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令嬢は生きるのがツライ  作者: 今谷香菜
~シャダーン国編Ⅱ 妖精と異端の竜~
44/85

~再会が嬉しすぎてツライ~

――私はその日王宮の長い廊下を走っていた。


待ちに待った知らせだったのだ。


アイサが後ろからひいひいと追って来るのは分かっていたが、はやる気持ちが押さえきれず、彼女には悪いが全速力で駆けていた。


ミラから聞いた、ある応接室サロンの扉をノックする。

カチャリと扉が開いた。ミラが応じてくれたのだ。


部屋を見渡す。


そこに飛び込んできたのは――


応接室のソファに腰掛けている、黒い軍服姿の人物だ。目が合う。


彼が立ち上がるのと同時に、私はサロンを横切り彼の胸に飛び込んだ。


「兄貴…ッ!!」


「おっと…!リヴィ…!!」


そう兄貴だ。


彼は若干よろめきながらも私の体を受け止めてくれた。


「びっくりしたよ、兄貴!突然来るんだもん!」


「突然じゃないだろう?手紙にも書いたはずだ」


私は「そうだけど」と言いながら地面に足をつける。


「急なご公務が入ってこちらの国王陛下にご挨拶できなかったのは残念だが。…ああ、やっとおまえの顔が見れたな」


「もっとよく見せろ」と彼は私の頬を両手で挟みぐいっと上を向かせる。


目が合って私は笑ってしまった。何だか気恥ずかしい。


「元気だった?兄貴。皆はどうしてる?」


早いもので。もうこちらの国へ滞在して一カ月が経ってしまったのだ。

手紙でのやりとりで家族の近況は知っているつもりだったけど。

こうして直接会えるのは感慨もひとしおだ。


「ああ、義父上も義母上も、シルヴィ―も皆元気にしている」


「そか…良かった」


どちらともなく沈黙が落ちる。


……そう。彼がこの国に来た理由について。私はちゃんと話し合わなきゃいけない。


「それで…あの兄貴…、私はまだ…」


『迎えに行く』――と手紙には書いてあった。


でも私はまだ帰れない。


――ルークをちゃんと野生に帰すまでは。


兄貴は言わずとも察したのだろう。


「ああ、手紙の返事に書いてあったな。手負いの竜の子を拾ったから帰れないと」


あの手紙の返事という形で、家族には前もって事情を連絡していたのだ。


「うん。ルークって言うんだけど」


彼はちょっと迷ったように「あのな…」と。


「それは、おまえがやらなければいけないことなのか?」


「そうだよ。私が最後まで…ルークを野生に戻すまで面倒見ようと決めたんだ」


兄貴から手紙が届いてから、ミラと話し合った結果だけれども。

私はどうしてもルークが野生に飛び立つ姿を見送ってやりたいのだ。


「そうか…どれくらい時間がかかるんだ?」


私はうーんと考えた。


「もうケガ自体は治っているんだ。今度ルークを狩りに連れて行こうと考えてて。何回か訓練すれば野生に帰せると思う。ねえ、ミラ……王子殿下?」


私は振り返ってミラに訊ねた。

一応兄貴がいたので、『王子殿下』も慌てて付け足す。

本当に取って付けたような雑な感じになってしまったが。


同意を求められたミラは「ええ」と頷きながら、くすりと笑う。

慣れていない敬称をつけて呼ぶ様子がおかしかったのだろう。


「薔薇姫。シオンさんの前だからってかしこまらなくて良いですよ。いつもふたりでいる時・・・・・・・のように呼び捨てて下さい」


…なぜ『ふたりでいる時』を強調したのかわからんが。

ヨハンナムさんやアイサがいる前でだって呼び捨ててますのに。


でもまぁ、そう言っていただけると助かります。

もう呼び捨てで慣れてしまっているので。


「ということだ、兄貴。そんなに時間がかからないと思うから……って兄貴?」


私は振り返って兄貴の顔を覗き込む。


何だかムスッとしている。顔と態度に現れるので彼が今不機嫌であるというのは分かるのだが。

いや。しかし…分からない。その不機嫌顔の原因は。


「…兄貴?どうかした?」


「いや。…おまえがおまえの意志で決めたことならいい。すぐにこちらに帰って来れる見通しがあるようだしな…おまえのことだ、どうせ言っても聞かないだろうし」


彼は「だったら納得いくまでやらせた方がマシだ」とため息をついた。


「あの手紙の返事で、迎えに行ったところで連れて帰れないことは分かっていたんだがな。顔を見るついでにおまえの口から直接事情を聞いておこうと思って来たまでだ。……無理やりこちらに縛り付けられているわけじゃないならいい」


