乙女は恋で装うの
タイトルにお花畑感を目指しましたが…。
口がとても悪いです。お嫌いな方はお控えを。
私の心は沈んでいた。
高校生になって初めて購買で買ったミルクセーキは
とっくの昔にぬるく成り果てた。
目の前の輩のテンションは高い。
……話が……長い。
「もう、ねえ。
カケルくんったらホントにときめいちゃうんだ。
こないだもね」
「へえ、はあ、ほお、うんうん」
頬を染めて美少女は語る。
長い長いお話を。
私の目が死んでも腐っても化石になりそうでも。
人類創成期……そうだ、帰りに恐竜の本を見に行こう。
「聞けよ!!」
学食の机をぶっ叩いてブチ切れたコイツの名前は晴馬しのぶ。
私の小学校からの友人である。
美少女なのに性格が小学生男子メンタルで一切モテなかったという残念な美少女だ。
顔は可愛いし、髪の毛ふわふわだし、声は可愛いし。
黙ってじっと座ってたら相当モテた筈だ。
その動きに動く変顔と口とガニ股歩きとその性根を隠したら相当モテた筈だ。
だが、こいつは常に動く。
性根も隠さない。どんな時でもだ。
だからモテなかった。
だが、今のこいつは違う。
そう、過去形だ。
ムカついてたまらない。
あ、私?
コイツとつるんでいた居た時点で同じ。
同類項だったよ。
コイツはリア充にジョブチェンジしたから過去形だけど。
顔は全く違うモブ顔だよ。
背丈は174cmまで伸びたけどな……。
……神様仏様、その他私にお慈悲を掛けて下さる誰か様。
次に生まれる時は人生イージーモードをお授け下さい。
出来ればこの女子的にか弱さのかけらもない無駄な背丈ではなく、可憐で可愛い感じの外見をお与えください……。
「聞いてんのかよ!!」
この口が悪すぎる見た目ちまっこい栗鼠のような美少女のコイツとの出会いもまあまあ最悪だった。
あれは小学生の時、クラス替えで緊張していたら
後ろからにスカート捲られたんだったっけ。
あの時は頭が真っ白になって……、蹴り飛ばした。
あんな簡単にふっ飛ぶとは思わなかった。
その後取っ組み合いの喧嘩になって、今に至るのだが……。
……蛇足だが、小学校では私は女子に怖がられ、
男子に恐れられていた。
全てはコイツが悪い。
それまでは名前が似合わないと言った奴としか、取っ組み合いの喧嘩になったことはないからだ。
「何千回聞いたよ!聞かされたよ!
お前が他所んとこの高校生に声かけられたら『コイツ俺のだから』ってイケメンの風魔法吹かせながらやって来たんだろ!!」
「違う、清らかな光とかフワフワした感じのを背負ってたの」
「知るかああああ!!リア充滅びろクソガアアアア!!」
残念オブ残念の名を小学生から欲しいままにしてきたコイツを射止めた男がいる。
カケルくんと言うらしい。苗字は知らん。
そいつの事をこの小学生男子メンタルが、
年頃の女の子みたいな口調で……いかに自分と彼氏の仲が睦まじくて、イッチャイッチャしているかと話すのだ。
お前、最近まで男子と石ひっくり返して、ゲジゲジ探して遊んでただろが!
何がイケメンとラブコメだふざけんな。
そんなもん漫画とアニメでしか知らねーよ!!爆ぜろ!!
「お前のアホみたいな連続リア充ドラマを独り身に聞かせる拷問は楽しいか!?
