~ラヴレターを貰ってツライ~
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しぃんと耳が痛いほど静まり返ってしまった室内。
ふたりの表情を見れば、やっぱり私が言ったことは正解だったらしい。
「ラヴレターなんだろ?アレ全部さ、もう分かってんだ……」
「おねえさま、今の話を聞いてらしたの……?」
戸惑い気味にシルヴィアちゃんが聞き返してきた。
「? 話は別に聞いてないけど……」
つーか話って何のことだ?
兄貴は気まずそうに頭を掻き上げる。「ああ」と短く肯定しながら。
「そうだ、ラヴレターだ。……悪かった」
「何で謝るの?……私が単純に知らなかったんだ、そんなにモテてるなんてさ」
手紙を持っている手に力がこもるのを感じた。
そう、彼がそんなにモテているなんて知らなかった。
数多いる女性の中からただ一人を選んで――いつの間にかその彼女と婚約していただなんて。
「シルヴィアちゃんは知っていたの?」
「おねえさま……ごめんなさい」
「そっか。やっぱ知ってたか」
先ほどの口ぶりからまさかとは思った。
自分だけ知らなかったんだ。
――どうして、私だけ……
自嘲気味な笑いが込み上げて来た。
仕方がない。恋愛ごとに疎いのだ、自分は。
だから彼はそんな頼りない私より、シルヴィアちゃんに相談していたのかもしれない。
いじけている場合じゃない。
こんな気持ちで人を――大切な彼を祝う言葉をかけたくない。
「そう、うん。それでさ……」
この手紙を拾ったんだ、と言おうとした。
そこから切り出そう、と。
兄貴は「分かってる」と、私の続く言葉を制した。
「手紙だろ?今渡すからちょっと待ってろ」
「へ?」
手紙を渡したいのはむしろ私の方なんだけど。
しかし彼は執務机の上に広がっているそれらを集めている。
「えーと、兄貴……?」
あなたの男の勲章は別に見せてもらわんでもいいのデスガ。
彼は今朝私から取り上げたバスケットの中に全ての手紙を入れて、「ほら」と差し出した。
「悪かった。おまえがいくら恋愛に興味なくとも。勝手に処分されていたらそりゃ目覚めも悪いし、怒りたくもなるよな……」
「え。あー?うん……?」
兄貴……届いていた手紙捨ててたのか。
ラヴレターヤブレタ―…なんちて。
……バカか、おのれは。
確かにそんなこと。知ってしまったからには目覚めは多少悪いけど。でも怒る気持ちになんてなれるわけない。
本命の彼女がもう既にいるんだもん。変な誤解されたくないよな。
――しかし何故ここで私が他の女性たちの恋文を譲り受けなければいけないんだ?何の儀式だコレ。
柄をそっと私に握らせながら、彼は苦い笑みを浮かべている。
籠の中から今にも溢れ出してしまいそうな紙の束。
そのこんもりとした山の頂、その一枚を何気なく手に取ってみる。
薄青の小花が散らされたような模様の封筒。
うーむむむ……
お焚き上げでもすればいいの?
気が遠く……というか重くなるそのままに、バスケットを片手で抱え直してその封筒をぺらっと裏返す。
どこの何というご令嬢だろうか……せめて名前くらい胸に刻み込んでおこう。そして成仏していただきたい。
「……ん?」
『――麗しい貴女、オリヴィア嬢へ―― ――アティ・ホースより』
「……私宛?何だコレ??」
他の手紙にも手を伸ばす。
これもだ。これも……これも……?
「へ?何だコレ。全部私宛だぞ!?どういうことだ??」
「「え?」」
説明を求め、ガバッとバスケットから顔を上げれば私以上に不思議顔のふたりと目が合う。
そんな顔をしたいのは私の方なんだけど。
「いや、どうしてコレ私宛て……?」
――しばし訳も分からずポカンとお互い見つめ合う。
「「「え?」」」
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*****
兄貴とシルヴィアちゃんから事情を説明されること数分が経ち。
「えーとつまりこれらは全部私へのラヴレター……?」
私はやっとこさ事態を飲み込めた。
「そうだが……じゃあおまえは一体何しにここに来たんだ?」
「そうですわ、おねえさま。ラヴレターのこと知ってらしたじゃありませんか」
衝撃が過ぎて周りの声が何も耳に入って来なかった。
「……ラヴレター」
貰うのは前世通じて初めての経験である。
知らず顔に熱が集まるのを感じた。
「ど、どうしよう……」
顔を両手で包み押さえながら、私ときたら分かりやすく動揺していた。
まさかまさか。
郵便箱開けたら恋文ドサ―現象が自分の身に降りかかるとは。
ああああでもっ!これはチャンスじゃないだろうか。
前世通して初めてのモテ期到来ってやつだ!モテ期だぞ、この私が!!なんて日だ!!
