ジャックK主催の「ロリータお茶会」に僕はゲストで呼ばれていた。


ロリータお茶会というのは、未成年でなかなか夜に外に出られない読者の為の企画で、日曜の昼間に50人ほどの読者を「不思議の国のアリス」をモチーフに造られたレストランに招いて優雅に紅茶を楽しむイベントだ。


 定番のお茶受け菓子としてブルボンの「ホワイトロリータ」が用意されてるのが習わしだった。


 僕たち読者モデルはホスト役として紅茶を注いだり、お茶菓子を持って行ったりと、甲斐甲斐しくテーブルを周った。


 来ている女の子たちはほとんどがロリータ服に身を固めていた。


砂糖菓子のように甘い匂いが会場に充満していて、お伽の国のように雅やかな雰囲気だった。


その中に、一際目立っている娘がいた。


ほとんどの女の子が「甘ロリ」と呼ばれる白やパステルピンク基調のフリフリの服を着ている中、彼女は赤に黒いラインの入ったゴシック色の強いロリータ服だった。


所謂ゴスロリというやつだ。ただし、彼女たちはその言葉を嫌う。蔑称だと認識しているのだ。


ここは正しくゴシック&ロリータと呼ぶべきだろう。


顔立ちは恐ろしく綺麗だった。透き通るような白い肌にほんのりピンクの頬。長い睫毛に縁どられた、大きいのに切れ長の眼にツンと尖った鼻、小さくて厚みのある唇。ヘッドドレスに包まれた小さな頭。生気の無いところも含めて、人形のようだった。


クール・ビューティと呼ぶには、背が低くて可愛らしい体型が邪魔をしている。


やはり一番ピッタリ来る形容はリヴィング・ドールかもしれない。


既にジャックKの編集さんたちも目をつけているようだ。彼女だったら表紙でもイケるだろう。どちらかと言えば、女の子に人気出そうだ。


正直、僕の好みのど真ん中でもあった。これから撮影でも一緒になれるかもしれないと思い、心の中で編集さんたちにエールを送っていた。


しかし、それを待つまでもなく、彼女の方から僕に話しかけてきた。


「悠君ですよね? 私ファンです」と。その涼しげなウィスパー・ヴォイスも僕好みだった。


イベントの時にこうやって声を掛けられるのは珍しい事じゃない。読者モデルという芸能人やアイドルとは違う絶妙な距離感を持った存在は、正直みんなモテていた。ケータイの番号やメアドを渡される事も多かったし、イベントの度にお持ち帰りしてる奴らもいた。


でも僕はそれまでファンの娘に興味を持つ事は無かった。


別に職業意識からとかではなく、単に鬱陶しかったのだ。


特定の人に縛られるのに抵抗があったし、趣味の合う友達と一緒にいた方が楽しいと思っていた。



薫子に会うまでは。


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