~令嬢はダンスをしたくてツライ~
不定期更新と言いつつ、つい書いてしまう。
資格勉強せねばならんのに…少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。
***
それは、夕食の席で放った母の一言から始まった。
「シオン、オリ―、シルヴィ―。今度うちに隣国から勇者さま達がいらっしゃるの。お行儀よくしていてね?」
…は?
持っていたナイフとフォークを危うく落としそうになる。
はあああああああ!?
おっとりとにこやかに。かつかるーく。
母はそう言ったのだ。
隣にいる父も「うんうん」と頷いている。
「何をそんなに驚くことがあるんだい?以前言っただろ?旅行先で出会った勇者さまを屋敷に招待したと」
確かに前にそんなこと言っていたけどさぁ。
両隣の兄妹達を見ると、どちらも驚きを隠せないような表情をしているが…。
妹――シルヴィアちゃんは驚きの中にも嬉しさを滲ませるように口元に手を当てている。歓喜って感じ?
義兄――シオンの兄貴はすぐに元の表情に戻り、何事もなかったように食事を再開した。
俺はオーブンで焼かれたチキンをナイフで切り分け口元に運びつつ意見した。
「…隣国からわざわざ来てもらうなんて、何の用があってうちに寄るんだ?」
「大使としていらっしゃるの。隣国の親善大使として、あちらの国王から、陛下への親書をお届けになるそうよ。以前シャダーン国のお土産屋で会った時に、『その際は是非我が家にもお寄りくださいな』とお願いしちゃったのよねぇ、うふふ。親書届けた後は我が家に一泊してくださるそうよ。陛下もお許し下さったの」
ああ、そういや。
両親が先月旅行で隣国・シャダーン国を訪れた際、たまたまその土地の悪竜退治を終えた勇者一行と、物産店で遭遇したとか言っていたっけな。
勇者のパーティが土産屋…いや、いいんだけどさ。
うきうきしつつ「ねー?」と手を合わせる両親にめまいがした。なんかデジャブだ。
ほんと、仲が良くて、二人揃ってミーハーな性格だ。前世からお変わりなくいらっしゃる。
これでこの国でも有力な貴族――しかも公爵家だというんだから…。
「それで勇者さまたちが我が家にお泊りになる晩は舞踏会を開こうと思っているのよ。シオンも参加なさいね!」
母はビシッと兄貴を指差した。
これには兄貴もちょっとだけ嫌そうな顔をした。
「いや、王宮警備の仕事があるかもしれないし。約束は…」
「だめよ。誰かに代わってもらいなさい」
「…警備の仕事がないなら軍の訓練に…」
「だーめ。有休使いなさい」
「……」
絶対参加よ!と鼻息を荒くしている母に対して、兄貴のささやかな抵抗は無駄に終わったようだ。
(お母さまはやっぱり最強ね)
俺の中のオリヴィアはくすくすと笑った。
なんか、兄貴はあんまり参加したくなさそうだな?実は俺もぶっちゃけメンドクサイんですが。
(シー兄さまは舞踏会とかパーティとか。貴族的な行事が苦手でいらっしゃるのよ)
ふーん。シルヴィアちゃんが結構な頻度で開催するお茶会も苦手だったりするのかな?
