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令嬢は生きるのがツライ  作者: 今谷香菜
~シャダーン国編Ⅱ 妖精と異端の竜~
29/85

~ある兄弟の無益な争い~

加筆しました、再アップさせていただきます。


竜の娘と幸せに暮らしていた若者は、その慎ましいながらも愛のある生活に心の平穏を覚えていました。


しかし、その幸せも長くは続きません。


ある日精霊の国の軍隊が若者の村を襲ったのです。

国同士の諍いが激しさを増し、戦火がついには若者の村にまで及ぶような深刻な事態となっておりました。


若者は竜の娘を連れて、村を出ようと考えました。

娘は竜とはいえ、気が優しく人を襲うような真似はできなかったからです。


戦禍から逃れる為に山を越えようとした若者でしたが、精霊の国の兵士は逃してくれません。


執拗に追われ心と体が疲弊しきっていた、その時。


声がしたのです。


「あたくしが、助けて差し上げましょうか」


鏡で反響させたような不思議な声が、木と木の間を縫って若者に降り注ぐように聞こえます。


若者はその不思議な声に思わず答えていました。


「助けてほしい」と。


声は言います。


「ではあたくしを、あなたの御傍に置いてくださいませ。あたくしはあなたにこの一生を懸けて力を尽くしたく思います。……でもあたくしは見返りが欲しい」


「それはなんだ?」と若者は声に訊ねました。


「生きている間はあたくしをお側において愛して下さい。あなたが死んでからは、魂は千年、あたくしに捕らわれて下さいませ」


若者はそれを了承しました。


「では契約を。あたくしと血の契約を交わしてくださいませ。――決してあたくしを裏切ってはなりませんよ」


――これが人と妖精の最初の約束でした。


『シャダーン国ものがたり 妖精妃の伝説』より抜粋



✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


「何を読んでいるんだい?」


ふいに背後から聞こえた声に、ミラは振り返りもせずに溜息をついた。


本当に。ボウフラのように突然沸いてくる男である。


「兄上、気配を消して背後に立たないで下さい」


ミラは読み途中だった本を閉じて、異母兄に向き直る。


王宮図書館の本棚と本棚の間の狭い空間だ。

思ったよりも近い距離にいる異母兄に、ミラは思わずと言ったように顔をしかめる。


「ミラ。人間の気配くらい読めなくてはダメだよ。悪竜のような大物ばかり倒しているから、感覚が大雑把になっているんじゃないかい?」


「……そうかもしれませんね」


「で。何を読んでいるんだい?」


異母兄がミラが手に取っている本のタイトルを覗き込むような仕草を見せた。


「建国神話ですよ。妖精妃の」


「ふうん。なんでまた。……あ、さては精霊祭に子猫ちゃんを連れて行くつもりだね!?その予習ってわけか」


「……そうですね」


異母兄は勝手に自分の考えに納得し頷いているので、ミラは面倒くさくなりそのまま肯定することにした。


「そうかいそうかい。彼女に良い所見せたいんだね、ミラ。まさかおまえが女の子にこうも骨抜きにされるとはね!まるで初恋のようじゃないか」


「………」


余計面倒になったな。


こと色恋になると話がどこまでも広がりを見せる彼である。


「でもね、やはり男の良い所を見せるにはベッドに誘わなきゃ。お祭りという非日常を上手く使わない手はないねぇ。あ、でも避妊はしっかりしないとだめだよ。まだ結婚前なんだしね」


