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令嬢は生きるのがツライ  作者: 今谷香菜
~恋活、はじめます!~

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~とある王子の追憶~

隣国第二王子の過去と現在。第二王子始動のようです。


大変遅くなり申し訳ないです。


――生きたい?とひとりの妖精が問うた。


そっと目を開けた。投げかけられた言葉を正しく拾うことはできなかったが、誰かが自分を覗き込む気配に気付いたからだ。


自分をこんな目に遭わせた人物の顔が拝めると思ったのに。

実際は想像と違った。


目の前にはおっとりと微笑む銀髪と黒髪の男。

どこからともなく王子の私室に入って来たその二人は、外はひどい雷雨だというのにどこも濡れていない。その浮世離れした容姿と雰囲気に、ひとめみて人外のモノだと勘が告げた。


――激しい雨が窓を叩く。


その音が外界とこの部屋を完全に遮断しているかのような錯覚を覚えた。


黒髪の男はそっと窓辺に近づく。ピカリと光る雷光を背にして。


「妾たちは此度の雷雲より生まれた出でた精。もう何度目の発生かは覚えておらぬが。強い思念に引き寄せられて来てみたならば、死にぞこないがひとり」


喉元をかきむしり歯を食いしばる自分はそうか。主観的も客観的にも確かに死にぞこないだ。

ぜろぜろと鳴る、痰と血が混じる息を吐く。

血だまりの床に手をつき、顔を上げ、渾身の力を振り絞り彼らを睨む。


「死にぞこないの魂を、奪いに来ましたか」


それならば彼らは妖精というより死神だ。

妖精は嗤う。


「契約もせずに魂を奪うことは叶わぬ。人の魂は死ねば『かくりよ』へ還るもの。その強制力に誰も干渉できぬ」


ではなぜ彼らはこの場に現れたのだろう。

意図をはかりかねた。


そんな様子の自分に、銀髪の男が口角を上げるだけの笑みをつくる。


「生きたい?それとも死にたい?生きたいのなら私達と契約を交わせば良い。妖精の血が、契約主を救う為その身に流れる毒を食らうでしょう」


そうか。この妖精たちは契約を持ち掛ける為に姿を現したのか。


「死にたいのならば死ねば良い。ここで出会うたのも何かの縁。時間もそうかかるまいて。看取ってやろうか」


『時間がそうかからない』という言葉に、死が間近に迫っている妙な焦りは働いた。


しかし。


「……対価が要る、と、聞いて……います……」


黒髪の妖精が片眉をあげる。

瀕死の人間に、契約の条件を冷静に聞かれるのが意外だったのだろう。


「対価は魂じゃな。お主が天命で死ねば魂を……」


「それは嫌、です」


説明を途中で遮って拒否をする自分に妖精は「ワガママな奴じゃのう」と。


「なら契約はできぬぞ。対価を払えぬのならば死ぬしかあるまい」


「それならこちらから提案します。――はどうですか?」


ふたりの妖精は驚いて顔を見合わせる。


「お主はそれでよいのか?」


男の問いに頷いた。


「構いません。俺が死んで喜ぶような連中に捧げてやるつもりはないですから」


そんなのは矜持が許さなかった。


――こんな、溝鼠どぶねずみのような、床にはいつくばり惨めたらしく死ぬのだけは嫌だ。


――自分はまだ、何も成し遂げていないのだから。



*******


「なんじゃ我が主は男だったか。女子かと見間違うたわ」


そう言ってもうひとりの黒髪の男――ギュリは笑った。

顎を持ち上げ、自らの血を口に含ませながら。


とろりとした温かな滴が舌の上を踊る。

その数滴を押し込むように嚥下した。


「では契約後の姿は女型を取らねばいかんの。なぁ、アミン」


アミンと呼ばれた銀髪の妖精はその言葉に同意しつつ、爪で指の腹を傷つけていた。

空気に触れた妖精の血はサラサラと砂のように霧散する。


じわりじわりと新たな血が滲む指を差し出されたので、そっとそれを口に含む。


