壱
みわかず様に捧ぐ!それだけのお話。返品不可!他の皆様も少しでもお楽しみいただければ幸いです。
乗馬できるのなあぜ?の下りを修正しました。 令和元年7月10日
皇紀1002年の初春。第61代皇帝清以帝即位の号令が皇国全土に響き渡った。
同時に若き皇帝の正妃と側妃候補が全国から召し出されることとなる。後宮は準備と同時に先帝の後宮の解散による移動に沸き、皇都は祝いと商機に逸る商人たちの熱気に満ちている。誰もの顔が明るく先帝崩御の消沈は見る影も無かった。
未だ春も浅い霜の張った農道をロバが引いた豆殻の山を積んだ荷車が行く。
農家の冬の手仕事である焚き付け用の豆殻は、皇都で大量に消費されるために、豆の収穫が住めば街道は豆殻の荷が何度も皇都へと運ばれる姿が風物詩となっている。
こんもりと積まれた山を見ればロバの馬力を疑うが、籾殻よりも軽いために小柄なロバでも引けるのだ。
荷車の脇では老爺が細枝を持ち、荷を締めた紐が緩んでいないか確かめながらのゆったりとした道行きだった。
荷車とロバを繋ぐ台にはこれも老爺の孫なのか、農民の成人である14.5ばかりの少女がちょこなんと座り、抱えた年季物のズタ袋に顎を乗せた状態で寝入っている。それはそれは幸せそうな寝顔で、老爺は覗き見ては微笑んでいる。
荷を運ぶロバは面白くなさそうに嘶くと大きなあくびを一つ零した。
「嬢、嬢や。この畑を抜ければもうそこは皇都じゃぞ」
豊穣の神に愛されたという大穀倉地域でもある麦畑は春を呼ぶ若葉が顔を出しており、淡い緑の草原の中を伸びる田舎道かと思えば麦畑。歩いても歩いても陽が落ちるまで終わりの見えない麦畑ももう終わるらしい。
少女は老爺に揺り起こされ、寝ぼけ眼で周囲を見渡した。
「ああっ!あれが新帝の坐す都なのね!」
いきなり座っていた台の上で伸びあがり、転げ落ちようかという所を老爺に抱き止められる。寝入っていれば大人しい物だった少女も、どうやら起きていればお転婆のようだった。
「危ないのう。気を付けなされ。
流石に若いと見えてそのキラキラの眼には都が見えるのか」
呆れながらも感心し少女が見ている方向を眇め見る。けれど遠く霞んだ行く手には薄っすらその姿が映っているだけだ。なんなら逃げ水と見間違えているのかも知れない。老爺が声を掛けたのは、通い慣れたゆえの感覚からだったのだ。
「え~見えないのお爺さん?
ほら、あんなに立派な尖塔が何本も建っているよ?白くって輝いているね」
流石にこの距離で詳しく見えるのはおかしいだろうと老爺は思ったが、少女は初めての都行きだと言っていた。それが真実ならば度を超えた視力の持ち主だ。
「わしも年寄りだしの。それにしても目が良いのう」
呆れるやら関心するやらで少女に尋ねると、少女はきょとんとして後こう言い放った。
「うちの田舎は目は良くなきゃ生きていけないねエ。
弓で射る時に地平まで獲物が見通せなきゃ鼻の良い獲物に逃げられるもん。
あたしは家族で一番弓が下手だから、父さんのように1里(約4キロ)先に居る草鹿の眼は射ることが出来ないよ?」
老爺はそれを聞いてびっくりと手を上げた。
「そんじゃあ嬢は草原の民の娘っ子だったかい。ようもここまで一人で来れたもんだ。
国境いも国境いじゃないかい」
驚く老爺に腕を組んだ少女はうんうんと頷いている。
「いやあ、遠いってもんじゃなかったねエ。馬に乗って移動するのがうちらの習いだけど、却ってこんな距離歩くってことは無かったんだよね。
乗り物って言われて乗ってみりゃ、舌は噛むしお尻も痛くなってもうごめんだと思ったよ。
馬じゃダメなのかって聞いたら、にょしょうが馬なんてはしたないって言うんだ。
お爺さん、にょしょうって何?」
根本的に教育が足りないのだなと老爺は思った。この国では先帝の代から自分達下々の者にも教育とやらを付けようと学問所が老爺の住む辺鄙な村にまで建てられた。子供たちだけでなく、希望すれば大人も読み書きや計算まで教えて貰えた。字が読めずに泣き寝入りしてきた庶民は諸手を振って歓迎し、先帝には多大なる感謝と尊敬を抱いている。
翻って少女は、草原の民と呼ばれる遊牧民である少女たちの村は移動が頻繁に行われ、戸籍すらまともに届けられない場合もあるので、教育が足りないと思われるのも無理はなかった。
「何と言えばいいのかのう。
女の人の事だが、未婚の娘と言う意味で言ったんじゃないかのう?」
ゆうるりと進む荷車とその上での会話だが、老爺の足はよどみなくしっかりとした歩みで少女から離れることなく進んでいるので、老爺自身も何気に健脚を誇っている。少女は老爺の答えに、それを呑み込もうと何度も呟いては老爺に確認をする。
「分った!