「……ところで兄上こそ。何故ここに?」


激しく邪魔である。


ミラは舌打ちしたい衝動を抑えながら異母兄に訊ねた。


今日は地方に視察へ出る予定ではなかっただろうか。


異母弟の疑問を正確に察知したのだろう。

肩をすくめる。「参ったよ」と言いながら。


「視察に行く途中の道で土砂災害が起きてね。道が土砂で塞がってしまったんだよ。引き返してきた」


「それは災難でしたね」


公務がないのならとっとと女との逢瀬にでも出かければいいのに。


「まぁそれで。急にヒマになってしまったからね。私もここに本を借りに来たんだよ」


「本を?」


「そう。ドゥインの詩集があればと思ってね」


ドゥインとは今王都で流行はやりの詩人である。

恋の歌を主に詠って、女性の人気を集めているそうだ。


「でもここには置いてないみたいだ。何冊か読んでみて良さそうなものを購入しようとしたんだけどね」


「贈り物ですか?」


「そ。元気が有り余っているのもいいけどね。切ない恋の歌でも読めば、恋をしたくなるかもしれないだろう?」


異母兄は主語を省いて話しているが、誰のことを話しているのかはすぐにわかった。

最近執心しているという例の彼女のことだろう。


彼が腹を押さえながら満身創痍で帰って来た時の夜を思い出す。


そう上手くいくものだろうか。


というよりも。

彼の口調から進展状況が難航していることが伺えた。


「珍しいですね。兄上が苦戦されるとは」


異母兄は「そうなんだよねぇ」と苦笑を漏らした。


「ここ3日程彼女に会えてないしね。恋しいね」


「3日も?どうして…」


「体調不良だそうだよ」


「体調不良……」


「君のところの子猫ちゃんもせっているのだろう?……たちの悪い風邪でも流行っているのかな」


「何故そのことを……」


異母兄に話していないのに。


どこから情報を入手してくるのだろうか。


「ああ、彼女の居場所さえ分かればお見舞いに通うんだけどね」


この異母兄に毎日のように通われたら余計に体調を崩しそうだ。


と思ったが。そんなことをミラはおくびにも出さないで涼やかな顔をする。


「それは心配ですね」


「お互いにね」


それにしても。


3日――『彼女』も臥せってからちょうど3日が経つ。

奇妙な符号が合ったことに、何となく胸がざわつく。


しかしミラはそれは気のせいだろうと自分に言い聞かせた。

ただの偶然だろう、とも。


「ミラ?」


呼びかけられてミラははっとした。

慌てて取り繕った笑顔を作る。


「いえ…、本当に。早く良くなるといいですね」


「そうだね。君のところの彼女も早く良くなるよう祈っているよ。読書の邪魔をして悪かったね。ごゆっくり」


異母兄はそう言って手をひらひらさせながら去っていった。


ミラはその後ろ姿を見送りながら、またため息をひとつ、本の表紙に落としたのだった。


そうして読みかけだった本をぱらりとめくろうとした、その時。


――ん?


何かが胸に引っかかった。


彼は言っていなかったか。


――『彼女の居場所さえ分かれば見舞う』と。


なぜ『自宅』ではなく『居場所』と言ったのか。


嫌な予感がしてミラは慌てて図書館を出て廊下を飛び出した。


長い廊下の左右どちらにも異母兄の姿は、ない。


――やられた!!


今、『彼女』は自室で臥せっている。

確実に居場所が分かっているのだ。


「殿下?」


図書館の外で待機していたヨハンナムが、尋常ではない主人の様子に訝しんだ様子で呼びかける。


――おまけに自分と、邪魔者であるヨハンナムの居場所も把握された。


「ヨハンナム、兄上はどちらに!?」


「? 王太子殿下ならあちらの方へ…。お急ぎのようでそれはもう挨拶もそこそこに、ものすごいスピードで走って行かれましたが」


ちっと短く舌打ちする。

ヨハンナムが指した方向には『彼女』の室がある。


ヨハンナムならともかく、アイサだけでは彼の相手は務まらないだろう。


だから異母兄の公務がない際はヨハンナムを『彼女』のいる客室がある棟へ置いていたのだが。

油断した。今日の公務がなくなっていたとは。


ミラはわき目も振らず走り出した。勿論、異母兄を追いかける為である。


「殿下!?」


ヨハンナムが慌てて自分の後を追ってきているのを背中で感じながら、ミラは頭の中でふたりの妖精を呼んだ。


――ギュリ、アミン! 応えなさい !!


