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令嬢は生きるのがツライ  作者: 今谷香菜
~シャダーン国編Ⅱ 妖精と異端の竜~
37/85

~正体がバレてツライ②~

「んぅ…っ」


な、なんでこんなことに…!

またしても、という気持ちと、もうこれノーカンていつまで通用すんの?という疑問と、目の前の人物に対する怒りと羞恥心で頭の中がいっぱいいっぱいだ。


彼の胸の前に置いた手で、必死に彼を突き離そうと腕に力を入れるけど到底かなわない。びくともしない。


私の唇を貪るのに夢中だったアウルが、ふっと息を吐く。吐息が唇をくすぐる。

コツン、と私の額に額を合わせ、彼は考え込む。


「うーん?…何だかすごくリアルな感触。私って実はすごく逞しい想像力…いや創造力の持ち主?」


私は息も切れ切れに、アウルをきっと見返す。


「だから…っ!はあ、本物の私だ…って言って…る…」


言い終わらないうちに、私はがくっと膝を折った。まるで生まれたての小鹿のようだ。足に力が入らない。


「おっと」


アウルは何故か知らないが嬉しそうな顔をして、崩れかけた私の体を支える。

私の頬に片手をあてがう。


「ああ、かわいい君。これじゃあ私の風邪が移ってしまうかもしれないね?」


「おい、人の話を聞いているのか!?」


「ねえ…もっとちゃんとした所で話そうか?」


彼はそう言って私の膝に手を差し入れ抱き上げる。お姫様抱っこ状態である。


「ア、アウル…!?」


私は反射的に彼にしがみつく。


こいつを殴ってやりたいのは山々だが、拳にも力が全く入らない状態だ。

そのまま開いた扉の奥に進む。


彼は私を抱きかかえながら、額に唇を落とした。


「君にアウルと呼ばれるのは悪くないけどね。できれば本当の名前で呼んでほしいな。――セス、と」


とりあえずキスされた額を皮膚がめくれる程にゴシゴシと袖で拭いた。

自分のことをセスと名乗った目の前の男はそれを見てちょっと傷ついた顔をしていたが。知るか。


そう、目の前の男はーー


「セス…」


ああ、やっぱりだ。

彼はやっぱり、そうだったんだ。

ミラのお兄さん。――この国の第一王子なんだ。


ここまできたら衝撃も驚きも既になかった。


金緑の瞳は私の反応を愛おしそうにして見つめていた。


「ふふ、約束を覚えている?私の名前を教えたのだから。…今度は私が君の全てを暴いてあげる…何もかも」


「す、全てって…ちょっと待っ…」


私はぎょっとして、彼の腕の中でジタバタした。


「危ないよ、君。そんなに暴れたら――…うっ!!」


ドゴッという鈍い衝撃音が、まずした。

その後にさらにミシリ、と何かがめり込むような嫌な音がして。――彼の言葉は最後まで続かなかった。


アウル――セスに離され私は地面にへたり込む。

セスの頭には…誰かの足が…かかとがめり込まれていた。頭が『凹』みたいな形になっているのを私は茫然と見上げていた。


「ミ、ミラ…」


アウルは脳天を押さえながらうずくまっている。

私はそのセスの後ろに立っている人物の名を思わず呼んだ。


「……何をしているんですか?」


絶対零度の声音だ。幻だろうか。彼の周りに雪が荒んでいる光景が見えた。

ふ、吹雪いてらっしゃる。


私は「ひっ」と短く悲鳴を上げ、反射的にミラと距離を取るように壁際までダッシュした。

この言葉は私達ふたりに向けられたものだと思うが、彼は私しか見ていない。


一方のセスはというと、やや回復したようだ。頭を押さえながら立ち上がる。


「ミラ…ッ、兄に…!しかも病人にかかと落しをお見舞いするとは。一体どういう了見だい?!」


ミラはその言葉を無視して、私の方へツカツカと歩み寄る。無言のまま。


こ、こ、こわい!!


私は壁に身体をめり込ませるようにぐいぐい押し付けた。当たり前だけどこれ以上の逃げ場はない。自分で自分をホールドしながら、彼を見つめることしかできなかった。


空色の瞳がまるで氷のように私を見据えていた。


その長い片足で私の足と足の間の――股部分の壁をドカッと蹴る。左右に逃げられないように。


ひぃやぁぁぁ!!

なんぞこれ!こわいぃぃぃ!!!


