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なんちゃって側妃候補の後宮へ行こう!  作者: さくら比古
後宮と戦乱
17/21

おしおきしちゃうぞ☆

おしおき回です。ええ、おしおき回ですとも!南無。



な、長くなってしまいました。すみません!オチまでが長い!最初に謝っておきます。はい。


 清以は御前会議を終えると一直線に皇妃宮へと向かっていた。

 幾人かの高位貴族が個人的な面会をと求めて来るが、蹴散らす勢いで去って行く。もう官たちには見慣れている光景だが、憤然とする上位者へ対応が残っており気を緩める(いとま)は無い。

 初めての吾子と人並みに舞い上がっているのだと皮肉を言う向きの一言一句を聞き逃すこと無く、難物にも丁寧な対応で捌いてゆく。外宮に残った官たちの仕事はまだ終わらない。家に残した子らに『おじちゃんいつ帰るの?』と言われないように、残業だけは避けたい。その一心だった。


 あの日、清以は執務中で第一子誕生の報せには含んでいた茶の味も熱も無くなり、だらだらと吐き出しながら産室へと駆け込んだ。

 母子共に健康と聞いて安心する間もなく産まれたばかりの吾子(あこ)を抱く妻の元へ。そこで見たものは、誰が夫か分からない光景だった。


 ()()以来外宮から戻って直ぐに妻子の顔を見るのが日課となっていた清以は、今日も今日とて皇妃宮に向かう。その足取りは軽く、日に日に成長する吾子の姿が何よりの癒やしとなっている清以だった。

「お戻りなさいませ」

 寝所の奥で乳を与えたばかりの吾子を抱く妻に、清以の頬は緩みがちだ。

 進捗の無い国防への疑義に明確な回答を出せない官たちに、苛立ち何度も座を蹴立てて叱責したいという欲求と戦ってきた一日の鬱憤(うっぷん)が溶けるように解れてゆく。

 皇妃付きの侍女の手で熱い茶が供されると、自然と息を吐き出していた。

「お疲れのようですわ」

 産後に少々体調を崩した皇妃は、自分の不甲斐なさもあり疲れた様子の清以に気を遣う。

 出産と育児のために宮を分かたれてしまい、態々先触れを出し出向かねば会えない家族に会う時間を邪魔されたくないばかりの行動故と言い出せず清以は苦笑いをするばかりだ。

「大丈夫だ。

 それより体調はどうなのだ?乳をやることが負担ならば乳母(めのと)もいるのだ、無理だけはしないでおくれ」

 自分の家族を持たなかった清以には皇妃と4人の吾子が初めて持ち得た家族だ。祖母だと名乗る変則的な存在はいるにはいるが、もう別格なので家族という範疇には収らないので頭に浮かんでも追いやっている。


「周囲の者にも授乳には問題ないと言われております。

 血の巡りが変わり未だ馴染まないだけで、もうじきに床上げは出来ようと匙の者に言われました」

「報告は受けている。

 官の中にもう何人も子をもうけている者がおって、細君は何人も子をもうけておるのに中子の折に其方のような症状が出たと言っておった。その後も無事に数人産んでおるから日にち薬だと申しておった」

 清以を気遣う素振りに、皇妃の手を握りぼそぼそと呟く。

 その様子に子らに対するものでは無い愛おしさのようなものを感じ、皇妃はスヤスヤと寝入る赤子を清以に示す。

「抱いて下さいませ」

 その言葉に清以は後込(たじろ)ぐ。第四子と成る皇子は初めて恐る恐る抱いた清以に耳を(つんざ)く大音声で泣いた経歴を持っている。それは呆れた蓮歌が硬直した清以から取り上げるまで続いたのだから、剛の者と言っても過言では無いはずだ。産婆が目眩がするよと嘆いても清以はそのまま立ち尽くしていた。

 そんな事もあり、上の子ら以上にこの子には気を遣う清以だ。それが可笑しくて皇妃は内心溢れ出す笑いの衝動を抑えるのに必死とならなければならない。薄々気がついてはいる清以だが、今現在何が怖いと言ってこの子との対面ほど怖いものは無いと力説したい清以だった。

「こほん・・。

 では抱かせて貰おう」

 大ききな掌で子の背を支え、長い指で汗ばんだ小さな頭を固定する。幾分慣れたがまだまだ怖い。

 むにゅにゅと未だに乳を吸っているつもりなのか口を動かすが、目は開いていない。寝ているようだと安堵するが、いつ起きるやも知れない緊張感からすぐに赤子は母親の手に戻される。

