~お忍びが楽しすぎてツライ~
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アイサとふたりで街に出た。
「オリヴィア様。やはり護衛の者をお連れした方が良かったのでは…」
「あんまり御付きの者がぞろぞろといるのが好きじゃないんだよ。大丈夫、今日はちょっと散策をして帰るだけだから」
「でも……このように変装までして。殿下に知られたら卒倒ものですね」
日よけの為か、顔を隠すためか。アイサはフードを目深に被っていた。
そのフードから覗く顔はどこか不安げだ。
一方の私はというと、王宮で働く侍女のお仕着せを着ている。
無論、目の前のアイサに無理を言って借りたのだ。
私は舌を出して彼女のエメラルドグリーンの瞳を覗き込む。
「ごめん、アイサ。ヨハンナムさんに聞いてなかった?私のじゃじゃ馬っぷり」
私の悪戯めいた表情に、アイサは微苦笑を漏らした。
「仕方がない方ですね。殿下は怒るととても怖いんですよ?知りませんからね」
「知ってる。ミラにバレたらアイサを無理に引っ張って付き合ってもらった、って言うからさ。アイサにはお咎めがないように約束する。だから許して?」
事実その通りだしな。
アイサはふぅ、と嘆息する。
「今日はどうしてここに?何かお目当てがあるのでしょうか?」
「うん。ミラへの贈り物を考えていて」
「まあっ殿下への!?それを早く言ってくださいっ」
アイサは私の言葉で色めきたった。
何となく私との温度差が生じてしまったような気が……。
「ああ……、うん。だからアイサにミラの好みでも聞こうかと思って」
「ええ!私にご協力できることならいくらでもします」
いずれは交換日記で彼の好みとか分かることかもしれないけど。
今日は下見がてら町の様子を見てみたかったのだ。
あと、もうひとつの目的の為にも。これはアイサには内緒だ。
「それにしても。すごい人だな」
見渡すばかり人・人・人!
公爵領も馬車で半刻も走ればにぎやかな街があったが。
基本的に自分は、静かで小さな森の奥にひっそりと佇んでいた自宅にいたので、こんなにたくさんの人を見る機会はあまりない。
石とレンガでできた建物が所狭しと並んでいて、たくさんの店の看板がひしめきあっている。
空を仰げば、色とりどりの布が視界を覆う。この街に住む人の洗濯物なのか。
スカーフや布織物もぶら下がっている。きっとこの街の職人が作った製品も並んでいるのだろうか。
「んん?」
よくよく目を凝らせば、空中に光の塊がふよふよ浮いている。かなりたくさんの数だ。
なんだあれ?錯覚??
「目がくらみましたか?」
目をシパシパさせている私にアイサは訊ねた。
私は目をこすりながら「いや……」と呟き、もう一度目を凝らす。……やっぱり見えるな。
「なんか……光の塊がそこかしこに浮いているんだけど……」
アイサは得心が言ったように、「ああ、なるほど」と私が見ている方向へ視線を移す。
「悪戯好きな小妖精ですね。人が多くて賑やかなところが好きなんです」
「ああ、そう……あれらは妖精か」
スポットライトをあちこちに設置して光らせているみたいだ。眩しい。
でも往来の人々は皆普通に買い物を楽しんでいるようだ。
「他の人には見えているのかな?」
「恐らく、大半の方には見えているかと。妖精を見ることができない人も中にはおりますが。やはり少数です。他国はいざ知らず、この国の者はその大半が『見える』体質でしょうね」
「そうか。でもこんなにたくさんいるのが見えて、誰もパニックにならないんだな……」
道中で宿泊した宿で、妖精に攫われそうになったのを思い出した。
「大したことはしませんから、大丈夫です。こういうところに現れるのは、人間好きな妖精たちで『お隣さん』ですから」
「お隣さん……」
なんとも素敵な言葉だ。
きっとこの国では妖精との暮らし方、共存の仕方を心得ているんだろう。
それだけ妖精が身近な存在だと示す、微笑ましい言葉。
光は遠巻きに私たちを囲っている。
近づいてこないのは、私がミラから借りた銀のネックレスをしているせいだろう。
頭上で浮かんでいた光に手を伸ばそうとして、光は慌てて逃げてしまった。
気を取り直して、視線を空中から地上へ戻す。
路上で簡易テントを張っている店が目に飛び込む。
ミサンガや装飾品を売っているお店だ。
「キレイだね?」
私はそのうちのひとつを手に取りつつ、店主のおっさんに声を掛けた。
青いミサンガだ。同じく青いガラス玉が器用に編み込まれている。
