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なんちゃって側妃候補の後宮へ行こう!  作者: さくら比古
草原から来た側妃候補
9/21

清以の恋

タイトル詐欺にはならない?かな?

 皇城は後宮を除くと主に二つの棟に分かれている。

 貴族院の議場を含む政務の場である下宮と皇帝の住まう内宮だ。

 実に広大な皇城の半分足らずの大きさのある内宮は、更に皇帝の私的居住区と、下宮からの道筋にある謁見や会談をする対外的な区域に分けられている。


 念入りに計算しつくされた外光を取り入れられた回廊によって繋がれている内宮の、より皇帝の私室に近い箱庭にその姿はあった。

 香園と呼ばれる香木のみで造成された箱庭には、外部からは覗き見られない工夫がされており、皇帝自身か皇帝が信を置く者しか立ち入ることが出来ない場所だった。

 馥郁(ふくいく)とした香りは、これも庭を預かる者の手により絶妙な調整が成され、濃厚ではあってもその香りに溺れたり不快感をもよおすことは無く、ただ心身を寛がせるために造られていた。

(つつ)ましい佇まいの四阿(あずまや)の小卓には茶器が並べられている。侍従が並べる手には絹の手袋がはめられ、細かな螺鈿細工(らでんざいく)の施された漆塗りの菓子器が置かれる。

 長椅子には仲睦まじく、飾り気のない平服に身を包んだ皇帝と、その正妃候補である右の主席(右大臣)(むすめ)である環麗が並んで座り、侍従が立ち去る迄は他愛もない世間話に興じていた。二人きりになり揺蕩(たゆた)う様な静寂が訪れると長年連れ添った夫婦のように適度な距離感に座り直した。

 皇帝自ら淹れた茶に色石一つ履かない繊手が手を出すと、二人はその沈黙を味わうように茶を深く楽しんでみる。添えられた菓子器の中の菓子も、皇城の料理人が材料の産地に赴き選び抜いた物を使ってはいるが素朴な焼き菓子で、茶も菓子も匂いが少なく味も柔らかいものだった。それら全てがこの香園を楽しむためのもので、招待された者は練香(ねりこう)()す事も衣服に焚き染めることも許されない。主である皇帝もそこは同じくだった。

 お互いに微笑みを浮かべながら香りと共に茶を呑み込む。通常の香りを楽しむ茶器よりもやや大ぶりな茶器の赤味がかった茶は、まだまだ肌寒さを感じる外気に冷えた体を温めるもので、含めば知らずに二人とも息を()いていた。それが可笑しくもありお互いに見合わせ頬を緩める。厳しい世界に生きる皇帝の安らぎのひと時だった。


 皇帝でない清以は乳兄妹で幼馴染でもある環麗を心から愛していた。

 あらぬ疑いを受け苦しい境遇の中であっても一途に自分を信じてくれ、親である右の主席(しゅぜ)の援助を取り付けてくれた。命の危機にも寸鉄帯びたことも無い高家の令嬢でありながら、その華奢な体で精一杯に救おうと身を挺してくれた。何も求めず、ひたすらに己を敬い尊ぶその姿に(ほだ)されていたのだ。

 本心は平民のように愛した環麗と結ばれ、手を取り合い歩み、子を成して幸せになりたいと思っている。

 けれど己は皇帝となるべく生まれ、皇帝として立つ身。正妃はいずれ皇妃となり常に共にあるが子を成すことは許されない。式を挙げる数日前から避妊の薬を投与され、『女』として在る間はずっと続けられるのだ。これには皇帝であっても異を唱えることが出来ない。

 共に在りたい。けれど二人の間に子供は望めない。悩む清以に子を諦め共に歩む道を示したのは環麗だった。

『貴方様の御子であるのならば皇妃となった私の子であるのです。

 本来ならば貴方様の憂いを断つために私は身を引くべきなのかもしれません。けれど、私以外の候補は・・・いけません。国を乱す輩に貴方様を渡しはしません』

 平常はおっとりとした良家の子女らしくある環麗が清以が息を呑むような激しさをその瞳に宿し、強く訴えるその姿に、ありがたさと心強さを得た清以は正妃の候補者に環麗を認めた。

