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令嬢は生きるのがツライ  作者: 今谷香菜
~恋活、はじめます!~
71/85

~義妹が変な仕上がりになってツライ~

義兄&末妹サイド

**************


この日とはいわず。シルヴィアはずっと不機嫌だった。

言い換えるならつい最近。もっと細かく言及するのならオリヴィアが帰宅してからこっち。


――シルヴィアはずーっと不機嫌だった。


「おにいさまったら信じられませんわ。おねえさまが男を連れて帰って来たんですのよ。もっと危機感を持ってくださいませ」


紅茶にミルクをドバドバと入れて、ティースプーンでカッチャカチャかき混ぜる。

大きな音を立てながらかき混ぜるなんて。完璧な淑女パーフェクトレディを目指す普段では絶対ありえないこと。

だがしかし。そんなことを気にする余裕もない。彼女はそれ程までに苛立っていたのだ。


オリヴィアとその息子とやらが父親の書斎に行くと出て行ったのはつい先ほど。

その出て行った扉をぼんやり眺めながら。シオンはふうとため息を漏らす。


「……男と言ってもまだ子供だぞ」


「年齢はおねえさまと大差ありません!おにいさまったらおねえさまが帰って来たのが嬉しくて仕方ないんですもの。その他の細かいことはどうでもいいんでしょうけどっ」


「……」


否定はできない。というかその通りだ。

女の身で危険を顧みずに帰ってきたことにはそりゃあ怒っているが。それでも無事帰って来たのだし。


まあ……何か余分なのがついてきてるなぁ、とは思ったものの。

その経緯の真偽はどうあれ。命の恩人だというし。


正直、元気な彼女に会えたなら後は何でもいいやとさえ考えている。


なにより……


「『息子』だっていうし……」


「……他のオスに縄張りが荒らされていますのに。思う所は何かありませんの?オスとしてメスを盗られまいとする危機本能的なものとか!おにいさまったら駄犬以下ですわ!もうっ!!」


「駄犬!?お、おまえ俺のことそんな風に……」


『駄犬以下』ということは今までは『駄犬と同等』だと評されていたのか。

しかもこの瞬間駄犬はおろか、オスとしての立場も危ぶまれている。


尚も紅茶をかき混ぜている義妹。

余程興奮しているのか。周りの様子が全く見えていない。

普段のシルヴィアなら先の義兄に対する失言もあり得なかっただろうに。


「もうもうっ!本当におにいさまったら信じられませんわ……!大体、おねえさまもおねえさまだわ。あんな得体のしれないどこの馬の骨とも分からない人を息子だなんて……っ!」


目が据わっている。やはり相当荒れているようだ。

『駄犬発言』への抗議以前に。「もうそれ十分混ぜってるだろ」という軽~いツッコミでさえ許される状態ではない。

今、彼女に触れたらケガをしそうだ。ジャックナイフ並みに。


(シルヴィ―が神経質で怒ると怖いのは義母上ははうえ似だな……)


ついでにオリヴィアがぼんやりしているのは父親似だろう、完全に。あそこふたりはバターナイフだ。


シオンがとりとめのないことを夢想し現実逃避をしている中。シルヴィアはまだ紅茶をかき混ぜている。

勢い良くかき混ぜている所為で中身が周りにこぼれている。同心円状に。


もはや飲んでいないのに量が減っている不思議現象が起きていた。


カッチャカッチャと。


一心不乱のその様子にシオンは気が遠くなるのをどうにか堪えた。このままではカップが割れてしまうかもしれない。


目の前の義妹は何をそんなにカリカリしているのだろう。


「リヴィは一度言い出したらテコでも聞かないし。それにあのふたりを見ていれば、やはり色っぽい雰囲気は微塵も感じないぞ。おまえがそんなにピリピリすることもないだろう?」