彼はそっと私の方へ手をかざす。


言葉にならない恐怖に私はぎゅっと目をつむる。

彼の手が、私の頭をガッと鷲掴みにする感触を感じた。


「ミラ…!」


背後では非難する様にセスが声を上げた。


ばさぁっ


被っていたカツラがミラに引っ剥がされた。


見慣れたストロベリーベージュの髪が視界の隅で踊る。

髪と髪の間から、やはりセスが「え…?」と驚きの声を上げていたのを目で捉えた。



「本当に。……何をしているんですか。貴女は一体…」




こちらを見下ろすミラの呆れた声を聞きながら、私はさらに身を小さくした。


このまま消えてなくなりたい。


ああ、バレてしまった。ついに、バレてしまったのだった。





*****



私とアイサはセス王太子殿下の私室で正座をしていた。

ちなみに反省の心からくる自主的な正座です。

目の前に立つミラはアイサの方へ視線を向ける。


「アイサ、おまえという者がついていながら…」


彼は彼女が私の悪巧みに乗るとは考えていなかったろう。心底ガッカリしたような声音だ。


「も、申し訳ありません…ミラ殿下…」


アイサは頭を低くしてミラに謝罪する。

私は慌てて立ち上がり、ミラに縋った。


「ま、待ってくれ!アイサは悪くないんだっ!私が無理を言って彼女に協力してもらったんだ。アイサはそれはもうすごくすごーく反対していたのに、それを私が…っ!」


「オ、オリヴィア様…」


ミラは本日何度目か分からないため息をついた。

セスも同様だ。


「あー」と頭を掻きながら、セスは私達を交互に見遣る。


「そもそも…君は何故あの酒場で働いていたんだい?」


「そうですよ。何もなかったからいいものを。酒場なんて。酔った客は何をするか分かったものではありませんよ。というよりも、サイラスでは公爵令嬢の貴女が一体どうして…」


「そ、それは」


私は口ごもる。本人を目の前にするといささか恥ずかしいものだ。


ふたりの視線を感じ、私はますます小さくなった。


そんな私の様子を見かねてか、アイサは手を床につけ、叩頭しつつ言った。


「セス王太子殿下、ミラ殿下。どうぞ全てのお咎めは私に…。オリヴィア様はミラ王子殿下への愛が高じてこのような無茶をなされたのです…。オリヴィア様はどうかお責めにならないでください」


「あ、愛…!」


私はアイサの言葉に慄いた。衝撃で身体がよろめく。

確かに『友愛』の類だけれどもっ!


「どういうことですか?」


ミラはちらりと私の方へ視線を向ける。「説明せよ」という感じだ。


うう、仕方がない。果たしてみましょう。その、『説明責任』とやらを!


「あー、あの。ミラへの贈り物をするのに、まず自分でお金を稼ぎたいなぁと思いまして。ええ…それで空いた時間を使って小遣い稼ぎなんぞを…」


私は首の後ろを掻きながらしどろもどろに説明をする。

ミラはじいっと私を見つめる。


「俺の為?」


「まぁ…」


半分は、そうともいえるかな。

もう半分はバイトをして社会と繋がりたかったという家事育児に疲れてしまった専業主婦的な考えを持って臨んでおりましたが。しかし賢い私はそんなこと言いませんとも。ええ。


