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令嬢は生きるのがツライ  作者: 今谷香菜
~シャダーン編Ⅲ 竜との約束~
57/85

〜離れがたくてツライ〜

**********************************************


――あなたは、それ・・がわたくしの幸せだとおっしゃる。


あなたを失い、静かに狂い、狂っていることも分からず狂い……生きる為だけにただ呼吸いきする……そんなわたくしの生を幸せだとおっしゃる。



愚かなあなた。


もはや、そこで・・・しか。

わたくしが呼吸する意味なんてありはしないのに。



**********************************************


ルークを野生に帰そうと決意を新たにしたその後、何度かルークを狩りに連れて行った。


そして本日、私達はまたも狩場にやってきた。


緑が生い茂り、木の葉で埋め尽くされた地をざくり、と踏む。


――ああ、いよいよだ。今日という日が来てしまった。


来てほしいのかほしくなかったのか。苦笑する。

ここまで来て私は何と優柔不断な女だろう。


雑念を取り払うかのように大きく息を吸い呼吸を整える。

湿った土と緑の匂いが鼻腔をくすぐり、肺いっぱいに満たされるかのようだった。


――この狩りでルークを野生に帰そうと心に決めている。


だから今回はちょっと遠出して。

ルークと同じ野生の火竜が生息しているだろう付近に広がる森まで来たのだった。


ちょっと見上げれば火山が。活動を休止している休火山だそうだ。

黒灰色のけぶる山を、何故か親の仇を見つめるかのように睨んでしまう。

睨んでいることを自覚してまた苦笑する。

ああ、本当に。私はここまできて往生際が悪い。


――あそこに…ルークの仲間がいる。


――火竜が。


私はぐっと噛みしめ、隣に佇むルークの頭を撫でた。

もしかしたら仲間の気配を感じているのかも。常になく落ち着かない様子である。

その緊張感が伝わってきた。ぎこちなくこちらを振り向く彼に私は微笑みかける。


ここの群れが彼を受け入れてくれればいい。


もしダメなら……ここじゃなくともいい。


ルークが一生を、その長い一生を共に生きていける仲間や伴侶を得ることができれば。


彼にはもうそれができる。

自分の居場所を追い求め、探すことができる。

自由な未来を描く翼がある。


その為の一歩なのだ。

私が彼の手を離すことが。


――人の檻から、解き放してやらなければ。


「行くぞ、ルーク」


――もう、愛し方を間違えない。


私は未練を振り払うように、ルークを伴い森へ……鳥のさえずりしか聞こえない、森の奥へと誘われるようにその足をまた一歩、踏み出した。



**********


最初は落ち着かない様子だったルークだが。


すぐさま狩りに夢中になっていた。


私とミラはそれを遠巻きに見守る。


「薔薇姫、ルークは野生に帰ると思いますか?」


妙な質問の仕方をする。


「帰る帰らないじゃない。……帰すんだ」


ミラは「そうですか」と遠くを見つめる。


それきりしんと静まり返る。


私は何故だか彼のその態度に。含むような言い方に。無性にイライラした。


「何か……言いたいことがあるんじゃないのか?」


彼はちらりと私を見て、ふと視線を逸らす。そしてまたどこか遠くを見つめた。


「……いいえ、別に。貴女は優しい人だと思って」


「嘘だ。そんな風に思っていないくせに」


「思っていますよ。とても優しくて……」


――とても残酷。


「な……」


「確かに俺は……ルークがまだここにいれば貴女もこの国に留まってくれると考えていました。でもそれだけじゃない、俺はルークに自分を重ねている部分があるのかもしれません……」


「……私は別に、早く帰国したいからルークを野生に帰すのに必死なわけじゃない」


また私が帰国すれば寂しいとかって話か。

しかもルークに自分を重ねているって何だそれは。


「ええ、そうは言っていないですよ。ただ貴女はルークの幸せを願って彼を野生に帰すのでしょう?……俺はそれが残酷だと思うだけです」


私は眉根を寄せた。

何を言っているんだ、こいつは。


「貴女には分からないでしょうね。置いて行かれる者の気持ちは。分からないから残酷なんです。それがその者の幸せだとしか考えていない」


――置いて行かれる者の気持ち?