「そういう問題じゃありませんわ……」


シルヴィアは不満気だが、シオンとて言い分はある。


勿論ふたりのうちどちらかにそう言った類の感情があるようであれば。自分とて慌てただろう。

だがあのふたりの様子は何というか。


「何だろうなぁ。親子と言われればそれもしっくり来るし」


おかしな話だ。そうあのふたりは親子と呼べるほど年齢が離れていない。……にも関わらず。


まるでずっと昔から一緒にいるような気安さがある。

家族のように寄り添うふたりを見ていれば。もはや他人が何といったところで離れさせることはできないのではないだろうか。


シオンとしては。余程のことではない限り、彼女がやりたいことや言い出したことは気の済むまでやらせた方が良いと経験上学んでいる。

下手に反対すると今度は隠れてするようになるだろう。素直に打ち明けたり話してくれなくなるかもしれない。それが実は一番怖い。


(まぁ確かに。『息子』と来たかおい!……とは思ったが)


犬猫の仔を拾ってきたわけでもあるまいし。

慣れているとはいえ。今回も今回でかなりぶっ飛んだ、突飛な行動に出たなとは感じた。


だが何にせよ。目の届く範囲での行動ならばいざという時フォローもしやすい。

それにあのルークと言う少年は、根拠のない勘だと言われてしまえばそれまでだが。オリヴィアに危害を加えるような人物には到底思えなかった。


――だとしたならば。


牛か馬を放牧している牧場主の気持ちにでもなって心を広~く持った方が良い。それが互いの為だ。


今まで10年以上共に過ごした中で。それが自分なりに見つけた彼女に対する処世術というか、付き合い方である。


恐らくこういう自分の大雑把な部分が、完璧主義者でもある目の前の義妹には気に入らないのだろう。


チラリと視線を移せば。青いガラス玉のような瞳は自分をじいっと見つめていた。


「おにいさまはむしろルークがおねえさまの側にいることに賛成していらっしゃるのね」


「……そういうわけではないが」


「いいえ。ルークがおねえさまの側にいれば、しかも息子だなんてことになれば。コブ付きのおねえさまに悪い虫が寄って来なくなるだろうとお考えなんでしょう?」


「……う」


思わず息を詰まらせた。

この義妹はオリヴィアと違い、人の感情の機微(こと恋愛面における)に聡い。


彼女の指摘通りその思惑もちょっと……あったりする。

息子云々はともかく。嫁ぎ先だろうと婿を貰おうともれなく大きなコブがついてくるのだ。しかも美しい少年。余程おかしな趣味の持ち主でない限り、あまり良い気はしないだろう。


それにあのふたりがいつも一緒にいればそれだけで周りは勝手に勘違いするのではないだろうか。労せずしてライバルを減らしてくれるのならありがたかったりする。


彼女は公爵家の長子だ。婿の立場を狙う貴族の次男・三男はそれでも良いと言う奴が大勢いるだろうけれど。少しでも頭数が減ればなぁ~とは常々考えていたことだ。


これにはシルヴィアもかなり呆れたように半眼になる。シオンはよく彼女にこういった顔をさせてしまう。


「ルークの手を借りずとも。おにいさまがさっさと!圧倒的な力をもってしておねえさまをモノにしてしまえばいいんですわ。おモテになる癖に肝心なところはうだつが上がらないんですもの!呆れてしまいます」


