~竜が可愛すぎてツライ~
――竜を見に行く約束をした日になった。
精霊祭の時もそうだったけど。私はやはりといったところか、その前日上手く寝付けなくてこの日も早起きをしてしまった。むしろ寝ていないというべきか。またしても。
とりあえずラジオ体操の要領で「オイッチニー」と運動しつつ筋トレで時間を潰していたら、ノックの音とともにアイサが顔を出した。
「オリヴィア様、おはようございます」
「あ、おはよう。アイサ」
アイサは人懐こい笑みを浮かべつつ、抱えていた紙袋やらをドサッと部屋に置いた。
「なにそれ?」
「ミラ王子殿下からの贈り物です」
「――は?」
「中身は恐らくドレスや小物類だと思いますよ。…精霊祭の時に殿下から贈られたドレスをお召になりましたでしょう?殿下はそれが嬉しかったのでは?」
「あー…って言ってもだなぁ…」
あの衣装ダンスの中に腐る程入っていらっしゃいますYO。まぁ腐りはしませんが。
私は紙袋のひとつを手に取り中の箱を取り出す。綺麗にラッピングされた箱の中にはやはり、ドレスが入っていた。
「あいつ、いつこんなもの手配するんだ」
アイサは微笑ましそうに笑う。
「王太子殿下から詩集をいただきましたでしょう?それも意識しているのではないでしょうか」
「あーほんと、ヤキモチ焼きだよなぁ」
友人が他の人と仲良くするのに対して。過剰な位反発するよなぁ。
ぼっちをこじらせすぎだよな、全く。
このプレゼント攻撃は正直…ちょっと困るのだが。
こちらの国の滞在期間だってもうそんなに残っていないのだから、全てに袖を通すことはできないだろうし。
アイサはひとつひとつを丁寧に開けて、中に収められているものを吟味した。
「やはり殿下の選ぶものはどれも良いお品ですね。オリヴィア様、お気に召すものはありましたか?」
「えー…どれもカワイイと思うけどさぁ。私今日は自分で買ったワンピース着て行こうと思ったんだけど」
竜を見に行くとなれば、動きやすい恰好の方が良いと思ったのだが。
「でも、それでは殿下がガッカリしますよ」
「そうだなぁ…」
折角貰ったものだから、やはり多少は気を遣わなければな。
全部に袖を通す機会がないのなら尚更だ。ちょっとは彼の前で着てあげなきゃいけないのだろう。
私はアイサの膝の上に置かれた一枚のドレスを手に取った。
色はミントグリーン。
チュール素材の軽やかなそれは、胸元は花のコサージュで飾られていて何とも可愛らしく春らしいドレスだ。
「これにするよ」
「そうですか。では御仕度を整えましょう」
アイサはにっこりと笑い。
嬉しそうにまた私を改造するのだった。
――ミラと合流後、やはり「春の女神のようだ」「花の妖精」とか何とか一通り褒められましたが。
まぁそこは割愛しておこう。朝からお腹がいっぱいですよ。
*****
そして――
馬車に揺られること数時間。結構な悪路もあり、お尻が痛くなりつつも、私たちは目的地まで着いた。
「か、か、かわいい…っ!」
お尻と腰が痛い。痛い、が。私は目の前に広がる景色にきゅんきゅんとした。
子供の竜がたくさんいるのだ。目の前に。柵の向こう側に入ってはいるのだけど。
象のように太ももから足首までくびれなく太い足。サイのような鼻の上にちょんと角が生えていて。口からは小さな牙がのぞく。背中は蝙蝠のような羽がパタパタと動いている。
「ファンタジーだ!ラノベのままの竜……っ!!」
「らのべ……?」
ミラとヨハンナムさんは私の発言に首を傾げつつも、感動している様子の私に水を差すようなことはしなかった。
目の前に「みゃー」と子猫のような鳴き声で、大きな瞳を潤ませている動物に私は心が震えた。
私は柵に掲げられた説明書きを見る。
「えーと。これは土竜?」
土色の子竜たち。
ついでに隣の柵も見る。赤い体躯の子竜たち。
「あれは…火竜…」
どうやら竜の種類ごとに柵が分けられているようだ。
