〜恋の病はツライ②〜
長らくお待たせし大変申し訳ありません…
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背後から腰のあたりをぎゅむっと思い切りつねられた。
「痛っ……ッッ!」
「あら。ご機嫌よう、ディアッカ様」
涙目で振り返ればシルヴィアがおっとりと微笑んでこちらを見ていた。
瞬間、血の気が引いた。
「シルヴィー!いやこれはそのっっ!」
「おふたりとも……いつまでそうなさっていて?」
「あ、ご機嫌ようシルヴィア様。嫌だわ私ったら……ごめんなさい」
そう恥入りつつディアッカはシオンの腰に回していた手を離し、そっと距離を取る。
「久々にシオン様にお会いできたのでつい……」
両手で赤い頰を包み込み、腰をくねらせている令嬢を見ながらシルヴィアは「ふふふ」と扇の下で喉を鳴らす。
「見ておりましたわよ、おにいさま。……おねえさまと一緒に」
「……リヴィも?」
ぎくりと肩が揺れる。
「……おねえさま可愛そうに。泣いてしまいましたわ」
原因が自身にあると思い至らないらしい。
シオンは「んん?」と首を傾げる。
「リヴィが泣いてる?どうかしたのか?」
そうしてキョロキョロと義妹を探す兄。
理由はよく分からないが、オリヴィアが泣いていると聞いて気になったらしい。
そして柱の影でへたり込んでいる彼女を見つけた。
「どうしたんだあいつ?動けないのか?!何か悪いもんでも食ったんじゃ……!」
心配して駆け寄ろうとするシオン……の上着の裾を引っ張って場に留めようとするシルヴィア。
「……何だ?」
「お客様を放っておかないで下さいませ、おにいさま。貴方のお客様ですわよ」
ため息をひとつ。開かれた扇子に吹きかかる。
「おねえさまの涙は……おにいさまの、こちらのお客様への対応次第で止める事が出来るものですわ」
シオンはまだよく飲み込めていない顔をしているが渋々ディアッカに向き直った。
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「だから、俺には好きな人がいて……」
「ええ、ええ!存じておりますわ。……私のことでしょう?」
「ちっっがーーう!!」
「あのダンスパーティの夜……、シオン様が私を優しく抱きとめて下さいましたあの時……」
ほうっと吐息を漏らして恍惚な顔をする伯爵令嬢は、たおやかな手を豊かな自身の胸にそっと置く。
「私の胸に炎が宿りましたの」
「胸に炎……」
おうむ返しをしつつ、つい導かれるように視線を下に向けようとしたところで。
バチン!
「痛っっ……!」
無言でシルヴィアに顔面を扇子で叩かれる。
「シルヴィー…」
義兄からの非難の目にジト目で返す。
「おにいさま、おねえさまの涙を本気で止める気がおありで?」
じんじんする鼻を押さえながらチラリと横目でオリヴィアを見る。彼女は胸を押さえて俯いている。表情こそ見えなかったが肩も小刻みに震えている。
「……」
何故泣いているんだろう。胸を押さえていると言う事はそこが痛いのか?
胸が?
何故??
胸……ムネ……むね……?
ふと末妹が言った事を思い出す。曰く、オリヴィアの涙は自分のディアッカ嬢への対応次第であると。
ああ、そういう事か。
何だか目の前が開けたように感じた。
ぐっと目頭に力を込めて息を吐く。決意を固めるように。
「シオン様……?」
気遣わしげな様子でディアッカ嬢がそっと自分の方に手を伸ばす。打たれた鼻を心配してくれているのだろう。その伸ばしかけた白く細い手を優しく掴み、やんわりと降ろした。
「ディアッカ嬢……!実は俺は……ッ!」
「は、はい……」
ディアッカ嬢は神妙な面持ちで頷く。
その様子を確認しつつすうっと息を大きく吸い込み、
「小さい胸が好みなんだ!!!」
…… 一拍。
「「……はい?!」」
シルヴィーとディアッカ嬢がハモると同時に手にしていた扇子を床に落とした。
「小さければ小さい程良いと思っている。小さい胸の女性こそ至高の存在であり、俺にとっては女王や女神に等しい。故に肩身の狭い思いをする必要もないと断言できるし、胸の大きい女性の影でそんな小さな花がひっそりとすすり泣くなんて事は……、そんな……そんな事があってはならないと常に考えている」
「つ、常に……?」
「そうだ常にだ。どっかの王子が胸の小さい女が好きだとか言っていたらしいが、正直俺の方が愛が深いと思うしこの想いは誰にも負けないし絶対に大事に出来ると確信している」
「ち、ちいさな胸を……?」
「っ、……小さな胸を!」
ディアッカ嬢はハンカチで口元を覆った。その顔は幽霊でも見たんじゃないかというくらい青ざめている。
目には涙をうっすら浮かべながら「オタクの早口キモッ」と、小さな声でつぶやいたのは残念ながら耳に届いてしまった。
