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なんちゃって側妃候補の後宮へ行こう!  作者: さくら比古
草原から来た側妃候補
8/21

こんにちは令和!


 田舎からぽっと出の娘っ子が落した爆弾!の巻


「女官長預かり書士官・律涼参りましてございます」

 若い男の声が扉前より入室の許可を求めてきた。

 はて、と(へや)付きの侍女が女官長の許可を得て扉を開けて確認をする。

 そこには青褪めた庶務所の文官を先触れと後見にした専属文官が、片膝を付いた正式な所作で書簡盆を掲げて待機していた。

 日常でお目にかかることの無い状況に侍女が固まると、女官長が再度入室の許可を出し(ねぎら)うと、侍女には席を外すようにと指示を出す。

 扉前でお役御免となった文官たちはほっとしたように足早に、というより先を競って逃げるように去って行った。


「遅くなり申し訳ございません。

 確かに草原の御方の(ふみ)は届いておりました」

 主である女官長に遅参を詫び、膝歩きで器用ににじり歩き女官長に書簡を掲げる。皇族が気を遣う筋の人物に対して直接声は掛けられない。この場合は礼を失する事は無かった。

 急を要すると判断し、端的に専属文官は報告する。

 女官長は書簡盆を掲げ持ったままの専属文官を見遣り、蓮歌に頭を下げる。

「数々の不手際、無礼をお詫びのしようが御座いません。

 全ては皇帝陛下よりこの後宮を預かりし私に責があります。

 何卒(なにとぞ)皇帝陛下()いては皇国にご《かんじょ》のほどお願い申し上げます」

 頭を下げられた蓮歌はまたこれかとウンザリして流風を見るが、俺に振るなと流風は明後日の方を見て知らぬを通す。

 溜息を吐いた蓮歌がふと書簡を見る。

「おんやあ?」

 席を(おもむろ)に立つとじっと書簡を見ながら近づいて行く。

 すると不思議な事に、蓮歌のその視線を避けるように専属文官の手がすいと書簡盆を遠ざける。

「?!こ、これは失礼しました」

 急に訳の分からない行動を己の手が始めてしまい、専属文官は元の位置に必死に戻そうとするがどうにもできない。

「おやおやこれは~」

 面白がるように蓮歌は書簡盆を追いつめだす。

 女官長も唖然と見守る中、恐慌状態の専属文官と蓮歌の追いかけっこはやがて蓮歌の止めの一言で終わることとなる。

「何をやってるんだいシュカ。いい加減にしないと無理矢理引っぺがすよう?」

 蓮歌が呼ぶ名に、はっと専属文官が顔を上げると同時に、書簡からにゅうっと人型の何かが引き出されるように出てくる。

 今日のこの騒動に疲労困憊という態で置物のように立ち尽くしていた筈の女衛士が、()け反った専属文官に反応し小刀を構え蓮歌の前に飛びこむ。その前に流風が蓮歌の肘を掴み引き寄せていた。

『お、おう蓮歌。久し振り』

 姿はおろか声さえも力無き者である女官長たちにはには聞こえない。だが、蓮歌は書簡に向かって話し掛けている。

 書簡を持ったままの専属文官(部下)もまた、書簡を掲げたままその少し上を見上げていることからこの状況を正確に判断したのは二人。女官長と流風だった。

 流風は手に余る案件とばかりに蓮歌から離れ、拘束するように女衛士を抱え込んで後退する。女官長は首肯して蓮歌に問いかけた。

「蓮歌様。何事かありましょうか?」

 直接貴人に物事を問う事は禁忌故に、持って回った言い回しになるがそれをそれと言わずに問う。だが、女官長に目には蓮歌が面倒だと嫌う事は充分察せられていた。蓮歌が呆れる対応も、所謂(いわゆる)形式美のようなものだったので蓮歌の怒りを買うまでには至らないという事。その匙加減が女官長を表していた。

「おかしな処で居ると思わなかった友人に出会ったのさあ。

 まあ、相当困った状態での再会だったようだけどねえ」 

 にやにやと虚空を見上げながら答える蓮歌に全員の視線がその先に集まった。

 律涼は勘弁してほしいとげんなりと風の精霊王・シュカを見上げ、蓮歌のにやけた顔が己をも見ている事に気が付く。

 ひたりと背を濡らす感触に飛び上がらんばかりに動揺する。例の愛し子云々の話が頭に浮かぶが、精霊王とも親しい間柄と見える蓮歌には誤魔化しなど通用しないという事だけは理解できた。

 女官長しか知らない己の出自だけでも問題なのに、女官長どころか自身がつい先程知った『可能性』の事も確実に分かっているだろうと。

『あ、のな?まあ、うん。助けて?』

 情けないことこの上ないが、シュカとて現実自分が囚われていることを言うまでも無く蓮歌が全てを知ってしまったことは受け入れている。が、精霊たちの王の一人としての威厳だとかが気になる。まあ、素直に言えば嵌まった穴から抜け出られなくなって恥ずかしいという事だ。しかも、一番知られたくなかった蓮歌に助けを求めるなんてと。