最後は小声でぼそりと呟かれたので、聞こえなかったのデスガ。


でも彼が私の意志を尊重してくれているのが伝わった。

いっつもそうだ。文句を言いつつ私のしたいことの味方をしてくれる。


「ありがとう!兄貴」


彼にぎゅっと抱き着いた。

頭をぽんぽんと叩く大きな手を感じて、私はさらに込める力を強くする。


「こちらのご厚意に甘えてご厄介になるんだからな。あまりご迷惑をおかけするんじゃないぞ」


「うん!」


私はミラに向き合い、ぺこりと頭を下げた。


「ミラ、あともうしばらくよろしくね!」


ミラはやはりにっこり笑う。


「ええ。何ならずっとシャダーンにいても良いですよ」


私は彼の冗談を「あはは!」と軽く笑い飛ばしたのだが。

横に並んでいた兄貴は片頬を引きつらせるような、張り付いた笑顔だった。


「ミラ王子殿下。リヴィはその竜を野生に帰したら、すぐに帰国させるつもりですから。一応こいつも年頃の娘なので。嫁入り前に長く外国に滞在させれば妙な噂も立ちかねませんから」


兄貴ったら。

ミラのかるーい冗談に、そんな真面目な返事をムキになって返しちゃってさ。

ほんとシスコンなんだからなぁ、もう。


むずむずとこそばゆい気持ちが沸きあがる。

彼の腕にぎゅっとしがみついた。

この逞しい腕もお久しぶりです…。


ああ、兄貴の上腕二頭筋さん、三頭筋さん…お会いたかった…。


うっとりと筋肉さん達を堪能してみる。彼は「おまえ…本体以上に筋肉との再会を喜んでないか?」と言いたげな目で私を見下ろしていた。


――ところを。

ミラが「こほん」と咳払いをした。


私に極上の『プリンスマイル』を投げかけながら。


「そうですね、その時は俺が責任持って彼女と結婚しますよ」と。そんなことをおっしゃる。


一瞬、何の話だっけ?とポカンとしてしまったが。

ああ。「私に悪い噂が立ったら」って話の続きね。


ミラは尚も続ける。


「俺も王宮で彼女とは妙な噂とやらが立ってますし。噂が立った者同士なら丁度良いと思いませんか。…ね、薔薇姫?」


「んな…っ!!」と兄貴は目をまん丸にして絶句。


私はというと。彼の渾身のボケに「ぷっ!」と吹き出してしまった。

なんだなんだ?本日の彼は絶好調だな!


超ド級のシスコン兄貴のマジな反応を引き出して、面白がっているんだろう。これは。


「そうだね~それならミラと結婚……っていやいや。なんでやねん!おまえと結婚する位なら熊と素手で格闘するよ!私は」


「誰が面白いこと言えと!」と私は彼にベシッと、どつくような仕草をしつつノリツッコミで返した。



しぃぃぃん……



「あ、あれ?」



場が痛いほど静まり返っておりますが。


え?お二人とも何ですか。この沈黙。


そしてミラの顔にビシッと青筋が立って見えるのは気のせいだろうか。


ずもももも……と彼の背後から黒いオーラも湧き出しているような…?


んんっ、おや?


なんか怒ってらっしゃる…?なにゆえ…?


