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なんちゃって側妃候補の後宮へ行こう!  作者: さくら比古
草原から来た側妃候補
3/21

「それじゃあな?これから大変だろうが元気でやるんだぞう」

 長い話し合いが終わり、少々の密談を終えた老爺が衛士の部屋から出る頃には皇都は薄暮に染められていた。久し振りの皇都だったが、老爺は馴染の飲み屋に足を向ける気も起らず定宿への道を辿っていた。

 少女の別れ際の軽い挨拶にやや心配にもなったが、一農民の自分に何が出来ようか。諦めにも似た息を吐く。

「まあまあ開さん!遅かったじゃないですか。うちの荷はとっくに届いているし、皇宮からも受取証が届いてますよ。

 うちに来る前に一杯でしたか?」

 馴染みの女将に迎え入れられ、途端に老爺は自分の知る現実に戻ったような気がした。そして、これからの困難を一欠片(ひとかけら)も心配していなかった少女を思い出し、憐れよりも空恐ろしいものを見たような気が突然した。

 少女は自分達大人が心配して頭を擦り合せるように相談している時に、他人事と言うのではなく、何の心配も要らないのだと知っているかのような振舞いだった。

 草原の国と言う秘されたこの国の中のもう一つの国。信じられないがその重要な国のお姫さまだと言う少女はいったい何をしにこの皇都に来たのだろう。とても望んで側妃になりに来た様子も望まず強制されて来たようにも思えない。

 見たことの無い草原の渡る風のように、少女は掴み所の無い・・・

「うううぶるぶる!クワバラクワバラ!

 わしのような百姓の爺が悩んでもしょうがないわい。まあ、何かやらかしたら消息ぐらいは知れよう」

 温かい料理と気心の知れた宿の人間が待っている。漸く荷が下りた気がした。



「まあ、こんなところだよねエ」

 のんびりと言葉する少女に、衛士は何とも言えない顔をする。

 老爺を見送り、旅装束を後宮に入る時用の花嫁衣装に着替えさせた後、取り敢えず予定通りに上司に少女をおっかぶせようと上司の執務室にやって来たのだが・・・


「こんな娘が?草原なんて辺境も辺境じゃないか。

 一人で来たって?偽物じゃないのか?本物?(面倒臭いな)

 これは私の職分ではない。よって流風上席衛士はその側妃候補を後宮の思永門までお送りするように。以上」

 逃げた。衛士と少女は同時に思った。そして、見事なまでの自己防衛。無事に済んでも報告書はたんと書かなければならないし、やらかしたら全てが衛士の責任になる。

「流風さん?貴族ってヤツ?」

 黄昏(たそがれ)る上級衛士こと流風にお構いなしに少女は聞いてくる。

「お前さんね・・・まあ、いっか。考えたらあの人を通すと話がややこしくなったかもしれんしな」

「ねえねえ、貴族なの?」

 どこが琴線に触れたのか、少女はしつこく聞いてくる。

「しつこいね。そうだよ。まあ、みそっかすの末っ子だけどな」

 皇国で身分の別はわざわざ確認しなくとも分かるようになっている。これは裕福な商人も貴族もそれほど身形に差が無いからこそでもあるのだが。

 商人や農民と王侯貴族との違いはその名にあった。それは、平民階級は貧富の差なく一文字の名で家名は付けられない。近在に同じ名が重なれば商人ならば絹扱い商・紅屋の某と呼ばれる。貴族は家名は秘されて名前を二文字で付けられる。一文字は家で代々付けられる親文字に個人識別の子文字が足される。流風ならば、流が代々引き継がれる親文字で風が子文字となる。

 それならば蓮歌はどうなのか。女とは言え親である青嵐の字を一文字も貰っていない。そこからも皇国と草原とは全くの異文化と見ていい。

「・・・貴族は嫌いか?」

 思いついて少女に問うと少女はあっけらかんと「貴族なんて来やしないから気にしたことは無いねエ」という。

「全く、大人物と見るか(ふて)え野郎じゃなくてガキと言えばいいのか。

 まあ、乗り掛かった舟だ送ってやる」

 ばふんと大きな手の平で少女頭に手を乗せると、意外な事に少女はくすぐったそうな嬉しそうな顔をする。

「ん?どうした」

「小父さんの手が父さんの手みたいで嬉しい」

 もじもじと言うその姿は愛らしいが、少女に大事な訂正をさせなければならない。

「俺はオジサンじゃない。まだ30前だぞ」

 嫁も持ち家も無いがまだまだいける筈だと歯を喰いしばる衛士に、更なる悲しいお知らせが少女の口から伝えられた。

「?父さんは31だし変わらなくないかな?うちらは結婚も早いから?かな」

 今日は早く帰れないけれど終わったらエレノアの店に行こう。痛飲して明日は仕事を休もう。そして折れたこの心を癒すんだ。そんなことを呟きながらこれ以上の話はぶった切る衛士だった。





