~目的のブツが見つからずツライ~
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そのままの流れでミラの部屋で昼食をとる運びとなった。
室に置かれた椅子に座る。革張りで良い座り心地だ。
「そういえばミラの部屋に入るのは初めてだなぁ」
なんといっても王子様である。
いくら彼の友人と言えど、そうひょいひょいと彼の私室には入れないわけで。
きっと色々手続きとか必要な気がする。
私が使っている客室よりも大きいけど、シンプルな部屋だ。
白い壁に、絵が一枚飾ってあって。大きな本棚には本がびっしりつまっている。
「そうですね。貴女が来たくなったらいつでも来れるように取り計らいましょうか」
「まぁ、その方が便利かもしれないけど」
今まで訪れなくても差し障りはなかったので今後も必要ない気がするが。
「ところで。薔薇姫」
「なんだ?」
彼に呼びかけれても私は部屋の観察を怠らない。
この部屋の窓から見える景色は中々いいな。ふむ。
「…何故さっきから俺の目を見ようとしないんです?…微妙に距離も取るし」
「え?えーと…そんなこと」
私は部屋を観察するふりをしていたのだけれども。
バレていたか。
彼の問うような視線を感じつつも、顔を見れずにいた。
「薔薇姫?」
ううう…。
「ご、ごめん。だってさっきのミラが怖すぎて。まだ顔を真っ正面から見る勇気がないんだよ。しばらくしたら自然に治るからさ」
先ほどの『恐怖の大魔王』は私のトラウマとしてしっかりインプットされているようです。
というか時間が経つにつれ、恐怖の記憶が色濃く思い出される。
あれか、フラッシュバックってやつか。
ガタン、と立ち上がる気配がしたので、つい反射的にミラの方に顔を向けた。
見たらもう彼は席にいなかった。「あ、あれ?」と視線を戻したら彼は私の目の前にいた。片膝をつき、そっと私の片手をとる。まるで騎士が姫に許しを乞うような姿勢だ。
「薔薇姫…、そんなにも貴女を怖がらせていただなんて…」
「あ、いや。悪いのは私だからな。そう気に病まずとも…」
彼は真摯な眼差しを向けている気がするけど、私はまだその目を見れていない。
「あの時の俺はどうにかしていたんです…。貴女に嫌われたら俺は…」
「あーうんうん…大丈夫。まだ友愛は感じているから。ちょっと引いているだけだから」
前世のヨタ知識を引っ張り出す。
あれ?暴力の後に優しくなったり、反省した態度を見せるのは。DV夫の典型例じゃなかろうか。
ここから何か『本当はあの人優しい人なの!私には分かるのよっ』みたいな共依存関係が生まれ妻もDV夫を庇ってしまうという負のスパイラルに…。
私は恐ろしい考えにまたぶるりと震えた。
なんということだ…
ここで彼の『DV夫への萌芽』を目の当たりにするとは…!
これでは未来の彼の奥さんに申し訳が立たない。
「しかも…タラシだしな…」
「え?」
忘れたわけではない。彼は街でちょっと評判の看板娘に会いに行く為だけにわざわざお忍びをしていた。
その看板娘とやらはまぁ、残念ながら私だったわけだが。
しかしナンパ目的で酒場を訪れたことは事実だ…。はぁ、呆れてしまうぞ、本当に。
私はそっとミラを見た。こちらを伺うようにしていた彼と目が合う。
「ミラ」
「はい」
「いや…まぁ。とりあえず好きな娘ができたらさ、一生騙すつもりで猫被っておけ。なんかお前ならできそうだし」
若干投げやりになりつつ私はそんな風にアドバイスをした。
浮気するつもりなら嫁が墓場に入るまでバレないようにしろ…。せめて。
「貴女の印象はどうしたら覆りますか?」
「んん?私の?そんなの気にしなくていいよ」
「気にします」
彼はぎゅっと私の手を握る。
私はうーんと唸ってしまった。
「だから。今回は私がミラをそこまで怒らせる程、心配させたのが悪かったんだから。大体にして未来のお前の嫁が相当なことをしない限りお前もあんな怒り方しないだろうし」
まぁそういうことだ。
すわ、『DV夫への萌芽』か!?と思い至ったんだけど。
日常的にあんな怒り方をする彼ではないし。そんな奴だったら友情は続いていないでしょうよ。
タラシなのはともかく。