「ミ…ミラ、どうした…の……ぐはっ!?」


ぐわんと頭が揺れて衝撃を感じた。続く言葉が飲み込まれる。

兄貴が私の首に手を回し羽交い絞めにしたのだ。そのまま応接室の隅へとずるずると引きずっていく…。

「失礼!」とミラに断りを入れて。


「な、なに兄貴…?苦しい」


「おまえな、いくらなんでも相手は王子だぞ!」


ぼそぼそと兄貴が小声でしゃべるので、私も声のトーンを下げる。


「いや。だってアレ、私のレイジョーク……ただの冗談じゃないか。言った後に『あ、これは的を射た発言ツッコミであったな』と我ながら感心してしまったんだけどさ」


ひそひそ。


半分ツッコミのつもりで発言した私だったが。

……しかしもう半分は本気だったりするな。


…友人としても『めんどくせーな、こいつ』と思う時がある彼だというのに。

夫になんかしたら随分とメンドクサイことになる気がするな。うん。


超がつく程、寂しがり屋でヤキモチ焼きのくせに。


自分はとんでもないアクティブ・アグレッシブ・アメージングな『3Aタラシ』だったりするしな…。


……。


さっきは半分冗談、半分本気のつもりだったけど。よくよく考えてみればこれは冗談どころではない。まこと、真理を得た発言であったな。半分本気どころか、全部本気だ。


以前彼に『結婚相手には墓場まで本性を隠しておけ』と忠告をした私だったが。

既に彼の本性をご存じの私ですからね。やはり彼を夫にするのは御免こうむりたいところだよNE☆


いや、それでも友人やってる位だ。いいところもちゃんとあるんだけどさぁ。うん。


それはそれ、これはこれ、である。


「……良いから。あまり機嫌を損ねる発言は控えろ。何されたもんか分からないぞ」


ぼしょぼしょ。


「まぁ確かに。ご機嫌を損なわせたのは事実だろうけどさぁ」


だがこれは。それ以前の問題で。

私がこんなこと考えているのが知れたら、『俺にも選ぶ権利というものがありますよ、薔薇姫?』とかまた怖い笑顔で言われちゃいそうだけど~。はは。


さっき怒ったのはそういう理由から来ているのでしょうかね。


喪女のくせにイケメンを批判・品評していい立場ですか?的な。ええ。


なんかすいませんでした。


「つーか、あいつから先に『結婚うんたら~』ってボケをかましてきたくせにさ。ツッコミの内容が気に入らないからキレるって…軽く理不尽だよな?」


めんどくせーな、おい。

どこまであいつをヨイショした発言ツッコミをしてやらねばならんのじゃ。


というよりも。もはやそれはツッコミとは言えないぞ。ただの接待だ。


「おまえ…アレをボケていると考えていたのか…」


兄貴は「えー…」と茫然としながらうめいた。


彼は信じがたいものを見るような目で私を見ていた。


うん?? 違うのか??


だが待てよ…?


「……そういえば。前々から気になっていたんだけど。あいつ、『ハゲ』とか言ってもそんな怒らないくせにさ。でも…こと恋愛面の話題に時々すごい過剰反応している傾向があるような…?――…何か恋愛にコンプレックスでもあんのか?」


寂しがり屋&ヤキモチ焼きの彼が、友人である私の恋バナとか気にしちゃうのは、まぁ、分かるんだけど。


これはあれだな……思いの外闇が深いような…。


こと恋愛関係において人生で苦労したことありません、って顔してんのにな。


あいつのソレ・・に当たるものってなんだろう?


( ゜д゜)ハッ! も、もしかして……あいつ意外にも…



「童貞なんじゃ……?」


「……おまえ。どういう思考回路を…。いや、その前に何でそんな嬉しそうな顔をするんだ…」


「……うん? いや、あいつが童貞だったらすぐにでも親友になれそうだなと思ってさ」


しかし私の中ではやはりまだこの説、『王子まさかの童貞説』に確信が持てなかった。葛藤があったのだった。


3Aタラシのくせに…?いや、まさかだよな…?


待て待て。でもこれは意外にも意外な事実かもしれないぞ…?


確かに私はこれまで真逆の説、『イケメン王子に童貞いない説』を掲げてきたわけだが。


街でのナンパというハンティングも。何の不運か、ことごとく失敗しているのかもしれない。


そ、そうだ。それにギュリさん・アミンさんという小姑妖精もいるぞ!

彼女達がミラの『脱・童貞フラグ』をことごとくクラッシャーしていたのかも。そう考えると全て繋がるな……!?


