~お祭りが楽しすぎてツライ~
――ようやく長く訪れた国の平和もつかの間。
王はある日病に倒れてしまいます。
やせ細りどんどんと弱っていく王を見て、竜妃は国中から良い医者がいると聞けば呼び集め、毎日のように王を診させました。
一方の妖精妃は死の面影が日増しに濃くなる王を見て、昏い歓びを覚えます。
王の死を積極的に望んでいるわけではないけれど、王が亡くなれば妖精妃は王の魂との蜜月を千年に渡り迎えることができるからです。
――嬉しや 嬉しや 恋し君
――もうこの手を血で汚す必要がないのなら。
あたくしはとびきり上等な花の衣を纏い、いつでも綺麗にして。愛し君の訪れを待ち詫びましょう。
浮かれ喜ぶ妖精妃とは反対に、王の魂が彼女に捕らわれてしまうことを憂いた竜妃は―――……
『シャダーン国ものがたり』より抜粋
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――その日は待ちに待った精霊祭当日だった。
私はお祭りが楽しみで楽しみで。ただでさえいつも早い時間に起きるのに、その日はもっと早い時間に起きてしまったのだった。
起きてしまったというよりも、眠れなかったという方が適切か。
同じ魂の『彼』だった時もそう。ピクニックとか修学旅行の前夜は神経が高ぶって眠れなかった覚えがある。
私は部屋の隅に備えられたクローゼットをカチャリと開ける。私の両手を広げた2倍位の大きな衣装ダンス。
来客用だからきっとこの王宮では小さい方なんだろうけど。
その中にはミラがどっさり贈ってくれたドレスが所狭しと詰められている。
……というかあいつ、何で私のサイズ知っているんだ。今更ながらに疑問だ。
毎日のようにされる友情ハグの賜物か。
抱きしめただけで女性の大まかなサイズが分かるなんて。
ヒト族タラシ科の最大奥義を奴は会得しているんだな、恐らく。
なんか嫌だな……。嫌な友人だな……。
そして何となくだけどアウルも同能力の持ち主ではなかろうか。
――そういえば。
アウルの顔を最近見てないな、とふと気になった。
私がバイト復帰してから一度も彼は来店していないのだ。
……。
ま、いっか。
多分どこぞの女にうつつを抜かしているんだろうな。あいつのことだから。
そんなことよりも。今日着ていく服をどうするかですよ。それが問題だ。
ガサゴソ。
クローゼットを漁る。
ミラが買ってくれた物は抜群にセンスはよろしいんですが。実はそんなに袖を通していなかったりもする。
ささやかな胸を隠すために私は首が詰まったデザインのドレスを好む。
ついでに動きやすい方が好ましい。
レースやフリルも好きには好きなんだけど。
自分のちょっときつめの顔には似合わないような気がして。
眺めて「ほぅ…」とうっとりして終わってしまう感じだ。
しかし彼はそういった私の好みやコンプレックスなぞお構いもなしに、フリルやリボンのついた女の子らしいデザインのモノや、鎖骨や身体のラインを綺麗に見せてくれるドレスなんぞを手配してくる。
だから私は何やかんや彼の贈ったものではなく、旅の道中で購入したワンピースや、アイサと王都でお忍びした際に買った庶民的なドレスを着ることが多い。
うーん。
しかしやはりどのドレスも大変可愛らしいのだ。
私はクローゼットの中のひとつを手に取って眺めた。
ほぼ白に近い薄青に小花が刺繍されているドレスだ。胸元はレースがあしらわれていて小さな黄色のリボンが揺れる。
シフォンを何段にも重ねたスカート部分は、ボリュームがあるのに色の爽やかと相まってふわふわと軽やかだ。バックは編み上げになっていて、飾り兼ねてサイズ調整を可能にしているのだろう。編み上げ部分も黄色のリボンだ。
この生地なら軽いし他のドレスよりか多少は動きやすいかなぁ…。
折角のお祭りだからオシャレはしたいけど。街を歩くのならシンプルな方がいいのかな。
ベッドの上に放り出してあるオフホワイトのワンピースをチラリとみる。胸下切り替えになっていてアクセントは赤いサッシュベルト。袖口が広がったデザインのもので結構気に入ってはいる……がしかし。
バイトの前に王都で買ったどこまでも普段着用の一着である。
さて。どちらにしようかな。
むーんと悩んでいると、コンコンと部屋をノックする音がした。
「オリヴィア様、起きてらっしゃいますか?」
アイサだ。
