~自分が誰か分からなくてツライ~
連日更新祭り第二弾
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「この私の体に傷をつけようなんて。戯れでも言ってはいけない……」
ふふふ、と喉を鳴らした。
なんだか、本当に可笑しい。
私は怒りを通り越してもはや馬鹿馬鹿しい気分になっていた。
なんの悪い冗談だろう。
そう、そんなこと。あってはならぬことなのだ。
ギュリさんを見上げ、彼女のシャープな顎をついっと撫でた。
「私はおまえたち妖精の慰み者になるつもりはないの。愛されたいのならば、まず許しを乞いなさい。話はそれからだよ」
床に落ちた千切れたネックレスを指差す。
子供を叱る母親のように胸を踏ん反り返しながら。
「お主……?」
驚愕に目を見開いた彼女。
瞳には私が映っていた。
月は満ちるばかりで欠けることを知らぬ。
自分の思い通りにならぬことは何も無い、という自信と誇りに溢れた私の顔。
――支配者の、顔。
固まってしまったギュリさんの頬に手を当てる。
その瞳を覗き込む。
「ギュリさんとアミンさんは妖精の中でもあの人の気配が濃いね。とても懐かしい、良い気分だな」
でもギュリさんの瞳にはもう『彼女』の影がない。
どうやら隠れてしまったようだ。
その証拠に。
「お主は誰じゃ…」
……なんて。つれないことを聞かれた。
「?オリヴィアだよ。あなた達のペットの。そうペット!あははっ、この私が?それも可笑しいよね。……ただちょっと。ほんのちょっとだけ『彼』が侵入っているけれど。私はわたしだ」
ふふふ。
私の反撃など思いもしなかったのだろうか。その戸惑った顔が痛快だ。
でもその困惑顔はどこまでもギュリさんのもので。『あの人』の影はない。
うーん。
「反応がないなぁ。……『彼』をすぐには思い出せない?やっぱり度重なる消滅と発生で『あの人』の意識は削られてしまったのか」
私はふむぅ、と考え込んだ。
あの人の嘆きと怒りを閉じ込めた二対の妖精。
――最初こそ意識は濃かったのだろうに。
恐らく感情の高ぶりで一瞬だけ水面に浮上し爆ぜる泡沫――その程度のものしか彼女達の中には残されていないのだ。
「そうかぁ。じゃあこれが罰だね?私の中の『彼』に対する。直接許しを乞うことができない、罰なんだ」
私はどこか他人事のように納得する。
まぁ。真実、他人事なんだけど。
そっとギュリさんの髪を撫でながら私は彼女の唇に指を置く。
散り散りになってしまったあの人の意識と魂。
その欠片がここに閉じ込められている。
「まあ、大体が。直接許しを乞うなんて土台無理な話だったんだけど」
『彼』だって私という肉体の中に閉じ込めらているのだから。
無駄かな?と分かってて私は『あの人』に話しかけようと試みた。
「ねえ。あなたは私を許さなくてはダメだよ?どんな仕打ちを受けても裏切りを受けても。愚直なまでに私に焦がれなければね」
――大昔の私。もとい『彼』の裏切りが結果、神力高きあの人の御霊を引き裂きこの2対の妖精を産み落とした。
『憤怒』と『悲嘆』――あの人の象徴となるふたり。
きっとこの二人は自分の生まれ落ちた理由も原因も忘れてしまったのかもしれない。
もうそれぞれひとつの『個』として確立しているようだし。
「『私』は許しを乞う真似はしないけどね。だって裏切ったのは私じゃないし!」
『彼女』の神経を逆撫でるような発言を、意図的にしてはみたものの。
やはり期待した反応は得られない。
――でもこれは私の本音だったりする。
ケタケタと嗤いくるくるとその場をダンスするように一回転すれば。
ドレスがふわっと翻り、気分は風に遊ぶそれのように軽い。
裂かれた胸元にスースーと風が当たり胸がスカッとした。
酩酊状態だ。お酒を飲んだみたいに頭がふわふわしている。
「私はおまえたちの主。この魂の奥の奥がそう主張している。主たる私は。おまえたちに一切の罪悪を感じちゃいない。そこまで『彼』が流れてきていないのもあるし、そもそもそんな責任は今の『私』は知ったこっちゃないからだ!」
そう、知ったこっちゃないんだ。
そんな昔の昔の。私が覚えていないどころか!私でなかった時代の話を蒸し返されても困る。
茫然という言葉が枠にぴったりはまる様な表情で、妖精二人は私を見つめていた。
「お主……何を言っているのじゃ?」
