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令嬢は生きるのがツライ  作者: 今谷香菜
~シャダーン国編Ⅰ ふたりの王子~
22/85

~セカンドキスまで奪われてツライ~

****


アイサと王都にお忍びをした日の夜。


自室で腹筋をしているとコンコンと扉をノックする音がした。


こんな時間に誰だろう。アイサか?


「はい」


扉を薄く開けると、そこにいたのは……


「ミラ?どうしたんだ?」


今日は会えないと聞いたのに。


「……補給をしに来ました」


「ほきゅう?」


何を、と聞く前に彼は私を抱きしめた。


……また友情のハグデスカ。


こいつは何もかも突然すぎる。


「ミラ。私汗臭いから離れて」


さっきまでガチで筋トレをしていたので。

良い汗かいてます。


「嫌です。臭くなんてありません」


離すまい、と彼は腕に力を込めた。


「いや、マジで臭うからさぁ」


そしてこいつは男のくせに私よりいい匂い……。


色々と打ちのめされるぜ。


私は妙な敗北感のまま彼に身を任せた。もう面倒だ。


今度からハグも許可制にしようかな……。


「ところで、今日は他国のVIPを接待してたんじゃないの?」


「もう終わりましたよ。今日一度も貴女に会えないのは耐えられないので早々に切り上げてきました」


「おまえ……」


冗談だと思いたい。

王子ジョークだろう、うん。

もしそれが本当なら仕事しろと全力で言いたい。これに尽きる。


「あ、あと日記も読ませていただきました。返事も書いたので持ってきましたよ」


「ええー」


はい、と羊皮紙のノートを手渡される。

いやいや。今日渡したのに今日手元に帰って来るなんて。なんてハイスピード。

交換日記って2、3日サボったりしてさ~?

「今誰のところにあるの?」「ごっめーん。私止めてるぅー」みたいな会話が女子学生のお約束じゃないのか?

