~新人の教育が行き届いてなくてツライ~
とある日。
温室でルークと読書をしつつウトウトと微睡む昼下がりのこと。
『××様を今すぐ△△△!◎◎』
『で、ですからぁ!!〇〇△△!』
『〇〇、落ち着いて×××……◇◇◇?』
大声で話す女性達の声だ。3人くらいだろうか?
その諍いとは呼べないまでも、何かしら揉めている声で眠気が飛んだ。
遠すぎて会話の内容まで聞き取れなかったのだが、ひとりはうちの新人メイドらしかった。
「なんだろ?来客かな??」
何を揉めているんだ?
ベンチから腰を上げる気配を察したのか、横にいたルークは私を押しとどめるように膝に手を置いた。
「母上、前シオンが言ってたでしょ。勝手に来客対応しちゃダメだって」
「それはそうだけど」
兄貴も父も王宮に出仕している。
ちなみに母はどこかの貴婦人のお宅でお茶会と言う名の井戸端会議に参加している模様。
今この屋敷にいる家族は目の前にいる彼とシルヴィアちゃんだけだ。
「世の中物騒なんだから。母上はもっと警戒心を持たなくちゃね。大体あなたは……」
「わ、わかったよ!分かったってば……」
これ以上抵抗するとさらに彼のお小言が続くだろう。
私は中途半端に浮かせた腰をベンチに落とし座り直す。
ミラと離れてからこっち、あの王子に代わってこの息子がどんどん『おかん』と化している気がするぞ……。
……おかんは私のはずなんだが。
このままでは母親としての威厳が地に落ちてしまう。何か策を考えなければいかん。
私が彼に何かを教えてやる事が出来たらいいのだが……しかし何もないな。
こちらが教わってばかりだしフォローも結構たくさんいただいちゃってたりもするし。
と。
再び本のページに視線を落としている息子の、伏せた長いまつ毛を眺めつつ考え込んでいたならば。
「オリヴィアさまぁ~~!!」
今にもべそをかきそうな位、情けない声と共に。
来客対応をしていたであろう新人メイドが温室の扉を勢い良く開けたのだった。
******
「兄貴に来客?」
「そ、そうなんですぅ。わたしぃ、シオン様はお留守だからと何度も申し上げました!なのに全然聞く耳を持ってくださらなくって」
もう手の打ちようがありません!というように手を上げて降参ポーズをとっていたメイドだったが、やがてその両手を前に合わせ、私を拝むように見つめる。
「お願いですからオリヴィアお嬢様から御客人に言って下さいませんか」
「ううーん、でもなぁ」
このメイドの名前はシノという。私がシャダーンに留学中に雇われたらしい新人だ。
メイド頭を筆頭にルリもこの新人の教育に携わって、ビシバシしごいているらしいけれど。
……まだまだ未熟のようだ。
これは仕える家のお嬢様にする頼み事ではないよなぁ。
「母上」
「わ、わかってる」
ルークがトントンと本の背表紙で肩を叩きながら。非難めいた口調で私を呼ぶ。
自分としてはまぁ、兄貴に来た客の相手くらいどうってことないんだけど。
いかんせんお目付け役がいるからな。下手に動けない。あとでママンか兄貴に密告されそうだ。
ママンのことだからその報告を受けて嬉々としてお説教タイムを延長するに違いない。
それに兄貴も加わってしまったら……おお、考えるだけで恐ろしい。
「ええとシノ。ルリを呼んだらどうだ?彼女から言って貰ったらいいんじゃないか?」
この新人のおどおどした態度や、はっきりしない物言いの所為で、お客さんは不信感を持っているのかもしれないな。ルリのそつない接客術をもってすれば御客人も納得し帰ってくれるだろう。
「ルリさんは奥様に付いておいでですから、今日は留守なんです」
「じゃあメイド頭の、マーサは……」
「自分ひとりで来客対応位こなしなさいって、この前叱られたばかりですもの……」
「……」
私に頼んでいる時点で自力ではないぞ。もはや。
メイド頭のマーサやルリにお願いするのが怖くて、私に頼むっていうのもどうなんだ……。
『頼み事をしやすい』『話しかけやすい』という人間性をご評価いただいていると捉えていいものか。
それとも『舐められている』と言う方が正解か。やはり威厳か。威厳が足りないのか。
それにしても、だ。
「いかんな。うちの職場は新人には風通しの悪い環境だったのか……?」
これは新人が直属の上長をぶっ飛ばして、経営陣に直接嘆願している状況なのだろう。
下から上への情報伝達……つまりコミュニケーションが部内で上手く取れていないのだ。
私は実家で働く人々の職場環境に思いを馳せる。
うちは皆昔から仕えてくれている人が多くて、ひとつの家族のような感じだ。
和気あいあいというか。
もしかしたらそれが原因で新しい子にとってはうちという職場は居心地が悪いのか?
