~お留守番はツライ③~
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「結局のところさ。カダに来ても何の感慨もないね。当たり前って言えば当たり前だけど」
ルークは手持無沙汰にカダの街を歩く。
石と土壁で作られた街並みは王都のような華やかさはないが、素朴で静寂な佇まいの中に奥深いものを感じることができた。この街の雰囲気は嫌いじゃない。
「まあ、そんなもんだろうさ」
隣には先ほど近くの森で出会った同じ『化蛇』――『マチビトA』がいて、自分のぼやきに苦笑した。
成り行き上、何故か一緒に街を歩いてはいるものの。
特にこれといった目的はない。
チラチラとすれ違う者の視線を感じて、マチビトAは顔をしかめる。
「あんちゃん、美形すぎ。そんで目立ち過ぎ。ヒト型取っても悪目立ちするようじゃ、この先苦労すんぜ」
「しょうがないじゃん。これが僕のヒト型なんだから」
ある程度、外見年齢は変えられるけれど。
竜型の時の容姿を変えられぬように、このヒト型の容姿も生まれ持ったものなのだ。
「あんたみたいに平凡な顔族の竜だったら。僕ももうちょっと人として楽に生きられたかな。あー、ウラヤマシー」
「ぜんっぜん、褒められている気がしねえけど。あんちゃんの場合は姿だけでなく、その不遜な態度も鼻につくな」
「別にあんたの低い鼻につこうがつくまいが。どうでもいいんだけどね。僕は」
ルークはそう言って街をブラブラと散策しつつ、そろそろ潮時かなぁと考えていた。
ここに来たのは自分のルーツなるものを少し知っておこうと思ったからだ。
あの人と一緒に人と交わり生きていくことは決定事項であって、自分は常に前を向いている……と思う。
故にそこまで自身を作った根源――つまり過去にこだわりや強い探求心があったわけではないのだけれども。
サイラスに行ったならば。
そうそうこちらの国を訪れることもなくなるだろうと。ちょっとした通過儀礼として覗いておこうと考えたまでだ。
(あと知っておいて損はないというか?)
そんな貧乏性的な考えでもって臨んで来たわけである、が。
見事に何もない。
カダの雰囲気は嫌いじゃないけれど、それだけだ。
訪れたはいいが特別な感慨も感動も……ナイ。
ましてや脳裏にいきなり前世の映像が流れ込んできたり……なんて超常現象が起こることもナイ。全く。
こんなもんかぁ、という妙に納得した心持ちではあるが。反面肩透かしを食らった気分だ。
(今日の成果といえば……)
チラリと自分よりその生を長く生きている、化蛇の横顔を見る。
「ねえ、先輩」
「……なんだぁ?突然気持ち悪ぃな」
おもっくそ嫌な顔をされた。別にいいけど。
「あんたさ、僕のこと『懐かしいあのお方の気配』がするって言っていたよね」
「ん?ああ、まあ……」
伊達に『目覚めてから』年は食っていないだろう。
何か分かるのかもしれない。
「ぶっちゃけさ、僕ってどっちかな?」
「あ?なにが?」
「だからさぁ。あんたのお慕いしている総領姫なる竜をご先祖サマとしているのかなって、僕も目覚めた時に分かったんだけど。その子孫の先祖返りなのか、それとも……」
――総領姫の生まれ変わりなのか
マチビトAはじいっとルークの顔を見つつ。
不精髭をじょりじょりと触る。
「……おいらはあのお姫サンを確かに慕ってはいるけどよ。それはおいらがご先祖サマを敬う気持ちが大層厚い善き竜なだけであって。……彼女と同じ時を生きたわけでも、その人となりを知っているわけでも何でもねえよ」
言外に『そんなん知るか』と言われているのだろう。
ルークは嘆息をついた。それもそうか。
あからさまにガッカリした自分の態度に、マチビトAは眉尻を下げつつ困った顔をした。
「それがそんなに大事なことなのか?」
「僕もそこまで知りたいわけじゃないんだけどね。覚えていないわけだし。前の世の僕が誰であっても。今の僕が僕だし」
「ただ…」と彼は漏らす。
「あの人と寄り添うのに。僕が『今の彼女の人格』に与える影響はどれ程のものかなって」
もし自分が『彼』の妻だった『彼女』の転生だったならば。
やはり少なからず今を生きるあの人に影響を与えてしまうかもしれないと危惧していた。
箱ができて『彼』の想いを閉じ込めてしまえば、まあ安泰は安泰なのだが。一抹の不安、という奴である。
