~とある竜の独白~
ややルーク視点。
ちょっと書き方を変えてみました。
花の香りが充満する部屋でルークは寝そべっていた。
昼に日光浴をした所為だろう。
心地よい眠気と疲労感に身体は満たされていた。
最も。身体がダルイのは今に始まったことではない。
この不調が、身に余る神気が身体に馴染んでいない所為だと分かったのはつい最近のこと。
この高き神力に合わせ、これから自分の肉体は急激に成長するだろう。
(あの人は何と言うかな…)
その時の反応を想像すると、自然と口元が緩んだ。
もう抱きかかえることができないと嘆くだろうか。
それとも逞しく成長した姿を誇りに思うのだろうか。
両方だろうな、とルークは考える。想像に難くない。
そう、あの人――自分が目覚めるきっかけとなったのは、彼女と出会ったお陰だろう。
群れから追い出され、あの森に捨てられた時は、まるで力も自我もない赤子のような存在だったのに。
ただ泣くことしかできなかった自分と。何の巡り合わせか、彼女とが出会った。
そこから急激に自分という存在を理解し始めることになったのだった。
自分が『化蛇』であり、生まれながらに神位を授かりし存在であること。
恐らくは。…そう恐らくは、かの竜妃を祖としているのかとも。
先祖帰りとして生まれたこの身を。群れの仲間は受け入れることができなかったようだが。
正直群れでの生活があまり思い出せないでいる。
目覚めてからの自分は、それより以前の記憶がだんだんと薄らいでいるようだった。
ルークはふぅと嘆息をつく。
(最初は変な……いや、アホな女だと思っていたのに)
しかし一目見た時から。その魂に触れた途端。
――会えた!!
――あなたに会いたかった!!と。
この身に流れる血が歓喜に沸き、踊り狂うのを。――確かに自分は感じた。
そして彼女は自分に『ルーク』という名を授けた。
温かな身体に抱きしめられ、幾夜か過ごした。
周りの気配を気にせず熟睡できるなど、初めての経験だった。
また自らを「母」だと言い、群れの仲間さえ疎んだわが身をキレイだと称する。
あまつさえ自分を守る為に熊の前にその身を晒すまでした。
(アホを通り越して愚かな人だ)
しかし。
――いつからか彼女が、自分の名を呼ぶのが心地良いとさえ思うようになってしまった。
彼女が自分を息子と呼ぶのなら。せいぜいその役目を全うしてやろうと思う。
可愛い息子を演じて。それで傍にいられるのならば、自分はあの王子とは違い、その関係性にこだわりはない。
親子だろうと恋人だろうと夫婦だろうと。姉弟でも…。何でも良い。
(あの人の好きなようにしたらいいさ。傍にいられれば、それでいい)
彼女は厄介ごとを自ら呼び寄せる体質のようで。傍で見ていなければ危なっかしくて仕方がないのだから。
(まぁ、これに関しては。僕が偉そうに言えた義理じゃないんだけどね)
あの王子のような執着とは別の意味で、彼女に執着しているのは自覚しているけれども。
自分は人間ではない。竜なのだから。竜としての愛し方でしか人間を愛せない。
――そう、結局のところ。何だかんだで自分は感謝している。
この出会いを。力猛き身で生まれたこの運命も。
今ならば神とやらに感謝してやってもいい。
(ははっ、神だって?)
