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令嬢は生きるのがツライ  作者: 今谷香菜
~シャダーン国編Ⅱ 妖精と異端の竜~
42/85

~親ばかになりそうでツライ~

「うーん…」


私はこの王宮図書館で借りた本を片手に唸っていた。


広大な王宮の庭の一角――設置されたベンチで読書なう。

隣にはルークがいて私に寄りかかりつつ餌のササミを食べていた。


ルークを拾って数日。最初こそ触ればガブガブと私を噛んでいた彼だったが、最近はそんなことしない。こうやって寄りかかって来る程に私に心を許したのか、一緒に過ごす時間、終始リラックスをした様子を見せてくれた。

私だけではなく、アイサやヨハンナムさんにも多少懐いたようだ。噛みつくことはしないのだが。

…何故かミラには噛みつくという…。


しかし。


「うーん、ルーク。やっぱりおまえは『唯一の価値』がある男だな。図鑑のどこにも載っていないぞ」


「なになに?」と覗き込むような仕草を見せたので、ほれ、と分かりもしないのに彼に本の中の絵を見せてあげた。そう、借りて来たのはこの国に生息する竜の図鑑だ。


「まず黒竜ってのがいないんだよなぁ~……って。んん?」


何気なしに見た竜の説明書きに目が留まる。


「竜の寿命は個体差があるが大よそ数百年~千年…?」


えええっ!


