~お説教はツライ~
新章突入
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あるうららかな日の午後のことである。
「ほんとうに信じられないわ。オリー、相手はシャダーンなのよ!!サイラスより強大な国なのっ!」
うららかな日和とは程遠い母さんの怒鳴り声が屋敷に響き渡る。
「あなた自分が何をしたのか分かっているの!?」
「はい……」
私は正座のまま今日も今日とて母さんに怒られていた。
足がミンミン痺れている。イタイ。
「いいこと。シャダーンは友好国だけど、それに胡坐をかいていい状態じゃないのよ?サイラスなんてあちらのお国と比べれば小国も小国。国と呼ぶのもおこがましいくらいだわ。軍事的にも経済的にも肩を並べられるようなところではないのっ!少しもご機嫌を損ねちゃいけないのよっ!!」
ビリビリの寝衣のままルークに抱えられるようにして帰宅をしたあの夜。あれから早1週間が経った。
そう1週間が経ったのだ。
――しかし。
「もうもうもうっ!!陛下からシャダーンの国王様にお詫びのお手紙を書いてくださったの!あちらからお返事が来たら私達もすぐにお詫びにいきますからねっ!」
「……はい。仰せのままに、マム」
――1週間経っても。母さんのご機嫌はいっこうに良くならない。
ここ数日。思い出したかのようにこうやってお説教タイムが始まるのだ。
もちろん。
自分が怒られる様なことをしたのは分かっているつもりだ。
シャダーン国王直々の滞在許可を得て、留学生としてあちらの王宮に厄介になっていたのだ。
帰国する時だってそれなりの手続きと気遣いをもってして臨まなければならないところ……
――いとまの挨拶もせず、王宮を半ば出奔という形で飛び出してきてしまったのだから。
そら、オコですよね。激おこぷんぷん丸にもなりますよ。ええ。
例えそれが致し方ない理由であったとしても、だ。
致し方ない理由――そう、まさか。
『自分がそのシャダーンの初代国王サマの生まれ変わりだったんだよ~~ん!ぼよよ~ん!!』等々、その他諸々の事情は言えまい。あたまおかしい。精神病棟逝き案件である。
家族に真実を話せないのだから、母さんが怒るのも仕方がないし。
お説教はある意味当たり前だ。甘んじて受けなければいけない。
しかしだなぁ。
「聞いてるの!?オリー!!」
「はっはい。聞いてます!むしろ聞いているだけといいますかっ」
「オリー!!」
「す、すいませんしたっ!!」
私はがばっと床にひれ伏す。頭を地面に擦りつける勢いだ。実母といえどもはや躊躇はない。
いっそ五体投地だ。
……このDOGEZAもとい五体投地癖がついているのはどうなんだろう。人として。
「本当に反省しているの!?ああもう、あなたのお転婆はどうしたら治るのかしら!どんどん酷くなっていくわね!」
「……」
――ご機嫌がいっこうに良くならないどころか……ずんずん悪化していっておりますな。ずんずん。
なにゆえ……
DOGEZAをしつつ、床にため息を落とす。
何も事情を知らない母さんたちだから。心配もしているんだろうけど。
一方で。ミラは少なからず分かってくれていると思うし。怒っていないだろう。
抜け目ない我が友人がそれとなく上手い言い訳をしてくれている……はず。
ミラ父もといシャダーンの国王サマも優しそうな人だったし。
家族が心配する程、大きなことに発展するとは実は欠片も思っていない。
うん。
――ぶっちゃけ。謝れば済むと思っております。
タカを括りまくっているのは自覚しているが。
私としては彼との熱き友情を信じたいところだ。
このような不真面目な態度が母さんにも伝わってしまうのだろうか。
それ故の。連日昼夜を問わずの突撃お説教タイムなのか。うーむ。
母さんの肩越しにチラリと戸口を見る。
うっすら開けた扉から。
心配そうな顔で、父・義兄・妹・息子が覗いていた。
た・す・け・て・く・れ
彼らに目でパチパチと合図を送る。
すると彼らは母さんの方をチラリと見て。顔を見合わせお互い「うん…」と頷き合い……
パタン……
「ちょっ!何故そこでそっ閉じ!?」
「オリ―!どこ見ているのっ!?」
――そんなこんなでもう1時間程お説教タイムが延びることになったのだった。
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「ひどいじゃないかみんな。何で助けてくれないんだ!」
今日も今日とてこってり絞られ。
私はダイニングルームでお茶を飲む、愛する家族たちに向かって叫んだ。
兄貴とシルヴィアちゃんとルークだ。父は仕事に逃げたのだろう。ダンディな外見とは裏腹にその行動はダンディズムに全く則っていないのが父である。