ギュリさんは何かおかしなものを見るような目つきだ。
「気でも違えたか?」とは随分な物言いだ。失礼だな。
その何というか。変質者を見るような視線も。ドン引きされている雰囲気にも。地味に傷つくし。
最初『彼女』に引っ張られていたのはこの2人だったのに。
だがその様子だとどうやら完全に『彼女』は奥に引っ込んでいるらしい。
今の私の意識に引っ張られてオモテに出てくるものと踏んでイロイロ試してみたのだけれど。
そうそう上手くいかないようだ。
『彼』が流れて来た途端気配を消すだなんて。
もしかして避けられているのかもしれないな。
「あーあー、嫌われちゃったもんだなぁ~」
それは私の預かり知れぬところだ。
「ちぇー」っと拗ねたふりをして見せる、これはポーズだ。
実を言えば。さほど傷ついているわけでもショックを受けているわけでも何でもない。
嫌われているのは『私』じゃないし。
それにぶっちゃけ。私は『彼女』にそれ程会いたいわけでもなかったりする。
今のこの自分に。彼女の主であった『彼』の意識は入り込んでいる自覚があれど。
『夫』であった『彼』の感情まで入ってきていないのだろう。
――確かに愛していた。そして愛されていた。
だがその愛を逆手にとって。彼女が人間の倫理や罪悪に苛まれぬ性であったのを良いことに。
――彼女の手と魂を血で汚し染めさせてきた。
今私に流れてきているのは。
そんな傲慢であった。狡さがあった。『主人』たる男の記憶。それだけだ。
強く会いたい、焦がれている、と言った特段の愛情を『彼女』に対して今の私は感じていない。
そう、愛されたいのは。求めているのは『あなた』の方だ。
決して私ではない。
そこを履き違えてはいけない。
だから……
「だから私は謝んないよ。あなたに許しも愛も乞わない。愛が欲しいのはあなたの方だ。惚れた弱みってやつだろ?愛されたい方が相手を許し、より一層愛される努力をしなければいけないよね?」
私はギュリさんの頬を両手で挟み、ぐっと顔を近づける。
彼女を屈ませる姿勢にさせ、額と額を合わせるようにして。
視界がクリアになって。
なんだかひとつひとつの景色が瑞々しい。
生まれ変わった気分だ。
ふとあの人の嘆きと憂いを閉じ込めた精と目が合う。
「そうでしょ?アミンさんもそう思うよね?」
「あなた……」
眉をひそめこちらを見るアミンさんに微笑をくれてやり、くるりと居直る。
ぐいっとギュリさんの長い黒髪を掴み引っ張る。
「……っ!」
痛みに顔を顰めた彼女を見て、ぞくぞくした。
「ねえ欲しい?この私の愛」
私にも彼にも。嗜虐趣味はないと思うんだけど。
この彼女の歪んだ顔を見ていると。ちょっとした気まぐれを起こしてみたくなるもんだ。
「乞うならば口付けを許してあげるよ」
ああでも。
今の彼女は女型だ。これではどうも……キスするには具合が悪い気がするな。
私はふむ、と一拍考える。
「男型になりなさい。なれるよね?」
今の契約主が男だから逆の性を取って陰陽を満たす妖精達。
妖精によっては生まれ落ちた瞬間、男寄り女寄りと『寄っている者』もいるが。
本来彼らは自然の霊。性別などないのだ。
私はその知識を夫であると同時に契約主であった『彼』の意識から掠め取った。
「何をふざけたことを……」
言葉よりも遥かに弱々しい口調でたじろぐ彼女に、私は笑う。
「なれ、と私は言っている。あなたはこの命令を聞かざるを得ないはず」
だって。私はあなた達の主なんだから。
だって。あなた達はそんな私の愛が欲しいはずなんだから。
ギュリさんはぐぐぐ……と唇を引き結ぶ。何とも言えない、難しい顔をした。
戸惑いで瞳が揺れたのは一瞬だ。
――瞬きひとつ。そのすぐ後、現れたのは長い黒髪の美しい男の姿を取った――妖精だ。
ふふふ。ほら。
私は気を良くした。
『あの人』が隠れてしまっていても。
いつだって。あなた達は私に惹かれずにはいられないはずなんだ。
その素直さが愚かしくて最高に愛おしいと思う。
ギュリさんの髪を手で巻きつけ弄びながら顔を引き寄せる。
「ふーん。やっぱり神力高き妖精が取るヒト型は。男も女も中々美しいな」
私はこれにもご満悦だ。目の前の美しい彼なら、口づけてやっても良い。
これならキスシーンもまあまあ絵になるんじゃないのかな。
ぐっと爪先に力を入れ。彼との距離をつめる。
――吐息が唇を掠めたその時。
パァン!!