何でこんなに生き急ぐように交換せねばならんのじゃ。

しかもこいつがこんなスピードで書いてくるとしたら、私がサボりづらいのだが。


私が胡乱な目つきのままノートを受け取ったのに彼は拗ねた様子だ。


「ぐえ」


また抱きしめられた。今度はさっきよりきつく。

大よそ令嬢らしくない、蛙がつぶれたような声が出てしまった。


「本当に。貴女はつれない人です」


「はぁ。しかしだな。友達同士でもそれぞれ想いの深さが違ってだな……」


自分が想っているのと同じ位相手が想っているとは限らないんだよ、うん。

ぼっち生活が長い君にはまずそこから教えてあげないといけないのだろうな。


厳しい現実である。しかし現実とは得てして我々には厳しいものだ。

そしてその厳しさは私にしか教えられないのだ。何故なら彼はぼっちだから。


「……友人関係においても俺は片思いですか?そんなの切なすぎます…」


「いや、一方的な片思いじゃないぞ。私はこれでもおまえを想っている」


大体「友人関係においても」の「も」ってなんだ。

他に何が含まれるのか。


「本当ですか?あまり実感が沸かないのですが」


ミラは少々私を責める口調だ。


「本当だって。おまえを真人間にする為にだな、色々と考えてはいるんだ」


とりあえず彼は深刻な愛情不足のようだから、友人にもなったし。

今はその友情に温度差があるかもだけど、私だって彼との友情を深めたいとちゃんと考えているのだ。


そうして私の及ぶ範囲で彼への友愛を示すことができれば。ミラの、自分を軽んじているところとか。

あんまり自分を大事にしない、そういうところが少しは改善されるのではなかろうか。


彼は「真人間ね…」と含みのある口調で呟いた。


「貴女と出会ってから俺はぶっ壊れた気がするんですけどね」


「なんだそれ。人のせいにするな。おまえがぶっ壊れているのはおまえの責任だ」


こいつ。責任転嫁も甚だしい。


彼はそれを聞いてまた少し拗ねたような顔をした。


私はその顔を見て、「そういえば」と思い至った。


そっと彼の頬に手を当てる。


「ああでも。おまえも変わったよな」


「? 何がです?」


「出会った頃は何を考えているかさっぱり分からなかったけど。今はこうして思ったことが少し顔に出るようになったというか」


何というか。「人間くさく」なった。


「そうですか…?」


彼は私の手に手を重ねた。不思議そうな顔をしている。

自覚はないようだ。


「うん。おまえのその、結構感情がダダ漏れな時がある瞳とか、私は好きだよ」


目は口程に物を言う、ってやつだな。


「嘘。俺の本当の気持ちなんて分かってないくせに」


はぁ、とため息をつかれた。

えー何ですか。その一方的な言いぐさ。


そのちょっと小馬鹿にした感じの態度も。腹が立つんですけどぉ。


私は頬を膨らませた。


「おまえの気持ちくらい、多少は……」


「じゃあ、俺が今何を考えているかわかりますか?」


そんな。正確には分からない。エスパーじゃないんだからな。


しかしだな。その挑戦、数日前に彼の友人となった身として、受けてたってやろうじゃないか。


私はじいーっと彼の瞳を覗き込んだ。


うーんと?切なげな……なんというか。


「なんか…物欲しそうな顔をしている?ミラって時々そういう顔するよな。お腹空いてる?」


「半分正解ですかね」


「あ、そうなの。え、半分?」


「ええ。お腹は空いていません」


ミラはにっこり笑った。あ、これは。この笑顔の時はやばい。


じゃあ正解は……?半分の意味は……?と疑問に思ったのもつかの間……


私はじりじりと後退する。


本能が彼から距離を取れ!と告げていた。


「薔薇姫?正解は聞きたくないですか?」


ステキな笑顔で彼はツカツカと距離を詰めてきた。


「いや…なんか答え聞くのが怖いっていうか」


結局壁際まで追いつめられる。彼は壁に手をつき、檻のように私をやんわりと閉じ込める。


に、逃げられない。ていうか近い!近い!


「あの……ミラさま。近いです」


「はい」


「あの!だからですね?麗しいご尊顔が大変、近しいのデスガ…」


私は視線を泳がせる。

なんだこの無駄な至近距離。無駄な至近距離という日本語の意味もワカラナイ。


「薔薇姫は俺の顔が好ましいそうですから。生かしているところです」


「は、はあ」


そんなもんはよそで生かしていただきたい。具体的な有効活用の方法は思い浮かべれませんが。


彼は私の顎を手でくいっと持ち上げて無理やり視線を合わせる。


変な汗がだらだら出てきた私を見て、ミラはくすりと笑う。


「正解はね、薔薇姫。貴女にキスをしたいなって考えているところです」


はいっ!別に聞きたくなかったデース!


そしてその時。私の脳内に設置された「親愛のキス許可庁」長官が即座に「NG」を出しました。


「却下」


「……なぜです?」


「稟議が通りませんでした…ではなくて。ええと……汗をかいているから?」


本当は何でダメなのか自分でもよく分からない。

ただこういう獣を狩るような瞳をしている時のこいつはダメだ。

友達に、親愛のキスをしたいって時に。その色気はどうかと思います。私は彼の色気で胸やけしそうです。


これまた捕食され系女子の私の本能が警鐘を鳴らしている。


とにかくダメなものはダメだ、と。


「汗なんてかいてます?さっきも言いましたが。臭くないですよ」


ミラはそう言って私の髪に顔を埋める。


「ミラ、く、くすぐったい」


首筋に吐息がかかる。


彼は私の生え際に軽く唇を押し当てた。

ちゅっ…という控えめなリップ音を近くで聞き、頭の中が真っ白になった。


「ミ、ミラ!!」


焦って彼の背中をばしばし叩く。

びくともしない。


「汗を拭いただけです」


今度は首筋に触れるだけのキス。


彼のふわふわの金髪が頬をくすぐる。


汗が冷えたのか。それとも違う理由でか。

全身が粟立つのを感じた。


「ぐあぁぁ~!離れろ!!」


私は彼の延髄へびしっとチョップを食らわした。


「いてて…痛いです、薔薇姫」


「うるさい教育的指導だ!キスの許可も出してないぞ!!勝手にするなバカ!!」


私は持っていた交換日記を顔の前に突き出し、ガードした。


ミラは「キスで我慢しているのに」とかぶつぶつ言っている。意味が分からん。


「薔薇姫。とりあえず顔を見せてください」


「いーやーだー」


ガードしているノートを顔から無理やりどかそうとするので、そうはさすまいと必死に抵抗した。


今こそ筋トレの成果を見せつけてやるー!!


