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スミマセンスミマセンスミマセンスミマセン・・・・・・・・・・・・スミマセンスミマセンスミマセン
お久しぶりの更新です。しかも変な時間にでし。
青弦君受難スタート回でし。
6月末日誤字修正いたしました。
練兵場から近い貴人が練兵場を訪う際に使用される貴賓室に蓮歌達は招じ入れられていた。
華美ではないが洗練された調度に囲まれた12席を設えた円卓に3人。正面に清以、清以の右手に蓮歌左手には海燕が座している。
香りの良い茶が供されていて、それを臆することなく啜っている蓮歌を見た青弦は、流風に首根を掴まれ連れ込まれた格好のまま感心するしかなかった。
蓮歌も『御腹様』と呼ばれる以上は身分云々も問うだけ馬鹿馬鹿しい程の、貴人中の貴人なのだが、どこか自分と近しく感じていたのかもしれない。
その存在すら現実味の薄い貴賓室で、国の重鎮中の重鎮に囲まれ考えることがそれなのだから肝が太いのか疎いだけなのか。それぞれの視線が青弦という男の為人に注目していることをこの時の青弦は気付いていなかった。故に、己のことを話しているのだと言うことに気付いたのは部屋に入ってから随分経ってからのことだった。
「この男か?」
清以の言葉に流風が顎を引く。軽くはないはずの青弦を掴み上げたまま直立不動の構えで居る。
流風としては何も畏まって居るわけではない。唯々自分に火の粉が回らないように彫像に成りきる所存でいるだけだった。
「草原の男らしくはありますがのう。
草原の国の王しか知らんもんで、ここまで子供子供した草原の男は初めてだの」
海燕は髭を撫で下ろしながら首を傾げるだけだ。
「確かに私の許婚だよう。
まあ、町で生まれて町で育っているんだからそこはほら、ねえ?」
茶器を掌で弄びながら話しを向けてくる蓮歌に、青弦ははあとしか答えられない。
母親の出自が草原の国だと言うだけで自分は草原の国の人間ではないという自覚がある。幼少期には様々な嫌がらせも受けたが、成長し力をつけるにつけて無くなっていった。ただそれだけのことと青弦は思っていた。
それよりもその前の衝撃的な内容について物申したいと思っているが、果して自分の疑問に答えてくれる人間はいるのかと思案しきりな青弦だった。
「流風そのままでは流石に視覚的に問題がある。一先ず解放してやれ。
青弦だったか?気を楽にとは言っても詮ないだろうが、話が進まんから座って聞いていてくれ」
この中での常識人は皇帝だった。
青弦にとって正しく雲の上の人ではあるが、直感的に今の自分を守るのもこの状況を正しく説明してくれるのも皇帝だと理解した。
流風が手を離し皇帝の背後に詰めると、青弦は目を円卓に向ける。蓮歌が手招いているが視線を下げて見ないフリをする。そのまま横ばいに進み目当ての椅子へと手を掛けた。
恐れ多いことだが、大きな円卓の下座に代わる皇帝の正面の椅子に落ちつかない腰を落とした。
軽くむくれて見せる蓮歌を出来るだけ視界から外すと、座位のまま皇帝に兵士の礼をとった。
「この場は関係者のみ。海燕は助言者として残って貰った。
其方の立場で物を言うのは憚れるのだろうが、それはまあ無礼講とでもしておこう。話が進まんからな」
焚きしめた香が皇帝の袖口から煽られ届いてくる。部屋といい調度といい供された飲食食器といい、縁の無い世界だ。半ば頭が混乱を通り越して狂乱と言っていいほど動揺し緊張していたが、青弦は見た目落ち着いていた。皇帝がこのまま話を進めても問題ないのだと勘違いするほどには。
実際、寝耳に水だった筈の『皇帝の寵愛激しい上に次代様の生母であるお腹様蓮歌に許婚と呼ばれた』ことにも一見無反応だった。それが言われたことの衝撃が強すぎて固まっていただけという事実があっても、皇帝には伝わらなかった。
