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令嬢は生きるのがツライ  作者: 今谷香菜
~シャダーン国編Ⅱ 妖精と異端の竜~
43/85

~侍女は竜が怖くてツライ~

――ルークを引き取ってさらに数日。


「おお、お腹の傷も良くなってきたなぁ」


私はベッドで彼のお腹に巻いていた包帯を取りつつにんまりした。

ミラは突然変異の竜は体が弱いことが多いと言っていたけれど。

ルークは今のところ体調を崩すことなく、ケガ自体も驚異の回復力を見せていた。


「良かったなぁ、おまえは変種でも丈夫なんだな」


これならもう包帯をしなくても良いかもしれないな。

お腹の傷はもしかしたら痕残っちゃうかもしれないけど。


「まぁ、女の子じゃないんだし。ちょっと身体に傷がある方がワイルドでモテるかもしれないな!?」


成長期なのか、引き取った当初よりも一回り位身体も大きくなったし、羽も大きくなった。

この前はちょうちょを追いかけ走り回っていたし。


傷口がかゆいのか、お腹を気にしている素振りを見せるルークの頭をぐりぐり撫でた。


「元気になったんだな。良かったなぁ、ルーク。これでおまえも自由に生きられるな」


ルークはそろっと顔を上げた。


「ん?」


沈黙のまま目が合うこと数秒。


――がぶり!


