玖
いつもありがとうございます。
取り敢えずの今後の方針を決めました。10話1章で人物紹介(と言う名の作者覚え書き)を挟んで、短ければ2章に後日譚を何本かにするか、3章にするかどちらかです!(決まってないやん)
どうぞお楽しみください。
誤字報告ありがとうございました!修正しました。7月14日
6月27日 誤字報告ありがとうございました!!
後宮の朱門が開かれる。
薄暮に浮き上がる白亜の宮の皇帝のみが通る門。
丹色に彩色された柱には漆や螺鈿で装飾が施され、両開きの扉には皇帝を守護する大鷹の意匠が中央に。楚々と後宮の官吏が布を巻いた手で門を開け皇帝に道を開いた。
未だ集められた妃候補の者たちは、お目通りどころか心構えや各種教育の過程にも入っていない為に己の部屋に留め置かれており、迎え入れるのは後宮に侍る女官や官のみ。侍女や小者はお目見えを許されないためにここには居ない。
先触れには後宮からの使者として出た衛士。後宮の衛士でないにも関わらず堂々と皇帝の前を歩く姿に、その衛士を知る者も知らぬ者もその威風威容に皇帝に平伏するために在った者はただ唖然と見送るしかなかった。
その上に覗き見る皇帝の顔色は苦悩の相を浮かべ、後宮を訪うそれではない。
平素から後宮に見向きするような人柄ではない彼の人であったが、今日この日は異常事態と平伏する彼等は感じていた。
感情を見せないその歩調は後見迄が同調し、何者をも拒絶している。皆なにがしかの不安を抱いているようで後々真相を聞こうにも語るような、語られるような雰囲気ではない。
後宮をざわつかせる一行は真っ直ぐに女官長たちの待つ部屋へと向かって行った。
「我、皇帝清以が御幸の先触れにて申す申す」
朗々と口上が回廊まで響き渡った。
皇帝より預かりし剣を右手で胸前に翳し、左手は二本指を立て九字を切るような仕草をする。
白金の鎧に朱裏のマントを靡かせまるで舞を舞うような動作は、見る者が見れば相当な剣の使い手と絶賛する代物だった。
ほんの小半時迄怠惰と言う名の脂を巻いたような男だった。面倒ごとを嫌い給料泥棒と自ら嘯くような輩だと言われていた。
本来ならば近衛衛士である自分が先触れであったのにと、後見にあたる若い近衛衛士は内心歯軋りする思いで睨みつけていた。そのせいで目が曇り、件の開門関の衛士のその本質に気が付けないでいた。
微かな不協和音は他の後見衆の官にも散見しており、主君である皇帝の真意など見通せるものは半分にも満たないお粗末さであった。
皇帝の御成りを報せる先触れの音声にも扉が開かれる気配はなかった。
扉の中に人の気配は確かにある。部屋を間違えているわけでも無い。それなのにと後見の中から不敬だと声が上がり始める。
だが、この状況で二人、何かが起こると身構えた者がいた。皇帝その人と先触れの衛士。
「むうっ!下がれ!下がられよ!」
九字を切っていた手で皇帝の胸を押し背中へと囲う。皇帝は何も言わずそれに従い身を折るように頭を下げている。衛士の剣を持った手は下げられまるで敵意が無いと言うかのようにそのまま剣を手放している。
その暴挙に見える行動に近衛衛士はいきり立ち先触れの衛士に食って掛かろうとし、他の官たちは抗議を囀ろうとしたとき、それは来た。
ばーんと大音声に続いて、立っているのが困難なほどの強風が一行を襲ったのだ。
胸を広げ剣を抜いて先触れに迫っていた近衛衛士はその身をズタズタに裂かれて後方へ吹っ飛ばされ、官たちは一纏めに飛ばされる。勘の良い数人が先触れの行動に乗じて身を伏せ無事であった。
眼前に皇帝の玉体に毛一筋の傷も負わせぬ衛士と、衛士に絶対の信頼を置く皇帝の姿を映し近衛衛士の意識は暗闇へと落ちてゆく。皇帝の命により無事であった官が倒れた者を助けに入っても、誰も彼をかえり見る者は居なかった。
騒然とする中、いつの間にか閉まってしまった扉を前に先触れの衛士と皇帝は思案する。
拒絶の意思ではない。それは確かに感じた。どちらかと言えば・・・揶揄われている。そんな感想に衛士流風はげんなりとする。
「勘弁してくださいよ。入れてって頼んでくれませんかね陛下」
慣れない冠をを避けるように指で頭を掻きながらそう願い出る。余りにも傍若無人な態度にも、皇帝以外には気付く者も居ない。親密な雰囲気があった。
「吾は初見ぞ。お前はもうその薫陶を受けているんだろう?」
これもまた気安く返す皇帝に、やれやれと流風は肩を竦める。
「風。それでどうする。このままか?」