皇帝はこの中では比較的常識人なのであって、青弦の考える常識人ではないことに青弦も気が付かなかった。
話はそのまま続く。
「まあ、後宮では面dいや煩雑な決まり事があってな、待たせることにはなるがこうして顔合わせの機会が出来たことだ、此よりの予定なども詰めていきたいと思ってな。
同僚同輩などの目もあろうし、この際今日でも構わんだろう。
目出度いことではあるし、・・・あるんだよな流風」
話を置いて流風に尋ねる清以に口を引き結んだまま『俺に聞くな』と目で返す流風。青弦は嫌な汗が膠となり口を貼り付けた様な心地になった。
これ以上皇帝の話を聞くのは危険だと察知していたが、それを止める術が青弦には無かった。
「近く戦がある。その戦が終れば蓮歌は草原に帰る。その時は青弦も一緒だ」
蓮歌がはっきりとした口調で青弦に告げる。
その内容が浸透し、青弦は愕然と清以を見、蓮歌を見た。
清以は同意と顎を引き、蓮歌は嬉しそうに青弦を見返した。
「そ、そもそもですね?あ、発言をお許し頂けましょうや?」
からからに乾いて痛む舌を叱咤し青弦は今更ながら清以に直答する許しを願う。
清以は構わぬと先を促してくる。
「そもそも、蓮歌様は御腹様。皇帝陛下の女なれば、卑小なる一介の兵士如きの許婚とは、理解が付きませぬ。
百歩譲っても功績を挙げたわけでなく、しかも兵士である以上は貴人の子弟でもないのです。
下賜と言うにも、次代様の御生母をなどと有り得ないでしょう」
青弦は息もつかずに一気に痞えていたものを吐出した。
言い重ねるが国の重鎮に囲まれて、国の主たる皇帝陛下の第1側妃にして4人もの子を成したその寵愛を一身に受ける蓮歌との婚儀をある意味強要されている。
下町の悪童達をまとめ上げ戦では功績を重ねる一端の兵士の集団として引き上げ纏める男だ、肝は据わっている。自身、生半可なことで動揺した記憶など無かった青弦だが、この自分の言葉がひと欠片も届いていなさそうな化け物たちに途方に暮れた。
「蓮歌は蓮歌。何者にも侵されない。
青弦とは互いに母親の胎に宿る前からの許婚だ。
清以とは契約上の仲だし、それに蓮歌はまだ未通だよ」
ぎょっと流風が目を剥くのが見えたが、知らなかったのではなくその不用意な発言に対してらしく、その視線は黙って聞いている海燕に向けられる。
海燕は流風に手を払いながら大事ないと返している。
この場に居る者には隠し事は不要と言うことらしい。
「まあ、聞いた以上は同じ舟に乗り合わせた者同士と言うことだ」
清以が故事にまつわる言い回しで清風をいなす。それならばと流風が下がり、話しは再開される。
「古い約束を守るために蓮歌は草原より来てくれた。この国のためにでは無い。
皇帝である清の血の為に」
その言葉を切り口に清以がこの国の成り立ちから草原の国との関係、迫っている危機、蓮歌が寵妃として子を成した事実の絡繰りまでを簡潔にまとめて語ったのだ。芝居や物語師の語り物を聞いているようで微塵も現実味がない話だ。
もう理解がつかぬ現況に青弦は座っていながら目眩で倒れそうな顔色だった。
「この戦が最後の戦だ。其方を蓮歌の配偶者として内外に示すにはこの戦で功を上げねばならない。
其方が言ったように功無き者にくれてやる程蓮歌は安くは無いのでな。
今は歩兵の一隊を任されているようだが、騎馬武兵の一翼に職替えをして貰うぞ」
業務内容を伝えるように清以が言うのだが、混乱した青弦の頭はするすると素通りしてしまう。
「良き竜馬や戦馬も揃える算段が付いておりますからな、いや、羨ましい。
戦馬一頭でも都の民の家一棟ぐらいはしますぞ?それが竜馬となれば天井知らず。いや全く羨ましい」
暢気にも海燕が好々爺のように頷いている。皇帝の発言に何の異議異存など無いと言っている。
追い詰められ鼓動が激しくなる制限の視界はだんだん狭まってくる。
「ま、待って下さい!