ルークは自分の思い至った思考におかしくなった。
――この国では自分が『神』たる存在であるのに? と。
今更何に感謝すべきなのだろうか、とルークは半ば自嘲しつつも、そのまま微睡み始める。
じっと目を閉じていると、そっと中の様子を伺うようにして部屋に入って来る人の気配を感じた。
彼女――オリヴィアだ。
そろりそろりと足音を消して、近づいてくる。
「ルーク? 寝てるな…よく寝る奴だな」
膝をついて自分の顔を覗き込む様子を感じたので、ぱちりと目を開けて彼女の方へ顔を向けた。
「あ、ごめん。起こしちゃったか」
コテンとそのまま彼女の腿に顎を置く。
オリヴィアは頭を撫でながら「ふふっ」と喉を鳴らす。
部屋を出て行った時は怒っていたくせに、今ではすっかり上機嫌だ。
ルークが思うだに。彼女はあまり怒りを持続できる性格ではないのだ。鳥頭ともいえる。
「この薔薇の花、イイ匂いだよなぁ。今日は良い夢見れそうだ」
床に散らされた花弁を手で弄ぶ。
「後片付けは大変そうだけどな」と言いつつも、うっとり微笑んでいる。
(……とやかく言いながら。結局人間の女は花が好きらしいね)
確かにこの赤の花は、目の前の少女によく似合うと思う。
この真紅は。彼女の凛とした美しさと。その烈しさによく寄り添う色なのだと。
人間の美醜など頓着がないルークであったが、つらつらとそんなことを考えていると。悪戯顔をしていたオリヴィアと目が合う。
彼女は床の花をかき集め、ぱさぁっとルークの頭に振りかけた。
「ほらルーク!キレイだな。おまえの瞳と同じ色。黒い身体にも赤がよく映えて…こうやって舞っているのを見ると、あの時おまえが吐き出した炎が躍っているみたいだ。…赤はおまえによくよく添う色だな」
「……」
期せずして自分と同じことを考えていたことに少し驚く。
ルークの頭の上に散らされた薔薇を払いながら、オリヴィアはケタケタと笑った。
よく笑う人だと思う。…怒りもするが。コロコロと表情が変わるのを近くで見ているのは中々に興味深い。
しかし、やがてしばらくすると。
先ほどとは打って変わって、そわそわとした仕草で払った花弁を弄び始める。
その落ち着かない様子に、きっと何か話したいことがあるのだろうと思えた。
(分かりやすい人だな…)
じっと彼女の瞳を見つめて、「きゅー?」と小首を傾げる仕草をしてやる。
「ルーク…話を聞いてくれるか?」
こくんと頷く。続きを促すように。
オリヴィアはちょっと俯いて、ぼそぼそと語り始めた。
「ミラと仲直りしたんだ。やっぱり私にも色々悪いところがあったよな。要反省だ。……でもなぁ、異性の友人との距離感は難しいな?」
「……」
(……あの王子は絶対、友人としてあんたを見ていないぞ)
と、ツッコミを入れたくとも入れられぬ我が身の虚しさである。
(……ついでに義兄だというあの男も)
引き取られてそんなに多くの時を過ごしていないはずの自分が分かって、どうしてこの少女には察することができないのだろうか。不思議だ。
何度このぼけらっとした少女にツッコミを入れたくなったことか。数知れない。
目の前の少女はまだ、花弁を手で千切ったりと落ち着かない様子だ。
膝の上と自分の頭にはバラバラになった花びらが落ちる。
「あとな、さっき聞いたんだけど。ミラには、すごく欲しいものがあるようなんだ。……でもとても入手困難なレアアイテムらしい。…なぁ、ルーク。それってなんだと思う?」
オリヴィアは難しい顔を作った。
「城に例えると不落城らしいんだが。…あいつの例えは的を射ないよな。訳が分からない。なんで城に例えるんだ…」
と、ぶつぶつ言いつつ…。
「王子が入手困難なモノなんて。私が買うのはもっと難しいよなぁ?…手に入れて驚かせてやりたいんだけど。ヨハンナムさんなら知ってるかな?」
「……」
なんとなく。そう、なんとなくだけど。
……あの王子の欲しいものとやらが分かった気がする。
(どうしてこの人には分からないんだろう)