でも普段の移動には何に乗っているの?ここまで馬に乗っている人はビラビラやごってりとした刺繍をした服の人か兵隊さんしか見なかったんだけど」
老爺は吹き出しかけて漸う飲み込んだ。少女が言うビラビラだのが、貴族や高等商人たちの良く理解できない今の流行の衣装だという事が知れたからだ。日頃、自身よく笑わないでいられるものだと思ったことが老爺にもあったからだ。
「馬はな、乗るのも使役するのも金持ちか貴族以上の身分の方々だけじゃ。
嬢の草原の民はの、未だこの国が影も形も無い頃の話じゃが・・・皇国の前身である王国の興国記に遡っての王・清流との契約でお前さんたちだけは許されておるのじゃ。この国ができる前の大きな戦で興国の王を大いに助けたからじゃと言われておるんじゃよ?」
老爺の語る己の先祖の話に、少女はポカーンと口を開けて聞いている。老爺は阿保の子じゃったのかのうと微笑んだ。
「ふぇぇ!ご先祖様がそんなにすごい人だったなんて知らなかったよ。
ありがとうお爺さん。草原に返ったらいい土産話になるよ」
心から言っているのだと分かるその顔に、老爺はもごもごと笑いを誤魔化す。
「お、おおおう・・・。
ほれ、儂にもようやく見えてきたわ。
あの大きな衝立のようなものが皇都を護る城壁だのう」
誤魔化しがてら老爺は前方を枝で指し、この道連れの旅の終わりを告げる。
皇都への豆殻の運搬の仕事の前に、旧街道を一人で歩いていた少女を拾って2日間の旅はいつもの愛ロバとの無口な道行きよりも短く感じたものだ。
「わしはこれからこの荷を届けるために通用門側の門へ行くが、お前さんはどうするね」
そう言えば少女の目的を聞いていなかったことに今気が付いた老爺だった。
「ああ、一応預かってた通行書や書類もあるから入るのはどの門でもいいんじゃないかと思うんだけど、どうだろうねエ?」
と何ともふわふわした返答に、老爺は破顔する。
「んならわしと行くまいか」
「うん、そうする。ありがとね」
もうしばらく同道できることに二人は見合って笑う。豆殻に潜り込んで寝、同じ釜の飯を食った道程は二人の間に微笑ましい絆を生んでいた。
「よしその位置で止まれ!
開爺さん。久し振りだなあ。まだまだ現役で行けるじゃないか?」
主に商人の物流に使われる西門の前でロバの荷車は止められた。
その頃には少女も荷車から下り、老爺に並んで歩いていた。
門の前には列が3列に伸びており、老爺は一番右の列に並んでいた。その列は、老爺の荷のように重さは兎も角嵩張る物が多く、それ程並んでいないのに門は前の荷で全く見えていなかったからもっと遠いのだと少女は思っていた。
そんな二人の元に、短槍を持った兵士がやって来て老爺と親し気に話し出したので、少女にはいきなり現れての事なのでびっくりと目を丸くして固まってしまった。
「いやいんや。もう来年からは息子に任せるわ。ロバもわしも引退じゃ」
ロバの白っぽくなった鬣を撫でながら応じる老爺も、久し振りに会えた旧知の兵士にほっと肩を下ろしている。
悪い人ではないと判断した少女は一旦警戒を解く。少女はここまでの道すがら、割と碌でもない門番や兵士たちと行き会って来たので、どうにも兵士が苦手なのだ。
「ははは。俺の田舎の親父のように、辞めて一月もしたら畑に出るって。賭けてもいいぜ」
「なら、10年物の古酒があるからそれを賭けるかい」
軽口を叩く老爺に兵士の『乗った!』の声と同時に列が動き出した。
「おや?爺さんの孫に娘っ子はいたっけな?」
老爺と喋るうちにお国言葉が出るようになった兵士が少女を覗き込む。
「ああ、途中で街道で拾ったんだが、連れが病を得てそれから一人で皇都を目指してきたんだって言うから乗せて来たんだ。
通行書も手続きの書類も一切合切預かってるってんだから、入れてやってくれんかのう」
簡単に少女の身の上を話して聞かすと、兵士が人の良い顔をして心配気に少女を見下ろす。
「そらあ難儀だったな。
全部揃ってるんなら問題ないだろうよ。このまま爺さんと進んで門に居る衛士には爺さんが説明してやってくれよ。俺は持ち場を離れられんし、悪気は無くとも子供には怖い兄さんたちに見えるだろうからな」
兵士の言葉に老爺はあいあいと頷き進む流れに戻った。手を振る兵士に愛想よく手を振り返し、少女も後に続いた。老爺の荷車が門に着いたのは半刻後の事だった。
短くします(予定)
ラブコメヨリコメディトシテオタノシミクダサイ
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