彼らは気まずそうに目を合わせながらも。「だって……なぁ?」と何か言いたげだ。
ルークが舌をぺろりと出す。
「母上の母上って怒ると怖いんだもん」
「……ルークよ。怖いからこそ助けて欲しいんだな、私は」
案外薄情なところがある息子に私は泣きそうだ。
ガタガタと椅子を引き、席に着く。もうへろへろ。
教訓。母さんは怒らせると妖精よかよっぽど怖い。
『妖精ズ<母≒某国第二王子』
図式でいえばこんな感じだ。オリヴィア式。
母と某国第二王子は限りなく近しい実力の持ち主だな。怒の。うむ、嬉しくない発見だ。
母が『動』ならあの王子は『静』といったところか。
怒り方の種類が全く異なるふたりだが。何故だろう同じくらいおっかない。
彼らの魔眼で見つめられると、もれなく私は土下座りたくなる。
「……『土下座る』って何だ。そんな動詞ないぞ」
自分の脳内にツッコミを入れる。いかん。私は相当削られている。精神的に。
そんな私にシルヴィアちゃんは心配そうに立ち上がり、いそいそとお茶を淹れてくれた。
甲斐甲斐しい妹である。良い嫁になるな。
「ありがと」
カップを受け取りつつ、お茶を一口。
ああ。ホッとする。
これぞ我が家。
私がほっこりしている正面で。
カチャン、と兄貴がカップをソーサに置いた。
何故か不機嫌に聞こえる音。まるで彼の心境を表しているかのようだ。
「義母上が怒っているのは。おまえが本当のことを言わないのもあるんじゃないのか?」
ぎくり。
「な、なんのこと?」
彼は抜き打ちテストをする教師のような面持ちで。
「何だっけ?おまえが王宮を飛び出した理由」
唐突に質問する。
私は急いで頭の中で作った話を組み立て直す。
ルークと移動中の馬車の中で口裏を合わせた話だ。
「だ、だから。ミラとケンカしちゃって。夜中に王宮を飛び出したんだってば」
「……寝衣のまま?」
「そ、そう。だって夜にケンカしたんだもん。頭に血が登っちゃってさ。着の身着のまま……」
兄貴は何故かそこでギロリと私を睨む。
かなり不機嫌なご様子。
「何で寝衣で。夜中にあの王子と会ってんだ」
「えっと……?」
あ、あれ?何か怒りのベクトルが微妙にズレているような……?
私がまごついていると。
「シオン。男の嫉妬はみっともないよ」
横からルークがそんなことをおっしゃる。
シスコンという大病を患っている彼はますます顔をしかめた。
でもその一言が効いたのか。
兄貴はごほん、と咳ばらいを一つ。
「そう。それで?夜中に寝衣のまま飛び出して。馬車移動をしていたら?」
私はチラリとルークを盗み見る。
彼は聞いているんだかいないんだか、クッキーに手を伸ばしていた。
何にしろ雰囲気にも態度にも余裕があるな。
う、うん。そうだぞ。彼のように堂々としていればいいんだ。
「……国境付近で山賊に遭ったんだよ。何回も言っただろ?」
堂々と……。
――例えそれがどんな滑稽な嘘であろうと。
「へえ?」
「そ、それで通りかかったルークが助けてくれたんだよ。な?」
私はクッキーをつまむ彼を振り返る。
こいつも相当甘党とみた。お菓子に目がない。
同意を求められた彼は涼しい顔をしながら、
「そうそう、母上。怖かったねー?」
「な、なぁー?怖かったよなぁ。『グヘヘ。女じゃあ~!久しぶりの女じゃあ~!!』って寝衣もビリビリに破られちゃったし、荷物も盗られちゃったしっ!すんでのところでルークに助けられなかったらやばかったな!純潔を山に散らしていたところだ」
――そう、ここまでが彼と私で考えた今までの辻褄合わせだ。
私は彼の手を握りブンブンと振り、命の恩人に感謝している風を装う。
……まぁ命の恩人というのはあながち間違いではないのだが。
「今時そんなベッタベタな山賊いるかぁ?」
「そうですわねぇ……。ビックリするほど、ベタですわね」
兄貴とシルヴィアちゃんは冷静だ。彼らに疑いのまなざしを向けられ。
私は冷や汗ダラダラだ。
何とかこの嘘を真実にしなければいけない。
「ほ、ほんとだぞ!!山賊団の名前も名乗ってたしなっ!!」
「ちょっと。母上……」
興奮気味に立ち上がる私のスカートの裾をルークはつん、と引っ張る。
兄貴は頬杖をつきながら「ふーん」と。
差して興味はなさそうな様子である。本当の話だと思っていないのだろう。
「で。何てんだ?その山賊団の名前は」
「え?えーとえーと……」
『もー僕知らないよ』って顔で茶をすするルーク。
彼の顔を見てピンときた。
「レ……『レッドアイ☆ブラックドラゴン団』だ!!」
「ぶふっ!!」
ルークが盛大に茶を吹き出した。
「はっ母上、安直すぎでしょっ!それっ」
ゲホゲホと陸で溺れながらも小声で抗議する息子を尻目に。
私はと言えば。
アドリブで考えたにしては。これは中々カッコいいかも?