――ただの先祖返り。
祖の血が強く表に出てしまっただけならば、影響は大したことないのだろうけれど。
マチビトAは「ううん……」と考え込む。
「答えのない答えを追い求めたって疲れるだけだぜ、あんちゃん。覚えていないんだから、知りようもない」
「それもそうだけどね」
あっさりとしたその彼の回答は。自分がこの問題について考えて、結局毎回たどり着く答えと同じだった。
考えても仕方がない。そう今ある自分が自分なのだ。
もし箱ができた後の彼女に、何らかの影響を与えるようだったら。
その時にでもまた考えれば良い事だろう。
『伝え』に聞く、竜妃の特徴はこの紅玉の瞳。それと神位を得た妖精妃に負けずと劣らぬ高き神力を生まれながらに持っていた……らしい。
自分の特徴には当てはまる。だが逆に言えばそれしか思い当たる節はない。
記憶にないのだから、肯定することも否定することもできない。
証明する手立ては何もないのだから。
マチビトAは「あとなぁ……」と付け加える。
かなり渋い顔で。
「おいらはあんちゃんがお姫サンの転生だったら死ぬほどイヤだな、マジで。彼女に対するそこはかとないロマンや敬慕の気持ちが一瞬でパアーになっちまう大事件だぜ。……頼むからそうでないことを祈ってる」
「ああ、そう……」
そんな託すような。
懇願されるような目で僕を見てもらっても困る。
あんたの気持ちなんて。それこそこっちは知ったこっちゃないし。
「うーん、結局何もわからず仕舞いかぁ。あー結構退屈かも。もう帰ろっかなぁ」
「おいおい、他人と一緒に居るのに退屈だとはぁ、どういう了見だい」
「他人といるから退屈なんじゃん」
マチビトAは『あんちゃん。顔以外は本当可愛くねぇな、おい』と苦言を呈しているのだが。
それもこっちは知ったこっちゃない。
生憎と。自分が可愛く見られたい対象はひとりだけだ。
正直その他大勢に愛想振り撒くのはメンドクサイ。無駄な労力は惜しみたい。
必要があると判断した人と場面のみ、最低限で良いのではないかと思ってしまう。
何だかんだ言いつつ、この目の前の彼だってそういった竜の本性は少なからず持っているはずだ。
まあ個体差ってやつはどうしても生じてしまうんだろうけど。
外面だけの笑顔と態度だけで親し気に接し、心が冷えきっているよりかは。(あの王子なんてこの典型じゃないだろうか?)
『あんたに興味ありませんよ』って教えてあげている自分の態度は。
他人にとっては余程か親切ではないかと思っていたりする。お互い時間を無駄にしなくて済むし。
何より誰も騙していないのだから。他人も自分の心も。
そう思うのだが……。
隣ではまだ『こんな可愛くねえ奴が姫サンの転生じゃありませんように、ありませんように……ただの先祖返りでありますように』とブツブツ言っている。
こいつは誰に祈っているんだ。
この国での『神』はあんただろ、と。ツッコミを入れてやりたい。
「マジで頼んます……」
「……」
まだ言ってるよ。
あまりにも真剣に祈っているのでもはや何も言わないでおこう。
それ程までにこの自分が『彼女』の転生だったら嫌らしい。
(もはやただのご先祖サマではなく偶像化している……)
嫁に先立たれた男やもめというものは、いずれかこうなってしまうのかもしれない。後学の為に覚えておこう。
――あくびをひとつ。
さて。もう本格的にすることもなくなったし。
「んじゃ、僕はそろそろ帰るよ。マチビトA。カラダニ気ヲツケテネ」
と。
先ほど可愛げがないとやたら煩かったので。一応社交辞令を踏まえつつ別れを告げてみる。
慣れないことをしたから多少棒読みになってしまったけれど。これも社会勉強だ。
マチビトAは『マチビトAっておいらのことかよ!?』と今更なツッコミを入れつつ。
「おーおー、帰れ帰れ」と虫を払う仕草でもって別れの挨拶を返された。
森へと歩き出そうとして。ふと立ち止まる。
「? どしたい?あんちゃん」
「僕がさ……」
「あん?」
図らずも。
もうこの同胞と会う機会はないのかもしれないな、と感じた一瞬の躊躇が。
その時自分の足を止めた。
「僕があの人との約束を守ったらさ。……竜達が自由にこの空を飛べる日がいつか来るかもね」
多くの竜が縛られている太古の約定を。