 皇妃の笑う気配に拗ねるが、認めざるを得ない己の醜態に清以は眉を下げた。

「子は意外と丈夫なのです。

 首が据わる頃にはこの子も、・・・陛下もお慣れになりますよ」

 兄弟も無く子供どころか赤子など間近で見たことも無かったろう夫に、最初から上手に吾子を扱えるとは考えていなかった。清以を苦しめてきた『血統の証』を証明することは皇妃の悲願だった。清以を隣で支えることを選んだ時点で諦めていた幸せが、今、この手にある。これ以上は無い『今』を皇妃は味わっている。願わくば清以とこのままずっとその幸せを分かち合いたい。清以以外の全てを切り捨ててきた皇妃の我儘だった。


「陛下。蓮歌様がお戻りです」

 部屋の外から皇妃付の侍女の声がする。

 今日は別行動であった『共犯者』が戻ってきた。清以以上に皇妃に敬われ吾子らに懐かれている人物にいろいろ鬱屈することもある清以だが、敵う相手ではないと早々に諦めている。夫婦語らいの邪魔とは言い出せない自分が恨めしい。

「今日は高位貴族の夫人方との交流会では無かったか?」

 皇妃に問う。

「はい。新しい救世院設立のための会合を兼ねていると仰っていられました」

 清以に問われ、ふとそれにしては早いお戻りだと皇妃は思った。清以も同じく、そう感じたので違和感に首を捻る。

 そうしている内に部屋の外が何やら賑やかなことになっている。幾人かが誰かを宥めるような声が聞こえてくる。だんだん清以の顔が青褪めて行くのを見た皇妃が赤子を抱いてそっと離れる。控えていた皇子付きの侍女にお包みごと渡すと、居住いを正し扉に向かって礼をとった。

吾妻(あがつま)よ・・・」

 軋む首を巡らせ皇妃に助けを求める清以がいた。

 皇妃は申し訳なさげに首を振ると、

「何も言わずお話を伺う方が傷は浅いと思われます」

 逃げる道は無いと諭した。

 果して・・・。


『清以、居るのかい』

 怒りを抑えた強い声が扉越しに聞こえてくる。未だ若い女の声だが、有無を言わせぬ威が含まれている。くぐもった聞き慣れた『王の剣』の制止する声もするから、この宮の官たちも一応は皇帝を守ろうとはしているらしい。だが、皇妃宮の真の主は己の主よりも上位者で、彼らの中の実に半数が後宮から出向している。止める者は実質居ない。

 ふるふると首を振る清以に、皇妃は扉を開けるように侍女に指示を出した。

 声に出せない衝撃に皇妃を見遣る清以だが、皇妃自体蓮歌の絶大なる信奉者だ。蓮歌に関係することだけは皇妃も蓮歌を優先させることを失念していた誠意だった。

『怒らないから出ておいで。

 産後の肥立ちの悪い嫁を困らすんじゃあ無いよ』

 夫以上に皇妃を大事にする蓮歌も、床上げも未だ済まない皇妃の目の前で()()()()つもりは無いようで、清以に出てくるように促してくる。

 (嘘だ!怒っている。何がは未だ分からないが、あれはかなり怒っている!)

 清以にしてみれば、来し方のあれやこれやで随分蓮歌から『おしおき』を受けている。これから己を待つ、肉体言語からの心を抉って打ちのめされる説教地獄。大体が己の過ちが元なので反論も許されず、ただ嵐が去るのを待つだけと最初は思っていたが、「おしおき」の意味が解からなければ解るまで続くのだから、為す術も無いのだ。


 扉は開けられた。

 開けた侍女が静かに佇む蓮歌の怒りの波動に()てられて座り込む。

 清以が覚悟をつけて蓮歌に上位者への礼をとると、その視線が蓮歌の足下へと釘付けになる。

 皇妃も立てない侍女を介助しながらも清以の視線の先に異様なものを見、あらまあと言う声が口を突いていた。

 蓮歌は自然に立っている。

 皇妃を表す鷺の冠を美しく結い上げた髪に置き、幾重にも色を重ねた(かさね)は一枚が紗のように薄い絹地で、皇妃の公式な召し物だ。慈善事業は皇妃が長であるため交流会と名を打っても政治的な場に軽い物は身につけられない。