「契約は成立ねぇ。これも妖精母ようせいぼのお引き合わせかしらぁ」


聞き覚えのない高い声に顔を上げれば、長い銀髪をかきあげ嫣然と微笑む女がこちらに手を差し伸べていた。


「貴方の体内に流れる毒は私達の血が殺したわ。でも妖精の血は数滴であっても人間にとって劇薬。馴染むまでは辛いかもしれませんわぁ」


その言葉に先ほどまで感じていた激しい頭痛や吐き気が遠ざかるのを感じた。

失われた血が多かった所為か。貧血による眩暈はあったが。


呼吸を整え、差し伸べられていた手を取り立ち上がる。


「ふむ。人間ひとによっては妾たちの血により思わぬ副効用が出る者もあるからの。御身変わりはないか?」


契約を交わした後にギュリ――いつの間にかこちらも女型をとった妖精はそんなことを言う。ひどい後出しだ。これには少し呆れた。


「……特には何も。副効用とはどのようなものがあるのですか」


「数滴とはいえ妖精の血を体内に取り込んだからの。少しだけ妖精に近くなる者が現れる――身体能力が上がったり、治癒能力が上がったり……とかかのぅ?」


「ああ。なら……問題ありません」


耳が尖ったり、羽が生えたりするのでなければ。

流石に外観が妖精に近くなるのは遠慮したい。


アミンは面白そうに尋ねた。


「我が君。あなたの望みは何かしらぁ?」


「望み……」


彼女の問にふと考える。

とりあえず命は繋いだ。自分はこの命に何ら未練もないものと思っていたが。


――死に方を選びたいと思う位には、人生に執着していたらしい。


母も死に――民はおろか父王も自分を顧みることはない。

ずっと傍にいた乳兄弟も、母が死んでから、どことなく自分によそよそしい。


この王宮では自分はいてもその存在を徹底無視されるか、はたまた悪意をもって近づく者ばかりだった。

それも仕方がないのかもしれない。

正妃であるアヴァ王妃に仕える侍女であった母が……身分も辛うじて貴族の端に名を連ねるような出の女に、王の手がついて生まれたのが自分だったのだから。


母は王妃への罪悪感からか。いつも遠慮がちに、息をひそめるように暮らしていた。

折れそうな細い腕で自分を抱きしめてくれるのは彼女だけだった。子を腕に、彼女はいつも泣いていた。

笑えば美しいだろうに。母の笑顔は物心ついた頃より記憶にない。


母も自分も。いつだって誰かの嫉妬の的だった。


今毒を盛られて死にかけたのも。ただの憂さ晴らしか、誰かの気まぐれによるものなのだろう。

何の後ろ盾もない王子じぶんを殺したところで、他者に利益がなければ不利益もないはずだから。


父王はまだ若い。望めばスペックは今後も生まれてくる。何も生まれにケチのついた自分じゃなくともいいはずだ。

というよりも。アヴァ王妃の権力を分散させたいという考えならば、自分は完全に力不足だ。

第二王子であるとはいえ、それは名ばかりのもので。自分の王宮ここでの命は紙よりも軽い。その事実に苦笑するしかない。


ふたりの妖精は黙って自分を見つめていた。

先ほどの『望みは何か?』――その答えを待っているのだろう。


真っすぐ自分に注がれるまなざしに。久々に誰かの瞳に映る己を見た気がした。

そうか、自分はこんな顔をしていたのか。


ちっぽけで、不自由で……自分の生き方も自分で決められない――まるで母のようだ。


「俺は生き方も死に方も自分で決めたい。他者に強制されたり、不当に奪われたくない」


妖精達は神妙な面持ちで頷く。それに笑みを濃くした。


このふたりは望みを叶えてくれるのだろう。

自分は力を手に入れたのだ。


妖精がそうしてくれたように、今度は自分が彼女らに手を差し出す。


「我が身の助けになってくれますか?『自分らしく生きる』――なんていうのがどういうことを指すのか正直よくわかりませんが。それでも俺が自分を保てるように。……お前たちに全て差し出すその日まで、この命を、その矜持を、守ってくれますか?」


