彼と私が幸せなら
お読みいただき有難うございます。
人騒がせなスクールラブです(糖度があんまり無い)
いまいち欲しい本が無かったから、
ついでにしのぶを拾って一緒に帰ろうと思ったら、
同級生にしのぶは学食へ行ったと聞いた。
学食。
昨日先輩と会った所……。
若干、ドロッとした感情が胸に広がったが、
今日も居るとは限らない。
そんな楽観的な気持ちで学食へ向かうと、何故か其処は水を打ったかのように静まり返っていた。
異様だ。
原因はすぐに見つかった。
隠れるつもりもないのか、ド真ん中寄りに居たしのぶと
その横の席に居て、私に背を向けた先輩。
そして、その腕に巻き付いた……女子生徒。しかもまあまあ可愛い女。……先輩に、抱き着いた、女子生徒……。
冷静にならなくては。
そう思うのに……どういう感情だろう、これは。
一気に血が冷えていくのが分かるけれど……。
何故か、グラグラと煮え立つような感情も沸いてくる。
そんな自分でも形容しがたい感情を持て余す私に、声を掛けたのは…張本人だった。
「雛菊、伝えたいことがある」
この状況下で、先輩、一体何が言いたいんだろう。
やけに冷静になった私の視線もものとせず、先輩は耳を疑う事を言った。
「……とりあえず、助けてくれ」
……何を言っているんですか、都合のいい。
反射的にそう喋ろうとした……。でも私の口は動かなかった。
だって、その言葉に、私はとてつもない喜びを感じていたからだ。
あの先輩……颯真くんが児童館で心を解こうと苦心していた颯真くんが。
中々あの時、心を開いてくれなかった颯真くんが、私に助けを求めている。
この私に、だ。
心に沈めたあの人が
私に助けを求めている。
その言葉に、暗い暗いどろっとした感情が吹きあがって、反射的に笑みが浮かびそうになる。
それは間違いも無く、喜びの感情で……!
私は……この喜びに愕然として多分吐き気がしたのに、それでも嬉しくてたまらない。
……感情を隠すのが精いっぱいだった。
それからその後は正直覚えていない。
ただ、颯真くんが私を頼っている。私に目を向けている。
その目は間違いなく、好意。
あの児童館で向けられたより、もっと根の深い…好意だ。
それが嬉しくて、嬉しすぎて……!
その感情だけが私を支配していて……正直、頭の中がドロッドロした、お花畑だった。
ああ、まずい。
理性が、ガンガン止めといた方がいいと警鐘を鳴らしている。
きっと私はまた颯真くんに心を乱されて、泣いて、ドロドロの感情を生んで……はたまた心を病むかもしれない。
颯真くんだって私の態度にイライラして、また変な行動に走ったり、怯えたりするかもしれない。
……あれ、でもそれって普通だよね。
だって、普通に恋愛していたら、どんな恋人にも起こることじゃない?
恋人の行動に一喜一憂しないのって、それって興味が無いことじゃない。
未来は必ずハッピーエンドなんて決めるのは多分、死ぬ間際とかじゃないと分からない。
大体、私は今幸せなんだから、他人がお前の恋はおかしいからやめろとか、止められる権利ないんじゃない?
……何だ、そう思うと凄くよく今日は寝られそう……。
心がすっごく平穏だ。
そして……走った覚えはないけれど、気が付いたら家だった。
……私ってよく意識を飛ばしてるのに帰宅が出来るな。帰巣本能凄くない?
そして翌日。
普通に登校して、颯真くんに会わないかな、とドキドキしたが会えなかった。
あんなに昨日は偶然会えたのに。
颯真くんは三年だから、階も違う……。
下足箱の前で会わなければ、今日会える可能性が低い……。
ああ、約束しておけば良かった。
ちょっとがっかりして、カバンを机に置くなり、
目が真っ赤のしのぶに捕まった。
……寝られなかったのかな?
