~お留守番はツライ①~
主にルーク視点です
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あなたは竜ばかり。
あなたが愛するのも、気にかけるのも、竜ばかり。
一番最初の妻だから?美しいから?優しいから?
……あたくしも。あたくしだって……。
あの方みたいに綺麗な装いで身を飾り、ただただ微笑んでいるだけで良いのなら。
それであなたに愛されるのならば、そう致しましょうとも。
でもあなたはあたくしに刃になれとおっしゃる。
――それがこの国と、愛するあなたと、我が子らの安寧に繋がるのならばと。あたくしもあなたに力を尽くすことを誓った。
なのに。
あなたは竜ばかり。血で汚れたあたくしはそんなに醜いのでしょうか。
――死出の伴も竜だけ連れて。
あたくしはひとり置いてきぼり。
――血で錆びた刃の心なんて。誰も覗いてくれはしないのね。
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翌朝。
腫れぼったい瞼をそっと指で撫でられる感触に目が覚めた。
ひんやりとした手で触れられ、熱を持ったままの瞼が冷やされるような心地に。
幼い頃、風邪をひいて寝込んだらよくこうして母が手当てをしてくれたな、と思い出す。
だが果たしてその思い出は……『どちらの母の時』のものだったろうか。
その冷たい手の心地よさに、ついついまだ起きたくないなと感じてしまった。
ああ、でもちょっと待てよ?
ふと思考を巡らせる。
こんな風に自分に触れる手は、『母たち』以外にも、あった。
病に倒れた自分を優しく、愛おし気に。
そして悲し気に触れていた『彼女の』手が、いつもそこにはあった。
そう今自分に触れているこの手は『母たち』のものではなく。
その『彼女』の――手に似ていると感じた。
と、ぼんやりまとまりのない事を考えてみつつ、意識が徐々に浮上するのを感じた。
ゆるゆると瞼を開ければ。
「おはよ、母上」
「……おはよ」
ヒト型をとったままの彼が寝台に腰掛けていた。
ああやはりそうだった。
母たち人間のそれではなく、どうも『あの人』に触れ方や感触が似ていると思ったのだった。
似ていて当然だろう。『彼女』も目の前の『彼』も竜なのだから。
私は自分の予想が当たっていたことに、ひとりほくそ笑んだ。
しかし。
優しく起こされたのはいいけど、昨晩泣きすぎた所為もあって頭が重い。思考がまとまらなくてダルイ。
要はまだ、寝ていたい。切実に。
……今何時だろう。
身を起こすのも億劫そうな私にルークは苦笑し、「いいよ、寝てなよ」と私の頭を優しく枕に押さえつけた。
「朝の散歩も断っておいてあげるよ。僕、今からちょっと出かけてくるから。その挨拶がてら王子の室に寄っていくつもりだし」
ミラに外出の挨拶だなんて。
我が息子ながらその礼儀正しさに驚きである。
こう言ったら失礼だが。
マイペースな彼のことだから、そういうことを気にする奴だとは思っていなかった。
なので素直に見直しつつ、「じゃあ伝えておいてくれ」と彼に甘えることにした。
病人でも何でもないのに。その気遣いが何だかくすぐったい。
そういえば。彼を引き取ってから、お互いに単独行動など滅多にないことだな。
しかも、私が出掛けるのではなく、彼が外出するなんて。
「どこ行くんだ?」
ルークは「ちょっとね」と微笑む。
「今のうちに行っておきたい場所があってさ。すぐ戻るよ。まだヒト型では上手く空飛べないから、竜型でひとっ飛びしてくる」
「……そうか、気を付けて」
私はそれ以上何も聞かず頷いた。
あまり多くを語ろうとしない彼の様子に無理強いして聞き出しても仕方がない。何か事情があるのだろうと思えた。
折角、人に化けれるのだから。気晴らしにどこかに行ってみたいのかもしれない。すぐ戻ると言うし。
しかしまだ上手く飛べないとは言え、ヒト型で空飛んだら結構目立つよな…?
竜も目立つけど。ここら辺は竜の生息地じゃないだろうし。
でも……高度上げれば地上からは見えないか?
私がううむ、と唸っている横で。
視線を感じた。
ん?とルークを盗み見たならば。
彼は私の頭上を観察するようにじっと見ていた。
当たり前だけど、目が合わない。
その瞳に少しばかりの険が含まれているような気がした。
不思議に思い、私もつられて彼が見ている方角を見上げる。何もない。
「なに、ルーク?」
「ううん。母上って姉妹いる?」
「いるよ?妹がひとり」
ルークはそれを聞いてちょっと考え込む仕草を見せた。
しかしやがて「やっぱ違うか」とひとつ首を振る。
「シルヴィアちゃんが…妹がどうかしたのか?」
「ううん、何でもない。人違いだった」
人違い?誰と誰が??
