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セクシャルタイガーホース-下

 ピザ食べるのなんて何年ぶりだろう。

「いやそうでもないな……去年カラオケ行った時に食べたわ」

 レストランに向かう車内で、一人自問自答する。部屋の中とは違い、車内だと結構大きな声で喋る。あまりにも声が大きくなりすぎて、もう独り言政策どころではなくなってしまった。誰か乗せた時についうっかりやってしまわないか心配である。

「……それどころか先月のヒトカラでも食べたな……私カラオケでピザ食べるの好きすぎだろ……」

 いっそ今日も食べ終わったらカラオケに行こうか。そしてまたピザを食べる。太る。

「駄目じゃん」

 自分の思考に自分でツッコミを入れる。これもまあよくやるし、酷い時は自分でボケて自分でノリツッコミまでやるのだが……本当に人前でやらかさないか心配だ。見られたら恥ずかしすぎる。

 そんな感じで独り言に花を咲かせていると、いつの間にか目的地に着いていた。あんまり頭使わなくても目的地に辿り着けるのでカーナビは最高である。

 入り口でバイトっぽいチャンネーに何名ですかと訊かれたので、一人だと答える。見てわからねえのかなあ……。

 すると、混んでいるので相席でいいかと訊ねられた。

 夏海の前には、家族連れとかカップルとかが並んでいる。こいつらをスキップできるのなら、相席でもいいかもしれない。

 もし相席の相手が汚いオッサンとかチャラチャラした学生っぽいのとかうざい女とかだったら嫌だが、まあ汚いオッサンはこんなところには来ないだろうし、残りは席が余るような人数では来ないだろう。

 夏海は二つ返事で了承してから、うざい女は一人で来ていてもおかしくないことに気がついた。夏海が一人でここに来ていることが、その証左である。

 しかしまあ、応じてしまったものは仕方無く、とりあえずハズレを引かないことだけを祈り、店員の案内に従った。



 結果、想定していたハズレには当たらなかった。

 しかしそれは、それを遥かに上回る予想外の人物だったのだ。

「え、南雲主任……?」

「ん? ああ、御幸君じゃないか」

 相手は同じ職場で主任をしている南雲 悟道(なぐも ごどう)である。主任クラスでは唯一の独身。メガネの似合う、優しそうな男性だ。

 うわ、たまの休日に上司と食事とか嫌だわぁ……と普通は思うところだが、業種と職場の間取りの都合上、上司と食事をするというのはあまり珍しくないので、そこまで嫌がるようなことでもなかった。

 それでも、休日ということで、多少落ち着かない部分もないことはない。まあ、そこも彼がこれまで接した上司の中でもトップクラスの良い人であることで打ち消されるのだが。

 いい感じに年食ったイケメンだし。

「お一人ですか?」

 とりあえず何か話そうと、訊ねてみる。空いている椅子はない。このテーブルに居るのは、夏海と悟道の二人だけだ。誰かと一緒に来ているとは、思えなかった。

「まあね」

 答えると、悟道は、自嘲気味に笑んだ。

 休日にアラフォーの男が一人で食事に来ている、というのは……あまり吹聴できることでもないだろう。悟道は、 「この話は内密にね」 と言外で付け足した。

 休日に一人でイタリアンを食べるアラサーというのもなかなかお辛い話なので、口が裂けても他言はしない。欲しいのは同情じゃないし。さりとてあなたの愛もいらないが。

 それにしても、なぜ彼は一人で食事をしているのだろうか? 確か四十ぐらいだ。もう結婚して子供が居てもおかしくない年齢である(無差別攻撃)

 普段の悟道からは、独り身を楽しんでいる中年特有のちゃらんぽらんに見えて冷めているようなあの感じはしないし、焦って婚活しているような雰囲気も感じられない。とっくに結婚しているものだと思っていたが、よく考えれば確かに結婚指輪をはめていなかった。まあ、夏海の両親のように普段から指輪を外している夫婦も結構居るのだが。

 彼という人間が、わからなくなってきた。いや、まだまだ大した付き合いではないし、この程度で南雲悟堂という人間を語るのは烏滸がましいことだが、しかしさわりぐらいはわかっていると思っていた。

 一月も同じ空間にいれば、相手がどんな人間なのかはある程度わかる。その更に奥に隠れているものこそが個性ではあるのだが、しかし人間関係 (特に仕事においては) で重要なのは表層の部分だ。

 その表層すら、わからない。

 なぜ彼は、休日に一人でこんな店に来ているのだろうか。

 一緒に食事をしているのだし、冗談交じりに訊けば、きっと彼の機嫌を損ねる事無く聞き出せるだろう。

 だが、それを聞くのは憚られた。なぜだか、深い沼に踏み入れてしまう予感がした。なぜだかは、全くわからないのだが。

 結局大した会話もないまま、黙々とピザを食べる。こう気になることがあると味がわからなくなるのではないかと心配だったが、濃厚なチーズの前にその心配は無用だった。凄いぞマルゲリータ。

 既にパスタを半分ほど平らげていた悟道は、夏海よりも先に食べ終え、軽く挨拶して出ていった。一緒に出かけるような仲でもないし、こんなものだろう。

 夏海もピザを食べ終える。二枚目を食べようかどうか少しだけ迷ったが、そこまでお腹が空いているわけでもないのでこれで終わりにした。小さめのピザはいざ食べてみると少し物足りなくて困る。

 後、これだけの量のチーズを摂取すると、無性にアルコールを摂りたくなるのだが、帰りの運転があるのでこれもやめた。

 でも最近お酒飲んでないし、久しぶりに晩酌でもしたいところだ。

 因みに夏海はザルである。

 結局その後は特になにも起きないまま、お互い軽く挨拶して席を立った。二人が席を立ってすぐに店員が片付けに入ったことと、帰り際にちらりと見えた人の列から察するに、このお店は大繁盛しているようだ。

 その後に何も起きないのは、時間が経ってからも変わらなかった。

 翌日仕事で二人になってもその日のことはお互い口にしなかったし、これからも話題に登ることはないだろう。

 結局、彼がなぜ一人であんなところに居たのかすらわからなかった。

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