うーんこれは中々ショックだぞ……。
しかし誰しもが既に出来上がっているコミュニティの輪の中に入るのは勇気がいるものだろう。
働く人同士も気ごころ知った仲間が多くて。そこが良い所だと思ったものだが……、後継が育たないのも困るな。
「まず手始めに。メンタルヘルスやらストレスチェック制度やらをうちも取り入れるべきか……?」
「母上。ごちゃごちゃ難しく考えているようだけどさ。その人が特殊なだけじゃない?」
ルークは事もなげに言い放つ。「あとこの人、多分メンタル強いよ」と。
若干呆れも含んでいるその声音に私も『それもそうだな』と目の前の子には悪いがあっさり考えを改めたのだった。
「あ、というよりも。お客さん待たせちゃったまんまなんだよな?それはマズイからシノは一旦戻って……」
とりあえず私からメイド頭に言って来客対応をお願いすれば良いか。
彼女は多分後で叱られる様な気がするけど。そこんとこも私が少しフォローを入れてやればいいかな。
「ええー、また私があの人の相手するんですかぁ~」
「シノ……一応兄貴を訪ねてきたお客さんだろ?そんな態度はダメだぞ」
とりあえず窘めておく。
「だってあの人怖いんですもの……」
「なるべく早くマーサ連れて来てあげるから」
「絶対ですよぉー?なるはやでお願いしますねっ!」
「……」
この子、隣国の門番の彼(茶髪)と同系統の匂いがしてきたぞ。
どこにでもいるんだな。こういうゆるい子たち。
メイド頭やルリも苦労してそうだな。可哀想に。
私は『分かったから』とシノの肩に手を置き、身体を回転させる。
そのまま彼女の背を押し温室の外に向かう。
「大体だなぁ、何で兄貴が不在って伝えただけでそんなにこじれるんだ?」
いくら新人メイドの態度に不審感を持とうとも。
アポなしで来訪したならば。その人が不在だってことも十分あり得る。
そういう時は仕方がないと普通出直すものだろうに。
「あの人とくしゅな人なんですよ、とくしゅ。とにかく変わった人でした。レアな感じで会おうと思って会えるようなタイプじゃないっていうか……」
「そんな伝説のポ〇モンみたいな……」
「あれではシオン様も苦労なさいますね。ちょー傲慢ちきですもん。うちのお嬢様達と違ってワガママお嬢様の典型例!」
「……?」
「あーでも男の人ってホントおっぱい好きなんですねぇ。シオン様ったら案外ムッツリ……?」
そういえばそのお客がどういう身分の人か聞いていなかった。
兄貴の仕事関係の人だろうか?
でも……あれ?女の人だったよな?しかも結構若そうな声だったような……
ワガママお嬢様の典型例??
「っていうか、おっぱいって……?」
ふと疑問が頭をもたげながら温室の扉に手をかけたその時。
「ちょっとぉぉ、あなた!客人を待たせるなんてどういうつもりですのぉぉ!!?」
どうやら待ちきれなかったらしい。
こちらから訪ねるまでもなく、ばぁぁん!という登場シーン御馴染みの音を響かせるようにして、本日の来客者達がお目見えした。まさに『突撃』という言葉がよく似合うような登場だ。
そして先ほどのシノの言に納得だ。
「おっぱい……」
「母上、見すぎ」
――そのお客様の胸についている胸――ばいーんばいーんと音が鳴って揺れてそうな豊かな膨らみに釘付けになってしまったのだった。多分1分はガン見してしまったと思う。
そしてその時。
確かに私の深淵に沈められている箱から約1名、『オリヴィアとおっぱいイッパイアッテナ!』と叫んでいる奴の声が聞こえた。どうやらかなり興奮している模様。発言内容の意味がよく分からない。
そうだな。うん。
……男ってほんと、おっぱい好きだよな。
この作品のおっぱい偏差値を上げてくれるキャラ登場。