 それからはこうして会うことも(まま)ならない。他の候補者と同じように決められた日決められた時間の逢瀬となってしまった。

 それでも二人は二人きりとなっては無駄なおしゃべりなどで時を費やすことなく、(きぬ)越しではあってもお互いの肌の感触や匂い、熱を交感するのだった。


「?」

 弓を使う為か環麗は耳と目が利いた。

 そっと袖越しに重ねられた清以の手の中で環麗の手が微かに震える。清以は環麗に(なら)い閉じていた耳を周囲に開く。気配を察した侍従が香園の入り口へと走る。寸の間二人は僅かな不安と苛立ちに穏やかだった水面を揺らせる。短い逢瀬に水を注すような何かが起こっている。

 環麗は清以を必要とする案件が起こったかもしれないと言う心配をしているが、清以は邪魔をされたと言う憤り。清以を気遣う環麗に渋々矛を収める清以と傍で見る者が居れば呆れるような初々しさではあった。

 そうこうするうちに侍従以外の声が香園の入り口で起こる。香園専属の侍従以外にその入り口を潜れるのは清以と招かれた者のみ。その禁を破る輩が内宮に居たことに環麗は驚きを感じた。

 清以にあっても初めての事に身を強張らせている。環麗を抱き寄せ四阿の柱に身を寄せ入り口を伺う。

「何事か」

 言い争う様子の二者に寸鉄帯びぬ身に不安を覚えながらも清以が質す。その声に侍従が畏まったのか聞き慣れぬ声が勢いづいて大音声に清以への面談を請うてきた。

 かっと清以は目を剥く。これ程までに皇帝を蔑ろにする輩には出会ったことが無い清以だった。その慮外者(りょがいもの)自身は元より背景の己に対する思惑も透けて見えて不快を強く感じる。

 皇帝直属の侍従をも蔑ろにしようとするその態度に、環麗もすっと身を清以の前に出し前方を見据えている。

 清以の声に止める侍従を振り切り四阿への小道に走り出てくる姿が見えると、環麗は引き寄せようとする清以の手を抑え清以を護る体制に出る。その事に清以の眉が寄るが、環麗にはそれを知ることはできなかった。

「陛下におかれましては「そなたに言上を許した覚えは無い」は、はい!も、申し訳ございませぬ」

 皇帝に直上及び言上できる者の身分役職は厳しく決められている。

 身の回りの世話をする侍従や宦官とて役職以下の者は皇帝の身支度を整える際も口に懐紙を挟んで行うほどである。であるのに、清以の足元に這いつくばる男とみれば、宦官らしい甲高い猫撫で声も清以の凍えるような視線に震え上がりだらしのない躰に(まと)うお仕着せも弾けんばかりに丸まっている。

 己の犯した二重三重の罪も知らずに、ただただ清以の威に打たれた故の事。全く以って皇城に身を捧げる宦官にあるまじき男だった。

 その時、汗を掻き熱の上がった男から嗅いだ匂いに、環麗の顔が青褪(あおざ)める。環麗の様子に清以もその匂いに気が付いた。

 香園に匂い物を持ち込む事も有り得ないことだが、どう見ても女物の香は移り香に違いない。その香から持ち主が清以にも浮かぶが、その者の性状からすれば目の前の物を知らぬ小者に身を預けるなど考えられぬ。その性状に相応しい程の強い香りは同じ室に居るだけで移ったのだろう。

 何者かがどんな意思でこの小者を遣わしたのか、清以は理解した。環麗もいち早く察したからこそ顔色を変えたのだろう。

 沸々とした怒りが清以の中で沸き上がる。

 この皇国で最高位である己をここまで蔑ろにされる事に。己の欲の為に、思うようにならぬ逢瀬の邪魔をされた怒りに。

 清以を振り返り、それでも自分の思うことを言わない環麗にそれだけはならぬと応える。静かに頭を下げ身を引く環麗の熱を惜しみながらも清以は侍従を呼んだ。

「申し訳ございませぬ」

 言い訳も無く男を追って来ていた侍従が跪く。その手は頭を上げようと藻掻く宦官の頭を地に押し付けている。

「お前の沙汰は後だ。この男は何と言うて来ていたのだ」

 気安い間柄でもあった侍従であったが、罰っさざるを得ないこの状況に眉も寄る。清以の心中を察し、侍従も忸怩(じくじ)たる思いで答える。

「・・・左の主席様ご令嬢に依頼されたの事。この男は内宮の衣装房に勤める者で出は・・・左の主席様の正室方の筋の者。

 面談日ではないが珍しい物を手に入れたと陛下に献上するために登城してきた令嬢に、陛下との面談を依頼され(まか)り越した旨言い募っておりました」

 それで通す侍従ではないが、内宮の衛士が到着する前に香園の入り口で声高に騒ぎを起こし、その隙に皇帝に『己が主』の意思を通そうとしたらしい。皇城に宦官として仕える者の主が誰かさえ分かっていない愚か者。