「ル、ルーク!?」


ルークは噛みついた。私の腕ではない。


自分の腕に牙をずぶりと立てている。


私は慌てて引きはがした。


「おまえ!何やってるんだ…!?」


ルークの腕は血でしとどに濡れている。牙も真っ赤だ。

シーツにぽたぽたと赤いしみができた。


私は慌てて包帯をルークの腕にぐるぐると巻いた。そのままぎゅっと握り止血する。

直接圧迫法ってやつだ。


「こ、これがミラの言っていた自傷行為ってやつか?!」


じんわりと包帯が赤く染まるのを私は涙目で見つめていた。

血の円がどんどん大きくなっていく。


「バカなことを!」


ルークは悲し気な瞳で私を見つめていた。

ぐっ…と堪える。そんな目で見ても、ほだされてなんかやらないぞ。


包帯が湿ってきてしまった。

私はアイサを呼ぶ。


「アイサ―!ごめん、ちょっと来てー!!」


こういう時、ベルでちりんちりーんとお呼びできれば優雅なんですが。

そも優雅な事態ではありませんので。


アイサはすっ飛んで来てくれた。

私がこんな風にアイサを呼ぶのが珍しいことだからだろう。


「オリヴィア様、どうなさいました!?」


「ごめん。ルークが腕にケガしちゃってさ。押さえててくれない?替えの包帯用意するからさ」


「わ、私がルークの腕を…ですか?」


「あ、うん。ごめん。お願い!」


私はぱっとルークの腕を離す。

アイサに任せたつもりで寝台から飛び降り、救急箱を手に取る。ルークを引き取ってから、彼の治療に使う消毒液や軟膏を入れる箱を用意したのだった。


その中に入っている新品の包帯を掴み、アイサとルークを振り返った。


「ごめん、お待たせ……って。ええ!?」


見ればルークの腕からはまだ血がしたたっていて。

寝台は先ほどよりも大きな赤いシミができていた。

アイサがルークの腕を圧迫していなかったのだ。


慌てて寝台に駆けあがり、ルークの腕をぎゅっと握る。


「アイサ?どうしたんだ…?」


ちらりとアイサを見る。


「アイサ…?」


アイサは小刻みに震えていた。



*****



ルークの止血も済んだところで、私は彼の腕に包帯を巻いた。


「オリヴィア様…申し訳ありません」


「え?ああ、いいよいいよ。元はと言えばルークが悪いんだし」


私はルークをでこぴんする。

彼は「みあ!」と一鳴きしてしかめ面をしつつ、顔をぷるぷる横に振った。


しかし、危なっかしい。

彼が自傷行為をするようなら、つきっきりで見てやらないといけないのだろうか。

ミラの言った通りになりそうだな。


むむむ…しかしだな。自傷行為?それって原因は何だろう…。


①腹が減って腕を食べてみた

②腕がかゆかったので掻こうと思って加減を間違える。思いの外深手。

③被虐趣味的な…「いっ痛い、…だがそれが好い!」


「うーん①②だとしたらおまえ案外賢くないのか…」


母さん、それはちょっと悲しいぞ。ルーク。


③だったらもう個人の嗜好の問題ですし。口出しはしませんけれど。


「オリヴィア様…、差し出がましいようですが恐らく違うかと」


「え?アイサには分かる?こいつの気持ち」


アイサはためらいがちに「そうですね」と頷く。


「何というか。オリヴィア様のような心身ともに健やかな方には思いつかないかもしれないのですが」


「あ、うん」


…何か遠まわしにバカにされたような気がします。

いえ、続けて下さい。


「寂しくて…ストレスが溜まっているのではないでしょうか」


「ストレス…な、なるほど」


なんかそれっぽいぞ。

それっぽい答えだな、うん。


「よし、今度おまえを狩りに連れて行ってやるぞ。ストレスが溜まった時は運動していい汗を流すに限るしな」


ひと狩りいこうぜ!


「オ、オリヴィア様…こう、もっと繊細な問題かと…」


「え?なに?」


「ルークは恐らく、自分に自信がないのでは?親に捨てられたと聞きました。そんな自分が…肯定できないのでは?オリヴィア様に心配をかけて、構ってもらいたいのかもしれません」


「ほ、ほう…」


自分に自信デスカ―。


女の子だったらメイクとか髪型とかを勉強するようアドバイスするところだろうな。うん。


といっても。私も女子としての自分に自信なんてあんまり持っていないのデスガ。前世男でおますし。


「うーん…?」


『男の自信を取り戻す』……イヤ、いかがわしい意味ではないんだ。怪しげなサプリメントやドリンクの通信販売とかじゃなくてだな…。


真面目な問題である。


……。


しかし結局行きつく答えはさっきと一緒だった。


「やはり狩りだな。狩りで狩って狩って自分に自信をつけよー!おー!!今度ミラに馬借りよーっと」


「のうき…ん…いえ。良い考えだと思います」


何か言いかけたアイサだったけど、意外にもルークが嬉しそうな顔をしているのを見て、考えを改めたようだ。


まぁ、実は。

ルークのケガが治ったら、ルークに狩りの練習をさせたいと思っていたわけでして。

これも野生へ戻す為の練習なわけですよ。


彼のストレス発散になるのなら一石二鳥だな。うん。



「それにしても。アイサはよくルークの気持ちが分かるなぁ」


「…いえ。私とルークは…少し似ていると思ったので」


アイサはそう言いつつもルークと目を合わせようとしない。

やはり彼女の体は小刻みに震えている。


ルークはというと。

何の感情も移さない瞳でアイサを一瞥後、その場で丸くなった。


――今まで。ルークはアイサやヨハンナムさんと一緒にいても噛まないし大人しくしていたから。彼らに多少懐いていたものだとばかり考えていたのだが。


でも、違うんだ。

私はその考えが誤りだったと彼の無機質な瞳を見て思い知った。


ルークは興味がないのだ。アイサにも、ヨハンナムさんにも。

甘えるような声を出す程の好感も。噛みつく程の嫌悪の感情も。そのどちらも感じていないのだ。


無関心――きっとルークにとっては人間なんて路傍の石と同じ程度の認識でしかないのだろう。


――『竜は賢いから。人間にそう簡単に尻尾を振りませんよ』


ああ、その通りだ。

きっと今、私が彼を世話してあげているから。多少の好意を持ってくれているだけで。


それも過ぎ去れば。彼の中で私という存在も消えてなくなるのだろう。


そう。だけれども。その方がきっと良い。彼が野生で生きていくために、人間への好悪の感情は本来必要としないはず。


私はその事実にちょっとショックを受けたけれど。

今はそれどころではない。


そっと目を瞑り、横にいるアイサの手をそっと握った。

彼女の震えは未だ収まっていなかったのだ。


「アイサ、ごめん。アイサは竜が怖いんだね?」


アイサは「申し訳ありませ…」と謝ろうとしたのを、私は止めた。


「いいんだ。私の方こそ気づかないでごめん。もっと配慮するべきだった」


彼女はきゅっと唇をかみしめる。


「主人から…私の話をお聞きになりました?」


「少しね」


アイサは「そうですか」と。


「分かっているのです、自分でも。普通の竜は……ましてやこんなに小さな子竜が人間を襲うことはない、と。でもダメなんです。足がすくんでしまって…」


「ま、まぁ。実際ルークは襲っているといえば襲っているんだがな。私とか最初の方はガブガブ噛まれたし」


ついでにミラも。何なら今でも彼は噛まれてますしね。


おや?