「そ、それは、まぁ……」


いつになくキツイ物言いをする義妹だったが、内容に関しては何も反論できない。

これもいつものことだ。


「欲のないおにいさま。知りませんわよ?会えて嬉しいからってそれだけで満足してしまっていて。そんなに色々と悠長に構えていては…ルークはともかく……」


シルヴィアが言いたいこと。続く言葉はシオンにも何となく察しがついている。


「そうだな。あいつ帰国してから……」


「ええ。おねえさま、自覚がないようですけど……」



――スキンシップがかなり過剰になった。



ちょっとしたことですぐにハグをしたり、頬を寄せてきたり。

挨拶のキスをしたりとだ。


あと。愛情表現がストレートというか。かなりオーバーになっている。

ことあるごとに『愛しているよっ!大好きだ、私のファミリー』とか。正直ちょっとどうかと思う。


彼女曰はく、『人間いつ死ぬか分かんないから。後悔の無いように愛する人には愛をたくさん伝えたいんだっ!私はそれを今回の旅で学んだんだっ!!』……だそうで。


確かにそれは間違いではないだろうが……。


しまいには。


『世界は愛に満ち溢れているなっ!たくさんの人に見守られて、私の人生は始まったばかりなんだっ!!』


とか。


『目に見える人も見えない人もみんなありがとう!!Life is beautiful!!』


……だとか。



――義妹がどっかのスピリチュアルな人になって帰って来た。


向こうで変な宗教にでもハマったんじゃないかと一時本気で心配したくらいだ。



「あれが帰国子女あるある……なのか?」


今に「あなたのオーラの色が見えます」とか言い出しそうな勢いなんだが。


というか。超がつく程の短期留学で。

影響受けすぎだろ、あいつ。


「おねえさまは根が素直ですからすぐに影響されるんです。今回のあの変な感じは絶対、あの王子の所為ですわ」


「そうだな……」


シオンはげんなりとしていた。

彼女とのスキンシップが増えているのは、自分も男として単純に嬉しいのだが。

それがあの王子の影響だと考えると複雑な気持ちだ。


何より……。


「自分もそれを求められているのかと思うと……」


頭が痛い。


あの王子のような歯の浮くセリフも。オリヴィアのようなストレートな愛情表現も。

自分には正直キャパシティーオーバーだ。


「でもそうしないとおねえさまには伝わりませんわよ?きっとあちらのお国で鍛えられているでしょうし」


「うう……」


あの王子がどんな風に彼女に迫ったのかは知らないが。(そして何であんな変な感じに仕上がってきたのかも知らんが)

恐ろしいのはそれでも恋情に気づかない敵の鈍さだ。

一体どれだけ(クサイ)言葉と(クサイ)態度を重ねれば想いに気づくのだろう。拷問だ。


(かと言って……ストレートに言ったところで……)


年頃の少女らしくロマンチックな言葉や演出に憧れているきらいも少なからず見受けられる。

彼女は変なところ男らしくてさっぱりしているが。

その反面シルヴィア同様、恋愛小説を愛読していることをシオンは知っていた。


しかし。少女小説のようなキラキラ王子サマが目の前で口説いていても『こ、こいつ……渾身のボケをかましやがった』と認識してしまうのが残念かつホラーな思考ではあるが。一体どういう構造つくりなんだろう。


自分を物語の主人公には置き換えて考えていないのかもしれない。


そう、少しだけ。……少しくらい。あの王子を見習わなければいけない、とはシオンも思う。

彼女がそういうモノに憧れがあるのなら尚更だ。

やはり彼女のことが好きなのは自分であって。その自分が歩み寄るべきなのだとも。


あと自分が仮に想いを伝えて。それが王子のソレと比べて見劣りするのは何か嫌だ。

結局は負けたくないのだ。どんな些細なことでも。


「おねえさまから贈られたドゥインの新作の詩集を貸して差し上げますわ。それでお勉強なさってくださいませ。何故か誕生日おめでとう、ってシャダーン滞在時に贈られてきましたのよ。とっくに過ぎておりましたし、プレゼントも留学前に頂いておりましたのに。……そこが少し不思議ですけれど」


「あ、ああ。……そうだな。少し、読んでみようかな……」


ちょっと複雑な顔をしつつも。しかし素直に頷く義兄にシルヴィアは意外なモノを見た面持ちだ。

今までの彼だったらこの申し出を断っているはずなのに。


彼なりに姉との関係性を変えようと真剣になっているといったところか。


シルヴィアはその義兄の分かりにくい決意に、ちょっと気持ちが浮上するのを感じた。


あの隣国の第二王子の登場は、このおっとりした朴念仁の義兄を動かす程の刺激になったのだ。


「お頑張りくださいませ、おにいさま。私、おねえさまをおにいさま以外に取られるのは我慢なりませんの」


扇をぱっと広げる。

視線は窓の先の遠い遠い隣国。


最初こそ。勇者なる人物に会えると心ときめかせていたものの。

それが自分から大事な者を奪おうとするのなら話は別。


――『勇者』は竜だけ倒していれば良いのだ。

それで囚われのお姫様を救い出しハッピーエンドだ。


「ここにお姫様は囚われておりませんもの」


勇者は物語の中で憧れる存在。それだけ。

現実こちらには要らない。



「『息子』も。おにいさまとおねえさま達の血が繋がった『息子』以外、認めませんわ」







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