~託された想いを知ってツライ②~
連日更新祭り最終話
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不毛な言い争いをしてどれ位経ったのだろうか。
ふたりでぜーぜーと息切れをしつつ。
『あ、本当に不毛だコレ』とお互い目で合図し、頷き合った。
「「……」」
どちらともなく無言で。
ガタッガタッ……と椅子を引き静かに腰を下ろす。
なんだろ。どっと疲れた。
息を整えがてら『はぁぁ~』と彼はため息をつく。
「ま。今はそんなことを話したいワケじゃなくてだな。えーと。オリヴィアがここに来たのはさ、導かれたんだろ?あのお節介に」
「お節介……」
思い出すのは先ほどの少女。
私を黒い水に沈めた……。
「あの子は……」
誰なんだろう。
容姿を思い出そうとした。
でも。夢で知らない人物が出てきた後、目が覚めた時のように。モヤがかかって何も思い出せない。
私が戸惑っている様子に。勇太は「やっぱりな」と苦笑する。
「ノイズ混じりの天の声。もとい俺の時代から守護霊気取った誰かさん、だろ?」
「?」
「ここは魂の最奥地。不可侵領域だ。あんたはそのお節介な守護霊サマに導かれてここまでやって来たんだよな。あの人もここには来られないけど。道を示して送り出す位はできるんだろうな」
何を言っているのか理解できなかった。
そんな私に彼は少しだけ寂しそうに笑う。
「もうあの人の存在を『知識』として知っていても。顔や声は思い出せないのか。それが普通っちゃ普通のことなんだけど。おまえ変なコトは覚えているしなぁ……。うーん。これもあの人が操作していることなのか?」
彼はひとりごちりながら『ホントあの人。幽霊のくせにチートすぎるだろ』と笑う。
どこか懐かしみながら、『ああ、あの人も人の子だったんだなぁ』とも。
「私は誰かを忘れているの?」
「いいや、気にしなくていい。あの人悩んでいたみたいだから。ずっとおまえにへばり付いていたから、無意識に馴染み深い俺の意識を外へ引っ張っちまった。おまえが前世を思い出したのはその所為だ」
私が勇太を思い出したきっかけ。
階段から落ちて頭を打ったせいだと思っていたんだけど。
彼の口ぶりからして、他の要因もあるようだ。
「そんで。おまえが前世を思い出してから。境界の弁が上手く働かなくなった」
「境界の弁……?」
「そう。なんつーかな、無数の網目状になってるんだよ。魂の意識というか知識というか記憶っつーのは。その主脈が今の使用者、つまり今世を生きている人間の記憶であり意識で。支脈が前世のモノなんだよな。接している部分に弁みたいなのがついていて。その働きで普通は前世と今世の意識が交わらないようになってんだ」
私は何となく葉脈を思い浮かべていた。
つまりこの魂の主脈……今は私ということだ。
「それが。おまえが俺を思い出したことにより。弁が上手く働かなくなった。今のあんたは境界がない、もうゆるゆるのガバガバよ」
「……何かその言い方イヤだ」
彼は私の嫌そうな顔を笑って見ている。
わざとそういう言い方するんだな、この人は。
「ただでさえおまえがそんな状態で。オッサンの思い入れが深い場所へ行き、そこで奇妙な縁で繋がり出会った人たちがいて。様々な要因が重なりに重なって。共鳴し合って。……まぁこのタイミングでオッサンの意識も強く表に出てしまったというワケだな」
「『オッサン』……」
私はそっとひとりごちる。
彼の言う『オッサン』と言う存在。それは。
「おまえももう、分かっているんだろう?」
彼は頷きながら、静かに返した。
私はふっと笑った。なんだか、この場に似つかわしくないけれど。笑えてしまったんだ。