 何よりも、丹色の美しい化粧は常の蓮歌は欠片も残さず、そう、余程で無ければ見破られることも無いだろう、皇妃に瓜二つに施されていた。

 清以は今この状況で皇妃そっくりに化けた蓮歌の行動にもの悲しい思いを抱いていた。

 皇妃と同じく幼馴染みで、先日来禁を解かれて『王の剣』に復帰した流風その人が、蓮歌の可愛らしい大きさの靴に踏まれているところなど見たくは無かった。


『釈明ならば聞いてやるよ。

 今日聞いた話が本当ならばゆっくりと話を聞いてやろうね』

 ターンと磨き上げられた小卓に長く扁平な棒が打ち付けられる。警策に似たその棒は草原の民の使う洗濯道具だ。打ち付ける裏面は艶が出るまで磨かれ表面は精緻な彫り物がされており、持ち主の家や父の名夫の名が刻まれる。表面を見れば所属や家族構成まで分り草原の国で初めて戸籍登録が導入された際には、役人に届け代わりに提出されたと記録されている。

 今この時は、蓮歌の前に座らされたこの国の最高権力者と最側近の男が並んでその音に脅えているという図だった。目的外に使われるのは、草原ではやんちゃの折檻に古くから使われてきたからだ。その身を打つのでは無く。蓮歌のように何かに打ち付けて音を出す。相手が怒っている理由が分らなければこれほど恐ろしく感じる物は無いだろう。この派生から草原の国での合議制の裁判では。これが同じく使用されている。


「身に覚えがありません。ご婦人方との交流会で何をお耳にしたのかさえ知らないのです。釈明などしようがないではないですか」

 伺うように蓮歌に反論する清以に「馬鹿!」と隣から流風が止めようと顔を押さえるが間に合わない。

 大きな背中に小さな足跡を付けたまま縮こまるように気配を消していた流風だった。たっぷりと油を染みこませた緞帳(どんちょう)に火を点けようとする護衛対対象を止めるのは職務だが、幼馴染みである悪友のうっかりに巻き込まれて堪るかという本音が透けて見える態度だ。

 そんな二人の醜態に見下ろす蓮歌の視線は絶対零度だ。

 孫の家族(・・)のために『仮装』までやてのける程には孫《正:子孫清以)に甘い蓮歌だったが、上位者がその権力を悪用し下位者に不都合不合理を押しつけるよ言う行為には厳しかった。幼いながらも清以の長子は既にその洗礼を受けている位に厳しかった。

 今、蓮歌はその類いの案件で皇妃宮を強襲しているらしいのは理解できている二人だが、清以は何が(・・)に疑問を感じ、流風は誰が(・・)を懸念している。

 二人の不甲斐なさを内心嘆く蓮歌だったが、一向に答えに辿り着けないものだから痺れを切らして自分から話し出した。


『今日も苦行の交流会だったが、今日は格別な客があった』

 苦い物を飲み込むように蓮歌は続ける。

 皇妃に化け、公務の全てをこなす蓮歌にも苦手な物があった。

 それが問題の交流会と銘打った茶会だ。

 位階によって茶を始め食器や茶菓子、それぞれの身分に会わせた衣装。侍女の立ち居振る舞いや場の設えまでが女の政治学の名の下に気の抜けない手も抜けない催しだ。

 地盤のまだ固まっていない皇妃が側に置く者を選べる機会でもあるため、呼ばれる令夫人も準備に余念無く都を浚うように奔走する。

 高位の夫人達は地位を以て家のために以上に己の価値を皇妃や他家に示さねばならず、故事古典世事に至るまで精通せねばならず、また相手が発したあらゆる事柄も受けて返すだけの下地を幼い頃より訓練された剛の者ばかり。

 高位の夫人達より下がり中位で茶会に呼ばれる位置にいる夫人達は、これも家のために高位夫人達や寄親の家に遠慮しつつも名を覚えられるために必死となる。

 蓮歌は虚ろに見える彼女達の笑い声が嫌いだ。重ねられた上質の絹地の下で蹴り合いをする造花達が『瑕疵』のある皇帝の妻である皇妃を下に見る傾向が癇に障った。

 化粧の下でうんざりとばかり皺を刻む蓮歌に、後宮から()()()()の女官として出向している律涼は内心薄氷を踏む思いで蓮歌に付き従っている。

 そんな中、薄皮一枚で噴火を押留めている蓮歌の尾を踏む勇者・・もとい愚か者が出た。

 寄親が没落寸前の左の主席(しゅぜ)という伯爵夫人だった。

 何故寄親の侯爵家がそのような事態となったのか、寄子に告げる寄親など居ない。が、この狭く深い世界で生き抜くには目や耳よりも鼻が利かなければならない。『何故』などどうでもいのだ。

