~決断するのはツライ~
――最近のルークのやんちゃぶりが、ヒドイ。
「というかぱねぇ……」
そう、半端ない。
小さな身体の時の感覚が抜けないのか。
私に飛び掛かってじゃれてくる。
物凄い勢いで突っ込んで来られるので。
これはもう一歩間違えれば悲惨な事故に繋がりかねない。
というよりも何回も軽めの交通事故に遭っている気分だ。
あちこちが青あざだらけ。
周りの人からしてみれば、私が竜に襲われていると思われているだろう。
……確かにな。襲われているというのは語弊があるけれども。
「圧死するのは時間の問題かもしれないなぁぁ~~??」
床に仰向けになりながら、私はぼんやりとそんなことを考える。
いかんせん頭があまり働かない。
脳に酸素が行き届いていない…いわゆる酸欠の状態なのだろうか。
あ、なんか頭の中に白いモヤがかかって来たかも……。
ふわふわする~
「オ、オリヴィア様!しっかりして下さい!呼吸!呼吸を忘れてますよ!!」
アイサの叫び声で抜けかけていた魂がひゅんっと肉体に戻った。
私の身体にのしかかり、頬ずりをしてくるルーク。
その尻尾を掴み引っ張りながら、アイサが懸命な救助活動を試みているが、しかしぴくりとも彼の身体は動かない。
「オリヴィア様!呼吸を意識して下さい!ほらっ、ヒッヒッフー!」
「アイサ、それなんか違う……」
その呼吸法、こちらの世界にもあったんですね……。
本来なら彼女はルークに近づくのも、まして触るのはもっての外。……苦手なはずなのに。
女主人の危機とみて、必死にルークの体を押しどけようとしてくれている。火事場の底力だ。
アイサ、ごめん……。
謝罪の気持ちと共に、その元凶となっているルークの顔を見る。
好奇心に満ち満ちた彼の瞳はきらきらと輝いていた――。
ああこれは……エネルギーが有り余っているな。そう判断した。
近いうちにまた狩りにでも出かけて発散させてやらなければいけない。
やはり狭い屋内で閉じ込めておいたらダメなんだ。
――ちょっと切ない気持ちになる。
大空を飛びたいんだろうな。もっと自由に。
あの満月の夜のように。
誰にも憚れることなく。気の向くまま…。
頬を寄せてくる彼の頭に手を添え、そっと撫でる。
紅玉の瞳はうっとりと。私を映した赤が細められる。
そう自由……――彼を自由にしてやる時はすぐそこに来ているのかもしれない。
もうルークの身体には何も問題はない。
問題があるのは私。私の気持ちだけだ。ワガママな私の気持ち……。
竜を人の檻に入れてはいけない。これ以上彼を縛っていはいけない。
固く拳を作り決意を固めた。彼の生涯をずっと共にいてやることはできないのだから。
やっぱり早めに別れた方がお互いの為なんだ。
――ルークを野生に帰そう。
ズルズル引き延ばしたらダメだ。
前回の狩りで彼は野兎を狩った。獰猛な熊も倒した。十分ひとりで強く生きていけるはずなのだから……。
「ルーク、おまえ元気が有り余ってるな。また狩りにでも連れて行ってもらおうか」
ルークはそれを聞いてか、嬉しそうに尾を振った。
アイサは尻尾に巻き込まれる寸前で避けていた。おおう、危ない。
微笑みを返し、上に乗しかかっている彼を抱きしめた。
――もうすぐお別れだ、ルーク。
別れを実感するのが嫌で。言葉には出せなかったけれど。心の中で私は呟いたのだった。
**************
ルークは外で日向ぼっこをしていて。
私は部屋で本を読んでいた。
なんとなく。今の気持ちのまま彼の傍にいると泣いてしまいそうだったから。
「本当にダメな奴だな。私は」
別れをすぐそこに設定したのだったら、その限りある時間を彼と過ごすべきなんだろうけど。
決意したと言えど。やっぱりまだ気持ちの整理がついていないのかもしれない。
本を開いておいて。字も追うこともせずぼーっとしていたら。
「おい、ちんくしゃ」
と鈴を鳴らしたような麗しい声が降って来た。
「あ、ギュリさん。アミンさん……」
二人の美女妖精がいつの間にか傍らにいらっしゃった。
かなりお久しぶりです。
しかし。その麗しいご尊顔が大層険しい。
いや。いつもこんな感じだっけ?久しぶりすぎてワカラン。
眉をしかめ、彼女達は私の身体のあちこちを触る。
「あ、あのぅ……?」
何でしょうか。
「やはり。あの竜の匂いだらけじゃ!どこもかしこも!!」
「私たちのペットですのにぃ。生意気ですわぁ」
キイキイ言いながらもおふたりは私を揉みくちゃにする。
「ええと。ギュリさんアミンさん。どうしてここに?私に何か用があったのでは??」
恐らくルークが居ない間を見計らい訪問して下さったのだろう。
ギュリさんは鼻をフンと鳴らす。
「何じゃ。飼い主がペットを愛でに来るのに何か理由が欲しいのか?」
「いえ……まったくないっす」
アミンさんは私を背後からギューっと抱きしめる。
ミシミシと音がしそうな位、きつく。
ほほほ骨が折れる!!