あまりの現実感のなさに。
「『オッサン』だなんて。そんな言い方していいのか?一応偉い人なんだろ」
なんてったって。隣国といえど初代国王サマだ。
彼の口調は近所か親戚の人を呼んでいるような。
そんな気軽さを感じた。
「構うもんか。偉かろうがエロかろーが。同じ魂を前に使ってただけの、ただのオッサンだぞ」
「ただのオッサンって……」
この悪しざまな言い方に。
初代国王であろうと形無しだ。
「イヤ、マジでさ。あのオッサンがすごいんじゃなくってさ。建国にまでこぎ着けたのは周りの有能な部下や奥さん達が必死にフォローしてきた結果だぞ。話してみると分かるけど。あいつも俺らとおんなじ、ただの脳筋なアホだったわ」
「……」
まぁ同じ魂である。
確かにそんなに優秀な人がこの魂から生まれる気が……しない。
「でもまぁ。何だろうな。思い込みが激しくて、一途だったんだな。自分の中に確固たる正義があって。その為に過ちを恐れず進む強さもあって。周りの人はそれに惹かれたんだ。ホント中身はどうしようもないアホだったんだけど。……周りの人間に恵まれるのは、この魂の特権かもしれないなぁ」
勇太は椅子の背もたれに寄りかかる。
ギイ、と軋む音を立てながら。
私をここに送り出した少女は。『彼ら』と話して来いと言った。
『彼ら』……ひとりはきっと目の前にいる勇太。
もうひとりは。
「そのオッサンは、どこに行っちゃったんだ?」
勇太は「ああ……」と苦い顔をした。
「トンズラこいた」
「……は?」
「おまえが来るって分かったら逃げやがった。『年頃の娘と一体何を話したらいいんだ?』とか『どんな顔して会えばいいのか分かんないから。勇太謝っといてくれ』って。……マジあいつクソだわ」
「……」
うん。
ほんとうに。
ただのアホなオッサンだわ。情けない。
彼に対するそこはかとないロマンだとか理想だとかが。
ドンガラガッシャーンと派手な音を立てて崩れた瞬間だった。
私はがっくし項垂れた。
勇太は人差し指でこめかみあたりをトントンと叩く。
「えーと。まぁだから何だ、悪かったよ。オリヴィア」
「……なにが?」
「怖い思いをさせちゃっただろう?信じてもらえるか分からないけどさ。オッサンもおまえの身体や意識を乗っ取ってもうひと花咲かせてやろうだとか。そういうつもりは全くなかったんだ。なんつーか、奥さん達の気配を外で感じてハッスルしちゃっただけで」
「……うん」
私はこくん、と神妙な面持ちで頷く。
確かあの女の子もそんなこと言っていたな。
彼はふっと笑い、「あ。そうだ」と立ち上がる。
キャビネットの上に置かれた、四角い木箱のようなものを両手で丁寧に取り出す。
それをカタン……とセンターテーブルに置く。
「これは……碁盤?」
前世の彼の。
趣味の一つだ。生で見るのは初めてだ。
「そ。ここにムサいオッサンとふたりでさぁ~、暇なんだよね。自分たちの人生の愚痴しか言わないんだもんな」
「これでふたりで暇を潰しているワケ」と。彼は手で軽く盤上の埃を掃く。
黒と白の碁石を作業着で拭きつつ。
光に照らしながら、石に欠けがないか入念にチェックする。
「おまえ、囲碁できる?」
「……もう覚えてないよ」
彼は「そか」と少し残念そうな顔をした。
「碁は俺がオッサンに教えつつやってんだよ。チェスもある。チェスは俺が教えてもらいながらやってんだ。チェスをやろう」
そう言って彼は碁盤を片付け、同じキャビネットからチェス盤を取り出した。
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カツン、カツンとチェスの駒を進めながら。
彼は「なぁ……」と声を掛ける。
「何で俺が碁をやり始めたかは覚えているか?」
