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令嬢は生きるのがツライ  作者: 今谷香菜
~シャダーン編Ⅲ 竜との約束~

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~離れがたくてツライ③~

******************



「まさか、ルークが化蛇だとはね」


ミラは自室のテーブルにどかりと座っているヒト型をとった竜――ルークを見る。


「まあ、ね。驚いた?」


「ええ」と彼は答え、隣にいたヨハンナムも神妙に頷く。


「聞きたいことは山ほどありますが……」


「えー?めんどくさ。僕はあんた達の聞きたい事なんて超絶どうでもいいんだけど。……そんなことよりあの人はどこ?」


ルークはしっしっと虫を手で払うような仕草をした後、きょろきょろと彼女の姿を探す。


ミラはため息をついて呆れた様子で彼を見た。


『彼女』と一緒にいる時は常にその瞳に涙を溜めて潤ませていたはずなのに。

今自分たちと対峙している彼の瞳は完全に乾いている。


「薔薇姫はおまえと一緒にいると取り乱して泣いてしまうから。部屋で休ませています」


彼は「ふうん」と面白くもなさそうに聞いていた。

何だかふてぶてしい。


(それでこそ竜型の時にとった俺への態度と重なるんですがね……)


ガブガブと遠慮なく噛まれていたことは記憶に新しい。


横で彼女が『き、きっとじゃれているだけだ!多分』と慌てた様子でフォローしていたが。


そんなわけがない。


一番懐いているはずの『彼女』には『じゃれ』でも噛みつかないのだから。


『彼女』と一緒にいる時との、この態度の違い、である。いっそ清々しい。


だが彼女の心情を一応は理解しているのだろう。

追って部屋に向かう素振りを見せない彼に、ミラは少し安堵した。


「ルーク、おまえは野生に帰るつもりはないのですか?」


「あるわけないじゃん。僕は母上の傍にいるよ。息子なんだし」


彼はさも当然、とばかり胸を反らす。


横で聞いていたヨハンナムは微妙な顔をした。


「姫君を母親と呼ぶにしては……年齢が合わないのでは……」


どうみても姉弟である。


ルークもそれは分かっていたようで。


「仕方ないね。僕だって母上の同情を引く為に幼児に変幻しようか迷ったけど。あんまり小さいと母上と会話する時違和感あるだろうし」


ヨハンナムは「ほう」と感心したよう様子で、


「ははあ。あなたはヒト型の外見も自在に操れるのですか」


「そうだね、ある程度は。でもあの人にはあまり不自然な年齢の取り方を見せたくないんだ。……若返ったりとかさ。このヒト型から母上の歳に合せて僕も外見を成長させることに決めたし」