「ア、アミンさん……?」
「あなたはわたくしたちのペットでしょう?ねえ?」
そっと耳元で囁かれる。
銀の髪が私の頬をサラサラとくすぐる。
「は、はい。おっしゃる通りで」
「それなのにどうしてぇ?あんな竜に尻尾を振っているのかしらぁ…」
「そ、それは……」
背後から抱きすくめられ、正面からはギュリさんに顎を持ち上げられた。
サンドイッチ状態。前世の彼からしたらこれまた『ウラヤマけしからん』状態である。
「我が主が言うには。あの手負いの竜の傷が癒えるまでだと聞いておる。……ペットがペットを飼うことが、ちんくしゃの情操教育なるものの為になるから我慢せよと」
「そ、その通りでございますれば……」
ミラさん……上手いような下手な言い訳、あじゃじゃしたー!!
キテ〇ちゃんもペットの猫飼ってますしね!
世界的ネズミさんも犬飼ってますしね!
私と一緒くたにしたら色々なところからお叱りを受けそうですけれども!
そういうことですよね!
ええ、ええ。いいですよ、もうそれで。
妖精さん達がそれで渋々ながらも納得して下さっていたのならば。
「ねえぇ?じゃあいつあの竜を手放すのかしらぁ?」
アミンさんは腰を抱いていた手をつつつ……と移動させ、首に手をかける。
白魚のような細くて白い美しい指が、私の喉を軽く絞めた。
「もう傷は癒えているでしょうぅ?」
「そ、それは……」
私はぐっと歯を食いしばる。
そうだ、今さっき……決めたばかりじゃないか。
「もう……野生へ帰します。ルークは近々手放す予定です」
その言葉を聞き、おふたりは満足されたようだ。
ギュリさんは満面の笑みをたたえた。
「そうじゃな。それが良いの。そこらじゅうが竜臭くてかなわぬ」
アミンさんは表情こそ見えなかったけれど。
背後から首に回された手は外され、声も弾む。
「うふふ。そう、もう竜の気配を感じずに過ごせるわぁ」
私の暗い表情と反比例するかのように、うきうきとされてらっしゃる。
花が背景に飛んでいてもおかしくない。
「早よぅ手放せよ、ちんくしゃ。したらば今までのお主の怠慢は許してやらんでもない」
「今までの怠慢?何すか、それ」
んん?
自分は一応前世勤勉と定評のある人種でしたが。
あ、バイト辞めてから優雅なプー生活を送っていることがお気に召さないのか??
でもなぁ。今の私は一応公爵令嬢なんだけどなぁ~?
私の本気のキョトン顔を見て。
折角ご機嫌が浮上したギュリさんが、しかめっ面で怒鳴る。
「たわけが!お主が竜にばかりかまけていて!ペットの役儀を忘れておることじゃ!!」
「ぺ、ペットの役儀……?」
「そうじゃ。ペットとは妾たち主人に尻尾を振り、愛想を振りまくものじゃろう?それをお主は……竜を引き取ってからというもの、妾たちの前に姿を見せようともせぬ」
ええー。
だって先にお姿を消したのはギュリさん達の方じゃ……
不満が顔に出ていたのだろう。
彼女達は私の顔を見てますます顔を険しくした。
「なあに、その生意気な顔。ちんくしゃがますますちんくしゃになっているわよぅ?」
「全く。竜を引き取っても妾たちの元へ愛想を振りまきに来たならば。多少は可愛げがあったものを。……ほんにダメなペットじゃな」
「はーやれやれ」とばかりに。ため息をつかれる。
り、理不尽だ。
「竜を手放したならば。これは再教育が必要じゃな。誰が主かよくよく教え込まねばならぬ」
「そうねぇ」
『再教育』とは一体何をするかは具体的に思い浮かばないのデスガ。
何かとてつもなく不穏な響きでらっしゃる……!!