そんなの……


「バカなことを。置いて行ったことも、置いて行かれたことも。否応なく経験済みだ。別れがどれほど辛いのか。この魂に嫌と言うほど染みついている……だからこそ、ルークとは今ここで別れる」


私はぐっと歯を食いしばる。

正確には『私』ではない。前世の『彼』の痛みだけれども。


でもそれとは別に。この生でも別れと呼べるシロモノはあった。


「おまえには話しただろう。大切なことを教わって別れた彼の話。アレも別れといえば別れだ」


そう、前世の『彼』。

今は私と融合しているから本当の意味で『別れ』とは呼べないまでも。


でも、『彼』と『オリヴィア・アーレン』が融け合って今の『私』がいる。


言い換えればもう、生粋の『鈴木勇太』はどこにもいない。

溶け合うことで私は彼と別れを告げたともいえるだろう。

何処を探しても『鈴木勇太』として確立した『彼』はいない。


そう、この世界のどこを探しても。


幼い頃を少女として過ごした純然たる『オリヴィア・アーレン』もいないのだ。


幸いなことにこの生で、まだ私は死別というものを体験していないのだけれども。


しかし。


「この魂に、死別というものは嫌と言うほど染みついている」


――彼も。そのまた前の彼も。


辛い別れを強いられた鈴木勇太。

姉を失い、失った要因となった全てを憎み続けた。


思わず笑ってしまう。


「私の魂は何とも業が深いな」


『彼』もそのまた前の『彼』も。

いつだって恨みと怨嗟の泥から這い上がることができなかった。


そのぬかるみに足をとられたまま、ふたりともその生を閉じた。


うん?


自分の思考に首を傾げた。


ふたりとも?


――そのまた前の『彼』?


んん?私は何を言っているんだろう…。


「うーん」と唸っている私を尻目に。ミラはぽつりと。


「……だからですか?」


「何が?」


問いかけを受けて思考を中断する。


「貴女が、他者と踏み込んで付き合おうとしない理由です」


「……は?」


私はいよいよ分からなくなって彼をまじまじと見つめた。


彼はふっと笑う。


「最初はただ、鈍いだけだと思ってました。でもそれだけじゃない。貴女は家族以外に……家族以上に大切な者を作るのを無意識に避けているように見えます。置いて行くのも、置いて行かれるのも怖いから?そんな経験、最小限に留めたい?」