妖精達は主人の手を取り片手を己が胸に、深く頭を垂れた。


「「御心のままに。我が主」」



**************

********


震える手の中にあるのは千切れたチェーン

その手にもう片方の手を重ね合わせた。まるで祈るかのような姿勢に、しばらく瞑目する。


コンコンと控えめなノックの音がした。


「殿下、御仕度は整いましたか?」


「ああ、待たせましたね」


扉の外から聞こえる従者の声に、椅子から立ち上がり応対した。


ヨハンナムは手元の資料をめくりながら唸る。


「報告によると、特徴から恐らく年若い火竜ではないかとのことです」


「恐らく? 随分あいまいな情報ですね」


従者は困った顔で「あー……」と頭を掻く。


「どうやら、突然変異の竜のようです」


「突然変異?」


「ええ。全身の鱗、体毛が白く、瞳は赤い……とのことです」


「全身が白い……白変種アルビノということですか?」


「報告が確かならそうなりますね。物珍しさから竜神として村で飼われていたのでしょうな」


ルークのような黒竜は過去を遡っても出現の報告はないが、白竜は稀にだが時折、その存在の報告があがる。


どの種類の竜にもある一定の割合で生まれる全身の色素が薄い変種――白変種アルビノ

今回悪竜としての報告を受けたのはそのアルビノの竜。


もう滅多に発生せぬ悪竜。それがこのタイミングで出現した。アルビノで、しかも火竜だという。


やはり『彼女』は引きが強い。これも何かの巡り合わせなのだろう。


「なるべく綺麗に仕留めなければ……」


「殿下?」


自然と笑みが溢れた自分を、訝しげに従者は見ていた。


「いえ…、この悪竜を滅せばギュリとアミンは精霊になるでしょう」


「あの御二方が?精霊に?」


「ええ、もうそれだけの力を彼女達は有している。あともうひと押しが足りなかった」


ヨハンナムは目を見開き、そしてゆっくり閉じた。噛みしめるかのように。


「おめでとうございます。殿下」


「ああ。……それに。恐らく俺が悪竜を滅するのもこれが最後になる。その最後の舞台、相手に不足はありませんね」


文脈をイマイチ読み取れていない彼は、自分の説明を黙って待っていた。そんな様子の彼を振り返る。


「この悪竜を滅したら、彼女を迎えに行こうと思います」


なる程、とヨハンナムは微笑む。


「わたしめが言うのは筋違いですが。家庭を持ったならば悪竜退治のような危険な仕事は後継に任せた方がよろしいでしょうな」


自分のことのように嬉しそうに。その声は弾んでいた。


「でも殿下、大きな戦いの前にそんなことをおっしゃってはいけませんよ。危険なフラグを立てているように見えてしまいます」


「フラグ?」


従者は茶目っ気たっぷりに、


「死亡フラグですよ。本当は不吉なんですからやめてくださいね」


「冗談。俺はまだ・・死ねませんよ」



――そう。自分はまだ、何も成し遂げていない。



きっと『彼女』を迎え入れたその先に、成すべき天命がある気がしてならない。


こぶしをつくったまま固まってしまった手指を、そっとほぐすようにして開かせる。

たなごころの中にある鎖をもう一度見つめ返す。


――あの日。竜の背に乗り、青い空を風のように駆け抜けて行った彼女。


その光景が鮮やかに目に浮かぶ。


――どこまでも手に入らぬ運命さだめらしい。


それでも。いや、それだからこそ。


「どうしたって俺は、貴女に傍にいて欲しい」


時間は有限で。まばたき一瞬で多くが過ぎ去ってしまうことだろう。


闇の中、細く浮かび上がる一本の道。正しい解をいつだって自分は手繰り寄せようとしてきた。

そうしてたくさんを得て失って、今がある。

今回もそうするだけだ。


与えられた運命さだめの内を、せいぜい足掻くとしよう。



もうこの手は震えていない。



――ああ早く、彼女を迎えに行こう。





物語の構成上、この話の前に2話くらい本編を割り込ませるかもしれません。

(今話も、後日加筆修正するかもです)


そしてリアル多忙の為、亀更新はまだ続きそうです……。申し訳ありません。しばらくは細々と続けていきます。

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