 宮廷遊戯など学ぶ気は塵ほども無い蓮歌でさえも唖然とする。(しか)らば勇戦の猛者達は度肝を抜かれただろう。


「皇妃陛下に置かれましてはご不快にお思せらるると存じますが・・・

 日に日に痩せ衰え己が罪に泣き暮れる「皇妃陛下!」っひ!光姫様!」 

 如何にもしおらしく皇妃から憐憫を引き出そうとすり寄る伯爵夫人に、律涼は蓮歌の前に出、高位の夫人達は眉を(しか)めながらも伯爵夫人を皇妃がどう扱うか見守る体で観察する。

 蓮歌は蓮歌で何を始めようというのか興味津々で見つめていた。そこへ甲高い声で皇妃を呼び乱入する者が。周囲を密かに警護していた女衛士はすわっと押し寄せその者を取り押さえるが、目が血走り美しく着飾ったつもりだろうその姿(ナリ)はどこかちぐはぐで、狂人と誰かが呟いたそのままの姿だった。


「誰か!」

 女衛士の尉官が強く誰何する別人のようなその人物を伯爵夫人が期せずして呼んだ名に、誰もが息を飲んだ。

 余りの変わりようにさわさわと動揺の細波が立つ。蓮歌も己が引導を渡したその女の変わりように目を(みは)っていた。

「光姫。

 其方が何故ここに居る。左の主席からは娘共々離縁され、実家からも離縁された後は罪の償いのために貴族位を返上し平民として都を追われたはずだが?

 知らなかったようだな伯爵夫人。だが、これはあってはならない事。事の重大さ故その者と共に拘束される。嘘偽りは己のみならず家にも及ぶ事忘れるな。

 連れて行け」

 毅然と言い放つ皇妃に誰もが自然に頭を垂れる。

 皇妃になる以前は凜とした美貌で控えめな所作が為人(為人)を『賢く前に出ない人物』と評価されてきた皇妃だが、その思い込みは間違った評価だったと肝を冷やした者は少なくない。

 侮りは足元を掬われることを皆胸に刻む。


「皇妃様!皇妃様!

 私が何をしたというのでしょう。

 私の娘が貴女様を害そうとしたなどという流言に惑わされた皇帝陛下が、何の罪も無い我が娘を正妃候補から外され「もうよい。これ以上は聞きとうない。下げよ」皇妃様!」

 押さえつけられ荒い息の中言い募ろうとする狂女を切って捨てる。

 見下ろす瞳に幾ばくかの憐憫の色が混じるが、されは一瞬の事だ。冷徹な表情からは誰もが元公爵夫人は及ばず口利きをしようとしていたと見られる伯爵家の先行きを思わせた。


「其方はそこまでしておきながら己のことしか考えられぬのだな。

 腹を痛めた吾子すら道具に過ぎなかったか」

 側に居る律涼だけが蓮歌の『怒り』を察していた。

 愛しい子孫(まご)である清以は勿論その妻である皇妃や清以の子らに注がれる愛情は深く、彼らを害する者には裂帛の覇気で気を奪ったことさえある。

 勿論、見下ろす罪人がしたことを許した覚えは蓮歌には無い、と律涼は知っている。

 大人しく都を出ていれば良かったのにと思わないでは無かった。

「っっっっ~~~~!どこの馬の骨の血か分からぬ僭王がああああ!