(ああいう身内だけのものはいいと思うわ。甘いものはともかく…シー兄さまは寂しいお育ちの方だから、私たち家族との交流は大切にされてるの。単純にかしこまった、華やかな行事がシー兄さまの性格と合わないのよね、きっと)
シオン兄貴は両親を馬車の事故で亡くしている。
兄貴の実父――その兄にあたる父が、兄貴を不憫に思い我が家に引き取ったのだ。つまり俺たち姉妹とは従兄にあたる人なんだな。
そうか。甘いスイーツが苦手なくせに、甘いものしか出さないシルヴィアちゃん幹事のお茶会に参加しているのは、そういう育ちの環境も少なからずあるんだな。
俺は卓に置かれた燭台の火をぼんやり眺めつつ思考に耽る。
俺が階段から落っこちて前世の記憶を思い出してから――二か月が過ぎようとしていた。
前世の俺は鈴木勇太という日本人で20歳そこそこで死んでしまった。しかも童貞。悔やまれる。
前世の教訓を生かしこうして異世界で貴族の令嬢オリヴィア・アーレンとして第二の人生を謳歌中なわけだが。
つい最近、今世の、つまりオリヴィア・アーレンの両親は、前世の――鈴木勇太の両親の生まれ変わりではないかと判明した。まぁ証拠はないわけだが、確信している。
そんでもって。記憶が蘇る前の、17年間を純粋な女性として過ごしたオリヴィア・アーレンの人格は、前世の記憶を持ったオリヴィア・アーレン(=鈴木勇太)とは別人格として形成された。
彼女は俺の中に常にいて時々こうやって話しかけてきたりアドバイスをしてくれたりする。
言ってしまえば二重人格状態なんだが、彼女としてはこうやって会話を積み重ねていくことが、俺とひとつの人格に融合するための大切な過程なんだと。
俺としても彼女の人格とひとつになることに何の意義もなかったはずだが(元々ひとつだったわけだし)、ちょっぴりチキンな俺は彼女と時間をかけてゆっくり融合するというモラトリアムを得、こうして体をひとつに同居している状態だ。
燭台の火がゆらりと揺れたところで、俺は思考を中断した。
スープをスプーンですくい、こくりと飲み干す。
俺も兄貴と同じようにパーティとかは苦手だな。なんかThe☆リア充みたいなところがさ。
まぁ前世の俺が参加したパーティなんて合コンくらいしかないんですけど。え?合コンてパーティっていえるのかな。まぁいいや。多分いえないと思うし。
しかも舞踏会かぁぁー
舞踏会…舞踏会…
舞踏…
あ、あれ?
そういや俺って踊れるの?!
*****
(それでひとりでダンスのレッスン?)
俺は屋敷の広間に来ていた。
埃ひとつ落ちていない赤絨毯はフカフカで気持ちいい。
俺は持っていた燭台を近くのテーブルに置いた。
シャンデリアに明かりを灯していないので少々薄暗いのが難点だが。
自分ひとりが躍るだけなんだ。別に構わない。
ダンスパーティなんだから、多分この屋敷で一番広いここを使うんだろう。
どうせなら広い会場で少しでも当日の雰囲気を味わいたいじゃないか。
俺の中のオリヴィアはちょっと不満そうだ。
(私は物心ついた頃からダンスを習っているのよ?大丈夫じゃないかしら)
あのなぁ、それはオリヴィア・アーレンの話だろ?
今の俺はオリヴィア・アーレンでもあるが、意識は鈴木勇太が色濃い。
俺の前世でのダンス歴は小学校の運動会で踊ったマイムマイムだけなんですぅぅ!
あんま買い被るなよ!踊れない自信しかないわ!
そんな俺の反論に彼女はちょっと考えるような仕草を見せる。
(あら、でもあなたが鈴木勇太の時だって。ヒールのある靴を履いたこと、なかったでしょう?あなたはこちらで目を覚ましてからすぐにヒール靴で森までダッシュしていたわよ?)
た、確かに。
俺はドレスをペラッと捲って足元を確かめた。
薄青のドレスに合わせた本日の靴は白。ヒールの高さは6~8センチくらい?
俺はその場で足踏みする。飾りのリボンがふわふわと揺れた。その動作に危なっかしいところはなかった。
(今は鈴木勇太の意識が強くても。身体はオリヴィアとしてずっと生きてきたんですもの。叩き込まれた令嬢としての立ち振る舞いも。ダンスだってその身体が覚えているはずよ)
そんなもんかなぁ。
確かにオリヴィアが言ったことは信ぴょう性があるんだけど、この、鈴木勇太の意識で踊ったことがないから確かめようがない。
彼女は若干肩を透かしたような様子でつづけた。
(ああ、言葉遣いだけはどうにもならないようですけど。前世の気持ちが強いんだからこれは仕方ないわね)
俺は、俺の中のもうひとりの自分に思いっきり舌を出してやった。
****
とりあえずステップの練習だけでもしようと、ひとり(+もうひとりの俺)で踊っていた俺だったが。
「なあーんか、味気ないんだよなぁ」
(当り前じゃない)
俺はつい言葉に出してしまう。
心の中でオリヴィアがツッコミを入れた。これが俗にいうノリツッコミというやつか。
ほほう、これは…?
「今気づいたんだけどさ。あんたと話す時、心で思うだけでも成立していたけど。声に出してしゃべる方が話しやすいな?」
(…そうね。でもあんまりやりすぎると怪しい人になっちゃうわよ)
それはそうだな。周りからみたら完全に独り言だ。
それはちょっと悩みどころ。
「じゃあ、ひとりでいる時だけにするよ」
(それがいいわね)
オリヴィアとの接し方について新たな方法を見出したところで、俺は地べたにどっこいせ、と座り込んだ。
(ちょっと、お行儀が悪いわよ?)
