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令嬢は生きるのがツライ  作者: 今谷香菜
~いらせられませ、勇者さま一行~
9/85

~ドレスが選べなくてツライ~

****


「おねえさま、この色なんて素敵ですわ」


「はひー」


「あら、こちらのドレスも中々よ」


「ふへー」


母と妹は仕立て屋が持参したドレスのデザインが描かれているスケッチブックと、サンプルの布生地を交互に見てさっきからあーだこーだ言っている。


さっきから何回このやりとりをしているんだろう。


全然候補が絞り切れていないじゃないか。


よってしかるに私の方も秘儀「はひふへほ」相づちである。大抵の相づちはこれで事足りるだろう。


彼女たちはまた最初のページに戻ってなんやかんや言っている。なぜそこで最初に戻る、なぜなんだ。

こんなんじゃ一生かかっても決まらないんじゃないか。


そんな光景を尻目にぐぐぐと背伸びをしつつストレッチを始めだすと、シルヴィアちゃんが「もうおねえさまったら」と頬を膨らませていた近づいてきた。手にはスケッチブックを持っていらっしゃる。


「おねえさま。おねえさまはこちらとこちらのデザインはどちらがいいかしら?どんな形がお好き?」


シルヴィアちゃんがスケッチブックを開いて見せてくれた。そこには色とりどりのデザインが描かれていた。


だがしかし。


「ほぅ…」


正直どれも一緒に見える。


しかも今はいけない。

まともな思考判断能力もあまりないのだ。

採寸されたりなんだりですっかり疲れてしまったおかげで。

気疲れってやつだろうか。


私はペラペラとデザイン画をめくる。


――オリヴィア、どれがいい?


――どれが兄貴に喜んでもらえるかな?


もう一人の自分の意見も参考にしようと頭に呼びかける。


しかし返事はない。


オリヴィア?また寝てるのか?よく寝るな…


私はふっとため息をついてスケッチブックを妹に手渡した。

頼りの彼女がお留守なら仕方がないな。


「どれでもいいよ。シルヴィアちゃん達が選ぶやつにするからさ、テキトー決めておいてよ」


「あ、おねえさま!」


「オリー、お待ちなさい」


母とシルヴィアちゃんに呼び止められたが、私はそれに手をひらひらさせて部屋を後にした。


女の買い物ってやつは長い。付き合ってられるか。いや私も女だけどさ。



****


部屋のベッドに寝ころびながら、『修道女の生活~神との近づき方~』を読んでいると、頭の中から声が響いた。


(あなた、良かったの?ドレス自分で選ばなくて)


「オリヴィア?おはよう。……いいんだよ。ドレスのことなんてよくわからないし」


自分に何が似合うのかも、自分がどんなドレスが好きなのかもよく分からない。


しいていうなら動きやすい恰好が好きだけど。多分今度作るドレスはそういう機能性は重要視されていない気がするし。


「そういえば、ここんとこほんとよく寝るね?どうしたんだ?」


別にさっき応えてくれなかったのを根に持ってるわけではなく。純粋に疑問に思ったのだ。


(そうね。あなたにだんだん女としての自覚が出てきたからじゃない?)


「どういうこと?」


女の自覚?


唐突に何を言い出すんだ。


さっきもドレス選びを途中で放棄したばかりだというのに。


(……私、以前あなたと融合するのには会話を積み重ねることが一番だって、言ったけど…どうやら違ったみたい)


「へ?」


(一番効果的なのはわたしとあなたが恋をすることなのね)


こい・濃い・故意……


私は咄嗟に脳内変換で適した漢字を当てはめていく。


こい…?」


池に泳ぐ魚だ。先ほどの彼女の発言に当てはめても文章が成立しませんな。


(あなたが自覚するのにはもうちょっと時間がかかるのかしら?…まだもう少しだけこうして話せるのね)


オリヴィアは「ヒントをあげる」とくすっと笑った。


(シー兄さまはあなたのドレスを楽しみにしていたわ。それなのに…あなたは自分で選ばなくていいの?)


「…いいんだよ。普通の女の子なら兄貴がどんな顔するだろう、ってうきうきしながらドレスを選ぶんだろうけど。私はふつうの女の子じゃないし。自分で選んでセンスのないドレスだったら兄貴ガッカリするだろ?その点母さんたちが選んでくれた方が安心だし絶対いい気がする」


ドレスのことに興味はなかったのは確かだけど、彼が楽しみにしていると言っていたから、そりゃあ多少は心が躍った。


でも選んでいくうちに…自分が選んだドレスを見て、彼が落胆したらどうしようという気持ちの方が今は強くなってしまった。それくらい自分のセンスとか好みに自信がない。ていうかドレスなんてどれも一緒に見えるし。


自分の貧相な体じゃ、華やかなドレスも似合わないような気がするし。


かといって地味なもの選んだとしても野暮ったくなるんだろうしなぁ。


その前に母と妹が地味なドレスなんて選ばせないだろうけど。


「つまりは兄貴のがっかりした顔を見るのが怖いんだよな…なんだろ?株を落としたくないっていうか」


(そう自分に自信がないのね?あなたは可愛い人。そうやって悩む姿は私の中で一番かわいいところなの。ねぇ、その気持ちの名前が何なのか、あなたは答えを出さなければ)


「この気持ちに名前?」


あるのだろうか?

