〜とある令嬢の婚約〜
デカメロンお嬢様視点。
時系列的にはオリヴィアがまだ隣国滞在中の頃です。
ーー物語の中の恋は。
どれも宝石のように輝いていて、それでいて炎のように赤くて熱い。どこまでも情熱的だ。
ーー私はそんな運命的な恋を今、している。
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「けっこん〜!!?」
定例のお茶会もといおしゃべり会にて、私は令嬢らしからぬ素っ頓狂な声を上げた。
「正確にはまだ婚約よ」
「こ、こんやく……」
親友であるエリーゼの口からそんな言葉がのぼるだなんて。誰が想像していただろう。
あんぐりと空いた口を意識的に閉じた。
気を取り直すようにぷるぷると顔を振る。
「驚いたわ。ううん、おめでとう!」
「ありがとう」
「それでお相手はどんな方!?どんな出会い方をしてどんな風に恋に落ちたのかしら?!」
思わず身を乗り出して聞いていた。
今まで恋愛のれの字もなかった彼女が結婚するのだ。一体どんなラブロマンスが聞けるのだろうと興奮した。
きっとさぞかし劇的でロマンチックなものに違いない!
そんな私の様子に、エリーゼは若干引いたような、困った表情をした。
「出会い方と言われても。……小さい頃から知っている方だわ。よく遊んで貰ったのよ」
「え?」
つまりそれは『異性の幼馴染』というものだろうか。何というパワーワード。私が好む乙女小説のあるあるシチュエーションそのもの。
あれ、でも待てよ。
私とエリーゼだって幼馴染だ。
結構長い付き合いなのに。そんな昔から一緒に遊ぶような同年代の異性なんて全く知らない……。
「あなた何を考えているのか知らないけれど。父の友人の方よ」
「おじさまの、ご友人……?」
「覚えてないかしら?あなたも一緒に遊んで貰った事あるわよね?ラルフ様よ」
らるふ?
ラルフ、ラルフラルフ……
その瞬間、ぱっと脳裏に浮かんだ人がいた。
捕まえた蝶々を手に、得意げな表情を浮かべた男性の姿……。
「えええーー!!あ、あのラルフおじさま!?」
私はまたも、令嬢らしからぬ素っ頓狂な声を上げてしまったのだった。
『ラルフおじさま』のことは覚えている。
エリーゼの家に遊びに行くと、その方がよくいらっしゃっていて。
眼鏡を掛けた、ボサボサ髪で学者風の……子供心に、正直ちょっとイケていない人だと思っていた。
私達が知らない話をたくさん聞かせてくれたり、面倒見の良い人ではあったけど。
ちなみに話というのは、主に昆虫関係の話だったような気がする。何の虫が何を食べて〜だとか。
男の子ならともかく。そんな話題、当時は(今もだけど)全く興味が無くて……というより苦手だったから内容は全然覚えていないけど。
「え、でもちょっと待って。ラルフ様って今おいくつなの!?」
10歳の頃遊んで貰っていた当時から、『ラルフおじさま』だったのだ。彼はその時から立派な大人の男性だったはず。
「私達と20程離れているわよ」
「……っ!じゃあもう40に近いお年じゃない!」
『エリーゼのお父様の友人』ーー当たり前だけれど自分の父親のような年齢の男性だ。
「そりゃそうよ。年齢の差は縮まらないもの」
「そりゃそうよって、あなた……」
エリーゼはこともなげに言い放つ。何というか……平然とし過ぎている気がする。全く浮かれたところがない。自分の婚約話だというのに。
「ねぇエリーゼ。あなた彼に恋しているの?」
「恋?」
「そうよ!毎晩毎晩彼のことが夢に出たりとか。毎日毎日、会いたくて会いたくて震えるような気持ちで過ごしたりとか……」
エリーゼは私の熱弁にやっぱり若干引いているような姿勢だ。
「そんな気持ち、彼に対して持ったことないわね」
「そんな、信じられないわ!恋もしていない彼とどうやって結婚出来るの!?」
「どうって別に……」
私は親友の手を取って強く握った。
「ねえエリーゼ。今なら引き返せるわ。そんな結婚やめときなさいよ」
彼女の事を想い切々と訴える……のだが。
「嫌よ。私は彼と結婚するつもりよ」
エリーゼはそんな私の訴えをばっさりと切るようにして答えた。
「どうして!?そんな好きでもない男性との結婚だなんて……」
言いかけてハッと気づいた。ラルフ様の実家は確か資産家だった。
複数いる娘のひとりーーエリーゼを資産家の友人に嫁がせて、その資産を融通させてもらおうとエリーゼの実家ーールーデ家は考えているのだろうか。
そうだ、前に親友は言っていたじゃないか。
『お父様が新しい事業を行いたいんですって』と。資金はいくらあっても困らないだろう。
彼女はそんな実家の役に立ちたいと考えているに違いない。
昔から良くしてくれるエリーゼのお父様。娘とその友人に、好々爺のように笑いかける優しい雰囲気の男性だった。
彼だって貴族だ。ただの『人が良いおじさん』な訳では無い。それは分かっている。
でも。
「おじさまは娘のことを大事に思っているわ。きっとあなたがすごく嫌がれば考え直してくれるはずよ」
エリーゼははぁ、とため息をつく。
「分かってないわね」とでも言いたげな表情付きだ。
「確かにこの結婚は政略婚だわ。否定しないわよ」
「そうよ!だから……!」
「でもあなたがさっき言ったこと、それは訂正させて頂くわ」
「え?」
「好きでもない男性との結婚なんかじゃないもの。私、彼に好意を持ってるわ。それもあって結婚を辞めるつもりはないの」
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ーー数日後。
私はガタゴト揺れる馬車の中で物思いに耽っていた。
あのお茶会の日から何度もエリーゼの話を聞いているけれど、やっぱり彼女の考えがわからないでいた。
「恋をしていないのに、好きで結婚したい?」
何かしらそれ。
何の謎かけかしら。
私から見ても親友はのほほんと……つまりいつもと変わらない様子で。
婚約者の話題を出しても浮かれることも無くやっぱり平坦な感じだ。どこまでも穏やかで凪のよう。
自他認めるように。まっったく彼に恋をしている気配が無い!
しかもしかも。
彼には昆虫の次に、自分を好きになって貰えれば良いだとか。
「奥さんが虫の次って……!順位がおかしすぎるわ。信じらんない」
さらに言えば。
『昆虫の次って言うのもおこがましいかしら?今迄昆虫が恋人であり彼の人生そのものだったんだもの。正確には昆虫の他に好きになったモノーーが、私になれば良いわね』
ーーそんな事を平気でのたまう。
昆虫が大好きな彼が好き……だそうで。
私だったら……と仮定しても意味がないのは分かっているが、そんなのは絶っっ対嫌だ。
自分を1番に好きと言ってくれる人との結婚じゃなきゃ幸せになれっこない!
「やっぱりエリーゼにもう一度話をしてみようかしら。恋した人と結婚出来るのが女の1番の幸せだわ、絶対」
ーーこの私のようにね。
うんうんと自分の考えに頷いていると、馬がひときわ大きく鳴いて馬車が止まった。
「着いたのね」
目的の場所ーー恋しい彼の家に。




