~友人が肉食系男子すぎてツライ~
※一部下品な発言がありますのでご注意ください
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祭り見学の後。
ちょっと疲れて仮眠をした私だったが、その日はバイトがある日だったのでまた街へ繰り出しましたとさ。
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私は通用口からそろっと入って、女子用従業員控室で身支度を整えていた。
店主の親父さんと女将さんの住居の一部を控室兼バックヤードにしている部屋なのでそう広くはないのだが。従業員数がそもそもそんなに多くないので間に合っているようだ。
精霊祭のお陰か、本日の『みみずく』はいつも以上に混雑しているだろう。
かき入れ時なので私もこの日は半強制的にシフトを入れられましたよ。はい。
着替えが終わったところで、ドアの外から声がかかった。
「ルリちゃん、今ちょっといいかい?」
女将さんだ。
「はい」と返事をすると、ちょっとくたびれた様子の女将さんが控室に入って来た。
相当お疲れのご様子だ。
「どうかされましたか?」
「ああ…、ええとほら、赤銅色の髪のお客さん…」
「アウルのことですか?」
「アウルさんか。そうだったね。そのアウルさんのお家の方が今日いらしてね。ルリちゃんにこれを渡すように頼まれたんだよ」
そう言って女将さんは手に持っていたものを私に差し出した。
赤いリボンでラッピングされた――それは本だった。
タイトルは『貴女との恋を何度でも』
「これは……?えーと作者はドゥイン……?」
「ルリちゃん、若い娘なのに知らないのかい。今有名な詩人さんだよ。何でも隣国出身らしいけど。この国でも新作が出れば飛ぶように売れるそうだよ」
女将さんは「やれやれ」とあきれたように言った。
詩人ということは、この本は詩集なんだろう。
んー?
何でアウルがこれを私に??
女将さんは「それから伝言だよ」と続けた。
「ええとだね。『身体の調子が悪くてお店に行けていないけど、浮気ではないので心配しないように。これを読んで次会う時までに勉強をしてほしい』と言っていたかね」
「アウル、体調不良だったんだ」
激しい運動とやらで身体を鍛えているんじゃなかったのか、あいつ。
鍛え方が甘いんじゃないのか。
そう言えば。ミラのお兄さんもまだ体調崩したままだと聞いたような。
何でもこじらせちゃって長引いていると、ミラが言っていたな。
たちの悪い風邪が流行ってるのかなぁ。
というか勉強ってなんだ、勉強って。
私が「んー?」と思案しながら本で顔を仰いでいると、女将さんがちょっと迷ったように私を見ていた。
「ルリちゃん」
「あ、はい。ありがとうございました。プレゼントと言伝は確かにいただきました!」
「ああ、そうだね。お店が忙しくてね。帰りにバタバタしていたら忘れちまうかと思ったから今渡しておいたんだ…。それはいいんだけど…ねえ?」
女将さんはやはりちょっと戸惑い気味に私を見つめていた。
何か…言いたいけど言いにくそうな顔をしている。
「なんでしょうか?」
「その…ねえ?従業員のプライベートに口出しをするつもりはなかったんだけど」
「はい?」
「アウルさんとお付き合いしているんだろう?……そのルリちゃんと彼は身分も違うし…ルリちゃん遊ばれているんじゃないかって心配でね…」
「……はい?」
私とアウルが…?!
目を皿のように見開いて驚く…というよりも。
心に冷たい風がびゅうっと吹き荒んだのを自覚した。
死んだ魚のように精気がない目をしていることだろうな、今の自分。
「一切そんな事実はないです。誤解しないでください、女将さん」
「でも浮気の心配がどうとか……」
「変質者の寂しい妄想ですから」
「そ、そうかい…ならいいんだけど」
彼を『変質者』と強く断言したことで女将さんの誤解は解けたのだろう。
ちょっと気まずそうにしながら彼女は「じゃあ今日はよろしくね」と言って控え室を出て行った。
私もアウルから貰った本を手荷物の中にしまい、お店のホールへと向かった。
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予想通りと言ったところか。いや予想以上というべきか。
お店は猫の手も借りたいくらい賑わっていた。
席に座ることができない人は先払いでお店の前で飲んでいるらしい。
「おーい、嬢ちゃん。オーダー!」
「あ、おっさん!いらっしゃい」
スキンヘッド頭で顔なじみのお客が手をひらひらさせて私を呼んだ。
以前お店でちょっとした問題を起こしたお客さんだったけど。
警邏隊にこっぴどく叱られて反省したようだ。
今ではちょいちょいやって来ては世間話をする、お店の常連さんのひとりだ。
勿論、お酒の量も飲みすぎないように、気持ちよく酔える程度で抑えるように気を付けているみたい。
私は制服のポケットからメモを取り出しつつおっさんの……3番テーブルに向かった。
どうやらお酒だけではなく軽く食事をしていたらしい。
パンとチーズが何個かお皿に乗っていた。
「あ、おっさんも精霊祭行ったの?」
テーブルの隅には木彫りのお面も無造作に置かれている。
「ああ。この面を買いにな。祭り自体はそんなに見ていないが。お袋が毎年、新しい精霊面を買いに行けってうるせーんだよ」
「ふうん」
家内安全のお守りみたいなもんだろうか。
さすがに1年中は飾らないのかな…?鏡餅的なものか?