「……そんなつもりはない」


ムスッとして答えた。


「そうですね、だから無意識だと言うんです。確かに、生来の鈍感さと天然っぷりには圧巻の一言でしか表せませんが」


「おい。ナチュラルに人をバカにすんな」


鼻白んだ。

こいつが何を言いたいのか。見定めるように彼をじろじろ見つめる。

とにかくもディスられたのは確かなんだろうけど。


私のそんな警戒心露わな様子がおかしかったのだろう。


彼は目を細め、ふっと吐息を漏らす。


「貴女は他人に心を平気で分け与える癖に、その人からは受け取ろうとしない。好意があると分かれば途端に臆病になる。無意識のうちに壁を作って……とても厄介な人です」


「? 私は他人の好意を無下にした覚えはないぞ?」


ミラはクスリと笑う。


「一般的な好意の話をしているわけではありませんよ」


「あ゛?」


「言ったでしょう?家族以上に大切な者、と。俺が言っているのは特別な好意の話です」


「?」


「だから、無意識なんでしょうね。今はそれでも構いません」


はあ、とため息をつかれ。

その一方的な態度になんだかムカついた。


こいつの言う事は哲学的だ。言っていることが抽象的過ぎて、正直何を言いたいのか掴めない。


だけどこいつは、私がルークを手放すことを残酷だとのたまう。


でも私にだって、そこに関しては譲れない主張がある。

ルークに対する処遇には、勿論ちゃんとした考えを持って行動に移しているつもりだ。


そう、目の前の彼には彼の主張があり、私には私なりの考えがある。


「おまえと私とは価値観が違うというだけの話じゃないのか?おまえは私が残酷だと言う。ルークを今手放すことが。でも私にしてみれば。おまえが言うことの方が残酷だ」


「……」


「この手元に仮に置いておいて。それで?それでどうするんだ?数百年、もしくは千年生きる彼からしてみれば。人の手に慣れてしまえば野生で生きる術を失くしてしまうかもしれない。私が死んだ後、それじゃあどうやって彼は生きていくんだ?残された時間の方が長いんだぞ」


私は俯き髪をくしゃっとさせる。

何故だか彼に顔を見られたくなかった。


でも彼は私をただ見ている。音もなく。静かに。


ああ、きっと見透かされている。あんたのその目が嫌いだ。

私の動揺も。心の内を暴いているくせに、知らぬふりをする。


それが優しさだというのなら、大きな間違いだ。


俯いて唇を無意識にきゅっと噛んでいた私を――私の顎を彼はそっと撫で、ぐいっと持ち上げた。

血が滲んでいるのだろう。指で拭われる仕草をされたら、ピリリと乾いた痛みが唇上を走った。


半ば強制的に合わされた視線を交わし、彼はやはり何もかもお見通しだと言わんばかりの瞳で私を見つめた。


「俺がもし……ルークだったら」


「……?」


「どんなに短い時間でも。別れがすぐそこにあるのだと分かっていても。――だからこそ、その一瞬を。どうしたって貴女の一番近くで生きていたい。……その後の生き方なんて自分でどうにか決めますよ」


「……っ! 」


一瞬、不覚にも言葉に詰まってしまった。

動揺を悟られまいと、噛みつくように叫ぶ。


頬に添えられた彼の手を払いながら。


「おまえはルークじゃない。無意味だ、そんな話!バカげてる!」


私は踵を返し、ミラに背を向けて歩き出した。


これ以上、彼の話を聞きたくなかった。


自分の弱い部分をさらにもっと晒せと言われるようで。

全て暴かれそうで。


――決意が、揺らぎそうで。



*****************


ザクザクと肩で風を切るように歩く。

イライラした。


何でこんなに苛立っているのか分からない。

ただ無性に腹が立っていた。


ミラに対してだろうか?


彼が知ったような口ぶりで話すことが気に食わなかったのだろうか。


――そう、知ったような口を聞く奴だ。彼に何が分かるというのだ。


『俺がルークだったら』だと?生意気なことを、若造が。


人が竜を語ることなんでできやしない。それはこの私にもできぬことだった。


どろり、と私の思考に何か・・が流れ込んできた。


……知らないくせに。

竜が人を愛したらば、どんな悲劇が起こってもおかしくないのだ。


彼らの妄執も献身もその一途さも。人を愛したならばそれはただの毒にしかならない。

私にとってではない。彼らにとってはそれがトリガーなのだ、不仕合せへの。


どぷどぷと湧き上がる暗い思考に支配されていると。


それを断ち切るようにびゅっと風を切る音が頭上で聞こえた。


大きな影が真上を――ルークが飛んで……飛び越えて行ったのだ。


ひらり、と前方に着陸し、私の方を見て「くるる」と喉を鳴らす。


涙を堪えるのに必死だった。


変な顔をしているだろう私に彼はきょとんとした様子で、前脚で捕らえていた野兎を手渡してくれた。


「ありがとう、ルーク」


恐らく様子がおかしい私を慰めているつもりだろう。


――ルークは賢い。


きっと私の寿命分、彼にとって瞬きともいえるちょっとした時間を――……人と一緒に過ごしたって。

その後逞しく生きる知恵と体力があるはずだ。ミラもそう言いたかったんだろう。


分かっている。分かっているんだ、本当は。

ミラに言ったことは言い訳にしかならない。私は自分の心を偽っている。


――竜が人を愛すればそれは竜にとって悲劇だ、と?