鋼の意志を固めたつもりのシオンだったが、自分の事を好意のまなざしで見てくれていた女性からの、予想以上に冷たく突き刺さるような視線に居た堪れない。ギャップがえぐいとさえ思う。
そしてよせば良いものを間が持たずつい、「例えばこういった女性の声に耳を傾けて真摯に生きていきたいと思う」と、横にいたシルヴィアの肩を抱いて引き寄せた。
小胸 のfor example呼ばわりされた末妹は一瞬で死んだ魚の目になる。
「……シルヴィア様でしたわよね。シルヴィア様はおいくつですの?」
「……15になりましたわ」
「まぁ。15……」
ディアッカは無遠慮にシルヴィアの鎖骨下の発達途上国を見つめ、「ロリコン……」と。これまた小声でつぶやいたのも残念ながらシオンの耳に届いてしまった。
「シオン様のお気持ちは、その、よく分かりましたわ……。私、お世辞にもお胸が小さいとは言われた事ありませんわね」
うんうんとシオンは大きく頷く。
やっと意図した内容が彼女に届いているようで嬉しかったのか、心なし笑顔だ。
「そうだな。あなたは俺の理想とする女性像とは相反する存在だ」
「な、相反する……ですってぇ?」
あまりの言葉にディアッカの片頬がぴくぴくと痙攣を起こす。
足元の扇をさっと拾い直し、目の前に広げる。
自身の表情及び感情を悟られまいとするささやかな抵抗だ。
しかし扇を持つ手は怒り所以か、ぷるぷると震えている。
「そ、そのようですわ、……つ、つまり、私達ご縁が無かったんですわね……!」
彼女は目の前の2人に失礼にならない程度の、雑な一礼をしつつ、「ではご機嫌よう」とそそくさと玄関から出て行ってしまった。
「キモロリコン野郎爆発しろ」という呪詛じみたつぶやきが扉が閉まり切る直前に聞こえたのは気のせいか。
パタンと静かな音を立て来客を見送った扉。
妙な達成感と共にその閉じ切った扉を見つめ数拍。一瞬の静寂の後。
「リヴィ!」
状況がイマイチ飲み込めずポカンとしている彼女に急いで駆け寄り、その側で膝を折る。
「兄貴……」
涙の跡も乾き切っていない痛々しい様子の彼女の、その頬に手を当てる。
「そんなに泣くな。ディアッカ嬢に触発されたんだろう?いいか、胸が小さかろうと気にする事は何も無いと思うぞ!」
「へ?胸??……いやでも兄貴、婚約は……?ディアッカさん出ていっちゃったけど」
「ディアッカ嬢とはそんな関係じゃない、誤解するな。大体俺が好きなのは……」
「好きなのは……?」
「……っ、胸の、小さな女だ」
目の前の彼女は「ふふ」と。くしゃりと泣き笑う。頬が高い位置に持ち上がり、その瞬間溜めていた涙が零れ落ちた。
「そうなんだ。それは知らなかったけど。うちの中心で叫んでいたもんね、そんなに好きなんだね」
「そうだ……そんなに好きなんだ」
ゴホゴホと咳払いをしながらも「だから……」と。
そっと指で涙を拭う。
「もう泣くな。おまえが泣いているのを見るのは辛い」
「っ、はい……」
「お、おい!何でまた泣くんだ……?」
「だって……っ」
されるがままに涙を拭かれていたと思ったら。その掌にオリヴィアの手が重なった。
「安心、しちゃって……」
「安心?」
「兄貴結婚するんだってずっと思ってて。でも違うんだよね?だから良かったって……」
「そ、それは……リヴィどういう」
ドギマギしながら問いかけようとしたところで、ヒヤリとしたものが首に回された。
「お、に、い、さ、ま?」
その声音は、回された手以上に冷たい。
瞬間嫌な汗が背中を伝うのを確かに感じた。
「シルヴィー……さん様……」
恐怖からか。思わず変な敬称で呼んでしまった。
「何ですの、さっきのアレは」
「い、いやおまえが前に言っただろ?リヴィに対して俺からちっぱいの魅力を発信しろと。だから、」
「ふふふふふ、事実で頬を叩かれた気分ですわ」
シルヴィアは聞いておいて何だが、シオンの返答など待っちゃいないし、何なら聞く気も無かった。
「駄犬にもなれておりませんわね、再教育が必要ですわ」
「いっ……!いてて、シルヴィー!やめっ」
シオンの片耳をぎゅむーっと掴み、そうして引き摺るように連行しようとする。
「ま、待てまだリヴィと話したいことが……!」
ワーワー喚き立てる義兄を見下ろしながら、
「偶然ですわおにいさま。小胸総代表の私からもお話ししたい事がありますの。ちょっとそこまでお付き合い願えますかしら?」
と、目が全く笑っていない笑顔のままビシッと親指を立てて別室への移動を促すシルヴィア。
「おねえさま、お疲れでしょう?後でルリに温かいタオルとお茶を持って行くように申し伝えますので少しお部屋でお休みになっていらして?」
オリヴィアに優しく微笑みかけながら義兄のことは荷物のように引き摺っていってしまった。
「えあ?2人とも……?」
伸ばしかけた手は空を切った。
何を口にしようとしたかも判然としないが、口から出かけた言葉も飲み込まれた。
……やっぱり今回もそんな2人が去っていくのをただ茫然と見送ることしか出来なかったのだった。