おっさんがメニューを見つつ「うーん次は何にするかなぁ」と悩んでいる横で、お面をつんつんといじる。
最初は不気味な面だと思ったけど。見慣れてくると愛嬌があるように思えるから不思議だ。
しかも前世の…ええと。…ああそう、――沖縄のシーサーみたいに、1つ1つが職人の手作りだから、微妙に表情とかが違っていて味わい深かったりする。
お母さんにどやされて買い物してきたのか、とツルツルのスキンヘッドを見ながら、何ともほんわかした気持ちになった。
とその時。
お店の引き戸をガラーッと開ける音がした。
反射的に振り向き、声を掛けた。
「あ、いらっしゃいま……」
せええええええええ!!!???
ふぉぉおおおお!!?
私はその二人組を認識した瞬間――反射的に3番テーブルの下。
おっさんの足元に身を隠してしまった。
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「ふぅ、やっと中に入れましたねぇ。殿下。春とはいえまだ夜は冷えますね」
「そうですね。ですが…やはりどこも混んでいますね」
案内され、空いている席に腰掛ける。
「そりゃあ、そうですよ。精霊祭当日に街の酒場に行くなんて。自殺行為ですよ」
酸っぱい顔をしてかじかんだ手をこすり合わせている従者に、ミラは渋い顔をした。
「だからおまえはついて来なくて良いと言ったのに。私ひとりでも良かったのだから」
メニューをぺらぺらめくりながらも、ミラはメニューを見ていない。
きょろきょろと店内を見渡していた。何かを探すように。
そんな様子の主に、ヨハンナムは片眉を上げる。
「殿下、お目当ては何なんです?そろそろ教えてくださいよ」
「食べ物ではありませんよ。……女性です」
「女性?まさか姫君が寛容なことを良いことに真剣に浮気されるおつもりで?」
「真剣に浮気ってなんだ」とミラはツッコミたくなったがやめた。
目の前の彼はニヤニヤしている。それこそ本気の発言ではないのだろう。
相手にするのも無駄だ。
「バカなことを。……ここで、兄上の想い人が働いていると彼に聞いたんですよ」
「王太子殿下の?ははぁ…そりゃあまた。……で?それがどうして殿下がここに来る理由になるわけです?」
ミラはメニューの文字を追いつつ顔を上げ、「もう少し声を落とせ」と彼に視線で合図した。
「兄上に『彼女に女性の友人を作ったらどうだ』と提案されたんですよ。しかし兄上の想い人は何というか……ちょっと凶暴な女性のようでしたから。まず『彼女』に会わせる前に人柄を見に来ただけです」
ヨハンナムは頬杖をついて、「ははぁ」と自分の主を眺めた。
「……何だか殿下、姫君の母親みたいですね」
『友人チェック』とは。娘へ過干渉する母親のような……。
ヨハンナムは半ば呆れた様子だ。
一方のミラは、それつい最近『彼女』にも言われたなと、軽くショックを受けた。
こめかみを指で軽く押し揉みほぐす。気のせいか頭痛がする。
「だから何故、性別まで超えるんですか……?」
「はぁぁ」と細く長く息をついて、とりあえずそれだけ主張した。
確かに心情的に彼女の『保護者』になっている気がしてならない、と。
自分でも自覚していたのだから、あとは何も言い返せなかったのだった。
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な、な、な、なんでミラがここに?!
こんな…大衆酒場にどうしてプリンスサマがお越しになるんだ!