後、お前口調がキモイ!!」
「うるっせえ!!」
「それがお前の本性だろうが!!フラレろ!!」
「……見られてんだよ!!」
今までとは打って変わってしのぶがプルプルしていた。
……今、何と言った。
「見られた?」
「カケル、くんの弟に、見られたんだよ…雛菊…」
「……ぐはっ!!」
…危ない、頭を机にぶつけるところだった。
真剣に聞こうとしていた気がごっそり削がれた。
相手はシリアスムード満載だけど。
……そこで呼ぶか。
「いや、シリアスな悩みなのは分かるけど……私を名前で呼ばないで…頼むから。
せめて苗字…最早おいとかお前とかでいい。
呼ばないで頼むから」
……私の名前は清水野雛菊。
……ひなぎく、雛菊。
全国の雛菊の名前を持つ人にお詫びしたい位、
名前負け雛菊だよ……。
因みに幼少期から散々笑われた。
初対面のこいつにゲラゲラ笑われたから。それは普通に腹が立ったので殴っておいたけど。
……親には言いづらいが、私はこの私に似合わない名前がとことん苦手だ。
本当に……苦手なんだ。
心がざわざわどころかドロドロ崩れて流れて行きそうになる。
「何でだよ、お前の妹は蓮華ちゃんじゃないか」
「いやもう蓮華は可愛いから良いんだよ……。
そんな事より、そのカケルくんって学校違うんでしょ。
その弟とやらに何で正体がバレるんだよ」
「うちの学校にいるらしいんだ、その弟が」
「何処組の何処だよ、そいつ」
「三年らしいんだ」
繰り返すが、私達は高校に入ったばかりだ。
そしてターゲットは高校三年生。
そいつの兄貴がしのぶの彼氏。学校は違う。
……んんん?
「…待って。そいつのお兄さんがしのぶの彼氏?
双子か何か?」
「何言ってんだ、カケルくんは大学生院だぞ」
「……しのぶ、年上と付き合ってんの?」
毎日繰り返される苦行もとい呪われた言葉……もといコイツのリア充ストーリーなんか1ミリも覚えてなかったわ。
大学院生と私たちの歳の差をひい、ふう、みい、と
指を折って数える。
……留年せずに入っても22歳じゃないか。
繰り返す、私達は15歳。
しのぶは6月に誕生日が来るけどそれでも16歳。
……ええー、それって大丈夫なの?
思わず浮かべた微妙な表情の私に、しのぶは膨れた。
「それが何だよ。
言っとくけどカケルくんをロリコン扱いしたら」
「…したら?」
「出来るだけ大通りで、待ってえええ雛菊ちゃああんって大声で呼ぶ」
思わずアイアンクロー食らわすぞボケと言いそうになりました。
いけないいけない。
流石にもうこいつを吊るし上げる腕力は無かったわ。
腹立つから頬っぺたに手を当てるポーズ止めろ。
古いんだよ。
「分っかりました、しのぶちゃん。お互いの愛があれば大丈夫よね」
「うふっ、有難う」
学食の机の下で足を軽く蹴りあいながら、微笑みあう私達。
女の子の友情シーンらしいよね。
……靴下汚れたじゃねえか、アホがと思ったけど、あっちもそうだから気にしない。
「だから気持ちわりいんだよ……」
「……清水野もな」
「しのぶ、死んでも女の子らしくしたくないって
言ってたよね」
「恋は人を変えるんだよ」
「そうみたいだな。
近所の木村の上の兄ちゃんの嫁さんが5個下って聞いたら、速攻本人にやーいロリコンって言ってたもんね」
「嫁のおっぱいでっけえなって謝っといたよ」
「謝ってないからね、それ」
いくら美少女と言えどこんな女を彼女にするのは、どんな菩薩かと思っていたら……年上か。
良く考えてみると年上でも年下でも、こいつを御せる男が居ようとはびっくりだ。
コイツがこの小学生男子メンタルを隠して、
女の子らしく振舞わせてという事……あ、猛獣使いか。
大学院生と言っていたが、将来大蛇とか巨大生物を倒しに行くタイプなのかもしれない。
ただのイケメンと思っていたが、3ミリくらい興味が沸いた。
「話を戻すけど、その弟とやらに何を見られたの?
出来ればフォローできるかもしれないし」
「それがね、隣の席の男子がエロ本持ってきてたから、一緒に見て笑ってたのを見られたの」
通常運転じゃねえか。
私は出来るだけ優しく微笑んだ。
「ごめんね、しのぶちゃん。アウトだわ」
「いや最後まで聞けよ!!」
「聞いたところで何なんだよ!!お前がジャージ履いてるから大丈夫とか意味の分からん理屈繰り広げて、
男子の前で大股広げてゲタゲタ笑ってる光景しか思い当たらんわ!!」
「え、すっげえ清水野、エスパーか!?」
「お前の被害に遭った男子から相談されたんだよ!!
どんだけ男の夢砕いてるんだ!!可哀想だったわ!!」
「いや、見た目だけに寄ってくる奴とか知らねえし。
私、カケルくんが居ればそれでいいし」
……相変わらずしのぶへの男の夢を砕くのは、3秒とかからない。
私は出来るだけこめかみの血管がキレそうになるのを抑えて、優しく微笑んだ。
「ねえ、しのぶちゃん。
貴方の行為が、大好きなカケルくんが三行半を持ってこられそうな状況分かってる?」
「何ミクダリハンって」
「そこじゃないしどうでもいいなあ!