「気に入ったかい?かわいいお嬢さん」
店主は自分の作品なのか?褒められて気を良くしたようだ。
「うん。とてもキレイだ」
「オリヴィアさ…オリヴィア、気に入ったんですか?」
変装していることを気遣ったのだろう。
アイサは私を呼び捨てにした。でも敬語は抜けなかったようだ。
「うん。ミラの瞳と同じ空色だ。似合いそうだと思って」
「そうですね。殿下……彼は青色が好きなようです」
そうなんだ。
どこか静謐を思わせる彼の雰囲気に、青はよく寄り添う。とても似合うだろう。
「あ、こっちは兄貴みたいだ」
私は彼の瞳を思わせる黒い石をひょいと手に取った。
「兄貴?……それはオニキスですね」
「そう。オニキスという石なんだ。剣の飾りにしたらカッコいいだろうな」
兄貴と以前約束したこと。
御前試合で彼が優勝したら私があげられるものを彼が指定して贈ること。
それとは別に、彼にこの石を飾りとして填めた剣を一振り、作っても良いかもしれない。
私が妄想していると、店主のおっさんが声を掛けた。
「お買い上げかい?お嬢ちゃん」
私はそっとオニキスの石とミサンガを置いた。
「冷やかしてごめんね。実は今日持ち合わせがあまりないんだ。お金持って来たら、また見に来ていい?」
「ああいいよ」と店主のおっさんは歯の抜けた笑顔で笑って見送ってくれた。
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「アイサ、はぐれた時の集合場所を決めない?」
「はぐれた時の……ですか?」
「そう。こんなに人が多いとはぐれてしまうかもしれないから」
私とアイサはてくてくと街をぶらついていた。
いろんな人の肩や腕にぶつかりながらだったから、うまく会話もできなかった。
「さっき通った十字路。もしはぐれたらその中央にあった噴水で待ち合わせしよう。どう?」
「はい、いいですよ。でもはぐれないようにしませんとね?」
私は返事をせずに曖昧にほほ笑んだ。
――今日の予定ではこの彼女とはぐれなければいけないのだ。
***
その後も街をぶらぶらと散策していたら、あっという間に正午を回ってしまったので、
私たちは適当なお店で昼食を摂った。
「オリヴィア様に大衆食堂でお食事をさせるなんて」とアイサは反対したようだったが、宥めて無理にお店に入ったのだ。
出されたお肉と野菜炒めをもぐもぐと食べる。
アイサはややぐったりしているようだ。
「オリヴィア様は、見た目の可憐さと違って……元気が有り余っておりますね」
などと評された。
私はお肉にかぶりつきながら考えた。
令嬢のくせにこんなにも豪快、もとい下品な食事作法を窘めているのか。
それともこれまでの行動を示唆しているのか。もしくは両方か。
鈴木勇太の意識が強かった過去の自分。
その時は自分のことを「美人」だと思っていたんだけど。
「私は元気かもしれないけど。可憐な外見ではないと思うよ」
ストロベリーベージュと言われた、この自己主張の強い色の髪。
はしばみ色の、意思が強そうといえば聞こえがいいが。生意気そうな瞳。
髪色と相まって、気難しいというか。キツイ印象を人に与えてしまうだろう。
痩せていて女性の豊かさが一切ない身体も……。
コンプレックスは多い。尽きないものだ。
アイサは何か言い返そうとしたのだろう。
開きかけた口を、私は制するように話題を変えてしまう。
「それにしても。ご飯美味しいね?」
「……そうですね」
「ここのお店、雰囲気もいいな。結構好きかも」
店内は結構混んでいる。
きっと忙しいだろうに店員さんもいちいち愛想がイイ。丁寧な接客だ。
女将さんらしき妙齢の女性もサバサバと店員に指示を出している。
きっぷのいい女性だ。
ちらちらと店内を見渡す。
壁にかかったメニューとは別の、張り紙を見つける。
私はにんまりした。テキトーに入ったお店だったけど。これは当たりかも。
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ご飯を食べ終わって店を後にした。
その直後。
「アイサ、あのお店行きたいっ」
「あ、オリヴィア様っ……待っ…」
私は人混みをかき分ける様にずんずん進んだ。
アイサを置いて。
そうして彼女が人の波に完全に消えたのを見て取り、脇の路地にするっと入っていく。
その路地を抜けて違うメインストリートに出る。
散策がてら歩いてきた街道に、沿うように整備された別の街道だ。
ごめんね、アイサ。騙すようなことをして!