「おまえ、そんなに生きるのかぁ…」


さすが神と言われるだけあるな。


私は隣で小首を傾げるルークの顎を撫でた。

「くるる…」と気持ちよさそうに喉を鳴らす。


ぱたんと本を閉じ、思わずむーんと考え込んでしまった。

ルークは本の表紙をペタペタ触りつつ、しげしげと眺めていた。


そんな彼を見て、思う。



――やはり彼と私とでは。生きる時間も世界も異なるようだ。



ルークの生涯をずっと傍で過ごしてあげることはできない。元より野生に帰してあげるつもりだったが、その想いは一層強くなる。


そう。きっと早く彼の本来住む世界に帰してあげた方が良い。

元々居た群れでは弾かれてしまったようだけど。他に彼を受け入れてくれる群れが見つかるかもしれない。そこで彼と同じ時を過ごせる伴侶を得ることも。


「やはり、傷が治ったら。おまえとは早めにお別れしないとな…」


寂しいし、悲しいけど。でもそれがルークにとっていいことなんだろう。


ルークは私の発言を聞いて、図鑑からばっと顔を上げた。

目をまん丸にして。瞬きもしない。


「? ルーク、どうした?まだ腹が減ってるのか?」


ルークはそれきり、私の言うことを聞いてるのか、聞いていないのか。何か考え事をしているかのように俯いてしまって顔をあげなかった。


「おまえって時々人間みたいな仕草をするよなぁ。というか人間みたいだ」


やはり竜は賢い生き物というのは本当のことだろう。

彼と過ごしていると、彼はこちらの言葉が分かる様な仕草を時折見せることがある。

言葉が分かるっていうのは言い過ぎかもしれないけど。高い知能があるのは確かだ。


これってあれか、親ばかってやつなのか。「うちの子一番~!」と言ってペットの写メを見せてくる近所のおばちゃんを思い出した。もちろん、前世の話だけど。


「い、いや。待て待て。ルークは欲目抜きで客観的に見ても賢いし。…うん。事実を述べているだけで私は親バカってわけではない…」


ルークをリボンで飾ったり、服を着せようなどとは決して考えていないぞ。私は。


と、誰に言い訳しているのか分からないのだが。自分に言い聞かせつつ、うんうんと頷く。


すると。


「薔薇姫。ここにいましたか」


前方よりミラが歩いてきた。


金髪がサラサラと春風にそよぐ。

プリンスofプリンスですね。はい。昼下がりの彼も大変麗しいです。


「どうかした?もしかして探してた?」


「ええ。昼食を一緒にと思って」


そう言って彼は手に持っていたバスケットを掲げて見せた。

バスケットの中にはサンドイッチとフルーツが入っていた。美味しそう。


「ミラ、お昼を一緒に食べるのはいいけど。王子自らご飯持ってそんなにフランクにやって来るのはいいのか?」


出会った頃はもっと『やんごとない王子様』だった気がするけど。


何だか最近彼は私の悪いところに影響されている気がする。結構カジュアルチックな王子になりつつあるような…。彼の兄さん程じゃないけど。


いかんな。友人を悪の道に誘い込むような真似は。


彼は私の思いなどつゆ知らず「いいんですよ」と隣に座る。


いいのかぁ?と思いつつも読書で頭を使ったせいでお腹は空いている。

差し出されたサンドイッチを受け取り、もそもそと食べる。


すると隣にいたルークが「みぁ」と声をあげた。


「ん?やっぱりおまえもお腹空いているのか?でもなぁ、これは人間の食べ物だぞ」


ルークに与えるにはあまりよろしくないような気がする。


しかしルークは「それが食べたいんじゃ!」とばかり私に飛びかかり、手に持っているサンドイッチにかぶりつく。


「ああっ コラッ!ルーク!!それは私のハムチーズサンド!!」


怒った時にはもう遅かった。ルークはそれをぺろりと平らげてしまっていた。


「ぐぬぬ…私のハムチーズサンド…」


多分ハムチーズサンドは私とミラの分で2つしかなかった。あとの具は見た感じピーナッツバターと卵サラダだ。

ミラは手に持っているハムサンドをすっと差し出した。


「薔薇姫…俺のをあげますから。本気で悔しがらないでください…」


食い意地が張っていると呆れられているようだ。だが受け取る。


「ルーク、お行儀が悪いぞ。もう…」


私はルークを叱りつつもミラから貰ったハムチーズサンドにかぶりつく。


「俺たちと一緒のものを食べたいのかもしれませんね」


「むーん。そういうもんか。…ところでミラ、卵とピーナッツバター交換しない?」


「……好きなのを食べて下さい」


やはり呆れられているようだ。

何なら『飼い主に似たんだな』という視線を投げられている気がする。くっ…


否定ができないのがちょっと情けないのですが。





******




「ほーんと、甲斐甲斐しいよねぇ」


自室から見える庭のベンチに、『彼女』と弟が並んで昼食をとっていた。

あの弟は、公務と公務の時間が少しでも空けば『彼女』を訪れるという。


しかし。忙しい間をぬって昼食を届けにあがるとは。


笑いがこみ上げてきた。意外にもつくし系だったのか、我が弟は。


「やっぱり初恋のパワーは恐るべし、だね。君もそう思うだろう?」


背後にいた人物に声を掛ける。

弟の従者だ。


「ええ…。わたしめも傍目で見ていてとてもおもしろ…いや、微笑ましいと思っておりますよ。初心うぶ恋人・・というのは見ていて何とも甘酸っぱい気持ちにさせますな」


窓を見ていたセスはくるりと振り返り、ヨハンナムと向き合う。


「で?今日君が私を訪ねた目的は何だい?…ま、言わずとも察しはついているけど」