「起きているよー。入って」
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「殿下からの贈り物がいいに決まっています!」
開口一番、おしとやかなアイサの力強い断言に私はちょっとビビる。
ミラから貰ったドレスと、自分で買ったワンピースを広げて睨めっこしていたものだから事情を察したものと思われる。
「うーん。そうかなぁ」
私はドレスを体の上からあてがう。
……。
「ドレスはカワイイけど。やっぱ私には似合わないような…」
「そんなことありません!ミラ王子殿下の見立てですもの。間違うはずがありません」
「そりゃあ…。ミラは自分の似合うものがよく分かっている感じだけど…」
それとこれとは話が別じゃないのかなぁ。
というかイケメンは何着てもサマになるんだよ。
私が自信なさそうにしているにも関わらず、アイサはそのドレスに合う小物を引っ張り出していた。
丸い靴箱をぱかっと開けて中を見せてくれた。
「ドレスは黄色の飾りがあしらわれておりますから。こちらの靴なんていかがですか?」
箱の中に入っていたのは、つま先が丸いバレエシューズみたいな薄黄色の靴。ヒールの高さも控えめだ。
というか…このドレスにするとまだ決めていないのデスガ。アイサさん。
アイサはこれまたどこから引っ張り出してきたのか、何本か日傘を持ってきて広げて見せる。
柄をチェックしているようだ。どれも同じに見えるのですが。
やがて彼女のお目に叶ったのだろう一本を自信満々に差し出してくれたので……とりあえず受け取る。
「ストールはあった方が良いかしら…。ハンカチを入れる小さな籠バックがあれば優雅ですね…」
とおっしゃっている。
うん。前にも似たようなことがあった気がしますが。
もう貴女の女子力にすべてお任せします。マルナーゲ!
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髪を緩く巻かれ、化粧を施され、先ほどのドレスとアイサチョイスの小物を身に着けた私に、彼女はどこか陶然とした様子だ。
「ああ、オリヴィア様。何て可憐なのかしら」
「そ、そお?」
「ミラ王子殿下とのお出かけですもの。やはりいつも以上に可愛らしくしなければ」
「はぁ…」
そんな『デート』じゃあないんだから。
お忍びで行くらしいので護衛は最小限らしいけど。
勿論ヨハンナムさんも、今回はアイサも一緒だ。
よって目の前にいる彼女も侍女の服ではなく、普段着だ。
白いフリルがついたブラウスに丈の長いチェック柄のスカートを履いている。
いつもと違う彼女を見て、非日常感を味わう。
私がそんな感じでまたちょっと浮かれていると、コンコンとドアをノックする音がした。
「姫君、準備は整いましたか?」
ヨハンナムさんだ。
私が返事をする前に、隣にいたアイサがぱっと立ち上がる。
パタパタと足取りも軽くドアを開ける。
「はい、お待たせしましたっ!」
いつもより弾んだ彼女の声に私は、お祭りを楽しみにしていたのは一人ではなかったんだなと感じた。
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「それは俺が贈ったドレスですか?」
彼は私を見るなりちょっと目を見張り訊ねた。
「そうだよ。折角贈ってもらったから着てみたんだけど」
ミラはにっこり笑った。
「とても可愛らしいですね。ひらひらと軽やかでまるで蝶のようです」
さらりと褒められて私はどう切り替えしていいのか分からない。
とりあえず蝶の種類としては『モンシロチョウ』か『モンキチョウ』のどちらかだな、というくだらない想像が頭をよぎった。
「薔薇姫?」
「あ、うん……どうも。ミラサマもカッコいいっすよ」
くだらない考えのせいで結局気の利いた返しはできず。随分気の抜けた返事をしてしまった。
こういった時にもっとウィットに富んだ切り替えしができれば淑女っぽいんだけどなぁ。
自分、まだまだですわ。
常よりお嬢様っぽい服装をしているせいか、私はいつもなら気にしないようなことを考えた。
ミラは日傘を持っていない方の手に向けて、手を差し出す。
「俺がエスコートしても?」
おまえしかいないだろう、というツッコミを危うくいれそうになったのだが。
いかん。ウィットに富んだ切り替えし!小粒でもピリリと辛い一発を!