「この後宮の『護り』は強烈だろう?なんせ初代様が基礎を作って2代様から5代様が補強し続けた『護り』だもの。家の門護りの符の比じゃないんだよう?」

 にやにやの後遺症で歪んだ唇は容赦が無かった。

「それにしてもすっぽりと嵌まったもんだねぇ。

 後宮にただ入っただけじゃあここまで嵌まらないもんだけど。何か悪戯をしやしなかったかい?」

 知っているのに本人に言わせようとする意図が強く感じられる。巻き込まれている形の律涼は身悶えする精霊王に引き摺られ体を振り回される。

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・した』

 やっぱりと言う顔をして蓮歌は大仰に溜息を吐く。

 分からないなりにも後宮の『護り』と言われれば女官長も黙ってはいられない。それは流風も同じくだった。 

 眉を引き絞り、見えないながらも居るであろう存在を睨みつける。

 どの国もそうであろうけれど、後宮を押さえられるという事は国の命運さえ握られていると言って過言ではない。蓮歌の存在だけでもこの皇国には在るだけで脅威であるのに、その上何が起ころうとしているのか、もうすでに起こっていたのかもしれないが、後宮を管理する女官長が今知った(・・・・)という事実は深刻に過ぎるのだ。

「私がお使いに出してからちっとも戻って来ないからてっきり草原に戻ったと思っていたのに、何をやったらこんな事になってるんだい?」

 蓮歌の言葉に目を剥いたのは律涼だった。

 親し気に精霊王に語り掛けるだけでも規格外なのに、神無き世の今世(現代)に於いては神に等しき精霊たちの王に敬意や畏怖ではなく友や兄弟に話すように遠慮のない蓮歌はそれだけで『異質』だった。

 神事かむごとに携わる者でさえ直視も叶わぬ存在にまるで年嵩の姉のように接しているのだ。巻き込まれて固まる律涼の顔面は蒼白になりその身は(おこり)のように震えている。直近の部下の様子に、女官長ははっと蓮歌を見遣る。

「大方後宮に入り込んで女官たちを揶揄おうとでも思ったのだろうけど、『護り』が許す筈も無い。

 つまらない事をいい歳をしておしで無いよ。

 ()してや初代様は女子(おなご)に悪さすることは許さないよ?」

 心底呆れた物言いで書簡に向かって(たしな)める蓮歌に、シュカは内心大汗を掻きながらも気の無い風に返事をして要らぬ意地を張った。

『ふうむ。

 蓮歌が頼むから手紙とやらを届けたのに、手紙(それ)が宛人を知らないと言うんだ。後宮とやらを見学がてらに分かる者を探しに行こうとしたら、引っ掛かって手紙に張り付けられちまったんだ。ほら、私のせいじゃない』

 蓮歌と律涼の目前で手振り身振りを交えて無罪を主張するシュカに、ほぼ同時に蓮歌と律涼がイラッと眉間を皺寄せる。

「それ位で『護り』が作動するんじゃ危なくてしょうがないだろう?

 つまらない嘘を重ねるんじゃないよ。

 反省して無いようだね・・・。

 じゃあこのままリッカの所に送ってやろう。リッカに頭を下げて助けてもらうんだね」

 蓮歌の投遣りな一撃に、シュカが飛び上る。引かれて律涼も立ち上がった。

 その瞬間、蓮歌が盆から飛び出した書簡を毛羽立ちすれすれを撫でるように、何処からか取り出した小刀を逆手に持ち()ぐ。

 門前で武器の類を接収したと言うのにどこから取り出したのかと流風が目を剥くも、女官長に目配せで黙らされる。

「蓮歌様」

 非難するでもなく説明を求める女官長に、蓮歌は軽く舌を出しながらも抜刀した小刀を骨で出来た模造刀だと見せ鮮やかな動作で納刀する。

 女官長は膝を折り感謝を伝えると、流風と女衛士に席を外すようにと指示を出す。言われなかった律涼が素直に落胆する。返って流風は涼しい顔で内心よしッと叫びながら蓮歌ではなく女官長に暇乞いをする。しかしここで待ったが掛かった。

「流風は居て貰わないと困るねえ。女門番さんはもういいよ。倒れそうな顔色だ」

 流風が器用に無言のまま『な・ん・で・俺・な・ん・だ!』といきり立つが、退出を許された女衛士は脱兎のごとく室を退室して行った。恨めし気な流風など知らぬ顔で話は投げられた。

