~股ズレがツライ~
*注意*
下ネタ多め。
下品です
朝。
「お……お股が……尻が……痛いぃ……」
ルークの背に乗って空を飛んだあの日から3日が経った。
ここ3日の私はいつもこんな感じだ。
そう……淑女にしてはちょっと恥ずかしい悩みを、あの日から私は抱えていた。
股が。股が痛いのだ。あとお尻も。
ルークに乗り空を飛んだあの日。彼にしがみつくことに必死だった私は気にもならなかったのだが。
彼の固い鱗に長時間跨っていた故に、その摩擦で皮膚が擦りむけていた。
快適空の旅と思えたのデスガ。案外揺れていたのでしょうね、ええ。
しかも乗馬と違いスカートでしたし。振動・摩擦も皮膚にダイレクトアタックだったということか。
内太ももなんて真っ赤だ。
ところどころ薄皮めくれ流血。
一皮むけちゃいましたよ、ええ。
その部分はドレスで隠れるからいいけど。痛みは別だ。
ジンジンひりひりじくじくと……熱を持っているような痛み。
シャワーなんて地獄である。年頃の娘なのにシャワータイムが憂鬱だなんて、それってどうなんだ。
あと困っているのが。ここ数日、傷に障らないように慎重に歩を進めているお陰で、何か常におしっこ我慢しているような歩き方になっていることだ。軽く不審者だ。
しかも服がこすれる度、誤って腿同士が触れる度、「あひぃ」とか「はう…」とか呻くので、隣にいるミラなんかにはドン引かれている気がする。何も聞かれないのが逆に怖い。せめてツッコミが欲しい。
「いや……理由を聞かれても困るんだけどさ」
股と尻と内太ももが痛いとはまさか言えまい。
患部が下半身に集中しすぎていっそ恥ずか死ねる。
一応自分だって淑女とは言えないまでも、年頃の娘なんだ。
「あうー」と呻きつつヨロヨロと寝台から起き上がると。
床に寝ていたルークは、私の起きた気配でぴくんと反応した。
おもむろに起き上がり、ゴロゴロと喉を鳴らして体を摺り寄せてくる。猫のようだ。
「ル、ルーク……待って!刺激しないでくれ……身体が痒いなら他で搔いてくれ…」
聞いていないのか。
彼は私の股をトンネルのようにして潜りこむ。じゃれてらっしゃる。
「……っ! おまえわざとやっているだろ!!」
ぺちぺちと彼の体を叩いて止めさせようとしたけれど。
遊んでもらっていると勘違いしているのか一向に辞める気配がない。
「ルルルルーク!頼むからそんなとこ刺激しないでぇ!」
尚も辞めないルーク。
彼は夜着のドレス――その股の間から顔を出す。暖簾のようだ。
きょろきょろと辺りを見回して、目が合うと嬉しそうな顔をする。
そしてまた顔を引っ込めっていった。
今度は無理やり自分の身体をくぐらせようと試みているようだ。
でも彼の身体は随分大きくなっているから、いくら姿勢を低くしても、もう私の股トンネルをくぐり抜けることは難しいのではないだろうか。
「おまえ大きいんだからっ!!無理矢理ねじ込んでも……ダメだ、無理だって……んん!」
思わず涙目になって声も上ずってしまう。
ルークはぐいぐいと身体を押し付け、私の足を押し広げる。
傷にあたる!傷に!!固い鱗が!!
「ああっ!!そんなっ……そんなとこっ!!擦っちゃ……あっ!!」
らめぇぇぇ~!!
すると。
バアアン!!
勢いよく扉が開いた。
「薔薇姫!?」
「オリヴィア様!!」
ミラとアイサのふたりがほぼ同時に私の名前を情熱的に叫び、勢いよくなだれ込んできた。
「? お、おはよう。ふたりとも……」
朝っぱらから熱烈なお出迎えだな。
いつも朝からキラキラしいミラは。彼にしては珍しく血相を変えたお顔で室内に入って来た。
そして何故か……アイサはびしょ濡れだ。ついでに床も水浸しだ。
「おまえら……何やってんだ?」
「……こっちのセリフです。朝から何やっているんですか、貴女達は……」
彼とアイサは、キョトン顔の私を尻目に「はぁぁ」と長い長ーい息を吐いたのだった。
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――時は少々遡る。
アイサは『彼女』の部屋までやって来た。
両手に抱えて持ってきた盥には水が張ってあり、薔薇の花弁が浮かんでいる。
彼女の顔を洗う為にわざわざ用意した薔薇水だ。
(喜んで下さるかしら?)