考えた末に……
「ゆ、許して遣わす…」
そう言って彼の手を取る。
あ、これなんかチガウ。あかんやつや。
お嬢様っぽい発言ではあるが…。いや、『っぽく』もないわ。
彼は重ねられた私の指を親指でさらりと撫でると、くすくす笑う。
「では参りましょうか?王女様」
「……ハイ。お願いします」
彼は常装用のチャコールのフロックコートをさらりと着こなしている。同系色のウエストコートにシャツの色はアリスブルー。
素晴らしい着こなしでございます。
私は『王女様』と呼ばれるにはちょっとばかし、いや大分貧相ですが。
彼は『王子様』と呼ばれてもおかしくない。
というか本物の『王子様』でしたっけ。プリンス・ミラ。今後影でそう呼ぼう。
多分前世の『彼』が同じものを着てもこうはならないだろうなぁ~。
同じ男でどうしてこうも違うんでしょうかねぇ…。
私は日傘をくるくると回しながら、ミラにエスコートされるままついていった。
とめどもない、くだらないことをまた考えながら。
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街はいつも以上に賑わっていた。
紙吹雪や花びらがチラチラ舞っている。
小さなパレードがそこらで行進していて、その踊り子達がばらまいているのだ。
広場では踊りを楽しむ男女がいて、大道芸が火のついた複数の棒を器用にくるくる回していた。
しかし……。
私はその異様な光景に立ち尽くしてしまった。
――そう、何故かどの人も。
行きかう人々は皆一様に木彫りのお面を被っているのだ。
立ち並ぶ天幕ではその木彫りのお面をずらりと並べ売っていた。
通りゆく人はそのお面を買い求め天幕をぐるりと囲っている。
ミラとアイサも天幕でお面を選んでいる。
私とヨハンナムさんはその買い物が終わるのを、お店を出入りする人の邪魔にならないようにちょっと離れたところで待っていた。
普段の街でああいったお面が売られているところを見たことがないのだが…。
「みんなが被っているあのお面はなに?」
「あれは妖精・精霊を模したお面ですよ、姫君」
隣にいたヨハンナムさんが私の質問に答えてくれた。
「妖精の?」
ますますわけが分からない。
そんな私の様子にヨハンナムさんは「そうですな…」と腕を組み考えた。
分かりやすい説明をしようとしてくれているのだろう。
「この妖精・精霊を模したお面を被り、妖精妃に彼女の仲間だと思い込ませる。そうして彼女の災いを退けるのです。妖精のふりをして彼女の怒りが静まるのを待ち、やり過ごすのですよ」
「災い?怒り?」
お祭り自体はなるほど、前世でいうハロウィンみたいなものだと納得できたのだけれども。
ハロウィンで仮装する由来って確かそんな感じのものだったよな。
しかし。妖精妃ってシャダーン国初代国王を支えた奥さんだよな?
何で彼女が災いをもたらすんだ……?
ヨハンナムさんの説明を受けてもちんぷんかんぷんな私に彼は白い歯を見せて笑った。
「姫君はこの国の建国神話をどこまでご存じで?」
「ええと。……今ミラに借りて読んでいる本では国王サマが国を統一して、病に倒れたところ…だったかな」
「ああそれで」
ヨハンナムさんは納得して頷いた。
「その話の続きとしてはですねぇ。……王の魂が妖精妃に捕らわれることを憂いた竜妃がある日、妖精妃の目を盗んで王を……」
「王を?」
「……食らうのです」
「え…」
私は愕然とした。
く、く、食らう…!?
竜の奥さんが、夫を!?