――長寿であることを普段は意識させないように。


彼は野生で竜として生きるのではなく。

人の傍で人と交わり生きていくことに決めたのだ。


ルークは自分の体を丹念に見直している。


「それに。この王宮に滞在する間は。いざという時、あらゆる危険から母上を守れる方が良いからね。……やっぱりこれ位の身体で良かったのかも」


「危険?何のことです?」


ルークは片眉を上げてミラを見た。

足を組み直しつつ、ふっと笑う。14、5歳の外見年齢に合わない、大人びた表情で。


「バカだなぁ。危険ってのは、あんたの魔の手に決まってんじゃん」


「は?」


「悪い虫を追っ払うのも息子の務めだからね。あんまり変な目で僕のあの人を見つめないでくれる?不愉快だからさぁ」


「勿論、母上があんたに恋して・・・いるのなら話は別だけど」とルークがニヤニヤと笑いながらミラを挑発するのを。

ヨハンナムは「これまた厄介な……」と頭痛がする思いで見つめていた。


よくよく『彼女』は妙なモノに好かれる性質らしい。

息子ならぬ小姑ができたような気分だ。


ミラも同じく頭痛がしていたのか。

こめかみを指でほぐしつつ、「息子ね……」短く息を吐いた。


「別にそれは息子の務めではないと思いますが。……おまえ、彼女のことを本当はどう思っているのです?」


「どう、って?」


「ただ母親恋しい子供とも違う。……彼女のことを、女性として見ているのではありませんか?」


――ミラのこの言葉を聞いて、彼の瞳は一瞬大きく見開かれた。


すると。突然、


「あははははっ!!」


弾かれたように笑い出したのだった。


ミラとヨハンナムはぎょっとして、突然腹を抱えてヒィヒィと浅い呼吸を繰り返す彼を訝しむ。


ひとしきり笑い終え、大笑いをしたことによる生理的な涙を拭う。


そうしてミラとヨハンナムに向き合った時には、もう。


――先ほどの彼女の『息子』のていを装った彼ではなかった。


わたし・・・アレ・・を女として見ているかだって?そう、そんなのは当たり前のことだろう?アレは女なのだから。おかしなことを聞く」


先ほどまで対峙していたヒト型にはなかった縦に細い瞳孔――それが入った紅玉の瞳をギラギラ光らせて、彼は愉快そうに嗤う。

くつくつと喉を鳴らしながら、上機嫌に。


獣の目が細められ、熱に浮かされたように彼は語る。


「アレは勿論のこと、私の母親であり……娘である」


「は?」


「また姉であり妹であり、恋人であり妻でもある」


「なにを……?」


「わからんか?あの娘に対して、世の女が受ける全ての種類の愛をわたしは持っているし与えてやりたい。アレが望むからわたしは今、『息子』になっているだけで。弟でも父親でも。恋人や夫――情夫でも。他の関係性を望むのならその役目を喜んで担おうか」


ミラはぽかんとした。

ルークは「うーむ」と小首を傾げた。

先の発言さえなければ、少女のような外見と相成り可憐だと思わされる仕草だ。


「血のつながりのない男と女がいれば、おまえらは全て色恋に結びつけようとするな。わたしから見れば心が貧しいと思わざるを得ないのだがなぁ」


ルークは心底呆れたように心の貧しい人間ふたりに視線をやる。


「愛する女に1種類の愛情しか与えぬとは。人間はやはりケチだな?特におまえなんかはその代表だ」


視線を寄越され、何となく居心地が悪い思いでミラは少し抵抗してみた。


「……おまえが変わっているんですよ」


確かに彼女の事となると大分狭量になるし了見も狭い。

当の本人からも「ペットボトルキャップ位の器」の大きさだと称された。


『ぺっとぼとる』というのがよく分からないが。あまり大きな器ではないのは口ぶりからして明らかだった。


彼女との関係――この竜のように一緒に居られればどんなモノでも構わないとは到底思えない。

『友人』なんてそんな生ぬるい関係で我慢できる程、悟り切れるわけがなく。

自分が望む関係性以外の一切を否定しているあたり、なるほど、彼の言う通り自分は『心の貧しい人間』の代表格であろう。


故にルークが言いたいことは分かるが、彼の前で素直に認めるのは何となく癪だったりする。


そんなミラの様子を観察しつつ、ルークは頬杖を突きせせら笑う。


「そう。おまえら人間の尺度で私をはかれるものか。これが竜の愛情なのだから。アレは私の乙女だ。誰と交わり子を幾人成そうとも。何年何十年と年月が経ち、どんな醜いしわが刻まれ老婆になろうとも。わたしの永遠の乙女なのだ」