婚活頑張るって決意したところだったんだし。
それに……。
チラリと兄貴を盗み見る。
……彼も結婚するんだし。うん。
……そうだな、よし!
「私、会ってみる!!」
「おねえさま!?何をおっしゃいますの。義理立てでそこまでしなくても」
「リヴィ、そうだぞ。想いに応えてやるつもりがないんだったら期待させるようなことは……」
サクッとこのモテ期という大きな波に乗りたい私だったが。
何故か兄妹達は慌て出し、私をなだめようとする。
「そりゃあ誰かひとりとしか結婚できないんだからその人以外は想いに応えてやれないけどさ。でも会ってみなくちゃ分かんないだろ?何事も始まらないよな!」
「ええっ!おねえさまが恋愛に対して前向きな発言を……」
「お、おまえ……、そういうことに興味なかったはずじゃ……」
シルヴィアちゃんも兄貴も心なしか顔色が悪い。
動揺しまくってる。
まぁ、ついこの間まで色気より食い気だった自分だ。この変わりっぷりに彼らが戸惑うのも不思議はない。
「うーんとさ、何かちょっと改めて言うのも恥ずかしいんだけど……」
そう、ちょっと身内にカミングアウトは恥ずかしい。
でもダイエットを始めるのと同じ感覚だ。身近な人に宣言することで協力を得やすい環境になるだろう。
「実はこっち戻ったら婚活頑張ろうと思ってたんだ。その……私もそろそろ結婚したいなぁ~なんて」
「「ええっ!!」」
「そ、そんなに驚かなくても……」
私の『婚活宣言』に彼らはかなりびっくりしたようだ。
口を金魚のようにパクパクさせている。ふたりとも何か言おうとして、それでも言葉が見つからないようだ。
兄貴が私宛の手紙を隠していたのは、両親に頼まれたのだろうか?とふと考える。
前世と違って今世の結婚と言うのは、庶民はともかく貴族はお見合いとか親が決めることが多い。
ひと昔前よりかは貴族の自由恋愛や恋愛結婚にも理解があるけれど。
彼らにとって結婚というのはひとつの手札であり、外交手段だったりするのだ。
家の繁栄はおろか存続にすら影響を与えることも多い。時には国にも。
故に身分違いの恋などは普通許されない。
……アーレン家は貴族の中でも公爵だというのに。17歳なのに結婚結婚うるさく言われたことなかったから、両親のそこらへんの認識はてっきりゆるゆるのガバガバなものだと思っていたけど。
でも兄貴に頼んで手紙の選定をさせるあたり、長女の行く末を人並の親程度には心配しているといったところか。
私はバスケットをぎゅうっと顔の前で抱きしめる。
――そうか、兄貴に結婚相手の選定をされていたのか、この自分は。
何だか居た堪れない。音を立てて軋んでいるのはバスケットだけだろうか。
「ええともう……だから。相手を兄貴に選んでもらわなくてもいいんだ。婚活アドバイザー(辛口)や父さん母さんの意見を聞きつつ、私も……兄貴に続くよう頑張るからさ!」
「俺に?おい、どういう意味……」
「じゃあ、部屋に戻るね!手紙ありがとうっ!」
彼らが何か言って止めた気がするけれど、それを振り切るかのように私はそそくさと部屋を後にした。
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「へえ~!母上やっるぅー!」
手紙をベッドの上で広げふたり眺めながら、婚活アドバイザー兼息子はさっきからご満悦な様子。
自分のことのように誇らしげな彼に、私も微笑みを返す。やっぱり何だか照れるな。
「皆、夜会で会った人達らしいんだ。……記憶ないけど」
あの時の夜会――異性といえばミラとヨハンナムさんしかまともに話してない気がする。
「僕も見たかったなぁ、赤いドレスの母上かぁ~」
「う、うーん。また機会があればな」
正直こんなにもラヴレターをいただくとは……、あの露出がけっこう激しいドレスを着ていたお陰かもと思わんでもない。こんな貧相な身体でも多少は色気が出ていたのだろうか。
ついにおフェロな女になったか、私も。ふふん。
「あ!」
広げた手紙の中に見慣れた花柄の手紙が紛れていた。
「あー、しくった。兄貴に渡すの忘れてた」
彼の婚約者――ディアッカ・キャメロンさんからの手紙だ。
どうやらバスケットの中に入れてそのまま持ち帰ってしまったらしかった。
自分がラヴレターをたくさん貰ったことで舞い上がってしまったのか。単純な奴め、私よ。
この手紙を見ると、何となく気分が晴れない。