私の疑問をよそに、ルークの中では何か自己解決したのか。
それきりその話題には触れず、この話は終わりとばかり彼はすくっと立ち上がる。
立ち上がりながら私の頭をぽんぽんと叩いて。
「じゃあね母上。行ってきます」
「?うん、いってらっしゃい」
叩かれた頭を撫でながら、私は退出する彼の後ろ姿を見送る。
扉がカチャンと……と静かに音を立て閉まり、彼の足音が遠ざかるのを聞きながら、私はゆっくり目を閉じた。
頭に浮かんだのは先ほどの彼の質問。
――姉妹がいるかだって?
そういえば前にも妖精ズに聞かれたな。何なんだ、一体。
疑問は沸いたけれども。しかし今何かを考えることは億劫で。
私は襲い掛かる睡魔そのままに身をゆだねた。
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ルークは廊下を歩きながら王族の私室がある棟へ向かう。
確かこのヒト型の姿の自分も。あの王子の『客人』として遇されているはずだ。
ヒト型用の客室も用意されていたし。使っていないけど。
行けば会えるだろうと踏んでいた。どれ位の手間がかかるか知らないが。恐らく自分が呼んでいると言えばすぐに時間を取ってくれそうなものではある。
まあ、早朝だし。お伺いとやらを立てても門前払いを食らうようであったならば。
竜型で王子の部屋の窓をぶち破って侵入しようと考えているので、問題はない。
うん、どちらにしても会えるな。計画に穴はない。パーフェクトプランだ。
(そんなことをして。もしも王宮を追い出されたら、母上連れてサイラスに帰ればいいや)
などと力押し理論で事に構えてみる。
正直自分はこの王宮に全くもって未練はないのだ。彼女が帰りたい場所が自分の帰りたい場所なんだから。
むしろ邪魔な妖精がいる分、早くここから離れたい位だ。
でも。
ただ……ひとつだけ。
そうこの国に、1つだけ心残りがある。
もはや心残りなんて呼べる程、大層なものではないけれど。
それを今日、晴らしに行くつもりだ。その為の外出だ。
その用事が終わってしまえばもう、この国には用がない。
王宮を追い出されようと、国を追い出されようと。一向に構わない。
……とまぁ。そんな風に思う反面。
まずそんなことにはならないだろう、と楽観的に考えてもいる。
『ならない』というか『させない』というか。あの王子が。
彼女を連れて出ていくとなれば。
恐らく必死でもみ消してくれるはずだ。そういうところは全幅の信頼を置いていたりする。
(うん、やっぱりパーフェクトプランだったね)
むしろ最初の手段として。礼に則り、王子へ面会を求めているのだから誉めていただきたい位だ。
面倒な事この上ないが。仕方あるまい。
これも母上と暮らす為の社会勉強だと思うしかない。
――ふと歩きがてら思い出すのは先ほどの母上――『彼女』のことだ。
昨晩わんわん泣きながらもやっと自分と一緒に生きることを決意した彼女。
受け入れて貰った安堵は大きい。
その事実を噛み締め、つい頬が緩んでしまうのを慌てて引き締めつつ、思考を元に戻す。
――もう『箱』は大分出来上がっているようにみえた。
これなら今日にでも完全に抑え込めると踏んでいた。
体調も悪そうだったし、そろそろ限界に近いのではないかと危惧していたところの僥倖である。
箱が間に合わなさそうだったら、早急に彼女はこの国を出なければならない事態だっただろう。
この国は『彼』の思いが強く残りすぎる場所だから。
――それにしても。
(全く我が母ながら。また妙なモノに憑かれているなぁ)
ルークは先ほどの彼女の頭上にいたアレを思い出してげんなりした。
古い縁の者だろう。少なくとも今世で関係した人間ではない。
死者の都で強大な後ろ盾を得たのか。もはやただの人の魂にそぐわぬ力を有していた。
(次元を超えてまでこちらに干渉してくるなんて。全くご苦労なことだね)
そうまでして守りたいのだろうけど。
しかしだ。
彼女が昔の想いに苛まれているのは。
その責任の所在はといえば、だ。
元凶は憑いている当人だとルークは考えていた。そしてそれは本人も分かっているようだ。
あの者が無意識に彼女の魂に干渉し、古い記憶を引っ張り出してしまったのだろう。
(だからまぁ、母上はあんな大昔の記憶と人格まで拾い上げちゃったんだろうけど)
冗談ではない。
自分が見出したのは。求めたのは『彼女』であって。『彼』などではないのだ。