アイサが待ちぼうけにならないように。なるべくすぐに噴水のところに行けるように努力するから!
私はその街道から、通り過ぎた際に目をつけていたお店まで戻った。
そのお店で今日一番の目当ての品物を買った。
――そしてその足で、もうひとつの目的地へ向かった。
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「ここで働きたいのかい?お嬢ちゃん」
「はいっ!接客は得意です」
私は今、バイト面接中だ。
もちろん、さっきお昼を摂った食堂で。
お昼時も済んで、店内に人はいない。
私はにっこり営業スマイルをした。
「そこの張り紙を見たんです。希望は22時~0時。ここってお昼は食堂で夜は酒場なんですね?」
さっき見つけた張り紙には『給仕募集!日給制にて昼~夜。空いた時間でOK!』と、そんな旨が書かれている。
「そうだけど。お嬢ちゃんが夜働くなんて。ガラの悪いお客もいるかもしれないわ。お昼じゃダメかい?」
お昼はダメだ。
昼は王宮にいなくちゃいけないんだから。
「私、昼は違う仕事をしているんです。大丈夫です。以前も違う場所で酒場の接客はしていましたから」
いわずもがな。前世のバイト経験ですが。嘘はついていない。
前世の学生バイトではレストランで接客をしたり、コンビニや居酒屋でもバイトをした。
接客業なら得意だと思う。
「そう……昼は違う仕事を?……その恰好。お嬢ちゃん、王宮で働いているのかい?王宮のお仕事なら御給金も多いだろう?そんなにお金が欲しいのかい?」
アイサのお仕着せを着ていることに気づいた。
私はちょっと冷や汗をかく。
「ええ……まあ。あ、でもこの国はすぐに出ていくつもりなんです。だからそんなに長く働けないのですが…。ワガママばかりでごめんなさい。もしそれで良ければ……雇ってもらえませんか?」
かなり図々しいお願いではあるけど。
これでダメだったら縁がないということで仕方がない。
女将さんは切れ長の瞳をすうっと細めた。
「あんた、どう思う?」
隣にいた夫らしき、店主に聞いた。
「いいじゃないか。猫の手も借りたい位忙しいんだ。ちょっとの時間・ちょっとの間でもうちは助かるよ。それにお嬢ちゃん、とってもカワイイし。イイ看板娘になるよ」
女将さんは「そうだねぇ」と笑った。
笑いながら「お嬢ちゃん、名前をそういえば聞いてなかったね」と聞いてくれた。
この王宮侍女のお仕着せが、私の身元を確かなものとして判断したのだろうか。
私は真っ先に彼女を思い浮かべた。王宮のメイドのお仕着せを着ている自分。そう、メイドだ。
「ルリ、と申します。短い間かもしれませんが、よろしくお願いします。女将さん」
私はこうして。
働き口をゲット!したのであった。
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店を出て、慌てて待ち合わせ場所に走った。
予想通り、噴水の前でそわそわと落ち着かない様子のアイサが待っていた。
「アイサー!ごめん!!」
「オリヴィア様っ!!心配しました……」
「ごめん、つい買い物に夢中になっちゃって。アイサとはぐれたのに気付くのも遅れちゃった」
アイサは私の持っている紙袋に視線を移す。
「それは?殿下への贈り物ですか?」
「ううん。これはちょっと、ね……。ミラへの贈り物はまた後日考えるよ」
「そうですか。ではもう王宮に戻りましょう」
私は頷いた。
今度はアイサに迷惑をかけないように。王宮を抜け出さなきゃな。
「今日のこと。ミラに見せる日記には書けないね?」
「そうですね。殿下にはもちろん。殿下とツーカーの主人にも秘密です」
私はアイサと笑い合った。
きっとこれから。
ミラには教えることができない、この街での思い出は増えていくだろうな。
夕日の光が目に染みる。
私はそんなこんなで街を後にしたのだった。
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