「流風。知っているだろうけれど、後宮への申し合わせは午前中って決まってるんだけど?」

 幸いなことに皇宮内で独立した後宮と宮内を繋ぐ門には知人の衛士がいた。

 報告書をまとめ終わってから流風が少女を連れて来たのは皇宮の西側に建つ白亜の建物の前だった。

 星青石と呼ばれる群青色のつるりとした石で造られた皇宮の外壁は、その中に黄銅を内包し、キラキラと輝く群青の壮大な建築物だ。少女が見た白い尖塔は皇宮を守護する方角に守護神を封じた物で、星白石で出来ている。

 そして、対となる後宮はその星白石と呼ばれる同じく黄銅を内包した乳白色の石で、装飾がきらびやかな壮麗な建物だった。

 その後宮前には皇宮内にも関わらず門が設置され、そこに侍る衛士たちの検分が通らなければ例え正妃の侍女さえ弾かれるようになっている。

 さて件の衛士である。

 後宮だけに女性の衛士なのだが、並みの兵士や衛士ではかなわない程の武道の達人でもある。同期である彼女に融通を聞いて貰おうと即座に喜んだが、けんもほろろのこの対応だった。

「多分お前も聞いて後悔するような事案が、今、ここで、起こっているんだ。

 だからといって放り出したら俺たちだけでは済まない国の浮沈に関わる全く天災級の事案なんだ」

 同期だからこそ流風の性格は嫌と言うほど知っている。女衛士はぎょっとして軽口を言っている場合では無いと理解した。

 そしてそっと流風から差し出された書類を受け取り恐る恐る目を通す。

 その視線が目まぐるしく動き、次第に女衛士の顔色が青から白くなっていくのを少女はぽかんと見ていた。

「こ、こ、こ、この大馬鹿~!なんてものを引き当ててその上巻き込むのよ!

 私、あと半刻で上がるところだったのにぃ。皆で飲みに行こうって約束してたんだよ?どうしてくれるんだ!」

 少女の持ってきた書類が添付された少女にまつわる一連の遣り取りの報告書だった。

「な?聞いて後悔、聞かずば地獄だろ?」

 上手いこと言う俺様な顔をした流風の顔に小手がはめられた拳が炸裂する。

「フザケンナ」

「おお(いて)エ・・・お前そのすぐ拳で訴える癖は直せよ?嫁の貰い手が減るぞ、全く」

 可成りな衝撃だったろうに、衛士がぼやきながらも余計な事を言う。

「あ・・・」

 少女は流石に察して衛士から素早く離れる。その髪の一筋分のタイミングで洒落にならない風切り音が少女の頭上を(よぎ)る。

「わ、お前!後宮の門前で抜刀するなんてみんなこの場にいる者が連座になるぞ!止めろってえ」

 女衛士の胸まである長剣を軽々振り回すのと、それを余裕で躱すのはどちらがすごいんだろうと、勝手に腰掛けた少女は他人事のまま座り込んで見ている。

 偶々門前に居合わせた女衛士の同僚や出入りする文官が、衛士の連座云々の言葉に蜘蛛の子を散らすように逃げ出していた。

「煩い!その時はアンタを盾にして暴れてやる」

 怒り心頭の女衛士は悪態の限りを吐き出しながらも、気が落ち着いたのか振り上げていた長剣を見事な所作で鞘へと収める。

「で?誰の面会を希望するの?」

「そりゃあこの後宮の主様よ」

 息の合った様子で二人は切り替え早く頭を突き合わせる。報告書と面会希望の書類の宛先と違う人物に、女衛士は殊更眉を寄せる。

「そこまでなの?あの方を引っ張り出すべきだとは思うけど、代償はあるの?」

 流風の飄々とした態度に不安を覚えてかそんな風に聞いてくる。

「俺だってあの脂袋がやらかさなきゃ後宮の第一書記官辺りに丸投げしてたよ。あの人位なら事情は察してくれるだろうし、草原の国との事情は個人的に知っている筈だ。耳が良いからな」

「お国大事の御仁だから貧乏くじって分かってても引くわよねあの方なら」

 放置された少女の頭上の申し送りならぬ作戦会議は小半時ほど続いた。 


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