頭の中での呼びかけに対し、ほどなくして声がかかった。


『はぁい。我がきみぃ』


『どうしたのじゃ、我が主』


血液のように身体中を駆け巡るその声に、ミラは命じた。


『おまえたちのペットに危険が差し迫っています。私が行くまで彼女の部屋にメイド以外の一切の侵入を許すな』


『はあい、我が君ぃ~』


『なんと。不届きな輩もおったものじゃな』


妖精はそれぞれ間延びした返答をしたが、事態を把握したようだ。


『…殺していいのかの?』


最後にギュリは物騒な確認を取る。


ミラはちょっと考える。


『……殺してはいけません。私が行くまで時間が稼げればそれでいい』


殺しても死ななそうな異母兄ではあるが。さすがに妖精相手はまずいだろう。


即答せずに間があいてしまったのは、ミラ自身怒りと焦りで情報を上手く処理できていないからかもしれない。


『面倒ですわぁ。でも我が君の命ならば仕方ありませんわぁ』


妖精は了承をしてくれたのだろう。

それきりこだましていた声が遠ざかり、やがてふつりと気配が途切れた。


「殿下、御二方に命令されたので?」


なんとなく事態を察したのだろう。

ヨハンナムが並走しながら訊ねた。


「ええ。一応殺さないように命じておきました」


「ははぁ。しかしですね。何しでかすか分かりませんよ。あのお二人、手加減という繊細な芸当はできませんからね」


「そこは兄上が何とか凌ぐでしょう」


ミラはそこまで知ったことかと考える。


人のものに手を出すつもりなら、それ相応の覚悟があるだろう。


すっかり『彼女』には興味を失ったものとばかり考えていたのに。想い人の女性に3日会えなかったせいで好奇心が再燃したのかもしれない。


なんとも面倒で厄介なことだ。


ミラは長い長い廊下を苛立たし気に走り続けた。


「嫌ですよぉ?こんな形で王太子殿下暗殺だなんて」という側近のぼやきを聞きながら。


*****



「ふっふっふ……なるほどね、さすがはミラ。お見通しってわけかい」


さっきから足が鉛のように、重い。

この感覚には覚えがある。


「ミラの守護妖精たちだね?主人の命令で私を足止めしようとしている…」


姿は見えないし、声も聞こえない。が、確実にいる。

何かが確実に自分の両足にへばりついて動きを制限させようとしている。


「だけど私もこれしきのことで諦めるわけにはいかないよ!」


ずーるずーるとふたりの妖精を引きずりながらも、彼は確実に歩を進めていた。

しかも結構早い。


これにはふたりの妖精も唸っていた。


「アミン、何故妾たちがこんなモヤシ垂れ目の足にへばりつかなければならんのじゃ?」


「仕方がないでしょうぅ?我が君は生け捕りをご所望よぉ?人間は竜と違って貧弱なんですもの」


「ちょっと位なら平気じゃろ。こやつ、殺しても多分死なぬぞ」


そう言いながらギュリは人差し指で彼の頭上を指した。

指された彼の頭の上では、パチパチと光の塊が生まれ――彼の頭に小さな光がパチッと弾けて落ちた。


「……いっつ!」


静電気位のものだろう。

彼は光が落とされた箇所の頭を撫でつつ、姿が見えない妖精に語り掛けた。


「ちょっと君たち。頭に雷を落とすのはやめてくれないかい?ハゲてしまうだろう」


モヤシ垂れ目の言うことなぞ意に介する様子もなく、ギュリは「ぬぅ」と唸る。


「ううむ。ちょっと弱すぎたかのぅ?加減が難しいの」


「ギュリばかりずるいですわぁ。えいっ」


そう言ってアミンはパチンと指を鳴らす。


するとどこからか水の塊がふよふよと生まれ……


ザパーーッッ!!