「竜ってそんなに種類があるの?」
振り返って2人に訊ねた。彼らは先ほどから遠巻きに私の様子を微笑まし気に眺めている。
動物園に初めて連れて行ってもらった子供ですか、私は。
ミラがそっと柵に近づき、私の隣に立つ。
「ええ。きっとまだ見つかっていないだけでたくさんいるでしょうね。竜は基本人を避けて生活していますから」
「そうなんだ。ねえ、大人の竜はどこにいるの?」
このエリアにいるのは子供だけのようだ。
彼らの親はどこにいるのだろう。
「成体はまた別に。広大な土地を竜の保護区――公園として住まわせていますが。そちらは一般者立ち入り禁止ですね」
「そうなのか、残念だな」
「竜は基本大人しい性格ですし人を襲うことはないのですが…、やはり成体は身体も大きいので…。何か事故があるといけませんから。そちらの保護区で子供が生まれれば、少しの間親元で育てた後、こちらの施設に移すんですよ。また少し成長したら保護区へ放します」
確かにここにいるのは子竜だけで、『赤ちゃん竜』はいない。
「竜って卵から生まれるんだよね?卵をここでふ化させたりしないの?」
赤ちゃんの頃から育てた方が、人間になつきそうだけど。
ミラは「そうですね…」と言いながら腕を組む。
「そういう試みもありますよ。卵から人工ふ化させて育てることも。…でもこういった所では行われていません。生まれたばかりの竜は親の愛情がたくさん必要なんです。卵から面倒を見てしまうと人間が親代わりになる…。手間がとてもかかりますから」
「なるほど…」
「第一、育てるのが大変難しいですよ。卵からも、産まれたばかりの竜も。人間が上手く育てるのは至難の業でしょうね。まだまだ研究段階です。なのである程度親に育ててもらった幼生をこちらの施設に移しているのです」
「親元から離す時に抵抗とかしないの?」
「この頃の幼生は自立心も備わっていますからね。…悪戯も多いし、外の世界への好奇心も強い。それにそんなに長くこちらに留めておくわけではないので。保護区へ返す時は一目散に親元へ飛んでいきますよ」
「へー、ちょっとしたホームステイって感じなのか。でも子供はいいけど、親は暴れたりしないの?子供奪われて」
ミラは「いいえ」と笑う。
「保護区の竜は全てこの施設に一旦預けられているんです。その記憶があるから暴れることはしないですね。また戻って来ると分かっていますから、おっとりしたものですよ」
ミラは常識のように言うけど。
ふつう動物は、親だったら本能的に子供を奪われまいとするのではなかろうか…?
それ結構すごいことでは…。
「どんだけ賢いんだ。竜ってやつは…」
「人間というものに慣れているのでしょうな。懐いてはいなくとも」
ヨハンナムさんが会話に加わった。
「殿下、こちらのオーナーがご挨拶したいと」
「そうですか…わかりました。薔薇姫、ヨハンナムと一緒に回っていてください」
私は了承し頷いた。
恰幅の良い中年男性に頭を下げられたのでぺこりと会釈を返す。ミラは彼と行ってしまった。
お忍びで来ていたものの身バレしたらしい。まぁ、そうだよね。精霊祭と違ってお面も被ってないし。
「やはり竜はいいですなぁ、姫君」
「ん?ああ、カワイイよね。ヨハンナムさんは竜が好きなの?」
ヨハンナムさんはどこか遠くを見つめながら「好きですな」と。
「彼らは妖精と違って、気まぐれに人を愛したりしませんからな」
「ああ、さっき言っていたね。慣れはしても懐かないって」
ヨハンナムさんは頷く。
「竜は頭が良い。それゆえ人に簡単に尻尾を振りませんよ。妖精や精霊は自分好みの人間だったらわりとあっさりほだされますがね、その分、気まぐれに憎まれもする。見返りや契約などの縛りがなければ、かつて愛した人間を簡単に傷つけることができる。…だが竜にはそれがないのです」
――妖精に愛されることすなわち憎まれることと同義。