三日月のように口の端を持ち上げるだけの笑みを作る。


傲慢で老獪ろうかい、気まぐれで自分勝手。


これがルークの『竜』の本性か。


もちろん。『彼女』以外の人間にとっての、『本性』だ。

彼女が望んでいる間は『可愛い息子のルーク』で居続けるのだろう。


ミラの前では全く可愛げのない彼は、やはり全く可愛げのない笑顔を向ける。


「ああ、そういえば。挨拶をまだしていなかったな。おまえの妖精達に会わせろ」


彼はミラの足元で不自然に盛り上がる影に目を落とす。

会話は聞こえずとも影の中から竜の気配を察しているのか、その盛り上がる影を見れば、どうやら落ち着かない様子だった。


「……会ってどうするつもりです?厄介ごとは御免ですよ」


竜と妖精は相性が悪い。ルークが来てからというものその存在を避けていた彼女達に会わせるのはどうなのだろうか。


「聞いてなかったのか、バカめ。挨拶だとわたしは言ったはず……出さぬなら影から引きずり出すまでだ」


ルークは人に化けた腕を、ぐっと握りしめ軽く振る。

その瞬間、黒い鱗に覆われ鋭い爪の生えた――竜本来の片腕に変化した。


彼はバキバキとその腕を苛立たし気に鳴らす。


「早くしろ。引きずり出されたいか、ハエども」


ため息をひとつ。

何故今更この目の前の竜が、妖精と対面をしたいのか分からないが。

逆らうのは得策ではないだろう。どちらにせよ引きずり出されるのなら大人しく従った方がマシだ。


「ギュリ、アミン、出て来なさい」


ぬらっと影が蠢き、一瞬にして妖精ふたりが顕現した。


どちらも眦きつくルークを睨みつけている。


「竜め……」


彼は余裕しゃくしゃくと言った表情で目を細める。

現れたふたりの力を見定めるかのように。


「ほう。『なりかけ』の妖精2体か。ははは。よくここまで成長したものだな」


ギチチ…と奥歯を鳴らし、妖精二人はルークを見据える。

ギュリは忌々し気に、


「何故、まだここに竜がいるのじゃ……。あのペットはこいつを手放すと……」


「ペット……?」


ルークは顔をゆがませて嗤う。

だが目が笑っていない。暗い怒りが一瞬にして彼の瞳に灯る。


「ペットなどとほざくか。おまえらのペットなど何処にもいない」


「ああ、やはり厄介だな」ルークは思う。

この妖精達は既に執着している。

主人でも何でもないはずの、あの少女に。


彼女の魂の輝きに引き寄せらている。

自分が最初、そうだったように。


「光に群がる虫め。もうあの娘に近づくな」


「何をふざけたことを……!!」


アミンが手を振りかざす。

彼女の掌に水の粒子が集まる――のを見て。


ルークは手を振り下ろす。

ゴオオッと轟音がした刹那――


「!? ああっ!!」


「アミン!」


アミンが短い悲鳴を上げるのと、ギュリが叫ぶのはほぼ同時だった。


ルークの竜の腕から発生した炎――それが鞭のようにしなやかな動きで地を這い、あっという間にアミンの体を縛りあげる。

じゅう……と彼女の皮膚が焼ける音がした。


「さてさきの世で余程徳を積んだのか――神位を生まれながらに持ち得ているわたしと、人間の願いを想いをちまちまかき集めて『なりかけ』ている妖精風情。……天地の程、格が違うのが分かっていたからこそ、おまえ達もずっと影に隠れていたのだろうに」