江戸時代の離婚届だよ!!」
「えっ、いやだ、カケルくんと結婚だなんて……16になったら速攻挙げたいなぁ……」
話を聞けよ。
何で可愛く怖い事言ってるんだこいつ。
小学生男子に加えてお花畑患うって酷い話だよ?
私は根気よく話を軌道修正した。
「弟さんに、正体を見られた事実をどうするの?」
「どうしたらいいと思う?」
どうしようもないでしょ。
「いや、アウトだよ。
もし、しのぶが男で、彼女がよその男の前で大股広げてゲタゲタ笑ってたら」
「見た相手の男を殴りに行って、合法的に殺しに行く」
「お前の辞書に穏便とか無血開城と言う言語は無いのか」
「そっか、あの弟脅しに行ったらいいのか…」
……何でそんなことになるんだ。
仕方ない、リア充の補給を手伝うなんて、
非リア充として臓物奪われてもやりたくなかったが……見知らぬ人の人命を見捨てることは出来ない。
私とて身に降りかかる火の粉は払い、時には蹴…るのはやめとこうか。
あ、名前と見た目が有っていないと言われたら、無差別に殴る。
でも、決してこいつのように無差別に襲い掛かったりはしない。
私はこいつのように血の気の多いアホではない。
知性を持った平和主義者なのだから…。
「しのぶちゃん、その弟さんは将来の義弟でしょ……」
「……将来の、オトウト……?」
良し!!しのぶの目が無事お花畑に戻った……。
……ウザいな。
しかも何て虚しいんだろう。
「もっと心穏やかに、幸せな関係を気付かなきゃ……」
「でも、穏やかにって、どうやるの?」
「戦闘民族みたいな事言わないでくれる。
何か色々誤魔化しの文句を考えるのよ。
しのぶは確かに女の子は好きだけど、男性はカケルくんしか好きじゃないとか……」
我ながら全然誤魔化しになってない私の提案に、しのぶはイヤイヤと首を振る。
「その通りだけど……やだ、それ、私がド変態みたいじゃない」
「エロ本で喜んでたのは事実だろうがよ!!」
「違うの、巨乳を見る専門なの」
「何が見る専門だ。
お前に揉まれた事ある人間としてそこは訂正するからな」
「いいよね、私よりおっぱいでかくってよ。
肩とか凝ってみてーよ挙句触りたい」
悩みを聞いて差し上げている恩人様の胸元に伸ばしてくる手は、全力で叩いておく。
「ド変態が出てるわド変態」
「男の人はカケルくんしか好きじゃないの。
カケルくんには抱かれたいと思うの」
「……何だろ、このそうだけどそうじゃない感」
コイツとの会話はお花畑か物理的にヤバいしかないのか。
酷い。
長時間変な話を聞かされて本当に肩が凝った。
「もう帰ろうよ、しのぶ。
その三年生の弟さんとやらも、もしかしたら見間違い悪夢と思って忘れてるかもしれないじゃん」
何だ見間違い悪夢って。
我ながら酷いフォローだが本当にしのぶの相手は疲れた。
「残念ながら更に確信した」
だから気が付かなかったのは私のせいじゃないし、大体しのぶは位置からして見えてただろうに
何してんだ。
……多分、熱くなり過ぎて誰が居るかなんて
気にもしなかったんだろうけど。
……それにしても、誰だ。
何となく想像はつくけど。
「こんな痴女が兄貴の彼女なんて何の冗談だ。
即刻兄貴にお前の正体を連絡する」
「あらイヤダァソーマくんお元気ィでーすぅ?」
わー、やっぱりい。
やっぱりここは今の話の流れの中心、弟さんだよな!
イケメンの男子生徒(但しお怒り中の様子)だね!
若干背は私より低いかな。
まあでも私以外の女の子(大多数)なら高いと思う。
…別に悲しくも虚しくも無い。
まあ、でもイケメンさんだね。
廊下ですれ違ったらきっと二度見しちゃうな。
今は逃げたいけどね!
しのぶの彼とやらも、この人のお兄さんなら確かにイケメンだろうね!
気まずいね!
ハッピーエンドハッピーエンド(呪文)