「いやぁ、日本人は基本的に床に座りたいんですよ。椅子に座るだけだと落ち着かない習性が…」
(あなたは今、日本人じゃないわ)
「そうなんだけどさ。ていうかやっぱ一人では踊りにくいなぁ?音楽もかかっていないし」
(でもステップは覚えていたわ。それが分かっただけ良かったじゃない)
そう。俺は1時間ほどこの広間でひとりステップの練習をしていたんだが。
驚くことに。オリヴィアの言うように自然とステップを踏むことができたのだった。
やはりオリヴィア・アーレンとしての身体はちゃんとダンスを覚えていたようだ。
勿論ステップを踏めることが分かった俺は、俄然誰かと踊ってみたくて仕方がない。
やっぱ練習でも相手役は必要だな、うん。
当日もしこれで相手の足を踏んでしまったり失敗しちゃったらさ、赤っ恥をかくことになるし。
この家の沽券にも関わりますし。
…。
そう思い立ったら吉日とばかりに俺は広間を飛び出した。
誰かに練習付き合ってもらおーっと!
****
まず訪れたのはシルヴィアちゃんの部屋。
コンコン、とノックをして扉を薄く開ける。
「シルヴィアちゃーん、いない?」
「いますわよ?どうされましたのおねえさま」
応じたシルヴィアちゃんを見て俺はぎょっとした。
「わわわ、なにそれ!?どうしたんだ、シルヴィアちゃん!?」
シルヴィアちゃんはふんだんにレースがあしらわれた寝間着姿であった。
それはいいんだけど。
彼女の顔にはびっっっしり、もうこれでもかって位、キュウリとレモンの輪切りが張り付いていた。
これも何か悪い妖精の仕業なのか!?
「おねえさまったらそんなに驚かないでくださいな。ただの美容パックですわ」
「び、びよう…」
「勇者さまにお会いできるんですもの。女磨きを怠ってはいけませんわ」
「さ、さようですか」
女の美に対する執着心の中には、羞恥心というか恥じらいというものがないのだろうか…。
姉妹だからこそ気兼ねなく、その姿のままで応じてくれたんだろうけどさ。心臓に悪いぞ。
キュウリとレモンに覆われた顔は肌色が全く見えません。
「おねえさま、それでこんな遅くにどうされましたの?」
ビタミンCの精…もとい実妹が聞いた。
「あ、ええと」
俺はそのヘンテコな妹の姿に一瞬だけ反応が遅れてしまった。
「ああ、わかりましたわ。ちょっとそこでお待ちくださいませね?」
シルヴィアちゃんはくるりと部屋に引き返してしまった。
ええ、何も言わずとも伝わったのか?俺がダンスの練習相手を探していることを!
さすが妹。ダンスをするために着替えているのだろうか。部屋の中からガサゴソと音がした。
再び顔を出したシルヴィアちゃんの顔には…まだキュウリレモンが張り付いている…。
しかも寝間着のままだ。
彼女はニコリと微笑み(正確には口元と目元に貼られたキュウリが動いたので、多分表情筋を動かした=笑ったんだと判断しただけなんですが)俺に持っていた皿を渡した。
「…?」
これは…キュウリとレモンの輪切りが盛り付けられた皿デスネ?
「差し上げますわ。おねえさまも気合を入れてパックがしたいのでしょう?」
「いや、ええと…ちが」
「でももう夜も遅いのでほどほどにしてくださいませね?パックをするより早寝をした方が美容にはいいのですからね」
「ああ…ええと」
「ではおやすみなさいませ」と言ってシルヴィアちゃんは扉をパタンと閉めた。
俺はキュウリとレモンの皿を持ったまま茫然と妹の部屋戸を見つめていた。
****
シルヴィアちゃんの姿に気圧されて何も言えなかったけど、ダンスに誘ったところで結局は無理があったかな。
早寝が美容には一番だって言っていたし。
シルヴィアちゃんの部屋を後にした俺は、回廊を歩いていた。
首にかけていた懐中時計を外し見た。時刻は23時。
パチンと懐中時計の蓋を閉め、その金の蓋にあしらわれた模様をひと撫で。
2対の竜が絡み合ったような模様だ。両親がシャダーン国に行った時のお土産のひとつだ。
再び首にかけなおすと、繊細な鎖がシャラっと音を立てた。
前世ではスマホで時刻を確認していた俺だったが、この世界ではそれがない。
常に時刻を知ることができるので、この懐中時計は今回両親がくれたお土産の中では一番重宝している。
(ねえ、さっきシルヴィ―をダンスの相手に誘おうとしたの?)