事実は小説より奇なりとか言うし。先入観は目を曇らせるだけだ。捨てよう。


私は無意識に緩んでいた頬を両手で包む。


それを見て兄貴は呆れたように私を見てため息をついた。


「おまえの親友選定基準を見直すことを勧めるぞ、俺は」


ちらり、とミラを振り返って言う。


「大体あの王子が童貞なわけないだろ」


「でもさ。『こいつぜってー女にモテるんだろうな』って周りから思い込まれていたらさ。カミングアウトし辛いっていうか。童貞特有の悩みを打ち明けにくいのかも…」


あれ?なんだろう…

彼と一晩語り明かしたい衝動に襲われているぞ、私は。

何なら軽く円陣を組みたい。「お互い頑張ろう!」と。


だが兄貴は強く否定する。


「おまえアホか。あの王子が童貞だったら世の中魔法使いの上級魔法で溢れ返っているぞ。アレは絶対、毎日が酒池肉林……」


「シオンさん、薔薇姫。声の大きさが戻っていますよ」


ばっとふたり同時に振り返る。


さっきまで童貞疑惑が浮上していた友人が、ソファにゆったりと座って優雅に紅茶を飲んでいた。

カチャリ、とカップをソーサーに置いて微笑む。…ですが目が笑っていません。


気まずい思いを誤魔化すように私はへらへらと、彼の元へ戻ったのだった。




********



その後、私の室で眠りこけているルークを連れて来て、兄貴にお披露目をした。


しかしルークは私の足に寄りかかって丸くなる。


兄貴が触ろうとすると尻尾で彼の手をべしっと叩く。


「……こいつ。もう野生でもどこでも生きていけるんじゃないのか?」


横にいたミラはこういう時だけ、『完全同意』みたいな表情で頷いていた。


「はぁ、ずいぶん不遜な奴だな」と兄貴はもう一度ルークに触ろう試みる。


……が。


べしっ!


今度はふん、と小馬鹿にしたように鼻で笑うというおまけつきである。


「……」


「こ、こらルーク!兄貴、大丈夫か?」


「リヴィ…おまえの手紙には『甘えた声を出すカワイイ竜』って書いてあったが…」


兄貴は打たれた手をさすりながら、「全然可愛くないな、こいつ」とがっくり肩を落としていた。


恐らくこのルークに会うのも、彼は楽しみにしていたに違いない。


私はちょっと申し訳なく思ってしまったのだった。


「あ、じゃあさ。明日竜を見に行こうよ。この前ミラに連れて行ってもらったんだ。あそこの子竜なら種類がいっぱいいるし…」


ルーク程スレていない…と思う。多分。


うむ。我ながら良い提案だ。兄貴もシャダーンは初めてだし。ちょっとくらい観光もしていきたいだろう。


私は足元でとぐろを巻いているルークを見下ろした。


――母さん、おまえの育て方を間違えてしまったようだよ。ルーク。


足でつんつん小突いても「みゃー」と一鳴きして尻尾をフリフリさせている。…遊んでやっているわけじゃないぞ。


兄貴に視線を戻す。目が合うと彼はちょっと困ったように「いや…」と言いよどむ。


「俺はこのまま帰るよ」


「ええ!?そんな…泊まっていかないの!?」


私はちょっと非難めいた口調も露わに叫んだ。


せっかく久しぶりに会えたのに…。とんぼ帰りなんて予想外だ。


ミラも「王宮に客室を用意しますよ?」と提案してくれた。


「長旅でお疲れでしょうから。そのまま…また帰路につけば体調を崩してしまうかもしれませんし」


私はその提案に乗っかって「そうだよ、兄貴!」と彼の腕をぐいぐい引っ張った。


しかし兄貴はそれも丁寧に辞退した。


「いえ。一応身体は鍛えているので心配はご無用です。…王子殿下にそこまでされるのも申し訳ありませんので」


「そんな。貴方は彼女の『お兄さん・・・・』でいらっしゃるのだから。私の兄も同然ですし。……将来的にはそんな良好な兄弟関係を築きたいと思っていますよ」


ミラはアルカイックスマイルだ。

私は彼のその熱き友情にちょっと感動してしまった。

ついこの間まで兄貴にまで嫉妬するというぼっちをこじらせていた奴だったのに。


いつの間にか『友人の家族も自分の家族のように大事』と言えるようなるまでに成長していただなんて。


しかも将来的には男同士の熱き友情の最上級…『義兄弟の盃を交わしたい』程だと……!?

兄弟関係ってそういう意味だよな!?


ルークより成長目覚ましいぞ!目の前の友人は。


一方の兄貴はというと。…苦虫を大量に噛み潰したような苦々しい顔をしている。


「…いえ。俺は確かに今は・・こいつの兄ではありますが。ミラ王子殿下とあり得ない仮定・・・・・・・の話とはいえ兄弟関係になるなどとは。とてもとても恐れ多い話です。ですので、一生他人であるだろう俺のことは気遣っていただかなくて結構です」


彼もミラに劣らずにーっこりと笑う。眉根は寄せられておりますが。


あ、あれ?心なしか彼らの間にバチバチと火花が飛んでいるような…?


