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令嬢は生きるのがツライ  作者: 今谷香菜
~目を覚ましたら、そこは異世界でした~
5/85

〜令嬢は生きるのがツライ?〜

✳︎✳︎✳︎


きゃああああああ!!!


すさまじい悲鳴を遠くで聞いて、俺はベッドから飛び起きた。


な、なんだ!?


(さぁ、早く森の方よ!あの子が呼んでいる!)


森?


ていうかオリヴィアさん、めっさ俺に話しかけてくんのね。


俺はオリヴィアさんに急かされるまま、飛び起きた格好そのままで駆け出した。


なんか嫌な予感がする。


✳︎✳︎✳︎✳︎


森に着いた。


ガサガサと木の葉を踏み分け、俺は叫んだ。


「シルヴィアちゃーん!!どこにいるんだー?!」


シルヴィアちゃんはその声に応えた。


「お、おねえさま…?!」


「どこだ?!」


俺は声を頼りに奥へ進む。


おねえさま、来ちゃだめ…シルヴィアちゃんはそう続けたけど構うもんか。


(早く早く――あの子を見つけて!)


オリヴィアさんの焦りと苛立ちが俺の中に入り込んだ。


イマイチ状況が飲み込めないけど、あの子が何らかの危機的状況にあるのは確かなんだろう。


わかってる、俺だってあの子を失いたくないんだ。


茂みを掻き分け、さらに奥に進んだ俺の前に果たして…彼女はいた。


半べそをかきながら木によじ登っている。


その木の根元には、彼女が持っていただろうバスケットが落ちていた。


そして…


シルヴィアちゃんの2倍3倍はあるだろう黒犬がよだれを垂らして唸っていた。


あれは…?


兄貴の言っていたこの森に住み着いた野犬てこいつのこと?


いや…野犬て可愛い単語で表せるようなシロモノじゃないぞ。


その犬には黒い影のようなものがまとわりついていた。ただの犬じゃない。


(あれは…ヘルハウンド…)


ヘルハウンド?心の中でオリヴィアさんに訊ね返した。


(死を呼ぶ不吉な妖精よ)


妖精?


なんだそれ。つまりはただのバケモンだろ。


どちらにしろ、あいつをシルヴィアちゃんから引き離さなければ。


俺はそこらへんの適当な石を掴み、思いっきり犬コロに投げつけてやった。


「オイ、このバカ犬!シルヴィアちゃんから離れろ!」


石をぶつけられた犬は、ゆっくりと俺の方を振り向く。

血を思わせるような紅い瞳と目が合った。


「おねえさま…だめ。早く逃げて」


シルヴィアちゃんはガタガタ震えている。恐怖もあるが木にしがみ付いていたせいで体力も限界に近いのだろう。


彼女は木に登ってるとはいえ、ほとんど地上から離れていない。当たり前だ、深窓の令嬢が木登りが得意なわけないんだから。


何度か犬にやられたのだろうドレスの裾はビリビリに破かれ、カワイイお尻が…おっといやいや。俺にそういう趣味はない。うん。あんま凝視すんなし、自分。


こんな状況でさえ生まれる煩悩を振り払うように俺は叫んだ。


「バカ犬、俺が相手してやる!!」


そう言って俺は駆け出した。


2度も家族を失うのは真っ平だ。


何もできなかった小学生の――あの頃の俺じゃないんだ!


「チェストォォォォォ!!!」


人生で一度は言ってみたかった雄たけびと共に、

前世空手部だった俺の必殺中段回し蹴りが火を噴く―――


ことはなかった。


犬の鼻面をこすりもせずに、俺の足は大きく空を切っただけだった。


あ、あれ?


……?


ああああああああ!!!


(…ちょっと真面目にやんなさいよ)


いや、違うんだよ!


女の身体だから、手足の長さが鈴木勇太の時と違って!


オリヴィア・アーレンの身体感覚ではうまく引き出せないよね!だって空手部だったのは、その感覚が染み付いているのは、鈴木勇太の肉体だったんだからさ!