 高家である我が家の娘を蹴落とし獣に嫁したからと言って皇妃などと!がっぎゃあああああ」

 縛られ引き摺るように連行される光姫が憎々しく叫ぶと同事に、女衛士の小剣が光姫の脇を抉った。治療すれば十分助かる絶妙な塩梅で成された凶行に、ふらりと倒れる夫人が続出するが蓮歌は眉一つ動かさなかった。

 内心は怒り心頭だろうが怒りが最高潮になるほど頭は冷える。

 ガクガクと震える夫人達に目を戻すと、侍女たちに後始末を支持する。


「このような有様では交流会も続けられぬな。

 皆、気分の悪い者は申し出よ。この失態は席主である私にある。後日詫びの品を贈らせて貰おう」

 皇妃から退席することを許され、息を吐いた瞬間、その息の根を止めるような皇妃の声音に揃って戦慄する。

「あの痴れ者の言い分が真しやかに流布されていることは知っていたが、皆、それが真実とは思っていまい?」

 誰かのゴクリと息をのむ音が大きく聞こえる。誰かでは無く己のものかも知れない。

 皇妃の言う『言い分』とやらは面白おかしく、更に政治的な駆け引きの場でも使われてきた話だ。どの派閥も後見に持たない現皇帝を下に見て揶揄する事は、夫人達も無罪では無かった。政に関わる男達よりも鈍感に積極的だったと言える。

「これは独り言だ。皇妃が秘事を易々と漏らすわけは無いからな」

 穏やかとも聞こえる蓮歌の言葉に、知らず夫人達は身を寄せ合う。普段犬猿の仲と噂される高位の夫人たちも縋り付かんばかりに近付いていた。

「皇帝陛下の御父君に在らせられる先代皇帝は、皇家の血筋に非ず」

 はっと息を呑む声が重なる。

「先々代の皇帝は賢帝として良き治世を成した人物だが、50の声を聞こうというのに子を成すことが出来なかった。

 幾度も側妃を変えたが望む子は得られず、怪しい薬にまで手を出したが成果は無かった」

 薄々知っていた者も知らなかった者達も、皇妃の言葉に脅え震える。

「ある時、側妃の1人が懐妊したと報告が上がった。

 後宮の女官長を始め主たる官たちは疑義を出したが、側妃が閨で皇帝の耳に直に入れてしまったものだから、舞い上がった皇帝を止めることは出来なかった」

 皇妃が喉を湿らす茶を啜る音が響く。

「当然大事となった。官や側妃の家の寄親である侯爵家を始め多くの貴族達が動き、すぐさま皇妃宮に移された側妃は皇妃の顔色を伺う日々と併せて体調を崩してしまう。

 皇帝は側妃の願いを聞き入れ側妃の実家である穏やかな気候の子爵領に里帰りし、子が生まれるまで戻ってこなかった」

 話の行く先が知らなかった者にも見えてきた。

「側妃は自分の吐いた嘘に押し潰され痩せ細り飢え死んだ。

 子は一度も後宮に入ること無く皇妃宮で育てられた。側妃が後宮に居たままならば、腹の子共々黒焦げになっていただろう。後宮の守護は皇家の血筋を語り脅かす者に鉄槌を下す。

 そうして晴れて皇帝の血を引かぬ皇帝が産まれた」

 苛烈な真実に皆顔色が悪い。嘔吐をもよおす者もいる。

「この事実にいち早く気がついた者はふたり居た。当時の皇太后と皇妃だ。

 余りのことの重大さと、皇帝の子はもう望めぬ事と悟った二人は事態の収拾と隠匿に全てを注いだ。

 一番は皇帝の血を正しい場所に戻すことだ。そしてそれを知られぬ事。

 貴族家に降嫁した元皇女を辿り、生まれてしまった皇帝の子(・・・・)と娶わせ血を戻す。

 そのためには正妃にも子を産ませる。時間を掛けて周到に二人は動いた。

 そして陛下を生んだのは貴族位は伯爵家の女だった。

 婚約者もいたが元々疎遠で過ごし、皇妃自らが子飼いとして育ててきた娘。

 事情を知らされぬ筋から恨みを買い親子共々辛酸を舐めてきたが、皇太后亡き後も元皇妃の支えもあり見事成した。その後も残された陛下は舵取りを難儀するが先代皇帝が傾けた屋台骨を見事立て直した」

 静まりかえる場に、皇妃の峻烈な視線が巡らされる。

「雛を見て鷹と知らずに喰う愚者よ。

 お前達が足蹴にしてきた者を見よ」

 最後に言い捨てると皇妃は夫人達を残し場を去って行った。


 蓮歌の話す間ずっと大きな身体で畏まって拝聴してきた二人は、余りな内容に言葉も無く、反応する気力も無かった。

 何よりも鉄拳制裁で殴ってから殴るぞと放言する蓮歌が、暴力のぼの字も出さなかった。その上、皇帝の出生の秘密まで暴露されていた!事実に晒され跪きながらも目眩に襲われていた。