オリヴィアは不思議そうに尋ねた。
「そうだけど。なんで?」
(なんでって。あなたねぇ…)
彼女は何か言おうとしたその時。
ぐぅぅぅぅううぅ
という大きな腹の音で会話が遮られた。もちろん自分のだ。
「……」
俺はとりあえず厨房に向かって走った。ステップの練習をしていたらお腹が空いたのだ。
(ちょっと人の話を最後まで聞きなさいよ!)
「腹ごしらえしながら聞くよ!お腹が空いてたら話にも身が入んないって!」
(~~っっもう―――!!!)
***
「あら、オリヴィアさま。どうなさいました?」
「俺はちょっと小腹が空いて。ルリこそ何やってんだ?」
厨房に入ると、見慣れたメイド――ルリがいた。
茶髪を三つ編みにして、大きな丸いメガネにそばかすが浮かんだルリは、俺に愛嬌のある笑顔を向けた。
「そうだったんですね。私の方は、ご覧のとおり。遅い夕飯をいただいておりますの。お見苦しいところを見せて申し訳ありません」
見れば調理台にはハムとレタスを挟んだベーグルパンと、スープが並んでいた。遅い時間の食事だからだろうけど、随分簡素だ。
ルリはいそいそと立ち上がる。
「なにかお作りしましょう。とはいっても簡単なものしかできませんけど。お嬢様はこんな所に入らないで、お部屋でお待ちくださいな」
俺は慌ててそれを止める。
「いいよいいよ!こっちこそ食事中にごめん。俺はパンか何かあればいいんだ。この貰ったキュウリ挟んで食べるからさ」
「キュウリ?あら、レモンも。どうしたんですか、それは…」
キュウリ・レモンがてんこ盛りの皿と俺とを交互に見比べたルリは色々と察したようだ。
「ああ、シルヴィアお嬢様のパック材料でしたか」
「そ。シルヴィアちゃんから貰ったの。キュウリ君たちも顔に貼られてポイされるよりか、美味しくいただいて血肉になった方が嬉しいだろ」
うん、その方がキュウリ冥利につきるんじゃないかな。この大量に輪切りされたレモンの消費方法はちょっとまだ思い浮かばないんだけどね。明日レモンパイでも作ってもらおうかなぁ。
「ふふふ、そうですね。では…」
そう言ってルリは木製のブレッドケースの中から食パンを取り出し、丁寧に切り分けてくれた。
ハムとレタス、それにチーズもおまけだ。
「ありがとう、ルリ」
どういたしまして、とルリは微笑んだ。相変わらず愛嬌のある笑顔だ。
その笑顔を見て俺はピンとひらめいた。
「なぁルリ、ルリはダンス踊れる?」
「ダンスですか?一応こちらへ奉公に出る前に習いましたけど」
よっしゃあ、と俺はガッツポーズ。
(ねえ、ちょっと)
オリヴィアが何か言いかけたようだけど気にせず俺は続けた。
「じゃあさ、俺のダンスの練習付き合ってくんない?今度の舞踏会でちょっと緊張しててさ」
「ダンスの練習…わたしがですか?」
ルリはびっくりしているようだ。
「だ、だめかな?仕事で疲れているだろうし、その…1曲だけ付き合ってほしいんだけど」
「い、いえ。ダメとかそういうわけでは…」
「ええとじゃあ…」
ルリは申し訳なさそうに目を眇めた。
「私、男性パートは踊れないんです。お嬢様、ほんとうに申し訳ありません…」
…ん?
……。
ああああああ!!!!
そういうことか―――!!!!
(あなたっておバカさんねぇ)
オリヴィアもさっきからこのことが言いたかったのだろう。
「バカっていう方がバカなんだぞ…」
俺はルリに聞こえないようにぼそりとつぶやいた。
(そうね…、あなたも私なんだものね…)
心の中の彼女ははぁ、とため息をついたのを俺は苦々しい気持ちで聞いていた。
キュウリパックを昔したときにめっっさ沁みました。