DVは言いすぎたな。『キレたら怖い男』でいいだろう。
普段温厚な奴ほどキレたら怖い。その典型例だな、うむ。
うんうん、と私はそう勝手に結論付けて納得し、頷く。
ミラは私を疑うような目で見ている。
まだ私が怖がっているのだと思っているのか。
私は空いた方の手で彼の頭を撫でた。撫でやすい位置にあったので。
ふわふわの金髪は柔らかくて気持ちいい。
ひよこのようだ。
「薔薇姫…?」
「えーとだな。まぁ、つまり。おまえは私の気持ちなんて気にしなくていいんだ」
「そういうわけには…」
「言葉が足りないのか。うーんと。私はおまえと結構楽しい時間を過ごしているからな。だからこの良い関係はそうそう滅多なことで覆らないというか…」
「?」
「まぁ、まとめると。ちょっとやそっとのことじゃ私はおまえを嫌いにならないってことだな。だからおまえはいちいち私の気持ちなんて気にしなくていいと思うぞ」
突如彼は無言のまま立ち上がった。
「おわっ!なんだ!?」
私はその勢いに椅子ごと倒れそうになる…のを彼が押さえてくれた。
「薔薇姫…キスしても良いですか?」
「へ?」
唐突だな。
いや、これは私の熱き友情宣言に感動したのか。ふむ。
椅子の背もたれを両手で掴み、彼は間近に迫る。
み、身動きができない…。
「いいけど…どこにするつもりなんだ?」
深呼吸をして覚悟を決める。仕方ない、応えてやるか。
ついでに場所を教えていただければより心構えができるというものですよ。
「選んでもいいんですか?」
「まぁ…あ、一か所だけだぞ!」
「じゃあ目を瞑ってください」
「お?おう…」
私は言われた通り目を閉じた。
いつもそんなこと言わないのにな。
あ、というか場所聞いてない。
彼は私の唇を、そっと指で触れる。
と同時に。
ちゅっと。
――瞼の上に優しくキス。
私はぱちっと目を開けた。
あ、目を閉じろってそーゆーことね。
彼は私の肩におでこを乗せた。
膝の上に置かれた私の手に手を重ねながら。
「我慢したので…しばらくこのままでいさせてください」
「? 何を我慢したんだ。キスしただろ、今」
「…場所の問題です」
「?」
場所もお前が好きなところ指定したんだろうが。
こいつは何を言っているんだ。
しかし彼は「はー」としんどそうに息を吐くので、とりあえず言われるがまま、彼の頭を肩に乗せておいてあげた。
ふわふわの金髪が頬をくすぐる。
むずがゆいのを私は必死で堪えていたところで。
コンコンとドアをノックする音が。
「お邪魔してすいませんねぇ、殿下」
見れば開け放されたドアをコンコンと小突くヨハンナムさんが立っていた。
ミラは私の肩から頭を離し、少しきまり悪そうに彼を見た。
「ヨハンナム。どうしましたか」
「午後の公務の資料をお届けに参りました。出掛けられる前にかるーく目を通していただけると」
彼は分厚い紙の束をバサバサとさせて顔を仰いでいる。ミラは部屋を出たところでその資料を受け取る。
「薔薇姫、寛いでいて下さい」
「あ、うん」
彼が部屋の出入り口でヨハンナムさんと仕事の話に入ってしまったようなので、私は立ち上がり、彼の部屋に置かれている本棚を眺める。
難しそうなタイトルの本ばかりだ。ずらりと並ぶ本の背表紙をぽかんと眺める。
何か見たことがない言語のものもあるぞ…。
あのインテリタラシめ…。女にモテる要素しか備わっていないのか。
前世の彼は英検5級だぞ。小学校の頃は「ohayo-」とローマ字で打てば英語圏の人と話せると勘違いしていた位のアホだったのだ。「いや、それ日本語だから」と友人に突っ込まれるまで気づかないでいたという。
……同じ男で何故こうも違うのだろうか。
私はモテの権化であるミラの本棚を眺めつつ、ちょっとした悪戯心が芽生えた。
も、もしかして。
この真面目な本の中に、ちょっとエッチな本も紛れているかもっ!なんてね。
前世の彼は、こういった真面目な本のカバーをエッチな本に被せて、カモフラージュさせていたのだ。
私は片っ端から本を漁り、中身を確認する。
ガサゴソ…ぱらぱら……
くっ…これも違う。
ガサゴソ……ぱらぱら……
こ、これもお堅い本だ。
ガサゴソ……
( ゜д゜)ハッ!そ、そうか。分かったぞ!!