割って入る様な。
耳障りで無粋な破裂音が、した。
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振り返れば、扉の前に人が――ミラとヨハンナムさんが立っていた。
「これは……一体……?」
ヨハンナムさんがざっと室を見渡し。私を見つめ。呆然と呟く。
ミラが手に持っているシルバーの銃口からは煙がうっすら上へと立ち登る。
彼が天井をその銃で撃ったらしい。
「影に戻したはずなのに……、おまえたち、何をして……」
そう言ってツカツカと近付いたかと思ったら、私の目の前にいる彼――男型のギュリさんをドカッと蹴飛ばした。ギュリさんはそのまま壁際に叩きつけられるように倒れ込む。
問答無用のその暴挙に私は口を尖らせ、抗議しようとした。
「ちょっと。ミラ……」
「影から出ることを俺は許可していない……!何故おまえ達がここにいる!?」
……聞いていない。
あーもう。何てことしてくれるんだ。折角の雰囲気がぶち壊しだ。
壁に押し付けられるようにして胸倉を掴まれたギュリさんは苦しさのあまり声を漏らす。
そのままダンダンッと叩きつけられる。
「主……」
ギュリさんは黒髪を乱しながら、その低音ボイスで呻く。うん、声もイケメンだ。
だがその懇願が入り混じるような訴えさえも今の彼には届いていない。
「何故、俺が許していないのに影から出られるんです?……さっきから俺はそう訊ねていますよね」
「それ、は……」
答えられず口ごもるギュリさんを。
ミラは「はっ!」と鼻で笑う。
「そう、おまえたち。そんなに力をつけていたんですね。……しかもそれを主人に黙っている知恵もつけたか」
「……」
沈黙を肯定と見なしたのだろう。
彼はちらりと私に視線を移した。
服を裂かれ、胸元を晒し。血が滲んでいる私を。
ヨハンナムさんがそっと上着をかけてくれた。
「ねぇギュリ?それで何故男型になっているのです?」
「……」
「一体彼女に何をしようとした!?」
ミラは問いかけておいてどうやら答えを待つつもりはないらしい。
掴んでいた胸倉をばっと持ち上げ横に振る。
突然の動作にバランスを崩したギュリさんを、地面に叩きつけるようにして勢い良く放す。
その場にへたり込んでしまった妖精を、どこか汚いものを見るような目つきでミラは見下ろした。
手に持っていた銃、その銃口を彼の額にゴリ…ッと押し付けつつ。
「まさか。この銃で初めて妖精を撃つことになるのがおまえたちとはね……」
彼は引き金に指をかける。
チヤ……という微かな音。
その音を聞いて。
「我が君!」
「殿下!落ち着いて!!」
顔を真っ青にしたアミンさんとヨハンナムさんが叫ぶ。
存外手の早い男だ。頭に血が上ってまともな判断ができていないとみえる。
彼は冷静沈着に見えて、結構な感情家なんだよなぁ。
いつもの友人らしくない振る舞いに私はやはり笑いがこみ上げてきた。
そんな愉快な気分のままギュリさんに押し付けられている銃をそっと上から握って、銃口をずらす。
「薔薇姫……止めないで下さい」
「守護妖精を傷つけるなんて。重大な契約違反だよ、ミラ。それとも……死にたいの?」
「薔薇姫?」
私はふふっと笑い彼に抱きついた。
抱き着きながら、その金髪をくしゃくしゃと揉む。
「何を怒っているの?カワイイ人。おまえにも口付けてやろうか?」
「な……!?」
彼が驚く顔を見て。やはり変な優越感に浸る。
銃は手から滑り落ちる。カシャンと音を立て床に。
そう、そんな無粋な物。
私を抱くのに邪魔だ。捨ててしまえばいい。
どこまでも傲慢な気分で。薄く開かれた唇を指でなぞる。
彼の肩に手を置きながら背伸びをした。その時。
ドスッ
「あう!」
――延髄に強い衝撃を感じた。
「だ、誰だ?何をす……」
ミラに支えながら振り返れば。
手刀で構えた竜(ヒト型)が暗い目でこちらを見ていた。
全然気が付かなかったが。
どうやら窓を割って入って来たらしい。彼の肩には細かいガラスの破片がキラキラと反射していた。
開け放された窓から風が入り込み、レースカーテンをパタパタと揺らす。
「外からでも妖精の気配が濃くていや~な予感がしたんだよね。案の定だよ。これは一体どういうこと?」
ぱっぱっと肩についた破片を払い落とす仕草をした彼。
その紅玉の瞳と目が合う。瞬間ドドドッと爆発するような感情が一気に流れ込んだ。
私の中の誰かが歓喜して彼の名前を呼ぶ。
「アシャーナ!」
ドスッドスッドスッ!