私はチラリと記憶をさらってみる。
「確か。勇太が小学生の頃に流行った少年漫画の影響だろ?囲碁の漫画」
勇太は嬉しそうに頷いた。
「そうそう。あれは名作だった。あの漫画の主人公に憧れてさ、その当時は囲碁クラブなんてものがあちこちの小中学校でできてさ。そんなクラブ、漫画連載前は全然なかったのに。碁会所も学生で溢れ返って……ちょっとした社会現象になったんだぜ」
私はうん、と頷く。
彼はその当時流行っていた少年漫画の影響をモロに受けて。碁を始めたんだ。
子供の頃から単純な彼である。
……今私たちがやっているのはチェスだけど。
仕方がない、私が囲碁のルールを忘れているんだから。
「その漫画の中にはさ。囲碁の天才棋士の幽霊が登場すんの。そいつがさ、主人公に憑いて……主人公と一緒に囲碁の『究極の一手』を目指すんだ」
「うん」
彼が突然何を言いだしたのか。内容は分かるが意図がよく分からない。
でも懐かしそうに。楽しそうに思い出の漫画のことについて語る彼の邪魔をすることはしない。
「その幽霊はさ。自分が幽霊としてこの世に留まっている意味を考えていた。でも自分が囲碁を極めていないからだと、それが未練だったのだと長い間思っていたんだ。……でも違った」
「……どうしてその幽霊はこの世に?」
漫画の細かい内容まで、私は覚えていなかった。
その天才棋士の霊はどうして成仏せずにこの世に……?
「何でだと思う?自分の無念や未練の為じゃなかったんだ」
「……わかんない」
「そいつはな……」と。
彼はチェスの駒をカタン、と進めて。
「後進の成長の為だったんだ。次代を担う主人公の。その肥やしになる為にこの世に留まり続けていたんだ。自分でも自覚がなかったんだけど。その主人公の目覚ましい成長の一端を垣間見て。ある時ふっと悟ったんだ」
彼は笑う。「俺も、オッサンも似たようなもんだ」と。
「自分たちの人生に未練はある。後悔も……そりゃちょっとは勿論あるんだ。後悔が少しもない人生なんてあり得ないだろ?でもなぁ、俺達はやり直したいなんて思っていない。一度きりの人生だ、それを俺たちなりに生きたよ」
「勇太……」
「そう。やっぱ後輩が心配なんだよ。……この魂の使用者だった責任も感じてる」
彼はおもむろに盤上にある、クイーンの駒をトンと中央に置く。
「おまえは女王だ。盤上を引っ掻き回して、ひっくり返す。最強の駒。これからおまえを中心におまえは色んなことに巻き込まれるよ、きっとな。この魂の使用者は波乱万丈な人生を送るって相場が決まってんだ」
トントン……とクイーンを持ち上げしつつ。
「大切な王を守ってやれ。こいつを失ったらおまえの負け。逆にこいつがいればおまえはどんな苦しみでも耐えられるだろう。おまえに従う忠実な歩兵を使って、上手くその場を切り抜けろ。どんな泥臭いこともしてみせる奴だから。……そして騎士を信用してやれ。いつだっておまえを想い、おまえの為になることしかしないだろうから。裏切りはない」
「どういう意味だ……?」
暗号めいたその言葉に私は戸惑う。
「オッサンの助言。確かに伝えたぞ」
勇太も『彼』からその意味を教えてもらっていないのか。
……それとも単に教えてくれないだけか。
「おまえが前世を思い出した『原因』はさっき俺が言った通りだよな?でもその『意味』はおまえが考えろ」
「勇太?」
「今後、おまえに降りかかる出来事の中で。おまえの正義に反することでもどうしても選びたくなる選択肢が出てくるかもしれない。その時はこの箱をノックしろ。おまえの中にいる俺とオッサンがおまえの良心になろう」
そんなことが、出てくるのだろうか。
自分の正義に反してでも選びたくなる道が……?