なんて。自分のネーミングセンスに脱帽していた。自画自賛なうだ。
イヤ。逆にカッコ良すぎて山賊団の名前に似つかわしくない。
これは困りものだぞ。また疑われちゃうかも……と思いそろりと兄妹に目を向けると。
兄貴は片頬を引くつかせ、
「ダッサ……」
と茫然としている。
「おにいさま。でもまたそのダサさが……何というか逆に真実味を帯びてきますわね」
「そ、そうか?」
シルヴィアちゃんはちょっと青白い顔をしながら。
ハンカチで口元を押さえている。
「ええ。その絶妙に洗練されていない感じが……なさそうでありそうといいますか。逆にアリといいますか……」
「た、確かに。言われてみれば……」
兄貴が頭を抱え『ううーん』と唸る。
一方咳が落ち着いたルークは生理的なものから来る涙を拭いつつ。
「よ、良かった!僕の名前『ルーク』で良かった……ッ!危うくDQNネームつけられるところだった!!」
噛み締めるように胸を撫で下ろしていた。
……。
それぞれがそれぞれのご感想を抱いている中で。
――何故か私はその場にひとり取り残された気分になった。
兄貴はしかし。気分転換をはかるかのように茶をごくっと飲み干した。
口はへの字のまま。むっつりとしている。
はぁ、と息をつき。
「大体もしその話が本当だとしても嘘だとしてもだ。俺も義母上同様おまえを毎日怒鳴りたいくらい怒っているんだぞ。……義母上に毎日絞られているから俺からは何も言わないがな」
シルヴィアちゃんがお代わりのお茶を注いでくれたのを受け取りながら。
頬杖をつき湯気をぼんやり見つめた兄貴は、軽く目を瞑りこめかみを揉んでいる。少し疲れているようだ。
「ひとりで帰ろうだなんて無茶をするな。迎え位いくらでも行くから。……ボロボロで帰って来たおまえを見た時は肝が冷えたぞ」
横でティーポットを抱えたまま。同意したようにシルヴィアちゃんも頷く。
そっと柔らかく手を握られさすられた。
「そうですわ、おねえさま。何かあってからでは遅いですもの」
「兄貴……シルヴィアちゃん……」
私がじーんとしている傍ら。
ルークはまたひょーいっとクッキーを手に取りパクリ。
「ルーク……」
折角の感動シーンであるというのに。その仕草には感動のかの字もありません。
今度は手前のクラッカーに手を伸ばし、イチゴジャムをつけて端を齧る。
ほんと甘党だな、こいつ。変なところは私に似た。
クラッカーを口に咥えながら、彼は椅子の上で立膝をつく。
この兄妹愛のシーンを少し冷めた目で見ながら。
「大丈夫だよ。今後は僕がずっとついているから。母上に滅多なことは起きないよ」
あっけらかんとしたその言いぐさに。兄貴もシルヴィアちゃんも困ったように顔を見合わせる。
シルヴィアちゃんは上目遣いでルークを見遣る。
「ルーク……、あなたその歳で傭兵をやっていたんですってね?」
「うん。そーだよ」
これも設定である。
彼は家族に会う前に『これから人として生きるから。僕が竜であることは誰にも言わないで』と私に言って約束させたのだった。
カップにため息が落ち、湯気がふわっと風に散らされる。
……私はまあ。家族にくらい話してもいいと思うんだけど。
その方が彼にとっても生きやすいんだと思うんだけどな。竜とか人とか。そんなのにこだわらなくても。彼は彼だし。
でもルークが頑なにそれを嫌がるから話せないでいる。
今回のことは本当のことを家族に話せないばかりか。嘘をたくさんついている。
……仕方がないとはいえ。罪悪感がなぁ。
カップに口をつけ、そこのところに気鬱しつつも。
妹と息子の様子を静かに見守る。
「家族はいらっしゃいませんの?」
「いないよ。元々捨て子だったから。『ルーク』っていう名前も母上につけてもらったくらいだし」
シルヴィアちゃんは何を疑っているのか。ルークに会ってからずっと訝し気な様子だ。
まあ突然自分と同じ歳くらいの男の子連れて来たら驚くよな。
しかも……。
「そこでどうしておねえさまの『息子』になるんですの?」
その男の子が自分の『甥』になるなんて聞かされた日には。
彼女のこの反応も当たり前っていえば当たり前だ。
ルークはシルヴィアちゃんのピリピリした雰囲気をわざと逆なでするように。
小憎たらしい笑みを浮かべる。
「『息子』であるのを望んでいるのは彼女だ。だから僕は彼女の『息子』。逆に聞くけど、あんた達は僕と彼女の関係が何だったら納得するワケ?」
「それは……」
シルヴィアちゃんはぐっと押し黙る。
「ねえ母上?」とルークは私を振り返るから、私はうんと頷く。
「……ルークは『息子』だな。友達や恋人とは違う……何というか、それより圧倒的に身内感が強いんだよな」
「別に?僕は息子じゃなくてもイイよ。あなたと一緒にいられるならその関係性は何でも」
「とはいってもだなあ……私達今更何になれるんだ?」
うーん?