竜に変幻した腕――炎鞭を握りしめる手をぐいっと手繰り寄せれば、鞭はぎゅっと引き絞られ……アミンの悲鳴はますます大きくなる。


「力猛き身で生まれ落ちた我が身こそほまれ。それでこそあの娘の進む先――その露払いもできるというもの」


そう、この妖精たちは邪魔だ。とてつもなく。

あの娘が普通の女として生きて、そして穏やかな死を迎える為に――……そうその憂いを取り除かなければ。


アミンの絶叫をどこか心地の良い音楽を聞いているかのように彼は涼しい顔をする。

苦悶と悲嘆……そして憤怒の表情でこちらを睨む妖精たち。――哀れな魂。


「巡りを許されぬ身である妖精も、その魂を焼き尽くせばあるいは静寂な死を賜ることができるかもしれぬぞ……試してみるか?次の『発生』があるか否か」


尚も炎鞭の拘束を解かないどころか、物騒なことを言い募るルーク。

ミラは静かに抗議した。


「ルーク、挨拶だと言ったはずです……アミンを放して下さい」


ミラの言にルークは片眉をぴくりとあげる。

ああ、そうか。この妖精たちはこの王子の『契約妖精』だったか。


ここで止めるのは面白くない。……しかし仕方がない。


気だるげにその炎鞭を打ち消した。


アミンが力なくその場に崩れ落ちるのを、ギュリが支え起こす。


その様子を冷めた目で見ているルーク――その瞳から縦の瞳孔も消え失せた。

非難の目で見ているミラとヨハンナムを見て肩をすくませ、ぺろりと舌を出す。「怒んないでよ」と。


その口調と仕草に――どうやら『ルーク』が戻って来たらしいことが分かった。


「向こうが先に手を出してきたんだから、はそれに応じたまでだよ」


「くっ、竜め……」


ギュリの睨みもどこ吹く風。

それどころか愉快そうに彼は手を一振り。


人の片腕に戻したそれを撫でながら、


かむながらかむさびせす、と。……滅しても良かったけど。慈悲だよ、あんたへの。一応僕はこの国で神サマらしいから」


妖精ではなく、ミラをひたと見つめてそう言い放つ。

そうこの妖精達を失い困るのは目の前の彼だからだ。


この王子に何かあったら彼女が悲しむだろうし……


「妖精を操るには力――精神力がよくよく要るだろうね。はぁ、あんたはこの妖精達をぎょしきれていないように見えるし……随分とまあ、無茶な契約をしたもんだね?」


「殿下……」


妖精との契約、その単語にヨハンナムは反応した。

この年若き主人が、自らの契約妖精達に手を焼いているのを知っていたからだ。

しかもそれが年々ひどくなっているような気さえしていたが、やはりルークの目から見ても『御しきれていない』状態なのだと思い知った。


ちらりと盗み見る。

妖精を影に戻している主人の横顔――その表情からは何も伺い知れない。


「いくら血の契約で縛った妖精といえど、力をつけて来たのならあるじが逆にそれに引きずられることもある。主導権を明け渡すないことだね。……せいぜい気をつけなよ」


ルークは背をぐぐぐ……と伸ばし、欠伸をひとつ。

「このヒト型も大分馴染んだな」と手を握ったり開いたりしているのを。

一方のヨハンナムは、助言とも忠告ともとれる発言をミラにするルークを、意外な面持ちで見つめていた。

そんな視線を感じたのだろう。


「勘違いしないでよね。あんた達のことなんてどうでもいいんだけどさ。オトモダチ・・・・・に何かあったら、母上絶対泣くデショ?僕、あの人が泣くのを見るのは嫌なんだよねぇ」


「今は僕の所為で絶賛泣かせ中なんだけど」と彼がぼやくのを、ミラはふっと自嘲気味に息を漏らした。

どんな時でもブレない彼の姿勢が何だかおかしかったし、その素直な気持ちを気負いなく吐露できることが羨ましいとさえ思えた。


「俺は泣いた顔も可愛いと思うんですがね。……むしろ時々無性に泣かせたくなる」


「……あんたとはソリが合わない」


ルークが「うへえ」とあからさまに嫌そうな顔をしたのを、やはりミラはどこかおかしい気持ちで眺めていた。

その表情がどことなく『彼女』を彷彿とさせたのだ。


なるほど、彼女の『息子』は。

一見分かりにくいが、その実、真っ直ぐで歪みがない気性なのかもしれない。

特に心を許した相手に対しては。


そういうところは育ての親に少し似ているな、と思い直したのだった。





*『神ながら神さびせす』……『神サマなんだから神サマっぽく振る舞うよ』万葉集から。作者超意訳ですので注意。

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