手紙で『直接お願いしたきこと』なるものが書かれていた。本来なら王太子殿下たる自分が弟の腹心であろうと、たかだかいち従者の為に時間を割くことはしないだろう。

まぁ、単純に面白そうだから話に乗ってあげたわけである。


黙っている彼に向け、セスは笑みを投げる。


「どうせ、私の母のことだろう?ミラがサイラスへ結婚の申し込みをするのを反対しているとか」


「お察しの通りでございます。…是非、アヴァ王妃様へ王太子殿下から御口添えいただきたい」


セスは「へえ?」と面白そうな顔をした。


「私も個人的にオリヴィアちゃんを気に入っているんだけどねぇ。…そんな私に頼み事をするんだ?」


ヨハンナムは肩をすくませ、そしてゆっくり首を垂れる。


「ええ。お話は伺っておりますよ。酒場で働いていた『ルリ』という女性が『彼女』だったと。その節は――わたしめの妻も事に加担していたようで。申し訳ありません」


「別にそれはいいよ。そのおかげで『彼女』に会えたしね」


セスはひらひらと手を振ってどうでもよさそうな顔をしている。


自分のことを『優しい領主』になれると言い切った彼女。その時の様子を思い出して自然と頬が緩む。


「王太子殿下…?」


「そうだねぇ。ミラが彼女に陥落された理由が分かるよ。ふふ…アレ・・にはかなわない」


何の気負いもなく、心を分け与えてくれるような彼女。

自分もその真っすぐでてらいのない発言にはっとさせられたのだった。


「私もミラも。随分と薄汚い大人になっちゃったからねぇ…。あの光を取り込みたいんだよね」


「王太子殿下…」


「ミラには幸せになって貰いたい、と思ってはいるよ。一応兄だしね。だから私は彼女を彼から奪うようなことはしない」


「それでは…」


「でもねぇ?」セスは笑う。


「私はまだ失恋を認めたわけではないんだよね。『ルリ』ちゃんとはお別れしたけど。『オリヴィア』ちゃんにお別れした覚えはないかな」


ヨハンナムは眉を寄せる。

彼は自分のことを『お義兄さま』と呼べと彼女に言ったのではないだろうか。

『どういう意味なんだろうな?』と自分に訊ねてきた彼女を思い出す。


「王太子殿下は…彼女を諦めたものかとばかり思っておりましたが…」


と、つい恨みがましいことを言ってしまった。


「諦めたというよりは、方向転換しただけだよ。彼女がもしかしたらこの扉を開けて私の元に飛び込んでくるかもしれないだろう?私は攻めから待ちに入っただけ。限りなく低い可能性だけど、それに賭けているんだよねぇ、私。もしミラとの結婚に口添えしちゃったらその可能性を自分で潰すことになっちゃうし。それはちょっと困るなぁ~」


「私、こう見えて女々しいんだよねぇ」と彼はつかめない笑顔で笑う。


ヨハンナムは彼が正直苦手だ。この彼の性格は自分に通じるものがある。認めたくないが『同族嫌悪』という奴だと思っている。


そんなヨハンナムをみてセスはくすりと笑う。


「積極的に奪うことはしないよ。でもその代わり彼の恋路を積極的に応援もしない。それで満足してくれないかな?私としてはかなりの譲歩だよ。これでも」


彼はまた頬杖をつきながら、若い二人の様子を見つめていた。


「ふふ。可愛いなぁ、オリヴィアちゃん。ミラが本気ならやはりここはミラが男を見せなくちゃいけない場面だしね。手伝わないよ」


彼にこれ以上何を言ってもムダだろうな、とヨハンナムは諦めに似た境地に陥っていた。

そうして一礼して、退出をしようとする。


――ところで。

「ねえ」と声を掛けられた。


「さっき積極的に奪わないとは言ったけど。ミラが彼女を泣かせるようだったらその限りじゃないからね。世界のカワイイ女性は全て、笑顔で誰かのお嫁さんにならなくちゃ。ねえ?」


セスはにこりと笑ってヨハンナムを見た。

しかし目は笑っていない。


「私はミラに幸せになってもらいたいけど。それ以上に世のカワイイ女性の幸せを切に願う男なんだよね。…これは私の一生の使命と言ってもいい」


セスは堂々と言い切る。


何だその使命は。

次期王ならば女性だけでなく男の幸せも同じくらい願っていて欲しいものだが。


ヨハンナムは頭をぽりぽり掻きながら頭の中でツッコミを入れた。


「殿下が彼女をお泣かせになったら、王太子殿下も参戦するおつもりですか?」


「そうだねぇ。泣かせるってことはミラの努力不足だってことだよ。そうなったら私はオリヴィアちゃんにちゃんと惚れてもらうように努力を惜しまないよ」


暗に『参戦する』と言っているのだろう。つまりは『積極的に奪う』と。


そして彼にはきっともうバレているのだ。

『彼女』がミラの恋人ではないことを。『奪う』『奪わない』の前に、ミラのものになっているわけではないということ。


――彼には、弟が『彼女』を泣かせる未来が見えているのだろうか。


「まあ、相思相愛のようなら。彼女は笑顔でミラのお嫁さんになれるはずだから。そうしたら彼女の幸せを願う私はまぁ、祝福できるし。めでたしめでたしだよね?」


ああ、これは面倒だな。やはりバレている。

ヨハンナムは心の中で舌打ちをした。


ではこれは猶予期間モラトリアムだ。

彼が「お手並み拝見」とばかりに静観している間に『彼女』の心を手に入れれるならそれで良い、と?



――殿下、やはり『既成事実』を先に作った方が。この煩わしいお方を黙らせることができそうですよ。


ヨハンナムはひっそりと心の中で主に進言した。


――いや、関係ないか。既成事実の有無など。もはやこの方には。


…と、ヨハンナムは一瞬でその進言を取り下げ、すぐに思い直したのだった。





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