もしやあいつ……
「ダウンロード派か!!」
「…何を熱心に探しているんですか?」
「! お、おう。おかえり…?」
背後でミラは不思議そうな顔で私と本棚を交互に見つめていた。
手には先ほどの分厚い資料。もう目を通されたんですかね、ミラサマ。
「いやな…、ミラはダウンロード派…」
もそもそ。
「は?」
「あ、いやいや。何でもない」
この世界にそんなもんありませんよね。はい。
しかし。ちょっとエッチな本が母親に見つかって、そっと机の上に置かれていた、みたいな経験はこいつにはないのだろうか。まぁ、お母さまは亡くなられているようだが。
( ゜д゜)ハッ!
「そうか!ベッドだ!!」
「は?」
善は急げとミラのベッドへ直行した。
もう私の心は。ちょっとした悪戯心から、このモテ神様の少々恥ずかしい弱みを探したいという目的へとシフトチェンジされていた。
ミラのベッドに上がろうとしたところで――、
「薔薇姫、いけませんよ」
と、ミラに背後から抱きすくめられる。
「やはり…隠してあるのか?」
「…?さっきから何を探しているのか知りませんが。何か入用のモノがあるならおっしゃってください」
「いや。私には必要がないものなんだ。若く健康的な男には必須アイテムだろうが」
「? 何の話か分かりませんが、それなら何故貴女が探しているんです?」
ミラはそのまま私を抱え、ベッドから離れる。
「男の部屋に入ってベッドに上がるなんて。誘惑したらいけませんよ、薔薇姫。兄上なら今ので押し倒されています」
「う…」
私は彼にされた仕打ちを思い出し、無意識に唇を袖でゴシゴシ拭いた。
せっかく忘れていたのに。
次に会ったらどうやってオトシマエをつけてやろうか。さすがに王太子をもう腹パンできないしな…くそぅ。
私がぎりぎりと歯を食いしばっているのを見て、ミラは「どうかしましたか?」と訊ねた。
「なんでもない…わかった、これから気をつけマス…」
「そうして下さい」
ミラは知らないことだからな。
友情に厚い彼は、知ったらまたセスにかかと落しを見舞いしそうだから黙っておこう。
意外なことに彼は結構肉体派であることを知ったのだった。さすが勇者である。
うーん、友人の未知の引き出しを開けてしまった気分。
なんてそんな肉体派の彼に抱きかかえられながら移動していたら。
壁にかかっている絵に目が留まった。
さっき見た時は分からなかったのだけど、金色の竜と女神のような女性が佇んでいる綺麗な絵だ。
「キレイな絵だ」
そっと呟いた。声に出すつもりはなかったのだけど、声に出ていたらしい。
「父から贈ってもらったものです」
「そうなんだ」
私は思わず無言で見入る。
これは竜妃と妖精妃をモチーフにしているのだろうか?違うかな?
「竜を……」
声が思ったよりも近くで響く。
は、そうだ。彼にお姫様抱っこ状態であった。
私は慌てて彼の腕から降りた。
「近々竜を見に行きましょうか。貴女の体調も良くなったことだし」
「あ、うん。行きたい!」
そうだ、その約束を忘れていた。
私の風邪が治って、ミラの都合がつけばこの国の竜を見に行く約束だ。
きっとこの竜を見に行くのが、今回の留学で一番大きなイベントで。
そして最後のイベントだろうな。
私は単純にそう思っていた。
――そう、この竜を見に行った先で。私の今後の人生に大きな影響を与えるだろう出会いが待ち受けていたのだった。
この出会いを、私は神様にとても感謝をしている。
友人のエロ本を探す女友達はイヤだ……