ぐぐぐ……と彼との無言の攻防の最中――…


ふと。


声が聞こえた。ひそひそと。


「おい、ヨハンナム。面白いものが見られるとお主が言うたから黙って見ておったが。いつ面白くなるのじゃ」


「いやいやギュリ様……十二分に面白くありませんか?くくっ…」


ヨハンナムさんの震える声が聞こえた。笑いを噛みしめているようだ。


「あなた。やはり覗き見なんて趣味が悪いですよ……ふふっ」


たしなめるアイサの声。でも同じく声が震えてらっしゃる。

説得力皆無ですよ、アイサさん。


「それにしても生意気なペットですわぁ。飼い主とのスキンシップを拒むなんて」


「そうじゃな、アミン。口吸いくらい…、減るもんじゃあるまいしの。これはしつけが必要じゃな。我が主を呼び捨て、『おまえ』『バカ』呼ばわりも含め」


「そうですわねぇ」


あ、やばい……

話がどんどんいけない方向へ進んでいる気がする……


身の危険を感じた私はノートを目の下あたりにずらす。ミラと目が合った。


ミラは「ふぅぅ」と重く息をつく。


「ヨハンナム、アイサ。ギュリ、アミン……出てきなさい」


ぞろぞろと角から見知った面々が現れた。

アイサ以外は全員悪びれた様子もないのが腹立たしい。


「おまえたち、何をしているんです?」


「いやいや殿下。たまたま通りかかったもので」


ミラとヨハンナムさんがそんなやりとりをしている脇で、妖精ズが私の方へ飛んできた。


「ちんくしゃ。ペットが飼い主とのスキンシップを拒むのはいかがなものじゃ?」


「あ、はい。スイマセン」


ギュリさんがお美しい顔で睨むのでとりあえず脊髄反射で謝罪をしておく。


「そうよぉ。愛されているうちが華よお?」


「ひゃい。しゅみましぇん」


アミンさんは私の頬をぎゅむーっとつねる。


「そうじゃぞ。大体飼い主から口吸いされるなど、ペットとして最上級に喜ばしいことじゃ。ペット冥利に尽きるというものじゃぞ」


「ええとですね……あのはい。おっしゃる通りかと思います、はい」


ギュリさん、「口吸い」は親愛のキスという認識でまず合ってますかね?


まずそこからお互い認識のすり合わせをすべきかと。


「ギュリ。でも我が君が口づけたときにペットの歯が当たったりしたら危険だわ」


「そうじゃの。お主ちんくしゃだから他のオスとの経験もなさそうじゃしのぅ?」


なっ…!? よ、余計なお世話です!


確かにその通りですが。前世から経験不足が否めません。

一度ミラにされましたが。それはノーカンだと自分の中で決めているし。うん。


は。そんなことよりも。やっぱりおふたりとも、唇と唇を合わせるキッスを、私とミラがすると誤解している!?


慌てて否定しようとした私の顎を、彼女は人差し指で優雅に持ち上げた。

人間離れした美しい顔が間近に迫り、その妖しい色気にあてられ、私は一瞬声を失った。


「どれ、妾が教えてやろ」


「へ?」と思ったのもつかの間。唇に柔らかい感触。


「んむむ……っ!?」


え。ちょ……!?


ギュリさんが角度を変えーのして私の唇を攫う。


何が何でこうなった!!?


逃げようとする腰は手でガッツリ捕らえられた。

その執拗なまでの口づけに私は頭がくらくらした。


ちょっ……も、もう……らめぇ~


「殿下、後ろ後ろ~!」


とヨハンナムさんが前世のコントではお決まりのフレーズを言って、ミラを促す。

ミラとアイサがこちらを振り向き、慌てて駆け寄って来る……のを視界の隅で捉え、私の腰は砕けた。


ギュリさんが意外にも身体を支えてくれたまま、私は彼女の腕の中でぐったりとした。


「まぁ、おぼこいこと」


そう言ったアミンさんの声と。


「ふむ、まだまだ要努力じゃな」と、舌なめずりをしながらギュリさんが極上の笑みを見せてくれたのを最後に。


意識はぶつりと切れた。



====  暗  転   ====



――……みなさん、私の唇をタラコか何かと勘違いしておりませんか?