何かが胸につかえている感覚を覚えたけどその正体は良く分からない。
はぁ、とため息をつく私にルークは片眉を上げる。
「どうしたの?母上」
「ううん、なんでもない」
明日渡そう。
そう思ってその手紙は別に除けておく。
竜な息子はまだほくほくと手紙をデコピンするかのように指ではじいていた。
「ま。僕の母上だもん。これくらい当然っていえば当然だよね」
辛口婚活アドバイザーもこの思わぬ収穫に満足されているようだし、私もこのままの勢いそのままに、是非結果にコミットしたい。
「そう。で、誰と会おうかな?文面で人柄を判断して……ってことになるのかな、やっぱり」
ルークは読んでいた手紙から顔を上げた。
手紙で顔の下半分隠れている状態だったが、目をぱちぱちと瞬かせている。訝し気な様子だ。
「え?会う気なの、母上」
「何言ってんだ、ルーク。会わなきゃどんな人か分からないじゃないか」
確かに会わなくても成り立つのが貴族の結婚てやつなんだが。
それでも私はひと目くらい相手に会って話してみたい。
結婚観ってやつは前世の事情を知っている所為からか、叶う限り自分の納得いく方法で相手を見つけたいという気持ちが強かったりする。
両親も手紙を兄貴に選定させているくらいだ。
まだ直にプレッシャーはかけてこないけれど、ぼんやりした長女の将来についてやきもきしているはず。
ここで私が恋愛及び結婚について前向きな姿勢を見せたならば喜び応援してくれるだろう。そんな状況ならば婚活の方法だって私に一任してくれるに違いない。
「でも流石に全員と会うのは無理だよなぁ。他の人はお断りの手紙でも書こうと思っているんだけど」
恋しい相手へラヴレターを送ったところで相手の家に見向きもされないことは多い。
家柄や身分、容姿や人柄、社交界での噂……色々な条件で娘に会う前にはねられてしまう。
でもそこで相手恋しさに家へ押しかけ返事を乞うたりするのは、貴族の間では『スマート』ではないとされていたりもするらしい。余裕がなくてみっともない、と。彼らは体面を気にする生物だからだ。
『そこで社交界の醜聞になろうとも貴女に会いたくて……みたいなポーズをする遊び慣れた男性もいますのよ。おねえさま、そういった輩の夜這いには十分気を付けて下さいませ』
なーんて。シルヴィアちゃんは言っていたけど。
それはかなり恋愛上級者の狩りであり一般的ではないだろう。
ま。つまりだからここで女側がお断りの返事を書かなくとも、マナー違反とはならない……はず。
でもなぁ。
夜会に招待された人達なんだから、大なり小なり両親と繋がりがある人たちなんだろうし。
期待させちゃうのは問題外だと思うけど、『お祈りメール』的なモノがなければ彼らもスッキリ次に行けないのではないだろうか?
「正直誰と会えばいいのかも分からないなぁ。それに運命の旦那サマを見つける為には出会いの絶対値を上げるしかない気がするし……」
数打てば当たる的な。
そうなるとやはり無理にでも全員と会ってみた方が良いのだろうか?むむむ……
何人くらいいるんだろう、と手紙の枚数を数えていると。
「……シオンは何も言ってなかった?」
「あー、かなり驚いていたみたいだけど」
ルークは「だろうね」と呆れたように笑い、
「王子もこれは悠長にしてられないね」
「そうだな。どっちが先にゴールインするかあいつとは勝負しているからな!」
私が勝手に対抗意識燃やしているだけで、彼自身は勝負の土俵にも立っていないのだけれど。
しかし負けられない戦いが、そこにある。
「……そうじゃなくて」
「?」
「ま。僕はあなたが幸せなら何でもいいよ」
ルークは手紙で顔を仰ぎながらやっぱり呆れた様子で笑っていた。
何だか若干投げやりのように見えるのは気のせいか。
彼にそんな表情をさせている原因が分からない私である。
「私は私の幸せを常に求めるつもりでいるけど。その中には……おまえの幸せだって含まれているんだぞ」
息子は一瞬キョトンとした顔をして。すぐにカラッと笑う。
「そう。自身ひとりでは幸せを感じることができないんだ。……相手があってこそ。自己完結できないんだから『愛』ってのは厄介だね」
「何だか哲学チックだな。それは本で得た知識か?」
彼は即座に「いいや」と否定する。
「身をもって実感した竜の独り言さ」
更新遅れて申し訳ないです。
長期連休入ったのでガンバリマス