「見えないだろうけれど薄々は分かっちゃいるだろう?風の精霊王シュカだ。大分迷惑を掛けたようだね。話せない馬鹿の代わりに謝罪しよう」

 虚空を差しながら、本日特大の爆弾が投げ落とされた。



「女官長。申し訳ないがこれ以上は私の権限を越え過ぎてしまいます。

 私はこの場に居なかったという事で離脱させて頂きたい」

 硬直(しば)し、流風は女官長に縋るように訴えた。

 何を言っているんだ此奴と律涼が声に出さずに罵声を上げるが、女官長は脂汗の浮く額に手をやり静かに現実を示す。

「蓮歌様のご指名は貴方も入っております。

 どうしてもと言うならば、御自分で蓮歌様に暇乞いをなさい」

 やれるものならやってみろと言う。

 流風ははくはくと喘ぐが、女官長から蓮歌へと視線を移して愕然と座り込む。

 見える。はっきりと見える。見てはいけない存在(モノ)が見える。

 流風だけでなく女官長も今では律涼のように精霊王その存在が見えているのだ。

 蓮歌が悠然と茶の香りを楽しむ卓の上に、ふわりふわりと浮いている精霊王が見えていた。

 蓮歌が小刀であっさりと精霊王を拘束から解いたその後、爆弾発言に流風が唖然とする中、蓮歌が話をするのに不便だからと精霊王の背に呪符のような物を貼り見えざる二人にもその姿や声を顕現(あらわ)したのだ。

 足を組んで反り繰り返った精霊王は、不機嫌そうに蓮歌の目の前で浮かんでいる。それが現状だった。


『もういいだろう?用は済んだのだし草原に帰る』

 頬を子供のように膨らませ、蓮歌を見ないようにして言うシュカに、蓮歌は呆れたような顔をして答える。

「他の精霊王と違って悪戯好きで引っ掻き回すのがお前さんの本分かい?

 人が好きで構いたくって仕方が無いのはいいが、迷惑を掛けたのだからちゃんと謝りなさいと言うたがねえ」

 人の理や法など知らぬと突っぱねたいが、蓮歌にそれは通らないと知っているシュカは渋々反り繰り返っての謝罪となった。

 人である女官長たちとしてははらはらと見守るしかない状況だ。それに上位者も極まった存在の謝罪にはひれ伏して受けることが問題の早期解決とばかりに床に身を投げ出していた。


「薄々気が付いてはいるだろうが、ここに遠路はるばるやって来たのは側妃になる為じゃあ無い」

 存分に茶を楽しんだ蓮歌は、緊張に強張る3人に(おもむろ)に語り始めた。

 勿論、蓮歌の言う事は女官長も流風も分かっていた。

 皇国が思う程に草原の国は皇国に拘りなど持たない。季節()を追って草原を移動する民にとって、遠い皇都は滅多に会えない知人程度の扱いなのだ。

 3人が固唾を呑んで蓮歌の言葉を待つ。

 蓮歌は微笑みをその唇に(たた)え、3人の予想を超える答えを投下した。

「皇妃になりに来たのさ」

 律涼は固まり、流風は気絶できない自分を呪い、女官長は激しい眩暈に襲われた。

 無音の阿鼻叫喚が室を充たし、浮きながら不貞寝をしていたシュカがいつの間にか目をキラキラさせながらかぶりつきで人間たちの様子を見ている。原因となった蓮歌に至っては、ややすっきりした顔で菓子器を開けて干菓子などを物色している。どうにも収集付かない事態となっていた。


「れ、蓮歌様!

 それは、それはどういうことなのでしょうか?無知蒙昧なこの身にお教え下さいませぬでしょうか!」

 流石にいち早く気を取り直した女官長が、動揺したまま蓮歌に迫る。

 女官長のそのような姿を初めて見た二人もそれどころではなく、蓮歌が何を考えてそんなことを言うのかその答えを待つ。

 蓮歌は面倒臭がるでなく、ぽりぽりと()んでいた干菓子を呑み込み茶を流し込むと、女官長に向き合う。

「これ以上は主役が来てからだねえ。

 私の旦那様にお目見えしたいんだが、お暇だろうかねえ?」

 はっと女官長が蓮歌を直視する。本来、いの一番に草原の国から来た蓮歌の到着を陛下に報せなければならないことを失念していた。子飼いで信用のおける律涼を(ふみ)の捜索に充てた以上陛下への使いは出せていなかった。明らかな失策。(ほぞ)を噛む思いに顔が下がる。

 顔を上げられないまま、女官長は蓮歌の希望を叶えるために流風を露払いに律涼を正使として皇帝に蓮歌の入宮を伝えることとなる。

 その報せは後宮から本宮、皇城を揺るがす先駆けとなっていくのだった。

  

 


 蓮歌さん確信犯なのでシュカの事は言えません円。

 


 楽しんでいただければ幸いです。

 読んで戴き感謝感激!

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