うきうきしつつ扉をノックしようとした……その時。
『〇〇!△△△!!』
……?
なんだろう、部屋の中から『彼女』の声が聞こえる。
『彼女』は朝が早いからこの時間に起きていても何ら不思議はないのだが。
何故声がするのだろう。
耳を澄ませてみる。
『あ、だから……っ!そんなとこ刺激しないでぇ!』
とか。
『ダメ!ダメだって……んん……ッ!!』
とか。
必死に何かに耐えるような、「はあはあ」という息遣いも室内から伺うことができた。
(えええ――!!ここここれは――――!!!??)
危うく持っていた盥を取り落としそうになった、すんでのところで持ち直す。
………その中身の大半は床にこぼれてしまったが。
しかしそんなことを気にしている余裕はない。
そう。目の前の出来事に比べれば。万事が全て些末な事だ。
そう……この扉の向こうで繰り広げられているだろう、めくるめくピンクな世界の前では……。
(でででで殿下がついに本願を……!?)
なんてことだ、いつの間に……いつの間にそんなことに!?
いいや、男女の仲なんていうのはちょっとした弾みで劇的な変化が起こるものだ。
し、しかし朝から、そんなコト……そんなコト……ッ!!
手の震えの所為で、盥の水が暴れる。
心臓がバクバクと大きな音を立ててうるさい。
事態を完全に飲み込めているわけではないし、正直なところ動揺もかなりしている。
(昨晩オリヴィア様に用意した下着は……どんなものだったかしら…?)
しかし一方で冷静にそんな心配をしている自分がいた。
こうなることが事前に分かっていれば……ッ!とそこにちょっと悔しい気持ちがあったりもするが。
何はともあれ。
(よ、良かったですね…っ!殿下…!!)
アイサは喜びの気持ちで胸がいっぱいだ。
結婚はおろか婚約もしていないのがちょっと気になるところではあるが。
まぁ愛があれば順序が多少逆になったところで、である。
とても恐れ多いことだから口に出して言ったことはないが。
自分は彼のことをどこか弟のように思っていた節がある。
そんな彼が愛する女性と結ばれたことに、どうして喜ばないでいられようか。
今夜は……お祝いの料理をコックに頼んで作ってもらおうか。
(い、いえ。それもあからさますぎるわよね……)
じゃあ何か精のつく料理だろうか……。
(いえいえ……そちらの方があからさますぎるわよね……)
とりあえず今夜用意する『彼女』の下着と夜着は。
夫から男性目線の意見を貰いつつ調達しよう、と固く決意した。
それか、夫が彼のそういった好み・嗜好を聞き出してくれれば尚良い。
……などとそんな思案をしていたところで。
『おまえ大きいんだからっ!!無理矢理ねじ込んでも……ダメだ、無理だって……んん!』
と、扉の向こう側の『彼女』はそのようなことを言っていた。
こ、これは!
どうやら苦戦してらっしゃるようだ!!
(どどどどうしよう!?)
どうもこうも。自分にできることは何もないのだが。
壁に耳をつけてゴクリ、と生唾を飲み込む。
そんな時。
「入らないのですか?」
背後から声が、した。
「ええ……そのようです……」
その声につい、そう答えていた。
「?何故ですか??」
え。
「な、何故って……それは初めてだったら……」
「中々難しい……」と言いかけハッとした。
「初めて?何の話をしているんです?」
つい普通に答えていた、この声。
「殿下!?」
ばっと振り返れば、不思議そうな顔をして自分を見ている年若き主人がいた。
「ででで殿下!何故ここに!?……しかも服をお召しになっていらっしゃる…」
「?薔薇姫を散歩に誘いに来ただけですが。……おまえは何を言っているんです?」
「だ、だって!それではあの……オリヴィア様のお相手は…!?」
咄嗟に扉を指差して。
知っているはずがないだろうに、目の前の彼に聞いてしまった。
「相手?」とミラが首を傾げた、その時。
『ああっ!!そんなっ……そんなとこっ!!擦っちゃ……あっ!!』
彼女の声が扉の向こうから、響く。
「「………」」
扉を指差したポーズのまま固まる。
彼も聞こえていたようだ。同じくビシッと硬直している。
一拍。
『らめぇぇぇ~~!!』
バアアン!!