私は慌ててお二人の会話に割って入る。
「え。いや……、お二人とも。ちょっとお待ちを……ッ!」
しかし。
そんな出来の悪いペットの訴えなんぞに耳を貸してくれるお二人ではなく。
「よくよく精進せよ、ちんくしゃ」
と。
話は終わったとばかりに、とっとと部屋を出て行こうとする。
ギュリさんに続き、アミンさんも部屋を出ようとしたその時。
「あのねぇ、ちんくしゃ?一応言っておくわよぅ?」
私の方を振り返る。
「……はい?」
「――……これが最後よぅ?」
「え?」
アミンさんはふわっと笑う。
でも目は虚ろで。深い深い水底にいるような。
光が一切届かない深淵がこちらを見つめていた。
唐突に。
私じゃない――そう思った。
彼女は私じゃない向こう側を見ている――そんな気がした。
「早く、手放しなさい」
――でないと、今度は許さないから。
***************
日光浴から帰って来たルークは、呆然と立ち尽くしていた。
部屋の隅で少女が膝を抱え、壁に向かって話しかけていたのだ。
「やばい、教育って何だ……マジ死ぬかもしんない……」とぶつぶつ言っている。意味不明だ。
意味不明だが。
(妖精の匂いがする……微かに)
眉をひそめた。恐らくあの王子と契約している妖精だ。
いつも影から出ようとしなかったくせに、隙を見て彼女に会いに来たらしい。
(煩わしいね……)
思わず舌打ちをしたくなる気持ちを抑えつつ彼女の方へそろりと足を向ける。
「うああ……やばいっ!ミラに救助を要請しなければ……」
どうやら自分が戻ってきたことにも気づかないくらい動揺している。
そんな彼女の肩にぐりっと頭を押し付けた。
「!ルーク、戻って来たのか」
自分に向けたそのまなざしの一瞬にだけ……戸惑いの色が映る。
おや、とルークは訝し気に彼女を観察する。
じっと見られて落ち着かなかったのか。
やがて彼女はそわそわとどこか気忙し気に立ち上がった。
「ルルルルーク、お腹空かないか?ア、アイサのところへおやつでも貰いに行くか」
やはり自分とは目を合わせないようにして、白々しく口笛もピーピー吹き出した。
冷や汗タラタラの顔には『やましいこと考えてるよ!』と書いてある。
(これはまた、くだらないことを考えているね……)
何か妖精に吹き込まれたのか。本当に分かりやすい人だ。
ぎゅっと目を瞑る。
この身に流れる血が、その因果が訴える。
――今度こそ守れ、と。
近づけるな、と。
(うるさいよ……)
言われなくとも、そのつもりだ。
(今までコソコソと影に隠れていたから、目こぼしをしてやっていたものを……)
小賢しい蝿共め。
わたしが目を離した隙をついてこの娘に接触をはかるのなら話は別だ。
看過できない。
「ルーク、どうかしたのか?」
目を瞑ったまま動かない自分を心配したのだろう。
彼女はそっと自分の額に手を当てて顔を覗き込む。
はしばみ色の瞳とひたと見つめ合う。
さっきまで目を合わすこともできなかったのに。
今では自分を心配そうに見つめる彼女。
先ほどまでの妖精への怒りがすっと和らぎ、思わず頬が緩むのを感じた。
血のように赤い瞳、闇を溶かしたこの身体を宝石と言うのなら。
この目の前の彼女は一体何なんだろう。何に例えるのが適切か。
(僕がその答えを、ずっと探し続けよう)
もちろん、この人の傍で。
――神世の時代、その約定など関係ない。
肉体も魂も。その主は全て自分。
この生の絶対的王者はこの自分なのだ。
誰かの意志ではない。己の内から湧き出る想いのまま動くだけだ。
(だからそう、誰に言われずとも……)
手離す気はない。逃すつもりも毛頭ない。
そう――……この人を妖精の檻には入れてなるものか。
次話は本日か明日更新予定です