 そのような者に後れを取る筈の無い侍従だったが、数日前に厩舎前で皇帝をかばって馬に蹴られていたその傷を蹴られ虚を突かれた結果だった。その事も事前に知っていたようで真っ先に且つ執拗に傷を攻撃してきた。誤魔化しようのない悪意はもう既にこの宦官の行く末を決定していた。

 清以の中では侍従の処分は十日の謹慎と決められ、宦官はその背後の思惑ごと存在自体抹消されるだろう。『悪』であった事すら消されてしまうのだ。

 後の始末は侍従に任せ、清以は溜息を零し環麗の手を取る。

「儘ならぬ」

 小さな手を玩びながら四阿へ戻ろうとする清以に、視線を落として従う環麗の顔にも憂いが残っている。

 左の主席の令嬢もまた環麗と同じく清以の幼馴染と言える。だが、蝶よ花よと育てられ気まま放題だった彼女は、幼き頃お目見えの席で、自分よりも尊重される清以に理不尽な悪態を吐き清以が成人するまで登城を禁じられていた。

 成人してからは正妃になる為と清以にすり寄って来ていたが、親の薫陶か己の性状故か清以を敬う素振りで下に見ていることがあからさまで、候補に挙がった環麗にも陰湿な嫌がらせを続けるような女だった。清以にその令嬢を選ぶ気持ちなど全くないと内宮に仕える厩番も承知の話だ。

 皇国の政を担う片翼の左の主席のその血筋は到底無視できることでは無いが、餓狼を家に招き入れる真似などできようもない。皆が思っている。

 だが、形だけでも候補に上げなければならない。選定までの半年の長さに清以だけでなく皇城の誰もがうんざりしているのだ。


「陛下」

 先程の侍従では無い声が四阿へ数段に足を掛けていた清以を止める。

 今度は何だと振り返ると、侍従のお仕着せを纏った男が跪いていた。

 男は侍従ではない。その事に清以は異変に気付く。何が起こったのか。

 清以は素振りで環麗に四阿で待つようにと指示し、男に向き直る。男は下宮の暗部に所属する者で後宮を担当している者だ。側妃候補に関するあらゆる裏取りを調べていると聞いている。

 何事かあったかと問えば、正に驚天動地の報告がなされた。

「後宮より正使が。草原の国の御方より遣わされました」

 衝撃に清以が固まる。

 草原の国の御方と言えば『蓮歌』様の事である。この皇国において不可侵の草原の国のその全ての象徴でもある『蓮歌』様からの正使が何故(なにゆえ)後宮から遣わされるのか。己の知らぬところで何が起こっているのか。愕然とする清以の背に熱が寄り添う。

「陛下」

 短く呼ばうその声にはっと清以は己を取り戻す。

「正使様を謁見室に。すぐに向かう」

「御意」

 短い逢瀬をさらに短くされた怒りはもう無い。

 清以は今一度環麗を振り返り抱きしめると息を零す。

「行ってくる。環麗は正使が内宮を出るまでここに留まるように」

 言い置いてもう振り返らずに立ち去る清以を、環麗は深く頭を下げ送る。

 幼き頃より父である右の主席に言い含められたように、環麗の主は清以だ。習い事も令嬢の一般的なそれを高い評価で身に着け、尚且つ武芸や政・毒や病気への対処に至るまでを修めた。全てが清以の為。己を殺し清以第一で生きてきた。

 清以の思いは承知(・・)している。だが、それを同じ思いで返せるかどうかは分からない。時にその思いが清以の為にならないことがあると父に戒められてきたからだ。

 でも、と環麗は思う。あの方の熱を自分は手放すことはできないと。

 清以の握った己の手を胸に、一人佇み続けていた。

 

 熱量は片思いだけど、確かに二人は思い合ってるんじゃないかと。だから、愛じゃなく、恋?

 蓮歌の行動原理の芯になる二人でございます。


 読んで戴き感謝感激!

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