だが多少といえど古い記憶がなだれ込んだ所為で、彼女に受け入れてもらうのに苦労した。
受け入れてもらえたから結果オーライと考えているけれども。
もっと早く彼女と出会っていれば。
影響が小さい内に『切り離せた』かもしれないが。
今はもうそれも不可能になってしまった。口惜しいことに。
(本当に。妙なモノに憑かれて、好かれて。執着されて)
他人のことは言えないのだが。
こう考えてみれば彼女の周りは自分も含め、人ならざる者も多いと思う。
人も。人の理の外に生きる者も。
魅了してしまうのは流石、我が母たる所以だ。
おかしな話だが。そのことがちょっと誇らしいというか。
『自分を篭絡した女なのだから。そうであって当たり前』と思ってしまうあたり、大分自分は毒されているな、と苦笑する。
これでは『好意』ではなく。『心酔』と呼ぶに近い。
――彼女に引き寄せられる者たちが、全て彼女の益になるとは思わないけれど。
少なくとも。以前はともかく、あの憑き人は使える手駒だ。
煩わしくて仕方がないけれど。もう切り離せないのだったらせいぜい使ってやるがいいだろう。
逆にもはや『鍵』として居てもらわなくちゃ困る。
箱が出来てしまえば。
彼女が昔の強い想いに翻弄されることもなくなるはずだし。
(普通の女として生きて、死にゆく……)
そう、そんな大多数が当然の権利として。甘んじて享受されるべき人生。
彼女は努力無くしてはそれを掴み取ることは難しいのかもしれない。
(だから僕が……)
ふと顔を上げると。
王族の私室、その棟の入り口まで来た。
ルークはそっと瞼を震わせ、思考を中断させた。
目の前の長槍を持った3人の警備騎士に気軽に声をかける。
「ねえ、ミラ王子に会いたいんだけど」
警備騎士達は顔を見合わせ、軽く頷き合う。
ここで待つように言われ、そのうちの一人が棟の中に消えて行った。
何人かの仲介を通して王子に言付けてくれるのだろう。
人に会うには随分と早い時刻ではあったが、『王子の友人』という免罪符が効いているのか。
門前払いを食らわぬことにホッと安堵したものの。
しかし。それはそれ、これはこれ。として考えて。
(どれくらい時間がかかるのかなぁ)
さっさとして欲しいものだが。
もはや追い返されなかっただけ有り難いなどと感じる程の可愛げは自分にはないのであった。
(やっぱり窓から侵入した方が手っ取り早かったかな)
時短になるのならそちらを第一の手段にした方が良かっただろうか、ともちょっと後悔していたり。
早く用事を済ませて彼女の傍についていたいのに。
でも一応外出のアイサツは王子にしておかなければ。これも彼女の為である。
(こんな回りくどいことしなくても。本当は邪魔なモノ全部、燃やせれば楽でいいんだけどね)
しかしこれは彼女が悲しむからしたくはない。
彼女の意に沿わぬことをして、それで嫌われるのだけは絶対に嫌なのだ。
そう、『彼女の為』というよりかは自分の為だったりする。
その自分勝手な考え方に苦笑する。
(人間を愛した竜というのは、どれも皆、例外なく自己チューばかりだよ)
そうこうしているうちに、伝令役の騎士が戻って来た。
どうやら面会の許可が下りたらしい。随分とスピーディだ。
促されて棟の中へ一歩足を踏み入れる。
ひやりとした空気が肌を刺して心地よい。
(あの妖精達の気配が濃いのは何ともいただけないけどね)
ルークはふん、と鼻を鳴らしながら。
付き添われる騎士達と共に歩を進める。
自分たちの足音しか聞こえないような、静かで長い長い廊下を歩きながら。
やはり想うことは彼女のことだ。
(いつだって自己チューな僕だし。そんでもって、それを改める気は微塵もないのだけれども)
それでも。
僕が立つ場所と寸分違わぬ場所にあの人もいる。
そう。自分と同じように、彼女も僕の世界の中心にいるんだ。
その試練を降らすだけで恵みなんてちっとも与えてくれないだろう天を。
どんな逆境や苦境をもはねのけてしまうような烈しさで睨みつけているあなたが。
ただそうして僕の心の真ん中に立っている。
(そう。だから僕が……)
――だから僕が。
あなたの生に寄り添おう。
天を睨み、苦難の海をひとり泳ぐあなたならば。
その波間に。少しでも呼吸しやすいように。
――何の罪咎もないはずの、業深きあなたが。少しでも楽に生きられるように。
それにトコトン付き合ってあげられる力も時間も……愛情も。
自分にはあるのだから。
ルーク視点、もうちょっと続きます。