ミラは先ほどまでのおっかないオーラを途端に引っ込めた。

顔を伏せてしまっていたので、表情までは分からなかったが。


こほん、と咳払いをして…


「アイサ、立ちなさい」


思いの外優しい声音に、やはりご機嫌が多少治ったことを私は悟った。

言われてアイサはおずおずと立ち上がる。


「事情は分かりましたから。あなたは仕事に戻りなさい」


「は、はい…」


アイサは一礼をして室を出て行った。


セスは「やれやれ」といった様子でミラに声を掛ける。


「ミラ、君も出て行ってくれるかい?そろそろ私も身体がしんどいんだよね」


「それは失礼しました。薔薇姫、行きましょう」


「あ…う、うん。ええと失礼します…」


そうだよな。とりあえず諸々の謝罪は後にして彼を休ませてあげなきゃだな。

ミラの後に続き私も室を出ようとした。


ところで。


セスに手を取られる。ぐいっと引っ張られて私の体は再び室の中へ倒れ込むように引き戻される。


「へ!?」


「は?」


私とミラはほぼ同時にそんな声を上げた。

ミラが(せば)まる扉の向こうで慌ててこちらに駆け寄り手を伸ばすも…

無情にもパタンと音を立て、扉は完全に閉まってしまった。


「兄上!」


ミラが扉の向こうで声を上げる。どんどんと扉を叩く。


セスはちょっと悪戯めいた顔をしながら、苦笑している。


「ミラ、3分だけ時間をくれないかい?ちゃんとお別れ(・・・)がしたいんだ」


「……」


「3分経ったら、扉を壊してでも入ってきていいから」


「……わかりました」


「アウ…セス王子殿下…?」


私は戸惑い気味にセスを見上げた。


彼もまたやはりどこか困惑の色が濃い様子を瞳にたたえている。


「オリヴィアちゃん…なんだね。君の本当の名前は」


「うん…いや、はい。…騙してててすいませんでした」


彼はいいよ、と言いながら私をそっと抱きしめた。


「私も君に本当のことを話せなかったから。驚いただろう?」


「は、はい…」


まさか第一王子だったなんて。誰が想像できただろう。


彼は私の髪をそっと指でからめとる。


「ああ、でも。君は確かに黒髪よりこちらの髪色の方がしっくりくるね。これが本当の君の色なんだねぇ」


さらにきつく抱きしめられる。


彼の心臓の音が伝わってくる。静かなリズムを刻んでいる。


「本気で惹かれ始めていたのに。随分と神様は意地悪なことをするね。…今までのツケかな。全くもう…」


ため息がつむじに降りて来た。


私は恐る恐る顔をあげる。

苦い薬を飲んだ後みたいな、何かを堪えるような顔をしていた彼は、ふっと笑う。

泣き笑いのような。


「きっと、君をミラから奪うのは簡単。私にとってはね…」


「奪う…?」


「でも弟が持っているものはとてもとても少ないんだ。…この王宮が、彼から大切なものを奪ってしまったから」


「だから…」と彼はつづけた。


「だから。…私はせめてこれ以上彼から奪ってはいけないね」


彼はそっと私を離した。冗談めいた顔で両手をぱっと顔の横で広げる。


「ねえ。こう見えて私、とても弟想いなんだよ」


「アウ…セス王太子殿下…」


彼の呼び方にまだ慣れていない様子の私を、彼は「ふふ」と笑う。大人の男性の魅力たっぷりの、余裕のある笑い方だ。


私の額をつんと軽く小突く。


「もう、アウルとは呼んではいけないよ。ミラが嫉妬するから。ちゃんと私の本名に慣れてね。オリヴィアちゃん」


確かにもうこの方を気軽に『アウル』などと呼べないな…。


「はい。セス王太子殿下…」


「それもちょっと違うかな」


「え?」


私は彼につつかれた額を撫でながら聞き返した。


「セス、の後は『お義兄さま』をつけてね。これからは」


「???」


「さて、こわーい顔をした王子様がお待ちかねだ」


たくさんの疑問符が頭の上に浮かんでいる私を尻目に、彼は扉を開けた。


「お待たせ、ミラ」


むっつりとした様子のミラが立っていた。


「いえ」


ミラの方へ背中を押される。

押されながら、彼はそっと耳元で囁く。


「オリヴィアちゃん。でもね、ミラに飽きたらいつでもおいでね。歓迎するから。きっと私の方がイロイロと上手い(・・・)よ?」


「へ?」


「我ながら女々しい限りだけど。待つことにしたよ、勝手にね。とびらを開けたままにしておくから。…でも来なければ来ないでいいんだ。君達が幸せならね」


「なんのこと…?」


前を向いていなかったせいでよろめいた私を、ミラが抱きとめる。


「じゃあ、お休み~」


彼はひらり、と手を一振り振って、扉を閉めた。




*****



ミラの後に続いて、私はとぼとぼと廊を歩いていた。


彼はさっきから一言も発していない。


機嫌が浮上したと思っていたのだが、やはりまだまだか。


「ミラ…怒っている?」


私はそろっと彼の背中に向けて声を掛けた。

彼はピタリと立ち止まり、振り向いた。


「怒ってなどいませんよ。最初から」


「……」


いや、最初は怒っていただろう。さすがに。


私の思考を読んだのか、彼は私の顔を見て続ける。


「心配していただけです」


虚を突かれた。そうか、私は彼に心配をさせていたのか。


「貴女はどこに出してもかわいい人なんだから。おまけに隙もある。…悪い男に拐かされても何も文句は言えませんよ」


「…ごめんなさい」


謝罪の言葉は素直に出た。


「それに情に厚くて、お人好しで。ウカツなところもある。下心をもって接する男を見抜けない鈍感さも。本当に…そろそろ気づいて下さいと思う位です」


「ご、ごめんなさい…」


うん。最後のワンセンテンスは意味がちょっとくみ取れなかったが。

とりあえず、謝っておく。自分の何が悪いのか分からないのに謝罪する。

これは前世日本人だった私の悪い癖かもしれないな。


「いいですよ。でもあまり無茶をしないで下さい。貴女に何かあったら俺は生きていけなくなる…」


「お、おおう…?分かった。肝に銘じておく…」


大げさな奴め。

しかしそこまで大切な『友人』と認識されているのは、こそばゆい感じがする。


嬉しくて。


私はへらっと笑ってしまった。

ミラはそんな私の緩みきった顔を見て、わざと怒ってるような顔を作った。


「薔薇姫、何を笑っているんです?俺は怒ってるんですよ」


「えー?さっき怒ってないって言ったばっかだぞ」


私はやはりおかしくて笑ってしまった。

彼は私をじいっと無言で見つめる。


「? なに?」


「…貴女だったんだな、と思って。ところどころおかしいと思うところはあったはずなのに」


「うん?」


「…兄上に対して言った今までの発言を思い出していました」


「発言…?」


ミラがセスに?何言ったんだろう。


彼は片手で顔を覆い、はぁ、と息を吐く。


「いえ…壮大なブーメランだなと思いまして」


「?」


「こちらの話です。…貴女はいつも貴女だっただけですから」


「う、うん…」


♪私以外私じゃないの〜

なんてメロディーが浮かびましたが。どうでもいいな。


私は何故か落ち込んでいるらしい彼の肩を、とりあえずぽんと慰めるようにして叩いておいた。





作者が書いてて一番楽しいのは第一王子だったりします。

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