そ、そ、そもそもですね、私は戦場はともかく馬にも乗ったことがないというか近付いて見たことも無いんですよ?そんな男が騎馬武兵って・・・そんな無茶を誰が考えたのです」
ぐらぐらと揺らぐ視線で貴人達を見るが、彼等の顔は驚いた顔のまま固定している。
蓮歌もぽっかりと口を開け青弦を見ている。
知らなかったんだな。青弦は意外と落ち着いた感情でそれを受け止めていた。
「馬に乗れないって・・草原の男が?」
犬が空を飛んだ姿を見たと言いたげな表情で蓮歌が口を開くと、清以、海燕、流風がそれあれと言い交わし合う。知らなかったのか調べていなかったのか等という言葉が飛び交い、青弦は頭に上っていた血が下がる。
「そもそもそもそも言っていたけど、馬上槍や連携の訓練以前の問題だったねえ」
嘆息一つ零すと、蓮歌は海燕に向き直る。
「どうにかできる?」
蓮歌としては草原で生きてきて息を吸うように馬を操り狩りをし暮らしてきたのだ。草原の者の中には馬上で生まれた者も少なくない。
今回青弦を引き上げるために海燕の出馬を願ったのは、出来ないことを知らない蓮歌より、海燕は長らくお家芸である海戦での功績以上に兵書に明るく用兵にも長け練兵に強かった為である。
草原の男という下地あればこそ実力の位階上げを依頼したのだ。
馬に乗れる程度ですらなかったなどと想像もしていなかった。
「まあ・・・・ですなあ。
体格体力機敏性に優れ、機を読むに長け同輩を連携させるだけの能もある。
兵士としては現在一流と言って良い。が、馬上では事情が変ってくる。
槍働きも未知。問題有りに過ぎますな」
顎を撫でながら首を振る海燕に、清以も言葉が無いようだ。
「・・・・荒療治か?」
ぽつりと呟く蓮歌に青弦が戦慄する。逃げようと腰を引くが見た目以上に重い椅子がそれを許さない。
「ああ、まあ、その・・だ。
何とかなるか?」
清以が蓮歌に問うが、蓮歌は厳しい顔のまま無言。仕方なく海燕に矛先を向ければ海燕はおどけた手振りで両手を挙げる。
視線は流風を指すが流風はとうとう背中を向けてしまっていた。
うろうろと視線を彷徨わせ、清以は結局この場の最も下位な人間に
「青弦。
これは決定事項なのだ。それに秘事でもある。
戦までの間、其方は海燕に預ける。
何事も始めてみねば判らぬのだから」
誰もが逃げた!という清以の口上に、青弦が流石にかっと頭に血を上らせる。雲上人の言うことであっても、とても呑める話しではないのだ。
「そもそも、御腹様の許婚と言うところからして受け入れがたい話しです。
この話し、無かったことには出来ませぬか」
感情が剥がれ落ちた青弦の声が室内に流れる。
そして蓮歌に全ての視線が集まった。
「女に恥をかかせるのか!」
むくれた蓮歌が仁王立ちに声を高める。
苛烈な視線が青弦を射貫く。
その熱は青弦から言葉を奪った。
「まあまあ、青弦。
女からの求婚もどうかと思うが、男として自分から断るのはどうかと思うぞ。
蓮歌も絶世の美女とは言えぬが中々愛らしいと思うが?」
場を和ませようという努力を、違う力にすれば良いのだが如何せん清以も男女の仲にそれ程精通しているわけでもない。蓮歌よりも青弦の方をいらう方が簡単だと思っての発言。だが、それも切って落とされる。
「煩い清以、また尻をぶたれたいのか!」
常にない蓮歌の怒りの波動に場が凍りつく。清以は固まってしまう。
「青弦、何度でも言うがお前は蓮歌の許婚だ。
この誓いを足蹴にするのがお前自身でも許されない!
海燕に教えを請い、騎馬武兵の長となり戦働きで蓮歌を下賜される。それが全てだ!」
言い終えると蓮歌は椅子を蹴立てて青弦に迫る。
否は許されない激情に、誰の舌も動かない。
青弦はこの理不尽にふつふつと怒りを覚え、動かない口に見切りをつけて蓮歌を睨む。
二人は見つめ合うでなく睨み合っていた。
緊張に張り詰めた中、扉の向こうから入室の許可を認める声が掛けられる。
金縛りが解けたように流風が這々の体で入り口に向かい誰何する。扉越しの遣り取りの後その内容を流風が清以に伝えると、清以ははっとし、蓮歌達を見遣り声を掛けた。
「蓮歌。
舅殿の御到来だ。馬が来たぞ」
結婚を迫るにも手加減無しな蓮歌様でした。
読んでいただき感謝感激!