良い体格をした男二人が緊張感も薄く、扉前で首を傾げる様は充分異常だ。ましてやこの国の最高位の皇帝が部屋の入れて貰えず立ちんぼ状態なのだから。
「おひいさんもふざけてるんだから、このまま入っちゃわん?」
もう面倒臭いが満腹状態の流風に皇帝が返そうとした時、先ほどとは大違いに粛々と扉が開かれた。
室の内側、扉の両脇には扉を開けたとみられる女官が平伏している。一言も発せず、その身を細かく震わせ皇帝を迎え入れたのは、膳部を仕切る女官長頭と筆頭女官だ。
後宮の食を一手に担う部門で、2流どころか皇都一の扱い商でさえ会頭自らが足を運びご機嫌伺いするほどの傑女と言われる女官頭と、後宮における皇帝の食の全てを任される筆頭女官。
未だかつて彼女たちが床に身を投げ出し平伏する様など皇帝と言えど見たことが無かった姿に、内心飛び上る程に驚いた皇帝清以は必死に平静を保つ。
何事か。清以の様子に流風もその異常を感じ取る。
泰然と見えてその実恐る恐る入室する二人の背後で、逃がさないとばかりに扉が閉められた。
室に入ると螺鈿の衝立があったと記憶していたが、少なくとも内宮に出向く前にはそういう配置だった筈。疲れも頂点に来て蟀谷を揉みほぐしながらも流風は状況把握に努めた。
椅子や卓も取り払われると思ったよりも広い空間になるものだと視線を回すが、その実は見たくない物を避け続けているからだ。
この皇国で下宮に詰める官や臣、高位貴族共など足元にも及ばない能吏の集団がこの後宮に詰める官たちだ。女官長を始めその実力や忠心、権能も含めて異様なほどだ。
そんな彼らが、皇帝ではない誰かに額づく様を素面で拝める日が来るとは。正直見たくなかったと本音がうっかり漏れそうになる。
皇帝などすげ替えが利く者に心底頭を下げる気に等ならぬと言い放ったのは先代皇帝の御世を支えた女官長だったか。つくづくしみじみ人外魔境の主たちなのだ。それが?縮こまって畏まって見えない圧に押さえつけられるようにぷるぷると震えながら平伏しているのだ。しつこいようだが皇帝ではない存在に皇帝の目の前で。
流風の背越しに清以も室内を見回して目を瞠っている。
皇子時代は自分の事を、援護もしなければ認知すらしていなかったのではなかったかという疑惑も少し感じていた彼らが、膝を折り額を床に押し付けるような人物。
後宮は初代の王妃なるはずだった英雄姫蓮歌が作らせたと、皇室の正史ではっきりと示されている。それを知るのは代々の皇帝のみ。
後宮を代々守るのは蓮歌を慕い集まった優秀な男女だったという。世襲に近い彼等の団結力は蓮歌が施した呪の一つだとも言われている。そこに思い至り、清以は彼等の真の主に思い至った。
後宮の官たちが示す忠誠は即ち、
「蓮歌様」
理解して納得していた事も現実をこうして突きつけられれば唖然と立ち尽くすしかなかった。
連歌と言う名の伝説はそれ程にこの皇国、皇族にとって巨きな存在だと言うこと。
口伝で皇帝のみに伝わる蓮歌の功績やそれを上回るとんでも話を、清以は父皇帝からではなくの母の義祖母である前皇太后より聞かされていたものを母が亡くなる前に書き記したものから知っていた。
前の皇太后は皇族の血の意味を、ひいては蓮歌の血の意味を知っていたのだ。
清以ではなく父こそが皇帝の血を引いていない。その真実を知る者の半分がこの後宮に住まう者たちだった
『漸くのお出ましだね。もそっとこちらにおいで。
この婆にお顔を見せておくれよ』
年若い少女の口から出ているとは思えない、老成した声が親しげに、本当に孫の顔を見に来た祖母のような体で手招いてきた。
「おい」
油を差していない歯車のように軋んだ声が、徐々に己の前から体を躄らしてゆく存在に掛けられる。
守護である筈の流風がそろりそろりと逃亡を図っているのだ。清以としては気持ちは分かるが逃がすわけにはいかない。こんな場面で盾に逃げられては堪らなかった。
『しょうがないねえ。こんな意気地なしでちゃんとやれてるのかいこの子たちは』
呆れたように溜息を吐く少女に、平伏していた者たちからも催促の視線が飛んでくる。己こそが彼らの主だというのにという概念すらもう無いが、味方がいないという事実は清以を打ちのめす。
「おい」
再度逃げ腰の流風の襟を掴み前へと戻す。流風も周囲からの無言の圧力もあり諦め清以の先導に戻った。
『皇帝陛下を呼び出して悪かったね。
私が蓮歌だよ』
平伏する官たちに囲まれ、一人椅子に座っている少女が改まって名乗っていた。
二人の間には卓が置かれ、香ばしい蒼茶が湯気を揺蕩わせている。