彼は無言で、今度は私の頭にチョップを入れる。
「いっ……!?痛い、痛い!!アシャーナ、悋気か!?」
「もう~母上ってば。息子の名前を間違えるなんて。若年性アルツなの?」
ドスッ ドスッ!
「アシャーナ!ま、待て!一応私頭を打っているからして…!」
痛いっ!やめてくれ!
しかし私の訴えは退けられる。
「る、う、く、だよ。母上、呆けるのにはまだ早いよね?」
チャッとまた手刀を構えられた。
「ぎゃあああ!やめてくれええ!!」
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――そのまましばらく息子からDVを受けつつ数分。
漫画か何かの表現のように。私の頭はたん瘤がダブルかトリプルアイスのように連なっていた。
しゅうしゅうと音を立てている気がする……。イタイ。
「うーん、そろそろ戻ったかな?ねえ母上?」
「戻るって何が」
「調子悪そうだったから。叩けば直るかなぁって」
「旧型のテレビじゃないんだからな!私は!!」
叩けば直るって……んな原始的な!
ルークは……私が怒っているにも関わらずにぱっと笑った。
「ほら、治った」
「ルーク……」
でも確かに。
先ほどの例えじゃないけれど。
自分のチャンネルが合っていないような。そんな変な感じがした。
確かに自分の意識で行ったことなのに。
そこまで考えてはっとした。
そうだ、そうだよ……私は。
何をやらかしてんだ……!?
がばっと自分の姿を顧みれば。
胸を晒している!ポロリぃぃぃ!!!
晒す程ないし、ポロリと零れ落ちる程もないし!
まして谷間もありませんけれどもっ!!
そういう問題ではない!!
「う……うあああ~~!!!」
恥ずかしい!痴女か、自分は!!
一体何をしているんだっ!!
ヨハンナムさんが貸してくれた上着を掻き抱くよう胸元を隠す。
ルークはその様子に嘆息をし、じろりとミラを睨んだ。
「王子。僕、朝言ったよね?今日は妖精を影から出すなって」
ミラはバツが悪そうな顔をした。
「……俺が仮眠を取っている間に抜け出したようです」
ルークはほらみろ、と。忌々し気に壁際で寄り添う妖精達をねめつける。
「あんた全然御しきれてないじゃないか」
ルークは面白くなさそうに。
羞恥で真っ赤に震えている私の前に座り込む。
私の瞳を覗き込みながら。
「母上ダメだよ。いくら母上でも妖精にキスしようだなんて。僕は許せないな。妖精にする位だったら僕にしてくれれば良いのに」
「私、私は……!そんなつもりなかっ……!」
ふと寒気がした。
『私はそんなつもりなかった?』ではどうして先程のような事態が起きるのだ。
そう、確かに私の意識下で行ったことだった。
よく覚えている。自分の発言も行動も……その時の考え方も。鮮明に。
「あああ……ああ…」
黒い水が、見えた。足元へするするとまたなだれ込んできた。まるで手を伸ばしているかのよう。
足をジタバタさせ動かしても。
バシャバシャと跳ねて踊る。追いかけてくる。意思を持っているようだ。
『彼女』に謝りたい、謝りたい、謝りたい……ッ!!
『彼女』に会えて嬉しい、嬉しい、嬉しい……ッ!!
話したい、謝りたい、嬉しい、愛してる、焦がれてる!!!
会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい!!!
水に囚われ。そんな思いが全身をぐるぐる巡っている。
「私……わたし……ッ!!一体……?」
あっという間に水嵩が増して、私はまたその黒い水に腰まで浸かる。
「叩いただけじゃ、やっぱりダメか」
ルークがチッと鋭く舌打ちする音が。
――どこか遠くで聞こえた。