そうじゃない。いや、それだけじゃないというべきか。

これも言い訳なんだ。私の心を守る為だけの。正当化したいが為の、言い訳。


ルークは私の百面相を見て、やはり首を傾げつつ、「また狩って来てやるよ」と言わんばかりにその場を飛び去る。


「まっ…待って……!」


ぐんぐんと森の奥へと行ってしまうのを、私は咄嗟に追いかけた。


途中まで走って走って、息も切れ切れになりながら…ふともう1人の自分が言う。


――置いていくのなら、今だ。


彼が狩りに夢中になっている今なら、私達が出立しても気づかないかも。


私はぐぐぐっとその場に踏みとどまる。

足を出しかけた、その一歩を引っ込めてそのまま後ずさる。


「ルーク……元気でな」


踵を返し、元来た道を走った。


森の中を駆け抜けながら、涙が止まらない。どんどん溢れて零れて頬を濡らした。


「ううう……ルークぅぅ」


「なあに?母上」


「いや、おまえとの別れがこんなにツライだなんて思わなくて……っ!」


「辛いなら別れなければいいだけの話じゃない?」


声の主はあっけらかんと言う。


「パンがないならお菓子を食べればいいじゃない」みたいな。

あっさりかるーく言い放つ。何トワーネットだ。


「いやいや、そういうわけには……」


いかないだろう、ここまできて。と私は声の主にツッコミを入れようとした。


ん?いや、ていうか。


声の主?ってなんだ。



ばっと振り返ると。


私の斜め後ろを少年がぴったりと並走しているのが確認できた。14.5歳くらいの。黒髪でフワフワのくせ毛の綺麗な男の子。


どこか中性的な美しさを持つ少年は、「やっぱり…」とため息をつく。


「今日僕を置いていくつもりだったんだね、母上」


呆れたように私を、ジト目で見た。恨みがましい目である。

この子にそんな目で見られる覚えがないのだが。


「いや、ええと?…どちら様ですか?迷子??」


彼は笑う。「母上ったら」と。


「僕だよ。分からない?」


その大きな紅玉の瞳が、悪戯っ子のそれに見えた。


紅玉の……瞳。


思わず立ち止まり彼に向き合う。


まじまじと彼を見つめてしまう。


私は、彼を知っている。


まさか。いや…そんなまさか。


馬鹿馬鹿しいと、そう思いつつも……そんな疑いの余地など無いように、思いは確信へ変わっていく。


「……ルーク?」


出会った時のように。


森の木間から木漏れ日がキラキラと差し込み、彼を明るく照らしていた。



「そう、確かに。それが僕の名前だよ。……あなたがつけてくれた、僕の名前」


ルークははにかむように笑う。


「でも不思議だね。僕にとってはあなたが『光を運ぶ者ルーク』なのに」


ねえ、母上?とその少年――ルークは私を見て満面の笑みを浮かべたのだった。


その微笑みを見て、私は愕然とした。



――そうきっとミラの言う通りだ。


私は。……前世の彼の『痛み』まで横取りするつもりはない。


でもその『彼』の経験は、感じた痛みは、私の意識に刷り込まれているものだ。切っても切り離せない。

その所為か。今世の私は本能的に『学習』している。


――辛い別れはもう嫌だ。今、手を離さなければ。

傷が浅い内に、手放して。――良い思い出にしなければ。


今ならそれができる。できるから……。



――しかし別の私の意識が訴える。



ほんとうに、できるの?と。


ああそう。そうだね。




――きっともう手遅れだ。





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