私はポカンとして勇太を見つめる。
「人生経験が無駄に濃い~い俺達のアドバイスだ。きっと参考になるだろ?」
冗談めかして笑う彼は。
しかしその口調とは違い、その眼差しから真摯さと真剣さが伝わる。
「……濃すぎて参考にならないよ」
彼は「ははっ」と笑う。「確かにな」と。
「おまえが思い出しても怖くない、温かな思い出ばかりの人生だったらさ。良かったのにな。俺もオッサンも人を恨み、憎まれてばかりのきったねー人生だった」
彼は自嘲気味に呟く。
「だから、こんなに真っ黒な海ができてしまった」
窓の外の。
真っ黒な景色を見て彼は「うへぇ。きったねーな、マジで」と。辟易した様子で舌を出す。
「勇太、でも、それは……」
思い出していた。
先ほどの光景。
暗い部屋で彼女の遺書を読む彼の姿。
学校から家に帰って。
ランドセルを下ろすこともしないで、夢中になって読み進めた。
黒い涙を流して流して。大きな水溜りを作る。
勇太は頬杖をつきながら、黒い海をぼんやりと眺める。
どこか遠くを……遠い過去を見つめているように。
「オッサンはな、たくさんの人を殺して。その屍の山に城を築き、国を作った。もっとうまいやり方があったのか、それは分からないけれど。それに関して後悔はしていない。失った命と、魂を汚してしまった妖精の奥さん。生きている間ずっと苦しめていた竜の奥さん。自分の所為で幸せにできなかった全ての人達――その人達にスゲー申し訳ない気持ちはあるけれどな」
わざとらしくかるーい口調で「あれだな、『反省はしているけど後悔はしていない』って奴だな」と。
手をパタパタと空中で振りつつ。私に向き直る。
口元を緩め、彼はどこか自嘲気味に笑う。
「俺はな。生きている間ずっとずっとねえちゃんを殺した同級生を恨んだ。遺書や日記を何度も何度も読み返して。書かれていた同級生の名前も内容も全て暗記しちまったくらいだ。いつだってそいつらの不幸を願っていた。事故で死なねえかな、とか。子供を産んだらその子供死なねえかな、とか。醜い感情をずっとずっと持っていた」
「……」
「そんな俺だから。生きている間に新たな愛をこの腕に抱くことなんてできなかったんだ。だって事故で死ぬ直前にさ?考えたことは、『こんなに若くして死ぬって分かってたなら。同級生のひとりふたり殺して道連れにしとくんだったな』だぜ。そう思って死んでいったんだ。自分の人生最後にさ、そんな後悔の仕方ってある?我ながら何とも浅ましいよなぁ」
彼は「イヤ、まあ。新たな愛を得られなかったのは。モテなかったことも大いにあるんですケドネ」と人差し指同士をツンツンとさせながらおどける。
私はぐっと涙をこらえる。
彼は、こんなに烈しい人だったろうか。
こんな風に一途で、激しくて、情の深い人だったろうか。
「勇太、でもそれは。大切な人を失ったら誰もが思うことだ。当たり前の感情だろ?」
「そうだな。でも褒められたモンじゃないだろ。しまいには勝手に自分で死んだねえちゃんも恨みまくったわ。正直、今でも許せねーもん」
彼は笑う。泣いたように笑う。
「いっつもねえちゃんの同級生を心の中で殺していた。何回も何回も。思いつく限り残酷な方法で。どうしてかな?生きている間ねえちゃんとは喧嘩ばっかだったんだぜ?そんなに仲の良い姉弟じゃなかったんだ……」
私は唇をきゅっと噛みながら、「それでも……」と紡ぐ。
彼はきっと私の言う事なんて。何の慰めにもならないだろう。
でも私は言いたかった。
「あんたは多くを恨んだけれど。決して恥じた生き方をしていない。心の中で誰を殺そうとも。その持て余し気味の感情と一緒にいつもどこかでやり過ごすように耐えながら。表面では友達や家族と笑ってバカやって……毎日を過ごしてきただろ、心で泣きながら。……あんたは誰よりも優しくて、強くて……弱くて……ッ」
ひとり自分の醜さに涙したこともある。
そんな夜を幾重も折り重ねて過ごしてきた彼を知っている。
自己嫌悪をしながら、それでも姉が死んだ要因となった同級生の不幸を願わずにはいられない。
そんな途方もなく。薄まることもない激しい怨嗟の気持ちをくすぶらせて、彼は生き抜いた。
誰も傷つけず。自分だけを傷つけて、生きた。
そんな彼がどうして醜いんだろう。
どうしてこの黒い海を産むことになる?