つまり鈴木勇太の身体だったら今の蹴りも相手にクリティカルヒットした…はず。


狂犬は、ブルブルと頭を振り涎を撒き散らす。


そしてぐっと身をかがめた一瞬――弾丸のような勢いで俺に飛びかかる。


あばばばば


「くぁwせdrftgyふじこlp;」


俺の頭はもう真っ白だ。恐怖のあまり単語にならない単語をつぶやく。


犬は闇のように広がる口を大きく開けたなら、青白く尖った不揃いの犬歯がのぞく。


置いていかれるのも――置いていくのも嫌なはずなのに。


俺は思わず顔を背け、痛みと衝撃の訪れを待った。


それしかできなかったんだ。



****




「……?」



いつまで経っても予想していた衝撃がやってこないのを不思議に思い、俺は恐る恐る目を開けた。


「ひぃ!」


思わず短く悲鳴を上げてしまった。


眼前に広がるのは赤。血の赤だ。


次に飛び込んできたのは犬の首。


白目をむいたまま、だらんと長い舌が口からはみ出ていた――身体と繋がっていない犬の首。


「あ、兄貴…」


兄貴は息を切らしたまま、ドスっと地面に剣を突き刺して俺を睨んだ。


「お・ま・え・は!なーにやってんだ!!」


ゴン、と兄貴は俺の頭にゲンコする。


いっ…


「ってぇぇ――!」


痛い。ほんと痛い。兄貴は手加減したのかもしれないが痛いもんは痛い。


でも助かったんだ。まあ…ていうか、助けてもらえたんだ。


「あう…ありがとう、兄貴…。よくここがわかったね」


「人が歩いた跡があったからな」


さすが軍人です。


欲を言えばもう少し早くお越しになっていただきたかったのですが。


兄貴もうたた寝をしていたらしく、髪もボサボサで服のボタンも掛け違えていた。


(お兄さまは超絶寝起きが悪いのよ。きっとルリあたりに叩き起こされたんじゃないかしら?)


オリヴィアは少し苦笑しているように俺に話しかけた。


ほっぺには寝痕もついている…。うーんイケメンが台無しだ。


じんじんと痛む頭を押さえながら俺は犬を振り返る。


兄貴によって2つに分かれた首と胴体は、シュワシュワと音を立てて蒸発している…。


血だまりもなくなっている。うええなんというホラー。


(ヘルハウンドは妖精だもの。死という概念はないのよ。またどこか違う場所で発生するわ)


ソ、ソウデスカ。


もうできれば一生会いたくないフェアリーさんデスネ。


「おにいさまぁ!おねえさまぁ~!ごごご無事ですかぁぁ」


ご無事かどうか聞きたいのはこちらだ。


シルヴィアちゃんは生まれたての小鹿のように足をガクガクさせていた。立っているのがやっとの様子だ。


「シルヴィ―!!野犬が出るって言っただろう!なんでここにいるんだ!」


兄貴はズンズンとシルヴィアちゃんに近づき、俺にしたようにゲンコした。


ゴンといういい音が響く。


「うわあああん。ごめんなさいい」


シルヴィアちゃんはすっとバスケットを差し出した。


「おねえさまに…これをあげたくて」


バスケットの中にはすみれの花らしきものが土付きのまま入っていた。


「去年、森で咲いているのを見つけて。もしかしたら今年も咲いているかもって…」


(まぁ。晩秋に菫の花なんて珍しいわね)


俺の中のオリヴィアは感心したように言った。


そうなの?花のことはよくわからないんだが。


(菫は春に咲く花よ。秋に咲く菫は――忘れ花)


忘れ花…人が忘れた頃に咲く花か。まさに俺のことじゃん。


俺はシルヴィアちゃんからバスケットを受け取る。


俺も――誰も鈴木勇太を忘れた頃に返り咲いているもんな。苦笑しかないや。


「…おねえさま。またそんな顔なさる」


「そんな顔?」


「寂しそうなお顔ですわ」


シルヴィアちゃんはしゅんとした。


ああ、そうか。


元気のない俺をなぐさめようと、花を摘んできてくれたんだよな。


そんなに心配させていたのか。


ちらりと兄貴を見たら、兄貴も俺の顔を伺っていたようだ。目が合う。


ふっとどちらともなく笑いあった。


「ごめんな。心配かけて。ちょっといろいろ考えることがあってさ」


俺はシルヴィアちゃんの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「ありがとうな。この菫の花、一緒に庭に植え替えようか」