此方もまた一人で椅子に座り清以は蓮歌と対面していた。
「・・・清以にございます」
神妙に返す。何をしても何を言っても目の前の人物に抗える者などいない。早々に飲み込んで清以は国の祖である蓮歌が肉の身を持ち後宮に見えた真意に思いを馳せる。今この時この状況下で、決して自らが出てくることのなかった蓮歌がここにいる意味を。
黙して待つ姿勢の清以に、そっと蓮歌はほくそ笑む。この己の伴侶に姿形はそっくりな子孫は頭の良い御仁らしい。似てはいてもその中身の違いに微笑ましく感じたのだ。決して彼の人が暗愚というわけではないが、そこは血の繋がらない旦那より血の通った孫(正:子孫)だろうというところだ。
『まあ、お前様の母親には感謝せねばならないね。お陰で血が繋がった。
私の呪は血によるものだからね。前の皇太后の機転もあったのだろうが、よくぞ血を戻してくれたものだよ』
薄々ではあるが察していた皇族の事情をあっさりと言い放つもので、耳を塞ぐ間も与えられなかった流風が清以の背後で苦鳴を漏らす。勿論一人で逃げ出すことを善しとしない清以は知らぬ顔だ。それどころではない心境もあったが。
「この度の後宮への入宮は曰く有りと言うことでしょうか?」
直裁に問うこと。心が動揺に侵されては正常な判断が出来ない。清以は蓮歌の無駄口には極力反応しないことを決めた。始めから格が違う。それにそれを蓮歌も望んでいると感じていた。
清以の問い掛けに、蓮歌はくっと口角を上げ女官長を呼び寄せた。蓮歌が女官長に二言三言告げると、女官長は最敬礼すると官たちを促して清以と流風を残して室を出て行った。
『まあ・・ね。これは私たちの。失策と言ってもいいんだがね。
あの変態を魂魄の欠片一つ残さず擂り潰しときゃあ後々の禍根を残さずに済んだんだが、どうにもこうにも鳥黐のような奴で、浄化の旅にも出ず人界にくっついて離れないもんで。時折己の血筋に取り憑いては飽きもせずにこの国にちょっかいを掛ける。
数百年に一度、奴の力の増すこの星回りにな厄介なことを考えているようなのだよ』
あっさりと怖い話をされて、清以は絶句する。まるで久々に会った祖母が庭の枝樹に虫がついて困ったものだと嘆くような、そんな口調で言うものだから大した話ではないと錯覚しかけたぐらいだった。
『孫(正:子孫)の子も見たいし?さっくり変態を駆除したら暫くは皇都見物でもして帰ろうかなと思ってる』
後宮に来た理由に、これからどうするのかと身構える清以に、蓮歌はあっさりと『これからの方針』を話した。
身構えていただけに蓮歌の言っている内容が入ってこない。唖然と見ている清以に蓮歌はふふふと笑うだけで改めて言い直す事もしない。
流風はうへえと呟きながら逃げ道がないか目を彷徨わせている。
「その・・さっくりという部分を詳しくお伺いしてもようございますか?」
冷静に、努めて冷静に清以がお伺いを立てると、蓮歌は悪戯の相談をする童子のように前屈みになり声を潜める。この部屋に盗み聞きをするような勇者が集る訳もないが、そこは雰囲気でと蓮歌は笑いながら言い放った。
『先ずはお前様の子供を生むことになるな』
言われた瞬間清以は今度こそ凍り付く。何をどうすると?子を産む?誰が誰の?蓮歌様が己の?子供?
祖母(正:先祖)が孫(正:子孫)の子供を産むのは許されるのか?
清以の頭の中が読み取れるのか、その様をニヤニヤしながら眺める蓮歌に流風は助け手を出すつもりもないようで、彫像に擬態しながら沈黙を守っている。
『面白いから見ていたいが、余り時間も無いようだ。
そういうことだから、細かいことは追々だよ。今日はこれくらいにしよう』
さらっと本音を言うと、目の前の蓮歌がかくりと体を沈めた。はっと流風が手を出すと、その手を握って蓮歌が身を起こした。
「はあ。こんなに長く同調したことがなかったから疲れたよう」
気の抜ける草原の国の訛りが中身が入れ替わったことを告げた。短い時間に濃厚な『蓮歌』の気に中てられた二人は返す言葉も無かった。
『蓮歌』様は詳しく語るつもりが無いからこそ、ですね。清以と流風は暴風に晒された思いでしたでしょう。
前書きで書いたように調整中です。頑張ります。
新しいPC様が我が家にご降臨されましたが、NECから富士通に変わって使い勝手が・・・キーボードがエンターを押し忘れると文章の先頭にカーソールが残って、うっかりすると大分たってから気がついて打ち直すことに・・・なんで?面倒くさいからセッテングしてもらったから・・・機械音痴だから分からん!
読んでいただき感謝感激!