そんな王子他にいないぞ!多分。
私は頭を抱えておっさんの足元でガクガク震えていた。
「おい?何してんだ??」
おっさんは足でつんつんと私を蹴る。
「ご、ごめん。ちょっとだけ隠れさせてっ」
私は小声でおっさんに訴えた。
おっさんは不思議そうな顔で「まあ、いいけどよ」と言ってくれた。
その言葉に甘えて頭をフル回転させて考える。
と、と、とにかくあいつらの目的は何だ!?いや酒場だもんな。そりゃ料理と酒だろうな…。
私は彼らの会話に耳を傍立てる。しかし店内は賑やかで彼らの話だけを聞き取るのは不可能だった。
ところに。
「あらっ!お客さん。どこかで見たことがあると思ったら。勇者様じゃないかい!?」
と、女将さんの強烈な一言で店内は一瞬ざわめいた後、しん……と静まり返った。
ミラは(声音からして)爽やかな笑顔を浮かべながら。あっさりと「違いますよ」と否定した。
ちょっと困ったようにはにかんだ様子で「よく言われるんですけどね。似ていると」と付け加える。
女将さんは彼の言葉を疑いもせず、「なーんだ、そうですよねぇ。勇者サマがこんな酒場に来るわけないですよねぇ」とカラッと笑った。
「内緒ですけどね。第一王子様にそっくりな貴族の方もこのお店に来るんですよ。まぁ、セス王子もミラ王子も私たちは遠くからでしかお顔を拝見したことがないんですけどね。似ていると思うんですよ」
そう言って店主の親父さんと笑い合ったようだ。
「もしかしたら第一王子様の影武者でもやっている方ではないか?って私達は密かに思っているんですよ。そう思うとなんかロマンじゃないけど。面白くてね」
私はそれを聞き、「第一王子に似ている貴族の客って誰だ?」と常連の客を頭に浮かべた。
……。
うん、わからんわ。まあ考えるだけ無駄だよな。ミラのお兄さんの顔知らんし。
しっかし。女将さーん。
第一王子のそっくりさんはともかく。その人はモノホンですよーい。
モノホンプリンスですよーい。
心で訴えたところで何も届かない。
訴えたところでどうしたいのか分かりませんが。
ミラはそんな女将さんに愛想よく頷きを返した模様。
「そう。それで女将さん。訊ねたいことがあるんですが」
「はい、何でしょうか」
「この店に『ルリ』という女性は働いておりますか?」
!?
心臓が破裂しそうな位、一度大きく脈打った。
な、な、な、なにぬ~~!?
なぜ、その名前を!?
その後もバクバクと私の心臓は早鐘をついている。
もう口から飛び出すんじゃないかってくらい。
一体全体どういうわけであるからして!?なにゆえに?!
女将さんはミラの質問にちょっと険しい面持ちで「それが…?」と訊ね返した。
ミラは慌てたように(多分、慌てたフリと思われる)、「他意はありませんよ」と加えた。
「ここのお店で評判の看板娘だと聞いたもので。どんな娘だろうと思って」
酒場に料理でもなく酒でもなく、女目的で来るとは!予想外!
そんな色ボケな戯けた王子はミラ、おまえだけだぞ!多分!!
ミラは恐らく後光が差すような『王子スマイル』を女将さんに容赦なく叩きつけたと思われる。
女将さんは「まっ!」と短く叫んだ。…目がハートになっているかもしれないな。
「今日は来ていないのでしょうか?」
「い、いえ。今日も働いておりますからっ!ルリちゃーん!ルリちゃーん!?オーダーだおねがーい!ASAP!!」
あっさり『プリンスマイル』に篭絡されてしまった女将さんが私を大声で呼ぶ。
ひいいいい!!!
『as soon as possible!!』で呼ばれてるぅぅ!!
「変ねえ?どこ行ったのかしら」
おっさんが私をまたも足でつんつんとつつく。
「おい、呼んでんぞ」
私は下を覗き込んでいるおっさんに、ぷるぷると首を横に振った。
今出たらあかん。今出たらあかんのや。
黒髪のカツラを被っているといえど、顔は同じなんだ。バレるに決まってるってばよ!
おっさんは私の涙ながらの訴えに首を傾げたが、やがて「仕方ねーな」と。
未だ私を大声で呼んでいる女将さんに向かって、おっさんは声を張った。
「あの嬢ちゃん『腹痛てぇ』ってさっき厠に走っていったぞ。クソなげークソでもしてんじゃねえか?」
!?
おおおおおいいい!!!!
おまっ!
年頃の娘ぞ、私は!!なんつーフォローをしてくれてんだ!
女将さんもミラ達も……ついでに他のお客も。
「ああ、そう…」みたいな感じにそっと顔を伏せた。
それ以上の追及はされなかった。
私はその皆さんの様子に居た堪れなさと恥ずかしさでいっぱいだ。
クソレベルのフォローをしたおっさんの足をボカボカ殴った。
「いてっ!何しやがるんでい、嬢ちゃんが困っていたからフォローしてやったんだろうが」
「バカバカバカっ!余計出にくい状況作ってどうするんだよ!あと飲食店で『クソ』とか言うなぁ!」
私はとにかく脳の皺が増えるんじゃないかって位考えた。
店は忙しいんだ。このまま隠れてたら迷惑になる……がしかし。彼の接客をしたら確実にバレる!