「そんなの、何かの間違いだろ……」
――憎むだけだった。恨むだけだった。ただそれだけ。
その感情が罪で悪なら。どうして神様はこんな感情を人間に与えたんだ。
涙であとは続かない。
勇太は泣き笑いのような表情で「ありがとうな」と私の頭をぽんと叩く。
「おまえは優しいな。チチは小さいけど。器はこの魂史上一番デカい」
「……ッ、バカッ!」
彼はクイーンの駒を手の平でコロコロと転がしながら弄ぶ。
やがて。
「なあ、オリヴィア」
駒をぎゅっと握り締め、私を見た。
「お願いがあるんだ」
「? お願い?」
「そう。さっき言った、おまえが前世を思い出した『意味』。その本当の意味はおまえが考え見つければいいんだけどさ。その意味の中にひとつ。オマケとして俺からの願いを加えて欲しい」
私は首を傾げつつ、彼の続きの言葉を待つ。
「どうしても人の所為にしちまう俺だからさ。おまえが痛快・爽快な生き方をして払ってくれ、この黒海を。魂が穢れているから歪んだ生き方しかできなかったんだって、思っちまう俺の浅はかさを笑い飛ばすような。そんな生き方をしてほしい。良い生を送ってほしい」
切実に語る彼の目を。
何故か正面から受け止めきれなかった。
「自分の人生に概ね満足はしている。けれど。魂を真っ黒に染めてしまうような生き方しかできなかった。おまえや次の人に申し訳ない。……でもこんな穢れた魂でもちゃんと人を愛し愛され優しい人生を送れるんだって証明してくれ。『魂がポンコツだったんじゃない、あんたらがポンコツなだけだったんだ』って、俺達に見せつけて。そんな風にこの真っ黒な澱みをおまえが払ってくれ」
「勇太……」
懇願するように手を握り締められ、その私の手にはポタポタと涙が落ちた。
「肉体なくても魂だけで泣けんのな」と彼は言う。
黒くなんかない、透明なそれを流しながら。
「どうかお願いだ」と。
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――そうしてしばらく彼に手を握られて。
気持ちが落ち着いたのだろう。照れながら勇太は立ち上がる。
「さて。そろそろお迎えが来そうだし。つーかおまえの息子が呼んでるな。マザコンめ……」
「マザコンな竜だから『マザゴン』か?」とか意味のない。全く内容のないことをぶつぶつ呟いていた。
ホントにくだらないな。ルークが聞いたら怒りそうだ。
「……もう会えない?」
別れの雰囲気を感じ、私は彼を見上げる。折角会えたのに。
涙が出そうだった。
彼は拳をつくり、自分の胸をトン……と軽く叩く。
「言っただろ?人生の諸先輩方の意見が欲しければ、箱をノックしろと。俺達はここにいるよ。いつでもおまえを見守っている」
そうして彼は私の手を取り、扉のノブに手をかける。
「ただし参考にするだけな。最終的にはおまえが決めるんだ」
彼は人差し指を口元に当て、「ほんとはカンニング行為なんだぜ、これ。内緒だ」と冗談めかして。
歯を見せて笑う。
扉の隙間から見える黒い空間にたじろぐ。
ここからはひとりの世界だ。
扉をあけながら、
「あ、そうそう。おまえさ、男の部屋でエロ本なんか探してくれるなよ。そんな女友達、俺イヤだぞ」
「……」
バレて―ラ。
当たり前か。いつでも見てるって。そんなくだらないことも見られてるんか。
彼は呆れた顔で。
「あの王子サマはともかく。シオンの兄貴のは探してくれるなよ。なんかあの人のは見つけちゃいそうな気がするんだよね、俺」
「……マジ?」
男の第六感がそう告げているのなら、兄貴のはあるのかもしれない。
特にこいつのそういう勘は当たりそうだ。