私は彼が精霊祭で言っていたことを思い出した。
「そうか。竜は人を愛さない生き物、か…」
――激しく愛されはしない。だから強く憎まれもしない。
それはそれで何か寂しいかもしれないな。
ヨハンナムさんは柵にもたれかかり、頬杖をつく。「ちょっと違いますね」と言いながら。
「滅多にないだけで竜も人を愛しますよ。ただ竜の愛情というのは絶対です。愛したら最後、一生を懸けてその人間に愛を乞い、誓うでしょうな。裏切りもない。そう、初代国王の竜妃のように」
「竜妃…」
人間の男の人を好きになった竜妃。
愛し愛され最後には夫を食らい天に昇った…。
「そこが妖精・精霊と決定的に違う。気まぐれで愛したりしない代わりに、愛されればとても強固な絆を築くことができるのです。精霊はおろか、人間なんかより余程情に厚い生き物ですよ、彼らは」
目の前にいる小さな竜を見る。
潤んだ大きな瞳と目が合う。目が合った瞬間、「みゃー!」と鳴いたのにふっと笑いがこみ上げた。威嚇されているのだろうか。
「そうか。色々と、妖精とは正反対なんだな…」
妖精といえば。あれ?今朝からおふたりの姿を見ていないな。
「そういえば、ギュリさんとアミンさんはどこに行ったんだ?」
ヨハンナムさんは苦笑した。
「おふたりは殿下が本日竜を見に行くと聞いて不貞腐れているのです。影からお出になろうとしない」
「? 不貞腐れる?竜と妖精は仲が悪いの?」
彼は「あー…」と言いにくそうな表情を一瞬作った後、「まあ、悪いでしょうな」とあっさり認めた。
「さて。初代国王の寵を竜妃と妖精妃が激しく争ったのが尾を引いているのでしょうか。一般的には彼らはお互いに交わろうとしませんし、確執があるのは確かでしょう」
「そうなんだ」
「勿論、個々の相性の問題も多分にあるでしょうが。犬猫も赤子の頃から一緒に育てれば馴染むでしょう?それと同じですな」
でもギュリさんとアミンさんは影から出ようとしないのならば。
少なくとも彼女達にとっては竜とは毛嫌いする生き物らしい。
私はそういえば、と思い出したことがあった。
ずっと聞こう聞こうと思っていて忘れていたこと。
「ねえ、ヨハンナムさん。ヨハンナムさんが精霊祭の時に言ったことなんだけど」
「はい」
「『妖精妃も竜妃に謀れただけなら、妖精妃の心情も変わっていた』って言っていたじゃない?あれってどういう意味?」
『――妖精妃に王の魂が捕らわれることを憂いた竜妃は、ある日彼女の目を盗み、王の寝所に入ります。そこで彼女は……』
精霊祭の後、神話を読んだ私はその一文を頭に浮かべた。
そう、妖精妃は竜妃に謀れた。
王の魂を奪われてしまったのだ。それ以上でもそれ以下でもないと思ったのだけど。
他に何があるのだろうか。
ヨハンナムさんはケロッとした様子で、「ああ、大したことはありませんよ」と前置きした。
「竜妃は気が優しく人間を襲う真似などできぬ性情だったのです。それが自ら夫を食らい天に昇るような真似、できるのだろうかと思っただけなんですよ」
「どういう…?」
「王に懇願されたのではないか、と。『妖精妃に捕らわれたくはない。どうかこの身を食らい魂を次の転生へ繋げて欲しい』と」
私ははっとした。それと同時に理解した。
そうか、もしその話が。その話こそが事実ならば。
――妖精妃は愛する夫にまで裏切られたことになるのだ。
私が眉をひそめ俯いていると、ヨハンナムさんは困った顔をした。
「姫君。あくまで想像ですよ。普段気が優しい竜妃にも、もしかすれば烈しい部分があったのかもしれない。夫の魂を盗られたくない一心で行動を起こせたのかもわかりません。…真実は初代国王と竜妃のみにしか分からないのでしょう」
「そう、そうだね…」
きっと私たちがあれこれ考えてもそれは想像を超えることはできない。
でも私は考えてしまう。
――決して裏切ってくれるな、と懇願した妖精妃は、どう感じたのだろうかと。