あんなに分かりやすいのに。
まぁ、あの王子も。自分が出会う前はいざ知らず。
恐らく最近は。この超がつくトンチンカンなぶっ飛び思考の彼女に悟られないギリギリのラインを探っているような。…狙っているような気さえする。
彼女はそんな自分の考えなどつゆ知らず「前世は男だったのになぁ。男心は難しいな」と意味が良く分からないことを言っている。
ルークの頭を撫でながらオリヴィアは「ふぅ」と息を漏らす。
「やはり童貞とモテ男では元々のつくりが違うのかな。同じ『男』というカテゴリに入れて考えてはいかんのか。…それはそれでショックだな…」
と、何故か落ち込んでいる様子だ。
「それじゃあ、あいつの考えていることなんて。私には一生及びもつかないよなぁ」
やはりところどころ意味不明なことを言いながら、ふいに頭を撫でていた手が止まる。彼女は自分の腕に視線を移す。
「そういえばルーク。あの時自分でつけた傷も。もう痕も残っていないな…良かった」
「もうするんじゃないぞ」と、彼女は自分の腕を愛おしそうに撫でながら言った。
……。
……しかしさすっている腕は逆だ。
やはり…こう言っては何だが。目の前の彼女の頭はあまりよろしくないのではないだろうか。
ルークは呆れつつも自らの行動を顧みた。
(心配しなくても。もう自傷行為なんてしない。アレは単なる時間稼ぎのようなものだったし)
そう、あの王子と同じ。
ただの時間稼ぎだ。彼女と長く過ごす為の。引き止める為の。
あの王子が自分を利用しているのは分かっているつもりだった。
小賢しいとは思うものの、せいぜい利用されてやろうと。
何故なら今は。利害が一致しているからだ。
この国に長く留まらせたいあの王子の狙いと。
彼女と過ごす時間を引き伸ばしたい自分。目的は同じなのだ。
しかし…、と思う。
『化蛇』たる自分の身に、既に神力は馴染みつつある。
森で炎を操れたのもその顕現の一端かのように思えた。
あとしばらく成長すれば、完全にモノにできるだろう。
そうしたら。
ルークはそろっとオリヴィアを盗み見た。
(あんたと話ができる…)
自分を手放さないと約束してくれるなら。傍にいさせてくれると言うならば。
あとはこの人の意思のままに。どこへなりともついて行こう。
本来竜は生まれた場所で一生を過ごす。
群れで生活する種であることも大きい。集団での移動は余程のことがない限り行わないものだ。
ましてこの国を離れるなんてことはもっての外なのだろう。
(そう、約束もあるから)
――遠き神世の時代に交わした人の王との約束。
一族の竜の姫が果たせなかったそれに、今も竜達は縛られているのではないだろうか。
その血の濃い薄いに限らず無意識に。本能的に。
だからシャダーンに留まっているのだ。
(……勝手な憶測だけど、ね)
でも既に目覚めた自分は。
そんな竜のしがらみなど知ったことではなかった。
彼女の望みのまま。意思のまま。どこにだって行ける。
(この人と、生きていく)
見返りはいらない。……ただ傍にいさせてほしい。
――それが竜の愛し方なのだから。
ふいにオリヴィアは膝に抱えたルークの頭に頬ずりをした。
「ルーク…、ああ寂しいな。おまえと別れるのはやっぱり辛い。手のかかる子ほど可愛い。……でもおまえの為にも野生に帰してやらなきゃ……私の方が離れ難くなってどうするんだろな」
そう、彼女はまだ自分を野生に帰そうとしている。
(本当にどこまでも愚か。それが僕の幸せだと信じて疑わない)
でも離れるつもりは毛頭ない。
早く、早く。彼女の――母の望む姿にならなければ。
(ねえ、僕は置いていかれてなんかやらないよ。母上?)
紅玉の目を細める。
――ああ。それにしても……
この人の息子ではない自分が深淵から顔をのぞかせる。
――なんと業深きはこの娘。
――神たるわたしでさえも篭絡した。
用語の説明は追々、ヨハンナムあたりがしてくれると思います…。