水の塊は彼の頭上から滝のように降り注ぎ、彼の身体を打ち付けた。

そのあまりの勢いに押され、その場にずしゃりと倒れ込む。


「………。あーあー…」


気だるげに身を起こす。


ずぶ濡れである。

滴がポタポタと下垂れ落ちる前髪を指で分けて彼は嘆息をつく。


「こんなに濡らして…掃除が大変そうだ」


全く堪える様子もない彼にアミンはギリギリと奥歯を噛みしめる。


「水で鼻と口を塞ぐのはどうかしらぁ?」


「アミン、それでは死んでしまうぞ。それよりも今ずぶ濡れのこやつに妾の雷を落とせば…」


「ギュリ、それも死んでしまうのではなくてぇ?」


「難しいのぅ…ちょっと位なら焦がしてもいいのではないかのぅ」


などと足元で2人の妖精が言い合っていると、そこに。


「兄上!!」


息を切らせたミラが追いついた。


✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


「ミラ。早かったね。流石我が弟」


「兄上…、彼女は臥せっております。みっともない姿を見せたくないからと、私も室を追い出されましたので…」


はっきりとは言わないが、遠回しの拒否の態度に異母兄は鼻を鳴らした。


「なんだい、ミラ。私が初対面の女性の寝所に入り込む奴だと思ってるのかい?しかも病気で寝ているというのに。そんな無粋な真似しないよ」


「…違うのですか?」


明からさまに疑いの目を向けるミラに、彼は「やれやれ」と頭を振った。

懐から紙片を取り出し、ヒラヒラさせた。


「お見舞の手紙を、部屋の外にでも置いておこうと思っただけだよ。でも手紙もずぶ濡れになってしまったよ、全くもう…」


「そうでしたか、それは申し訳ありません」


濡れたシャツを絞りながら異母兄は笑う。


「まぁいいさ。後で人を遣って手紙を届けさせるよ。…それ位構わないだろう?」


「ええ…」


正直嫌である。大変不愉快だ。


――後で握り潰そう。


ミラはそう決意した。


「ミラ、返事を貰ってきてくれるかい?もし返事を貰えなければ私は今度こそ直接彼女の室に出向いて返事を乞うかもしれないね……?」


「…わかりました。彼女の体調が良くなったら、伝えてみます」


手紙を握り潰そうとしているミラの思考を読んだのだろう。

自分には彼の考えていることが何となく分かるが、それは彼にも言えることなのかもしれない。


伊達に半分血が繋がっているわけではないだろう。


ミラは心底嫌そうに、重々しく溜息をついたのだった。



********


目を覚ますとアイサが心配そうに私を覗き込んでいた。


「オリヴィア様、お加減はいかがですか?」


「…おはよ、アイサ。もうすっかり良くなったよ」


アイサはほっとしたように胸を撫で下ろし、手に持っていた何かを手渡してくれた。


「これは…?オリーブの枝?」


「王太子殿下からのお見舞いです」


「王太子殿下…ミラのお兄さんか」


鈴なりに丸い赤緑の実がなっている枝には、手紙がくくりつけてあった。


その手紙には一言、『あなたの病が一刻も早く過ぎ、再びの平安が訪れますように』と美しい字で書かれていた。


オリーブの植物は平安、平和の象徴だ。

自分の名前とかけているのだろう。

何とも小洒落たことをするひとだ。


「『貴女の未来の兄 セス・ザナードより』…ミラのお兄さんはセスっていう名前なんだ」


未来の兄っていうのがよく分からないけど。


ミラにお兄さんのことを聞いても何故かはぐらかされてしまうからなぁ。


今度お礼と挨拶がてらお会いできればいいんだけど。ミラに頼んでみよう。


花瓶に挿したオリーブの枝。その実をつんつんつつきながら、私はまた微睡まどろむ。


きっと次に起きた時はもう元気な自分に戻っているだろうと確信しながら。



まず図書館では静かにしようと言いたい。


✳︎オリーブの枝=平和の象徴

こちらの世界にも旧約、新約聖書と似たよう神話があるという設定でお願いします


オリヴィア目線が主じゃない話はタイトルのツライ縛りを変えてみようかと思います。


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