やはり帰ろうとする彼を、私は未練たらしくも引き留めた。


「兄貴、私まだまだ話し足りないよ。急ぎの用事でもあるの?」


「色々とバタバタしていてな。長くこちらにいれないんだ。……おまえが帰って来る前に片付けたいことがあってな」


仕事の話だろうか?

有休使ってこちらに来てくれているんだもんな。


『ちょっと顔を見に来た』レベルでシャダーンを訪問して。

また過酷な馬車旅に戻ってしまうだなんて。よっぽどスケジュールが詰まっているのだろう。


私は「ちぇーっ」と口をとがらせて俯いた。

寂しいなぁ…。


兄貴はガシガシと私の頭を撫でて、お別れのハグをした。


ぎゅうぅ、と。


「そんな顔をするな、リヴィ。俺に早く会いたいなら。そのふてぶてしい竜を野生に返したらすぐに帰って来い…待ってるから」


私は彼の大胸筋の中で…うん、と頷いた。


――馬車が小さくなって、やがてその姿が消えてしまうまで。


私はずっと手を振っていた。



***************



途中で馬を休ませる傍ら、御者と外で休憩を取った。


この御者はアーレン家専属の従者だ。今回の旅の同行を頼んで来てもらったのだった。


「坊ちゃん、よろしかったので?」


唐突に御者は口を開き、そんなことを言った。


自分がアーレン家に引き取られる時には若くして仕えていた彼だから、自分のことを未だ「坊ちゃん」呼ばわりである。


「何がだ?」


「オリヴィアお嬢さまを連れ帰らなくて…」


シオンは伸びをしながら首をごきごきと鳴らす。

やはりずっと馬車に乗っているのは堪える。


「今回は連れて帰れないことは重々承知していたことだ。元気に鈍感・・していたことだし。俺は少し安心した」


シオンは義妹と王子のやりとりを思い出した。

彼も中々…というか。超絶苦戦しているようだ。


さすがにあんな直接的な告白を聞いて「ボケ」ているとは。


我が義妹ながら軽く引いてしまった。どんな思考回路してんだ、あいつは。


王宮の方角を眺めながら、「……なるほど。王子も気の毒に」と呟く。


とはいっても。勿論のこと、敵に塩を送るつもりは毛頭ないのだが。


それに。やはりあの王子は油断ならない敵であったし。

手紙でのやりとりで少しでも違和感を覚えたら。今度こそ迎えに行こう。

その時は強制送還だ。


「…こちらこそ悪かったな。休む暇もろくに与えずすぐに戻らせて」


御者は腰をトントンと叩きながら、シオンを見つめた。


「いえ。それは良いのですが…。理由をお聞きしても?」


シオンは少しげんなりとしてみせた。

御者の質問を答えるのがイヤだったわけじゃない。

帰ってからすることを思い出したのだった。


「いや…、まずあいつが帰ってくる前に。リヴィに言い寄って来る不埒な奴らを根絶やしにしなければいかんからな」


「ああ……」


彼もまた遠い目をした。

毎日毎日来訪者がやって来るせいで、馬が人の気配で落ち着かないのである。


「これがなかなか骨が折れる…」


――そう、リヴィが帰ってくる前に。彼女に知られる前に。

ダンスパーティ後の後片付け・・・・を早急に行わなければならない。


そして……


「俺自身の後片付けもしなければな…」


御者はこれまた「ああ」と納得したようだ。


何度か現場を見られているからだろう。


アレ・・は…しつこそうですね」


そうだろう?とシオンは苦笑した。


正直、彼女がまだ帰ってこないのは好都合だったりする。


全て一掃せねばいけないのだ。


そよそよと春風を受けつつシオンは深くため息をついた。

これから国に帰って。こんな春の陽気もぶち壊しにせねばならない日々を送る予定だ。


「せっかくリヴィに会えたのにな…」


この癒し効果はいつまでもつのだろう。


――瞼の裏に刻み込んだ彼女に会うかのように。



シオンはそっと目をつむった。





この2人は何やかんや似た者兄妹です

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