もっとこう……乙女の唇ってさ。神聖なものだと思うんですよね。


大体前世からキス経験がないんだからさ。

多少はさ?夢を見たっていいじゃないか。


そのぅ、シチュエーションとかね。

初めては波打ち際で波の音を聞きながらとか。夜景がきれいなところでとかさぁ。


それなのに。こんなに気軽に奪ってくれちゃってさ……


くそうー

喪女のささやかな夢をみんなでぶっ壊しに来やがって。


……なんて切ない思考のまま意識が浮上するのを感じた。




****


どうやら自室のベッドに運ばれたようだ。

人の声が聞こえる。


「……ギュリ、アミン。彼女にキスをしてはいけません」


「なんでじゃ。妾たちもペットを愛でたいぞ」


「それに。我が君が口づけた時に粗相があってはいけませんわぁ」


「そーだそーだ」という一歩も引かない様子の妖精ズに対し、ミラは困っている様子だ。


「……彼女にしたいなら。これからはその分俺にしなさい」


その言葉に美女妖精ふたりはぴくりと反応した。が。


「うぬぅ……じゃあ今後口吸いはやめるぞ、多分」


「口吸いは」の「は」という点付きが非常に気になります。

あと「多分」ってなんだ、多分って。


ミラはこれ以上の説得は難しいと思ったのか、「ふぅ」と息をついて、寝台に近づく気配がした。


ギシッと小さな音を立てた。ミラが寝台に腰掛けたのだろう。


何となく起きていると言い辛くて狸寝入りを決め込むことにした。


ミラが私の髪を優しく撫でて……いるところにギュリさんとアミンさんが乱入したようだ。


「我が君ぃ、今ならちんくしゃは大人しいですわよぉ?キスされてはいかが?」


おいおい。何寝込みを襲うなんてサイテーな提案しちゃってくれてんの。アミンさん。


「まことに。起きている時は生意気にも抵抗するからのぅ」


完全同意、みたいに「うんうん」と頷いている様子のギュリさん。

ミラは今日これで何回目だろうか、というため息をついて言った。


「……起きている時にできなければ意味ないでしょう?」


「そんなものですの?」


「ふむぅ。しかし妾には何となく分かるぞ。口づけた時のちんくしゃの反応はいからのぅ。我が主がからかいたくなるのも分かるぞ」


「私はまだペットに口づけてませんわぁ。ギュリばかりズルいですわぁ」


こ、こいつら……

好き勝手言ってくれちゃって……


私は怒りで目がぴくぴくするのを辛うじて抑えた。


人の唇を何だと……


「殿下、あの。そろそろ……」


人の寝ている前でやいのやいのしている3人に、アイサが声を掛けた。


「オリヴィア様は……入浴される前に気絶されてしまったようですので、身体を拭いて差し上げたく思います」


「そうですか。では……」


ミラは立ち上がる気配を見せる、と同時に。

私の髪のひと房を掬い、口づけを落としていった…。

……これは。狸寝入りがバレていたな。


「妾がペットの身体拭きたい~」だとか「ブラッシングってやつですわね?私もやりたいですわぁ、我が君ぃ」とか言っている妖精を宥めすかし、彼らは室を出て行った。

パタン、と扉の閉まる音がして足音が遠ざかる。


「もうよろしいかと思いますよ。オリヴィア様」


「あ、やっぱりアイサにもバレてた?」


私はがばりと身を起こす。


「はぁ。全くワガママな主従だな」


「ふふ。本当に。オリヴィア様は愛され体質で大変ですね」


「愛され体質……」


愕然とした。

一番自分と縁遠い単語を聞いた気がするよ。

アイサさんはそんな私の様子にふっと笑う。


「入浴されて、よく身体を温めてくださいませ」


やんごとない令嬢なら入浴の世話も侍女にしてもらうところだろうけど。

そういったことは私は事前に断っているのだった。


「うん、ありがとう。アイサ、おやすみ」


「おやすみなさいませ」


パタン、と静かにドアが閉められた。

私はアイサの退出を見送ってから、雑念を払うかのように頭を振る。


……まぁ、キスといっても。

相手は女性だし。


フェアリーさんだし。


ノーカンで……。ええ。


いいですよね?うん。


一体いくつの記憶を改ざん…というか忘却の彼方へ滅すればいいのだろうか、と私は気が遠くなった。


願わくば。これ以上「ノーカン」が増えませんように。


自分で言っておいてなんだけど。

「ノーカン」が増えるという矛盾した言葉に私はげんなり肩を落とした。


*****







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