息子でなければ弟か?
彼とはもはや『他人』と『他人』が結びつき築き上げる関係を凌駕しているというか。
やっぱり『息子』というのが一番しっくりくる。
兄貴は何故かこれに遠い目をして「息子……」とひとりごちる。
その様子にシルヴィアちゃんが呆れたように兄貴に耳打ちした。
「……おにいさま。今、『リヴィと結婚したらいきなり子持ちかぁ……』って思っていましたわね?どれだけマイペースに構えているおつもりですのっ!」
「……」
「なんか言った?兄貴、シルヴィアちゃん」
シルヴィアちゃんは「いいえ」と扇で口元を隠す。
そのツンツンした仕草に、私は彼女のご機嫌も損なわれてしまったのだと感じた。
頭をポリポリ掻きながら。
「まー、仲良くしてよ。兄貴、シルヴィアちゃん。いきなりで驚いたとは思うけどさ。ルークも屋敷の守衛として働いてくれるっていうし。父さんや兄貴がいない昼間とかはさ。屋敷に男手が多い方が安心だろ?」
自宅警備員というやつだな。
突然のことで戸惑いも大きいとは思うんだけど。ちょっとずつ慣れていっていただきたいというのが本音だ。
ちなみに両親はといえば。「あらぁ。じゃあシオンの小さい頃の服を引っ張り出してこなくちゃね!」ですって。それだけだった。
なんという包容力&天然。さすがである。
ひとりくらい家族が増えたところでおっとりとコトに構えられる余裕が素晴らしいと思いマス。
――問題はといえば。両親と違い、常識人である義兄と妹だな。間違いなく。
私が取りなす様が面白くないのか。シルヴィアちゃんはジト目だ。
「彼がおねえさまの命の恩人だというのは分かりますわ。でもそれでいきなり『息子』だなんて。そんなのやっぱりおかしいです……おねえさまはルークとずっと一緒に暮らすおつもり?」
「そうだな。ルークを手放すなんてことはあり得ない。これは譲れない」
「……」
それを聞いて喜色満面なルークと反比例するかのように。あからさまにブー垂れたような不満顔の妹。
うぅーん。まさかシルヴィアちゃんからこんなに反発されるとはなぁ。切ないぞ。
しかし人間相性というものがあるからなぁ。
ルークとシルヴィアちゃんは肌があまり合わないのかもしれない。
それにシルヴィアちゃんもお年頃の女の子だ。やはり自分と同じような年頃の男の子とひとつ屋根の下っていうのは抵抗感もあるのだろう。いくら屋敷が広いといえど。
ルークと暮らすのが彼らのストレスとなるようだったら、私も身の振り方を早々に考えなければな。彼と一緒にいたいのは私のワガママだし。
「やはり婚活か……」
早々嫁に行くに限るな。ルークを連れて。
長女だけど。アーレン家はシルヴィアちゃんとその婿に託そう。うむ。
私がうん、と強く婚活への決意を固めたところで。
「私達だけのおねえさまだったのに……」
と。
――シルヴィアちゃんが口を尖らせ拗ねた表情で呟いた一言を、私は聞き逃してしまっていた。
明日の活動報告にて、人気投票(男性編)結果発表したいと思います。
興味ある方は是非覗いて見て下さい。
ご投票いただいた方、ありがとうございました。




