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コンビニエンス・ツマミ

 それはある週末の夜の事だった。

 連日の残業もすっかり板についてきた夏海は、今日も帰り道のコンビニで夜食を探していた。ここのところ毎日このコンビニで夜食を確保している。夜食が三十代の美容に深刻な牙を剥くのは重々承知のことだが、コンビニの揚げ物が思ったよりも美味しいので、これがなかなかやめられないのだ。疲れた心と体には、ジャンクフードの体に悪そうな感じがたまらない。

 しかし今日の夜食は、少しだけ趣旨が違った。

 なんといっても今日は金曜日。それも、給料日直後。先月から引き続く予想外の超過勤務、及び休日出勤で、夏海の懐はとてもとても潤っていた。こんなに潤っているのは、宝くじで十万円当てて以来のことだ。

 そして今週は、土日にまるごと休みを取ることができる。久しぶりの二連休に踊る心が、アルコールを求めてしまったのだ。休みが一日だけだったりすると、飲んだ勢いで一日寝過ごしてしまうことを恐れてお酒から逃げてしまうのだが、二連休なら一日ぐらいくれてやるぐらいの気持ちで臨むことができる。

 というわけで適当な安酒とハイボールをチョイスし、今はつまみを見繕っている。ウィスキーに合わせたナッツや万能のチーズは確保したので、後は肉々しい物が欲しいところなのだが……。

 一週間の仕事に疲れきった濁りかけの瞳で店内を見回す。と、ナッツとは少し離れた位置に美味しそうなジャーキー系の赤色を発見した。パッケージの猫が可愛いのも高得点だ。既に立ち読みのおじさんや不良ぐらいしか居ない静かなコンビニで、三十路女が大股で歩く。

 商品を手にとってカゴに入れる。もう少し買おうと同じ棚を見回す、と――あることに気づいた。

 どのパッケージにも、犬や猫の写真やイラストが載っているのだ。

 いくらなんでも不思議に思いよく見ると、そこはペットのおやつコーナーだった。夏海がお世話になったことはないが、最近はコンビニでもこんなものが売っているのだ。便利な世の中である。

 と、いうことは、つまり。

 先程放り込んだシロモノを確認。案の定、猫のおやつだった。

 この野郎、まっこと憎たらしいことに、夏海の目にはとても魅力的に映る。この絶妙に柔らかそうな感じに、綺麗なピンク色。本当に畜生の餌であるのかすら疑うような、マストツマミじみたフードだ。

 だが、猫の餌である。

「うーん、これは……」

 猫の餌が。人間様が食べるようなものではない。残念だが、仕方ないだろう。

 しかし、そこで夏海の脳でとある考察が産声を上げた。

 たとえ猫畜生の三時のおやつであろうと、食物であることに変わりはない。人間は口にしないようにとパッケージ裏に注意書きが記されているが、そんなのはただのタテマエだ。夏海は知っている。日本では、たとえ実際に問題はなくとも、非推奨の使用法はやってはいけないように書かれていると。

 なのでこれを人間が食べても大丈夫。長時間労働の疲れからか半ば血迷った夏海は、遂にはそんなことを考えるようになってしまった。

 だが、畜生の餌を有難がって食べるのは、夏海のプライドが許さない。しかしとても美味しそうだ。

 プライドを取るか、実利を取るか……最近読んだなんとか心理学では、最初から行動は決まっているらしい。つまり、欲しいものはその場で買ってしまえということだ(曲解)

 決まり! 購入! 決定!

 懐から財布を取り出しながら、レジに向かう。

「――チキください」

「ありゃっしゃーす」

 幸いな事に、猫のおやつについて、店員が何かを察するような様子はなかった。夏海の他にもスナック感覚で猫の餌を食べる人間が居るとは思えない。どうやら、普通に猫を飼っているのだと思われたようだ。

「ありあったしたー」

 運転しながらチキンを食べつつ、新たなおつまみを楽しみに帰った。



 期待に胸を膨らませて食べたジャーキーは、特に秀でたところもない、可もなく不可もなくと言った有様だった。

 何本か開けて、最後に冷蔵庫にあった牛乳を一気飲みしてから気持よく爆睡していた夏海は、日が登り切った頃にようやく目を覚ます。

 それも尿意を催してのことなのだから、救いようがない。

「う~~トイレトイレ!」

 部屋の中であるにもかかわらず、トイレを求めて全力疾走。年甲斐もなく走ったので息が上がってしまったことと、下の階から苦情が来ないかだけが気がかりだ。

 ズボンを下ろそうとして、ようやく自分の格好に気がつく。上下の揃っていない下着にワイシャツと、とても恥ずかしい格好だ。泥棒に入られていなくてよかった。

 便器に腰掛けお花を摘んでいると、急にこの世のものとは思えない腹痛、そして連なるように訪れた便意に襲われた。

 深淵から鳴り響くような腹の音。間違いない、どうやら夏海はお腹を壊してしまったようだ。

 一体なぜこんなことになってしまったのか。

 思い当たる節を洗い出し、むしろ心当たりが多すぎることに戦慄する。

 まず、こんな格好で真っ昼間まで寝ていたこと。もう時節は初夏だが、夏でもそんな格好で寝ていれば腹ぐらい下す。

 次に、寝る前に飲んだ牛乳。アレは冷蔵庫の奥で眠っていたものだ。酒を飲み干してなお何かが飲みたかったので飲んでしまったのだが、多分消費期限が危ない。……あれ、牛乳って消費期限と賞味期限どっちだっけ……。

 そして最後に、猫のおやつだ。

 夏海は安全だと断定して食べたが、そんな保証はどこにもない。なんのために人間用の食べ物と分けられているのか、よく考えろ。猛毒とまではいかないまでも、人間の食べ物をペットに与えるのが推奨されないように、人間のお腹にはあまり優しくない物質が入っているかもしれない。

 心当たりが多すぎるので、原因の特定は困難を極めた。

 いいや、もういっそ原因なぞどうでもいい。今すぐこの腹痛と肛門を擦り切らんばかりの勢いで排出されるこれを止めることはできないだろうか。まさかこんな酷い休日になるとは思わなかった。控えめに言って最悪だ。

 このような悲惨な思いをするのを防ぐべく、安易な買い物はやめようと心に誓うのだった。

 だからこれなんとかして。

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