シルヴィアちゃんを真ん中にして3人で手をつなぎ、家へ向かった。


ドレスがビリビリボロボロのシルヴィアちゃんはまだ怖い思いが消えていないのか、ぐずぐずと鼻をすすっていた。


その横顔は何故か前世の――鈴木勇太の姉と重なった。


彼女はシルヴィアちゃんと違い、泣いている姿なんて一度だって俺は見たことがなかったのだが、何故か俺はねえちゃんを想った。


ねえちゃん。あんたは俺の前で泣いたことなんてなかったけど。


本当は。本当の本当は――泣いていたんじゃないかな。涙を見せずに。俺がそれに気づかなかったんだ。子供すぎて。


シルヴィアちゃんを握る手にぐっと力が入る。


この子が生きていて良かった。



もう――失うのは怖いんだ。



*****


それから数日後。オリヴィア・アーレンの両親は帰ってきた。


俺はその邂逅を静かな気持ちで迎えることができた。


そんでもって…


「なーんでこうなるのかなあ?」


丸テーブルの正面には両親が座っている。


俺たちはまた…外でお茶会をしていた。


カチャカチャとお茶の準備をしているシルヴィアちゃんを眺めつつ、目の前のクッキーにかじりついた。


ふう、とため息をつく。このお茶会は日課。ルーティンワークのひとつなんですね、もはや。


「おねえさま?お父様お母様のお帰りなさい会ですわよ。どうかされましたの?」


「いんや、別に。あ、兄貴。このクッキー甘さ控えめだよ?」


隣に座っていた兄貴は無言で受け取った。ポリポリと端っこの方をかじっていらっしゃる。


俺の言葉遣いを聞いてか、両親は少し驚いたように言った。


「あらあら。オリ―ったら私たちがちょっといない間に随分とお転婆になったのね?」


「ははは。お転婆な位元気があるのはいいじゃないか。シルヴィ―、お茶をくれないか?」


はいお父様、と言ってシルヴィアちゃんは立ち上がり、両親の方へ移動した。


当たり前の話だけど。


前世の俺の両親とは全然違うんだよなぁ。


母親は赤髪を上品に編み込み、楚々としている。はしばみ色の瞳はどうやら母の遺伝なんだろう。


金髪をオールバックにして、同じく金髪の、きちんと手入れされた髭をたくわえた父親は、日本人中年男性にはない変な色気がある。うーんダンディズム。


父親にお茶を淹れながらシルヴィアちゃんは訊ねた。


「今回はどちらまで足を伸ばしましたの?」


父親は髭をさわりながら上機嫌にうなずいた。


「うむ。隣国のシャダーン国までね。ドラゴンを見に行ったんだ」


「竜!?」


俺は思わず聞き返していた。ファ、ファンタジックな…ラノベですか。


「そうだろう。この国にはいないから珍しいだろ?どうしても見てみたくてな。あちらの国は竜の繁殖が盛んなんだ。もう立派な観光資源になっているんだよ」


父親は俺の驚きを別の意味で捉えたらしい。


いや、まぁこの国にいないから驚いているわけじゃなくて。俺の頭の中には竜というものは創造上の生き物であってだな――いや、まぁ…鈴木勇太の常識はこの世界では通用しないか。フェアリーだという変な犬も出たし。