ヨハンナムさんは私の驚いた顔を見て「血生臭いですよねぇ」と苦笑しつつ話をつづけた。
「竜妃は王の魂を肉体ごと食らいそのまま天に昇った、とされているんですよ。…妖精妃から逃れるために」
ヨハンナムさんは顎をさすりながら遠くを見つめている。
視線の先ではミラとアイサがまだお面を選んでいた。
「約を違えられた妖精妃は嘆き、怒り狂う。その嘆きの涙は豪雨となり国をあますことなく降り注ぎ、その怒りは雷となりて、地を焼き払う。そうしてかつて愛したこの地と民を激しく呪い災いをもたらしました。……作物も実らず飢饉が起き、疫病すら蔓延し、困った人々は妖精妃の怒りを鎮める為、神事を執り行う――……」
「それが精霊祭?」
「そう。その始まりとされていますね。妖精のお面を被り自分に寄り添う姿勢を見せる民の心を垣間見たことで、妖精妃は慰められたそうです」
「……なるほど」
「ただ諸説ありますね。先ほど『彼女の仲間のふりをして怒りをやり過ごす』と申したでしょう?裏切られたと知った妖精妃は怒り狂い、民を次々と虐殺していく――人々はお面を被り妖精妃の仲間のふりをした。妖精妃に人間を殺し尽したと勘違いさせるために。……そんな説もあります。むしろこちらの方が民衆には広くひろまっているかもしれませんね」
「そ、壮絶だな……」
私は気が遠くなりそうになった。
なるほどこれは確かに『血生臭い』
私が「うへえ」と嫌そうな顔をしたのを見て、ヨハンナムさんは真剣な顔をして囁いた。
「姫君。妖精に愛されるということは憎まれると同義ですよ。それをよく覚えておいた方がいい」
「?どういう……?」
「妖精妃はかつて慈しんだ民をその手で虐殺した――…彼らにとってそれは何の矛盾もない行為なんですよ。『矛盾』なんて言葉は存在しないというのが正しいのか」
「かつて愛した人を憎むっていうこと?…それは人間も同じじゃ…」
「そう。人間と同じですが、人より顕著で激しいですよ。彼らには理性という皮がない。あるのはむき出しの激情だけ。その激しさで人を愛し、その好意はちょっとしたことで翻る。また同じかそれ以上の強さで簡単に愛した人を憎むことができる…」
彼は私のつけている銀のネックレスを見て目を細めた。
「姫君も妖精に好かれる素養をお持ちだ。ゆめゆめ忘れてくださるな」
――妖精に愛されることは憎まれると同義。
彼らは簡単に移ろい、心変わりをする。強く愛されれば、その分憎しみも濃くなる。
私は底冷えするような寒気を覚えた。
無意識にネックレスをぎゅっと握ってしまう。その隣で彼はぽつりと呟いた。
「……まぁ。そもそもが竜妃に謀られただけならば、妖精妃の心情も変わっていたかもしれませんな」
「え?」
どういうことだろう。
聞き返そうとしたところで、前方から声がかかった。
「オリヴィア様ー!お待たせしましたっ」
ふと視線をあげればミラとアイサがこちらに手を振りながら歩いてきているのが見えた。
買い物が終わったのだろう。
……お面以外にも色々買っていらっしゃる。両手にジュースらしきものを持っているアイサがこちらに駆け寄ってきた。
私はミラからお面を受け取り、アイサから飲み物を貰った。
「? どうかしましたか?」
ミラは私の浮かない表情を見て訊ねた。
「ううん、何でもない」
いいか。後でもう一度聞こう。
私はこの時、ヨハンナムさんが言ったことを気にする思うあまり、もうひとつのある疑問に気づかなかった。
ただの神話の話だと。
目の前の彼と美しい守護妖精達との関係に、それはあまりにも落差があって。
重ねて考えるには現実感がなかったせいかもしれない。
――私は。
私はいつだって周りが見えていない。
気づくきっかけはそこかしこにあったはずだったのに。
愚かなままで。ちっとも前世から成長していない。
――それに早く気づいていればと、私は後になって後悔することになる。
何故か主人に買い物もといパシリをさせる従者。
恐らくミラはお面に情熱とこだわりがあったものとみられる…。