「薔薇姫!?」
「オリヴィア様!!」
――ふたりは気づけば扉を蹴破る勢いで開け、ほぼ同時に彼女の名前を叫んだのであった。
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「朝から卑猥な声が聞こえるし……本当に何かと思いましたよ」
着替えが終わった私に。
ミラはちょっと疲れた顔でそんなことをおっしゃる。
「卑猥?いや、ルークがじゃれてきてさ」
くるる……と上機嫌に喉を鳴らすルークの顎を撫でる。
「そんな猥褻な生き物、やはりとっとと屋外で飼いましょう。薔薇姫」
「?おまえ何怒ってんだ?」
目の前の友人は何故かさっきからご機嫌が麗しくないし。
アイサは何故かびしょ濡れの服を着替えに、一旦出て行ってしまったし。
「ほんとに何してたんだ?おまえら」
友人はやはりちょっとムスッとした様子で、
「俺は別に。薔薇姫を散歩に誘いに来ただけですよ」
「あー……散歩。散歩、ね」
最近お断りしていたのデスガ。
「きょ、今日もちょっと無理……かな」
今日も今日とて。ミラとの散歩を断る。
「ちなみに明日もダメそう」
毎日彼に迎えに来てもらうのも申し訳ないので、あらかじめ断っておいた方が良いと判断。
「……? 最近どうしたんですか?」
当たり前だけどそんな疑問が沸いちゃいますよね、ええ。
しかしお股と尻、内太ももがヒリヒリして歩けないとは言えますまい。
「ええと……」
股・尻以外なら正直もうどこでもいいな。うん。
「こ、腰が痛くて?」
「腰?どうしてまた……」
「え?ええと……体幹トレーニングのしすぎかな、うん」
「本当に……?」
ミラの追及するような視線から逃れようとする。
何故か疑われている。
もし素直に告白したところで。
デリケートゾーンがそんな状態になった原因も聞かれることだろう。
セスが言っていた。
ルークの背に乗って空を飛んだことはしゃべっちゃダメだって。
喋っちゃいけない、その理由が分かるまでは……。
私は冷や汗をかく気持ちで話題を探す。
ぱっと頭に浮かんだ内容を質問してみることにした。
「そ、そういえばさ!この国に大きな川ってある?」
ミラは急に話題を変えた私にちょっと怪しんだ様子だったが、質問に答えてくれた。
「川ですか?ありますよ。メヘラ川のことでしょうか」
「メヘラ……」
「涙川とも言いますね。神話の続きですよ。メヘラというのは妖精妃の愛称です。『ニークスメヘラ』――それがこの国に伝わる妖精妃の名前です」
「ニークスメヘラ……」
「竜妃が魂ごと王を食らい天に昇った後、残された妖精妃・ニークスメヘラは嘆き怒り狂う。その嘆きの涙は豪雨になり、何日も降り注ぐ……そうしてできた川だと言われているんですよ」
それほどまでに、妖精妃の悲嘆は壮絶なものだった。
この川は彼女のそんな嘆きの深さを表している語りの一部なのだろう。
私は無意識に胸を押さえた。
「……妖精妃はその後どうなったんだ?」
「色々な説がありますよ。精霊面を被った民の心にほだされ、国を見守っているとか。怒りと嘆きが深すぎて彼女の魂は千々にちぎれて散じてしまったとか……そんなところです」
「そうか……」
魂が散じて……。
何故か妖精妃の末路は…そっちの方なんじゃないかって思えて。
私はそっと目を伏せた。
「ところで」
「うん?」
しんみりした気持ちになっていたところを。
「どうしていきなり川の名前なんて聞くのです?薔薇姫」
「え?ああ、いや。別に……他意はないよ」
「何か隠してませんか?俺に」
彼はにこにこ笑いながら、「今なら怒りませんよ?」と脅してくる。
「な、なんでそんなこと……川の名前聞いただけだろ?!ななな何も隠してなんか……っ!」
「急に話題を変えて……十分怪しいですよ。貴女がそうやって話を逸らす時は、大抵何かあるんですから」
じりじりと壁際まで追い込まれる。
私ってば信用がないな。
いや、「何やらかしたんだてめぇ」と彼が決めてかかってしまうあたり。
「やらかすこと」においてはある意味、抜群の信用を得ているともいえるな……。