『とまあ、散々な一日を送らねばならなかったのだよ。全く。

 早う孫嫁が産後開けしてくれないものかねえ』

 合いの手のようにパシーンと小卓が打たれる。びくっと肩を揺らす清以。流風は恐る恐る蓮歌に問う。

「この折檻は何故に?」

 そして何故俺まで?と続けたかったが飲み込む。話の内容自体が清以には拷問に近かったが、蓮歌の意図はそうではないのでは?と疑問に感じたからだ。

『なんだい。折檻じゃ無いよ説教さね。

 ああ、そうだった。その帰りにね、律涼から聞いた話だよ!忘れてた』

 忘れてた?男二人してとほほと呟く。もう膝が限界なほどに痛んでいる。それに良い話でも無いのにまだ続くとは。

『清以。お前さん側妃を後宮に入れて何年が経ってると思ってるんだい』

 小卓から乗り出すように詰問する蓮歌。流風は蓮歌以外の側妃を思い浮かべ、そう言われればたった一人の側妃がとは言え清以が考える子の人数は十分揃った。上の3人は大きな病も無く健康で、末子は無事誕生した。それならばそろそろ清以の後宮を閉じる時期が来たのではないか。蓮歌が言いたいことはそれぞれの望みを与え後宮から側妃を解放することを忘れてはいまいかという事だろう。そう当たりを付ける。

「! 言い訳かも知れませぬが、忘れていたわけでは『何を言ってるんだい?違うよ馬鹿』え?」

 流風が思い浮かべたことは清以もそれに至ったようで、下手に言い訳をし始めた。にべもなく蓮歌に一蹴されることとなったが。

 パシンパシーンと卓が鳴る。

『私が言っているのは、第2側妃は全てが勘定で動いているから大丈夫だから、第3側妃には気を遣ってやってくれろと頼んで置いたのに。泣かしてしまったそうじゃないか。

 それをモノを知らぬ下女から外に漏れて、宮廷雀にいいように言いふらされたらしいよ。

 貴族の娘と言っても平民が呆れるような清貧の家だそうだ。こっちが気を遣わないと可愛そうだと言ったよ私は』

 確かに流風も覚えがある。その場に居たからだ。清以も畏まりましたと応えていたはずだ。

 後宮では王の剣と(いえど)も寝所までは入ることは出来ない。そのための女衛士だが、あの時は皇帝は側妃とお話になり泊まらずにお戻りになったと報告を受けていた。何やったんだお前と見ると、ふるふると頭を振りながら覚えが無いと言う答えが小声で返ってくる。

 恐る恐る蓮歌を伺うと胡乱げな目で見下ろされていた。

 パシーン!

『お前という子は情けないね。家を背負って選ばれて、あの歳まで家族を支えてきたような娘だよ?誰かを思うなんて暇も無く。経済面では頼りない父を助け、弟妹の将来のために爪に火を灯すように生きてきた子だ。そんな子が役者絵でも見たことが無いような妙なる美貌の皇帝にお目見えして初めて恋を経験した。

 それなのにお前さんは手は出さないから安心しろって言い置いて出て行ってしまった。

 そりゃあ後宮を出るときには良縁をと望んでいたが、その時にはお前さんにはお目見えしていない時だったからね。仕方が無い。

 でも、それからもお前さんは誤解されないようにって後宮では第1側妃の部屋にしか来なかった。

 その間に思いを募らせた第3側妃は(こじ)らせてしまったんだよ。

 後宮でも問題になってお前さんにも報告があった筈だよ。聞いてなかったのかい?本当に』

 本気で覚えが無いと訴える清以に蓮歌も呆れて矛を引く。

「よ、良かれと思って・・言ったかも、知れません」

 本当にそれは自分に非があるのかという本音が漏れたものか、蓮歌の(まなじり)が切れ上がる。

『知れません~~?よし!尻を出せ!知らないというならば教えてやろう!』


 それから、律涼の采配で皇帝と王の剣の不名誉は漏らされること無く隠匿され、皇妃の床上げが延長された。

 皇妃宮の奥の奥のお話。


 

 

 

 


 

 

長かったですね~何ででしょうね~・・・ごめんなさい。


サブタイトルの凶悪さときたら。巻き込まれ流風さんご愁傷様です。


次回は個人的に楽しみな皇国軍でのお話。いつお出しできるかは未定ですが(苦笑)


読んでいただき感謝感激!

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