「うふふ。お土産もいっぱい買っちゃったわ。『ドラゴンの卵』ていうお菓子が美味しくて。後で皆で食べましょう」


「はあ」


「あ、そうそう。そのドラゴンの繁殖地にね、ドラゴンの赤ちゃんを食べちゃう悪いドラゴンが現れたらしくって。わたしたちが訪れる前に勇者たちが倒してくれたんですって」


「まあ、勇者様!?」


今度はシルヴィアちゃんが興奮気味に聞き返した。


「そうなの。私たち、その勇者さま一行とお土産屋でばったり会ってね!意気投合しちゃったわ。今度うちのパーティに来ていただくようお誘いもしちゃったのよ!」


母親はうふふ、と喉を鳴らす。


シルヴィアちゃんはキャーッと黄色い声をあげた。


いやいや。物産店に勇者って。


俺はあきれたようにシルヴィアちゃんに聞いた。


「なんでそんなに興奮しているの?勇者に会えるのがそんな嬉しい?」


当り前ですわ!とシルヴィアちゃんは言った。少々憤慨している様子だ。


「勇者様なんて!国王様から勇者の称号を与えられた一握りの人間だけですのよ。きっと素敵な方に違いないですわ!」


ふーん。まあ、自分から勇者って名乗れないよね。恥ずかしくって。中二病ですかって。


でもなぁ。


「勇者様よりもシオン兄貴の方がカッコいいに決まっているだろ」


兄貴は俺の発言を聞いて、飲み途中だった茶を盛大に吹き出した。


両親と妹は何故かニヤニヤしている。なんだ気持ち悪い。


淹れられたお茶を目の前に、両親は上機嫌に角砂糖を落とす。


1個、2個、3個………13、14、15個…


ルリが勝手知ったる様子で黄金色に輝くガラス瓶を彼らに手渡した。


甘い匂いが漂ってくる。蜂蜜だ。


両親はそれをとろーんとカップの中へ…。


ねりねりねりねり…とスプーンでかき混ぜて、ふたりは揃ってその異物をごくごくと飲む。


俺はポカンとした。


なんで…


「やっぱりシルヴィ―が淹れたお茶は格別に美味しいな。向こうで飲んだ『ドラゴンの涙』とかいうお茶は全然美味しくない。ちっとも甘くないんだなこれが」


父親は満足そうにカップを置いた。


俺は開いた口が塞がらない。


いやいや甘くしているのはあんた達だろ、とか。


それはもはやシルヴィ―ちゃんの淹れた茶の原型を留めてないだろ、とか。


そんなツッコミを入れようとしたんだけど。


出てきたのは。その光景を見て必ずツッコミを入れていたお決まり台詞のアレンジ版だ。


「それはもう砂糖味のお茶じゃなくて、お茶味の砂糖だろ―――…」


目の前の空のティーカップにぽたぽたと滴が落ちた。


なんで。


どうしてだかは分からない。


ありえないことだ…でも。


目の前の両親に懐かしいあの人達を見ることができたんだ――。


「オリヴィア、どうしたんだ?」


兄貴はそっと俺の頬を伝う涙を指で拭いてくれた。


そんな風に気遣われると、なんだか無性に泣けてくる。


俺はボロボロと大粒の涙を落としながら両親を見つめた。


あんたたちは、生まれ変わっても俺の親になりたいって神様に直訴したのかもしれない。


それを神様が不憫に想って俺の前に割り込み転生させてくれたのかな。


割り込み転生?なんだそれ。意味わかんない。意味わかんないよ、ほんと。


涙が次から次へとあふれ出てきて留まることを知らない。


しゃっくりも出始めてきた。ガチ泣きである


母親はレースのハンカチを取り出し、俺の目を押さえた。


「オリ―、どうしたの?」


優しい声に俺はまた泣いた。


「…ごめん。…ごめん…ほんとに」


謝罪しか出てこない。


唯一の子供を亡くした前世の両親たち。


残されたあんたたちの人生はどうだった?悲嘆に暮れたばかりだった?


幸せだった?


言いたいことはたくさんある。あるけれど。


そのどれも今の両親に話すわけにはいかない。話しても意味が分からないだろう。


俺は手で顔を覆う。


「俺は…俺は幸せだったよ。あんたたちの子供として生きることができて」


母親はきょとんとした。


やっぱりわけわかんないよね。でもこれだけは伝えたかったんだ。


「うーん?オリ―は私たちにそんなに会いたかったわけだな?」


父親はまたちょっとズレた考えを披露した。うん、いいんだけど。


「そうなのね、オリ―。私たち随分長く会えなかったんですものね。会えてホッとしちゃったのね?」


母親は俺の頬を両手で包み込んで、コツンとおでこを合わせる。




「私たちも寂しかったわ。でももう泣かないで。――こうして無事に会えたのだから」




俺はもう号泣だ。目が溶けてしまいそうなくらい。


分かっている。この父もこの母も。前世の記憶なんてないんだ。


でも俺はこの人たちがほんとうは全部知っているんじゃないかって錯覚した。



――こうして無事に会えたのだから。



それ位、その言葉が心にみたんだ。






俺の名前はオリヴィア・アーレン。


この美しいサイラス国で、この温かな家族に囲まれて。


もう一度生きていこう。


命の儚さを知った俺だからこの生を大事に、噛みしめて生きていこう。




――その時、俺の中の彼女はにっこりと笑った気がしたんだ。




評価入れていただいてありがとうございました!励みになります。


とりあえず第一章完結です。


つづきは…不定期になるかもしれませんが、ちょっとずつ更新していきたいと思います!

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