そしてそれはあながち間違いだと言えないところがありますね。ええ。困ったもんです。
「さあ、白状なさい」
そっとミラは壁に手をついた――いわゆる壁ドン状態である。
私はぎゅっと口を引き結ぶ。
断固徹底抗戦の構えを見て、ミラは「おや?」と。笑顔は黒いそれに変わっていく。
「しゃべらないつもりですか。ではそんな悪い唇は不要ですね?塞いでしまいましょうか」
「ミラさん、ミラさん。塞いでしまったらしゃべることもできませんよ」
顎をくいっと持ち上げられ……何故か色気の大量不法投棄を始める彼に私は小声で意見した。
「なら話してくれますよね?……何を俺に隠しているんですか?ここ最近の挙動不審な様子と何か関係があるのでしょう?」
あ。やはり不審でしたか、わたくし。
「いやおまえ……友人だからって何でもかんでも……」
話せるわけじゃない……と続けようとした私の言葉は途切れた。
彼が足――膝を、私の股の間に差し込んだのだ。いわゆる股ドン。
壁ドン、顎クイッ、股ドン……
二次元イケメン行為のフルコースをよもやここで体験することになるとはな。
しかし、だ。
いっ……いたいぃぃ。
彼の膝が患部(内太もも全体)に当てられている状態だ。
ひいいぃ。
私は痛みで顔を曇らせた。
ミラはそんな私の反応を訝し気に見る。
「薔薇姫……?」
「ううう動かさないで。ミラ!今私のそこ、いつもより敏感になっているから!!」
彼の胸あたりのシャツを思わず鷲掴む。
鬼気迫る私の訴えに彼はポカンとした顔をしている。
「――は?」
「とととにかく抜いて。優しく、どこまでも優しく!!かつ迅速に!ASAP!!」
その膝を!膝をぉぉ!!
「? 何を言って……」
その時。
「!?」
どーんとルークがミラに体当たりをした。
私が虐められていると勘違いしたのだろう。その通りだけどな!
だがその衝撃で、股にあてがわれていただけだった彼の膝が勢いよく動く。
!!
内太ももをえぐるように擦られ。
「いひゃあああ!!!」
――思わず声をあげてしまったのだった。
***************
「ケガ、ですか……?」
私は涙声で「ミラのばかあ!」と彼を罵る。
じくじく……ひりひりの股を服の上から押さえる。
これもトイレを我慢しているポーズのようで恥ずかしい。
なんて羞恥プレイだ。
「なんでまた、そんなところを……」
私はうっ…と言葉に詰まりながらチラリと窓を見た。
そこから見える景色を見て、ふいに思いついた。
「き、木登りをしていたんだ!」
「木登り……」
「そう、満月がすごく綺麗だったから、高い所で堪能したくなったんだ!で、降りる時に木の幹に盛大に擦りつけちゃったんだよ!」
彼は「んな、アホな…」みたいな目で私を見ていた。
まだ何か疑っているのだろうか。
だがしかし。原因はともかく。股をケガしている事実が結果としてあるのは確かなのだ。
私はこの事実のみを強調しよう。
でないと嘘がバレてしまいそうだし。
「なんだ、おまえ。疑っているのか?」
「い、いえ。ただ……」
彼の視線を感じた。……股間に。
「……っ! じろじろ見るなぁ!このド変態!!」
羞恥と痛みで顔が赤い私に睨まれ、彼は居心地悪そうにした。
さすがに失礼だと思ったのか、ミラの視線も泳ぐ。
「ええと、申し訳ありません。薔薇姫。……すり傷に効く軟膏を届けさせますから」
思いの外狼狽している友人の様子に、私は少しばかり溜飲を下げた。
フンと鼻を鳴らす。
「そういうわけで。今後私の下半身へのお触りは一切禁止だぞ!前も後ろも!!」
「……いつも触っているような言い方はやめてください」
ミラの「心外だ……」と言いたげな声を尻目に、「あうあうあー」ともたつきながらも私は何とか椅子に腰かける。ゾンビみたいだ。
「ううう、恥ずかしい……こんなの乗馬練習以来だ…」
兄貴に教えてもらった乗馬。
習いたての頃はこんな感じだったな……。
私はため息をついた。
セスはルークの背に乗ったらダメだと言っていたけれど。
……もう滅多なことがあっても乗らないんじゃないかな。心配しなくても。