可愛い顔で目が真っ赤って…見た目は可哀想って感じだけど、相手はしのぶだ。
見た目で騙されてはいけない。
私はしのぶに向き直った。
「雛菊、お前はソーマくんに近づかない方がいい」
「何で」
「昨日散々突っ込んだがよおおおお!!」
クラスメイトの何人かがぎょっと振り返ったが、
相手がしのぶだと分かると、彼らは友達との会話に戻っていった。
……うん、慣れているな。
それにしても叫ばないでほしい。
先生が来たらまた連帯責任で怒られるじゃないか。
そう言えば昨日学食でしのぶが散々何か言ってたな。
何か色々失礼な事を言ってたけど……えーーーっと。
「もっとコミュニケーションを取らないと、拗れるって言ったじゃないか」
「何を都合よく自分に優しい所だけ拾ってんだ!!色ボケ症か!?」
……他何か言ってたっけ。
何か受け答えは普通にしてた気がするけど……。
……殆ど颯真くんの事に支配されてて覚えて無いな。
「しのぶだってずっとこんな感じだったでしょ、一昨日は。」
「……そこは、気にするな!!」
「するわ!!」
ちょっと自分でも思っていたのか、しのぶの勢いが一瞬緩む。
本気で心配してくれるのはよく分かる。
人の事だとよく見えるのよねえ。
でもしのぶ、凄くブーメラン発言だから、それ。
「……ねえ、雛菊」
「なに、しのぶ」
しのぶが恐る恐る聞いてきた。
人をそんなに危険人物みたいに見ないでくれるか。
まあ、ちょっとテンションが朝はおかしいかもしれないけど。
「“雛菊”呼びしてるんだけど、何で怒らないんだ」
「……あ、馴染みすぎてて分からなかった」
そう言えば、さっきからしのぶは雛菊呼びだわ。
「多分、親としのぶと颯真くんとカケルさんには呼ばれても大丈夫みたい」
「……狭っ!!」
そう言えばそうだな。
思ったままをしのぶに返すと、何故か笑顔で嫌そうな声を出して……という言う変な事をやられた。
器用な奴め……。
「それだけはトラウマ克服で良かったかも」
「あ、いや、よく考えたら克服してないけど……いいのか、雛菊」
「赤の他人に下の名前で呼ばれる機会とかそんなに無いでしょ」
「……ううーん、さっきは思わずちょっと喜んだけど、微妙だ……。
しかも何故か翔くんまで入ってる事態に、私は妬いたらいいのか何なのか」
「尊敬する人に名前を呼ばれたら嬉しいじゃない」
「一日で尊敬する人に押し上げられる翔くんって…」
まあ、それは自分でも何でかなと思う。
…大したことも言われてないけど、
あの時カケルさんじゃなかったら助けなかったし、慰めても貰わなかった。
……我ながら、自分の感情がよく分からないけど。
「普通はさあ……こう、尊敬しあえる人とお付き合いして、
幸せになりたいものじゃない。
雛菊はソーマくんを尊敬してるの?」
「…………」
「無言がすげえ長いけど!?」
「尊敬できるほど、颯真くんを知らない、かも」
「翔くんの方がもっと知らねえのにかよ!?」
それもそうだな。
何でかね……。
……颯真くんを思い出すと、
こう、ドロドロッと感情が湧き出てくるけど…
カケルさんだと、こう……暖かい気持ちになれると言うか……。
「こう、何だろう……暑さにやられて木陰に避難するみたいな、砂漠でオアシスみたいな」
「訳が分からない!!翔くんに乗り換えたりしないだろうな!?
止めてよ!?」
「それは乗り換えない」
「何で断言できるの!?」
そんな必死の形相で汗メッチャかかなくても……。
断言の理由……。うーん、私の中でははっきりしてるんだけど、説明するとなると……。
「颯真くんだと暗い感情が出てくるけど、カケルさんだと暖かい感情が出てくるって言うか」
「それは普通にソーマくんを憎んで、翔くんに恋に陥ってるんじゃないの!?
イヤだああああ!!!」
素直な感情を述べただけなのに……しのぶが本気で泣きそうになっている。
……まあ、自分でも何トチ狂ってんだって思うよなー。
他人事なら。
「いや、私が好きなのは颯真くんなんだけど」
「どう考えても恨みつらみが前面に出てるけど!!
いや、それはそれで当たり前の感情なんだけど!!」
「落ち着いて、しのぶ」
「ああああ何かイライラするムズムズする!!
でも憑き物が落ちたみたいにすっきりしてる雛菊おめでとうーーーー!!」
あ、これは颯真くんに本気で怒ってる。
そして喜んでいる。
良い奴だね、しのぶ……。
そして颯真くんとの仲を認めてほしい……。
「大丈夫?何か要る?」
「あああ、喉が超痛い!!のど飴をダースで寄越せ!!!」
「そう言えば虫歯治療行ったの?」
「歯医者嫌だああああ!!」
そこで予鈴が鳴って、たまたま早くやって来た先生にしこたま怒られた。
騒いでたのはしのぶだけなのに!!
ああ、そうだ。
昨日の記憶が途中すっ飛んでるから、
とりあえず型通り申し出ておかないと……。
昨日みたいなことが怒らないとも限らない。
あの女子の気分は落ち込んだけど、自分の蓋してた気持ちに気が付いたけど……不愉快なのも確かだし……。
颯真くんの教室って何処だろう……。
しのぶに聞けばよかった。
「しのぶ、颯真くんの教室は」
「知らねえ知らねえ。
お友達の忠告を素直に聞かない人に、情報とかとんでもない」
言い切る前に耳を塞がれて舌を出された!!
イラッとするな!!意地悪いなっ!!!
いやいや、これは私の事を思いやってくれて…腹立つな!!
もういいわ!!
あ、三年生の靴箱でも見に行くかな……。
ちょっと時間がかかるかもしれないけど、確実だし。
そう思って立ち上がった私の目の前に、奇跡が現れた。
「颯真くん……っ」
あ、今私、恋する乙女してる。
しのぶの変顔が視界の端に映ってるけど気にしない。
「雛菊」
笑顔が…その控えめな笑顔久々に見た。
ヤバいよ。十年ぶりだけど刺さるよ、乙女心に……。
「あなたが好きだから、付き合って」
「いいよ、俺も好きだから」
……型通りとか思ってごめんなさい。
すっごくいいです、告白してオッケーの返事を好きな人から貰うのって。
そして私の心はドロドロに解け去るのだった。
「絶対認めねえええええ!!非常識極まってる!!
後ソーマくん三年生だろ!!ここ一年の教室、そして一年の廊下!!
昼休みは自分の教室で飯を食えええええええ!!」
正当な突っ込みは気にしない……。
そしてしのぶ、セリフだけ聞くと横恋慕してる人みたいだよ……。
主要登場人物の大半は、友人の事を思いやれる人とした前提の上、書いています…。
もっと短くなる予定だったんだけど、おかしいな。