おっさんの足を殴ったときに、何発か『弁慶の泣き所』に当たったんだろう。
おっさんがしかめ面をしてすねの部分を撫でようとした。
彼が身をかがめた際に肩がテーブルに当たる。
その拍子にカタンッと音を立てて何かが床に落ちた。
――精霊祭の。お面だ。
私は咄嗟にそれに手を伸ばした。
「おっさん、これ。借りていい?」
「あ?ああ。別にいいけどよ」
「あ、あと!」
私はテーブルの上のパンらしき物体を……手探りで掴む。
「ごめん。これも。後ですぐに替え持ってくるから!」
そしてこのパン×2は私が買い取ります…。
ふたつのパンを胸にぎゅうぎゅうと鬼気迫る勢いで押し込んでいる私を見て、おっさんは「お、おおう」と引き気味に返事をした。
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「お待たせしましたぁン!お客さまぁん」
私は努めて色っぽい声音でミラ達に声を掛けた。パンを詰めて即席豊胸した胸を張りつつ。
とりあえず普段の自分とは180°違う『いろっぺーチャンネー』キャラでいくことにしたのだ。
ちなみにお手本はアミンさんだ。
…アミンさんに知られたら多分、嬲り殺されると思いますけど。
「……貴女がルリさんですか?」
ミラが身体を反らしながら私を見た。
……二人がさざ波のように引いている様子がお面越しでよく伝わった。ええ。
「ええ。そうよぉ。あてくしが、ルリよぉん」
精神的チチをぉ!!
神様!今こそ我に精神的チチを授けてくだされぇぇ!!
「そ、そうですか…。何故お面を?」
「あはん。やだわぁ、お客さあん。今日は、な・ん・の・日?」
ちっちっちっと人差し指を私は優雅に振ってみせる。
UZEEEEEEE!!!
自分でやっておいてなんだけど。
このキャラUZEEEEEE!!!!
私がお面の中で軽く過呼吸になっていたところ…、
「……精霊祭ですね」
ミラは一応、私のイタイ問いに答えてくれた。
「そうよぉ。野暮なことはお聞きにならないでぇ?」
「しかし他の従業員は被ってな……」
「このあてくし位の美貌だとぉ、妖精さんに悪さされてしまうかもしれないでしょぉぉ?」
「は、はあ……」
ミラはいつもの彼らしくなく、取り繕った笑顔もしなかった。
というよりも努めて笑顔を作ろうとしているのにできない様子だ。
片頬がぴくぴく引きつっていらっしゃる。
「それでぇ、お客さぁん。ご注文はぁ?」
「……エールを」
「はぁい。かしこまりましたぁん」
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その後も一言二言彼と会話をし、何とか無事に乗り切ることができた。
仕事あがり、ふらふらと私は控室に戻る。
ああ、何だか帰る気力も根こそぎ奪われてしまったような。強烈に今日は疲れました。
しかしだよ……しかし。
「……認識を改めなければならないな」
街でちょっと評判の看板娘がいるからお忍びでやってくるなんて。
(評判になっているのも知りませんでしたが)
どんだけタラシなんだ?あいつ。
そもそもがナチュラルボーン・タラシだとは思っていたんだけどね。
あいつの土台はタラシであると。ええ。
だが。
あいつは積極的に狩りをするタイプのタラシではないと思っていたのに。
女なんて勝手に寄って来るだろうからな、あいつは。寄って来る女性の相手をそこそこにしつつ……という。
『来るもの拒まず、去る者追わず』精神のタラシだと思っていたんだが。
超絶肉食系だと判明。うーん。
でもそうか。私も初対面でブチかまされたクチだしな。
やはりハンティングの過程を楽しむタラシなのかもしれん。
「どうすればあいつ、更生できるのかな…」
ヨハンナムさんを巻き込んでまで街へナンパに繰り出すとは。いただけない。
くっ……友人としてやはり、彼の女癖の悪さを少し窘めなければいけないな。
私は決意を新たに、友人との向き合い方を真剣に考えたのだった。
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「認識を…改めなければいけませんね」
「何がです?」
王宮への帰途、ミラは考え込んでいた。
「兄上は……やはり女性の趣味が大分特殊なようです。……他の趣味は良いと思うのですが」
「あ、ああ…。中々に強烈な女性でしたね」
ヨハンナムは乾いた笑いをする。片頬が引きつる。
店で飲み食いをしたはずが、正直……ちっとも食べた気にならなかった。何だかどっと疲れた。
早く帰って妻の――アイサの顔を見たい。そう切実に思った。
悪竜退治帰り位の疲労感だ。精神的にも体力的にも。
「どうなさるんです?姫君の『お友だち作ろう作戦』は」
「……保留ですね」
――こうしてそれぞれの『精霊祭』後のお祭りは幕を閉じたのだった。
ミラは『オリヴィアフォローし隊』inシャダーン 隊長のようです。