『彼』の転生である『彼女』と、『総領姫』の代わりに自分が果たすことができたのなら。
あるいはもしかして――……。
「保証はしないけどね」
何となく自分らしくないことを言ったような気がしたので。
すぐに仏頂面でそう付け加えておくのを忘れない。
マチビトAは一瞬ぽかんとして。すぐにくしゃりと破顔した。
「そうかい。まあ我ら朋輩は出不精の奴が多いからな。この国を出ていくか知らんが」
空の青を真っすぐ見上げ、眩しそうに歯を見せた。
「『できない』のと『できるのにしない』っていうんじゃ、大違いだぁな」
「ま。その頃にはあんた死んでると思うけど」
「うっせーやい」
そんな応酬と。軽口を叩き終え、「じゃーね」と今度こそ振り返らずに真っすぐ森に向かう。
――結局何も知る事はできなかったけれど。
「分かんないっていうのが、今んとこの答えなんだね」
それが分かっただけでも重畳だろう。
――それに。
竜としての生き方……それとの決別というのだろうか
この地をひとりでゆっくり訪れたことで、踏ん切りがついたように思えた。
散々憎まれ口を叩いていたけれども。
人の女を娶り、人として今も生きている同胞に会えたことも大きかったのか。
もうそんなものは、とっくに自分の中でケリがついていたと思ったのだけれども。
(なんだろ?僕も案外、感傷的な竜だったんだね)
自分は竜の中でも特に可愛げがなくて、図太い部類だと思っていたのだか。
そんな意外な自分を発見し、ひとり笑う。
もしかしたらそれは。育ての親の影響を少し、受けたのかもしれない。
すぐに泣いて、怒って、笑う。
寂しがり屋のくせに、意地っ張りで。時にものすごく素直になる。
――ああ、早く。あの人に会いに行こう。
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私の体の上に跨った妖精たちは、ただ音もなく私を見つめていた。
「な、なに?ギュリさん。アミンさん……」
いつも分かりやすい程、その表情に感情を乗せているのに。
今私を見ている彼女達の顔は白く、何の感情も映していなかった。
「ねえ、どうしてぇ?」
アミンさんがポツリと私に問う。
「え?何がデスカ……ってアミンさん、ケガしてる!?」
彼女の白く滑らかな腕に、何だろう?縄状の痕みたいなものが。
ところどころカサブタになっていて……これは火傷?
そっと触れようとしたその手を叩き落される。
ぱん、と乾いた音が部屋に響く。
「……?アミンさん……?」
彼女はただ、憂いの籠った目で私を見つめる。
「ねぇどうしてぇ、竜ばかり可愛がられるの?私達より竜ばかりぃ。ねえ……」
迷子になってただ途方に暮れているような。
今すぐにでも泣き出してしまいそうな、幼子のようだった。
隣にいたギュリさんが、そっと私の首に手を添えた。
ぐっと体重を乗せながら、私の喉を押さえる。
「ギュリさ……くるし……」
彼女はその白い犬歯をむき出しにしながら私を忌々し気に見下ろす。
「何故じゃ、ちんくしゃ。竜を手放すとお主申したであろ。何故、奴がここにまだ居座っておるのじゃ!」
「答えよ!」と今度は私の両肩をガクガクと激しく揺さぶる。
寝台にそのまま何度か叩きつけれれて。衝撃に息が詰まり、げほげほと咳をした。
「ごめんなさ……、でもルークは、私が帰る時に一緒に国に連れて行く……ので」
――もうあなた達が竜に煩わされることもなくなる……。
そう続けようとした。
それなのに。
ギュリさんはそれを聞いた途端、「ああっ!!」と短く悲鳴のような声を発した。
黒髪を振り乱しながらブンブンと頭を振る。
「何故じゃ、何故何故なぜなぜ……!!お主まで妾たちより竜を選ぶというのか!!また竜だけお連れなさり、あたくしを捨て置かれる!!」
そのあまりの強い激情に呼応するかのように。私の中に何かが流れ込んで来た。
黒い水だ。あの黒い水が。どぷどぷと私の思考を覆いつくす。
――ああ。そうだ。
目の前の彼女達が憂い怒るのは当たり前なんだ。
――他でもない私が彼女たちを裏切ったから。
この2対の妖精は。
今なお約束を守らなかった私を苛んで、守られなかった約束に自らも苛まれている。
毎回もやっとする終わり方で申し訳ありません。
この章の大詰めなので頑張って進めていきたいと思います…。