……そう言われると、俄然探してみたくなりますね。
私の考えていることが分かったんだろう。
ぺちっとデコピンされる。「やめとけよ」と。
「帰るんだろ?サイラスへ」
「……うん」
そう、帰るんだ。
私は自然と笑みをこぼす。
もうすぐ皆に会える。
勇太は微笑ましいものを見るように。わしゃわしゃと私の髪を乱暴に撫でた。
「おまえが死んだらさ、囲碁をまた教えてやる。勝負しよう。オッサンとトーナメント戦やろうぜ」
「うん」
3人でか。少ないな。
トーナメントなんて成立するのか。
つーかトーナメントなんて大層に呼べるのだろうか。
「でもまだまだここに来なくていい。しばらくは男二人でムサ暑苦しく過ごしてるよ。もっとずっと後から来いよ」
「うん」
私はぎゅっと勇太に抱き着く。
何だろう。作業着に工場の油っぽい匂いが沁みついていた。気のせいかな。
懐かしいとか忘れていた、とは言えないだろう。これは今世の自分が初めて嗅いだ匂いなのだから。
彼もぎゅっと抱擁を返す。
いつも作業着の胸ポケットに入れていた工具がガシャガシャと音を立てた。
やがて。
トン、と私の胸を押す。
私は黒い空間の中へふわりと身を投げ出された。
「あ……、」
ぐんぐんと落ちていく感覚に。
先ほどまでいた部屋の灯りが遠ざかる。
彼がヒラヒラと手を振るその姿が。点のように小さくなっていって――、
「勇太……ッ!」
私は思わず叫んだ。
「あなたに会えて、良かった……!私の前に生きた人があなたで良かった……ッ!!」
声が届いたのか。声になっていたのか分からないけれど。
でも。
――じゃあな。いつだって誇らしい。俺の魂の末妹殿。
勇太が照れたように言葉を返してくれたんだ。
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ガタン……ガタンという振動で目を覚ます。
「ルーク……」
馬車の中にいるようだった。
ルークの肩を借りて寝ていた。この馬車は彼が手配してくれたのだろうか。
呼び掛けられてルークは優しく目を和ませる。
「おはよう母上。……上手くいったようだね」
私は彼の肩に鼻をおしつけ、ぐすんと泣いた。
「懐かしい人に……会えたんだ。もうどこにもいないと思ったのに。確かにいたんだ」
ルークは「うん」と。そっと髪を指で梳く。
「あなたの人生は得るモノばかりだ。これからもね。失う物なんて何もない」
――キラキラと宝石のように輝いて。
私の人生は。今まで思いもしなかったし、全然気づいていなかったけれど。
案外多くの人に見守られ、意外な人からもたくさんの愛を受けていたんだと。
胸に手を当て、『ありがとう』と。
その見えない存在と。思い浮かぶ見える存在の全てに。
――全力で感謝した。
ここで一区切り。重いテーマ、シリアス色濃い話にお付き合いいただきありがとうございました。
新章は兄妹+竜の日常コメディになるかと。
作者の気力・体力が回復され次第、『舞台裏』更新か新章突入したいと思います。
宜しければお付き合いください。
☆主要男性キャラ人気投票ご参加いただいた方、ありがとうございました。
思いもよらずたくさんの方にご参加いただき、狂喜しているところです。
また……勇太に票を入れてくださった方で、今回の話により彼の印象が変わってしまいましたら申し訳ありません(土下座)
☆未投票の方でお時間ある方は作品目次下から投票いただけると嬉しいです。
☆来週末あたりに集計して活動報告にて『ガールズトーク』というタイトルにて結果発表させていただきます。
あとがき長文失礼いたしました。