こんな嬉しくて、舞い上がっているようで、すぐに切なく落ち込んでしまう。

不安定でふわふわ落ち着かないこの気持ちの名前――


「…情緒不安定?」


(…それは気持ちの名前じゃなくて、ただの状態を指す言葉よ)


訳が分からない…。

その口ぶりからするともうひとりの自分はもう答えを知っているのだろう。


「なんなの?答え教えてよ」


オリヴィアはあくびを噛み殺しながらまどろむ仕草を見せた。


(もう…あなたがシー兄さまのこと考えているから私また眠くなってしまったわ。答えは自分で出しなさい。私が分かったのだから、あなたにもわかるはずよ)


そう言ってオリヴィアの気配は消えてしまった。


何なんだ。


同じ自分なのにどうしてこうも情報格差デジタルデバイスが生まれるのだろうか。


オリヴィアの発言のせいで頭が混乱していた私は、それ以上宗教史の本を読む気力がなくなってしまい、そっと本をサイドテーブルの上に置いた。




****



「おかあさま。おねえさまのご衣裳、これなんて素敵じゃありません?」


シルヴィ―はデザイン画の最後のページを開き、母親に見せた。


公爵夫人は「まあ」と頬に手を添え、その衣装デザインに目を落とす。


「あらあら。結構大胆だけど…でも今はこれくらいの方がステキだわ。そうね、このデザインなら…この生地がいいわ」


母が指さした生地は、シルヴィアもそれが良いと考えていたものだった。


「ふふ。…これはおねえさまもビックリされるでしょうね。お兄さまも」


「そうね…これならシオンもオリ―に惚れてしまうわね」


「あらお母さま。『惚れ直す』ではなくて?」


母子はデザイン画と生地を持ちながらニマニマした。


人の悪い笑みだ。


「ああ、そうね…うふふ。早くあのふたりどうにかなっちゃわないかしら」


公爵夫人はうきうきと落ち着かない。


自分の娘がこのドレスを着て義理の息子とダンスを踊っている様を想像しているのだろう。


「最近、あのおふたりから青春一歩手前の甘酸っぱい雰囲気がプンプン流れておりますのよ」


「そう…じゃああともう一息ね。シオンがもうひと押ししてくれれば…」


「いっそ押し倒してしまえばいいんですわ。お兄さまにはそれ位の気概がないと、鈍感なおねえさまはずっと気づかないかもしれませんもの」


「あらあら。孫が先になってしまうのかしら?…まぁそれもいいわね」


母子は「いやだわー」とまんざらでもない笑顔で、「ホホホホホ」と絵に描いた高笑いをあげた。



✳︎✳︎✳︎✳︎


一方そのころ私は――



「へっくしょんっ」


な、なんだろう今唐突に寒気が…


気のせいか…?


自分の色恋をタネに身内が疑似恋愛を楽しんでいるとも知らず。

ましてや自分の貞操を話題に高笑いをされているなんて知らず。

自室で盛大なくしゃみをしたのだった――。



*****



それから約1ヶ月後――


ついに勇者サマ一行をお迎えする日が来た。


朝からドタバタと忙しなく走る家令やメイドたちで屋敷は慌ただしい雰囲気だ。


「ねえ、このドレスが夜会のドレス?」


私はモスグリーンの落ち着いたドレスをメイドに着せてもらっていた。

色合いだけではなく、襟が詰まってるデザインのそのドレスは、肌の露出も限りなくゼロに近い。

装飾も金色のくるみボタンくらいだ。華美な印象は一切受けない。上品で清楚な1着だ。


正直意外だった。質の良いものに違いないだろうけど、母とシルヴィアちゃんが選んだドレスにしては言い方が悪いが地味だ。


そんな私の疑問に、隣でオレンジ色のドレスを同じく着付け終わったシルヴィアちゃんは腰に赤いサッシュベルトを巻きつけていた。


「まさか。それはこれから勇者様達をお迎えする為のドレスですわ」


「ええっ、挨拶するだけの為にこれ作ったの?!」


「そうですわ。演出はこのドレスから既に始まっておりますの、おねえさま」


演出?


一体なんのことだ。


「もしかして母さんと何か企んでる?」


新入社員歓迎会よろしく一発芸でもやらされるのか。


前世社会人成り立てだった彼は女装してお酌をしていましたが。


「悪いようにはいたしませんわ。楽しみにしていてくださいませ」


姿見で最終チェックを始めたシルヴィアちゃんは鏡越しに目が合うと人差し指を口元に当ててウインクした。

「まだナイショですわ」ポーズだ。


な、なんですか、そのタメは。


悪い予感しかないのですが。


その時、コンコンと衣装室のドアをノックする音がした。


顔を出したメイドはルリだった。


「お嬢様方、お客様がお見えになりました。旦那さまと奥様がお呼びですよ」


ああ、いよいよなんだな。


ゴクリと生唾を飲み込む。


「おねえさま、緊張されておりますか?」


「ちょっと…いや大分?勇者サマがヅラじゃないことを祈るしかないな」


――だからそこの問題ではありませんわ、という妹のツッコミを耳で聞きながら私たちは応接間へと向かった。


***


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