そういえばルークはミラに対しては感情の揺れが見られるな。…主に嫌悪だろうけど。

まぁ、それはいい。うん。


多分あいつって第一印象は『うさんくさい』だから。恐らくルークは本能的に何か感じ取るものがあったのだろう。

彼の友人でありながら、それは誤った判断と言えないところがあったりする。すまん、ミラ。友達甲斐のない私で。


「ごめんね、アイサ。これからはルークの世話は頼まないし。私の部屋にいるときはなるべくルークから距離を取っていてくれていいから」


アイサはばっとこちらを勢いよく振り返る。


「いいえ、いいえ!オリヴィア様。私は大丈夫です。これからはルークのお世話もしてみせますから。だからどうか…どうか…」


――「私を見放さないでください」


彼女は震える声でそう訴えた。


「? そんなことでアイサを解雇したりしないよ。そんな権利私にはないし。第一アイサは今のままで十分よくやってくれているから…ムリをしなくていいんだ。誰にでも苦手なものってあるし」


ルークを引き取ってからというもの。妖精ズも私の前に姿を現さなくなった。

ミラに聞いたら、ルークの前に姿を見せようとしないらしい。必然的に彼と一緒にいる私の前にも…。

あの自由気ままで。好き放題やっている美女妖精の行動を制限していると思うと、ちょっと申し訳なくなってしまうのですが。


「…ッ、でも…!」


食い下がろうとするアイサの肩をぽんぽんと叩く。


「じゃあ、徐々にでいいから。無理しないでね。…はい、この話はこれでおしまい!」


私は無理やり話を終わらせた。

今後はできる限り配慮してあげなくちゃな。


アイサはそれ以上は何も言わず、「わかりました」と頷いてくれた。


「ああ、そういえばオリヴィア様。オリヴィア様宛にご家族の方からお手紙が届いておりました」


「あ、ほんと?」


「取って参りますね」


両親か、兄貴か、シルヴィアちゃんか。誰だろう。

それとも全員か。



******



手渡された手紙は、兄貴からのものだった。


彼だって結構忙しいはずなのに。案外マメな人なんだよな。


私は封筒をペーパーナイフで丁寧に開封した。オフホワイトのシンプルな便箋を取り出す。


「オリヴィア様、とても嬉しそうですね」


「え、そう?故郷の兄貴からの手紙なんだ」


「兄貴……それはもしやオニキスの君ですか?」


オ、オニキスの君!なんだそのあだ名は!!


アイサは前にお忍びで街に行った時の出来事を指しているのだろう。

露店に並べてあったオニキスを「兄貴みたい」と私が発言したのだった。


「あ、ああ。よく覚えているね。兄貴の瞳と髪が黒いから……そ、そう確かに。オニキスの君だね」


「オリヴィア様にはお兄さまがいらっしゃるのですね」


「うん。私の兄なんだ。血の繋がりはないんだけど」


アイサはぴくりと反応した。


「金髪派と黒髪派…しかも一方は義兄で同居…っ! こ、これは……強力なライバルの予感がしますね…」


「? 何の話?」


アイサはぐっと拳を握り、高らかに宣言した。


「いえ、私は金ぱつ……ミラ殿下派ですから!」


「そ、そうか…」


何かよく分からんが、彼女から底知れぬ熱いものを感じ取ったぞ。


夫婦そろってミラへの忠誠心がみなぎっているな。


「これに関しては。軽々しく発言をすると血を見ることになりそうですね…」


アイサはごくりと喉を鳴らす。


「え…マジで何の話してるの?血を見るって……国家規模の話…?」


随分物騒な話である。


「いえ…金、黒、銀(小声)………私はそれぞれ良い所があると思うのですが。それを認めない一途な方がどこにでもいらっしゃるという話です…」


さっぱり話についていけない私だったが、彼女はひとりで勝手に頷いていらっしゃる。


尚も、「殿下、ファイトです…!」と何らかのエールを送っている彼女を尻目に、私は手紙を広げた。多分そんな大きな…重要な話じゃないような気がしたので。

むしろ平和な話題のような気さえしてきたので不思議である。



手紙の文字を目で追う…と。



「……えぇ!?」


「どうなさいました?」


信じられない言葉が。


手紙の最後にはこう書かれていた。



――迎えに行く、と。






第一王子:『赤髪派は?』

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