〜友達という関係性を却下されてツライ~
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「薔薇姫、何か欲しいものはありませんか?」
ミラに朝ごはんを届けた後、誘われたのでそのまま一緒に朝食をとることにした。
その席で藪から棒にミラはそんなことを聞いた。
「ほひいもほ?」
白いパンを口に放り込んだまましばし考える。
昨日も同じ質問された覚えが…気のせいか?
「うーん、特には…あ!」
ない、と言いかけたところで思いついた。
「何かあるんですか?」
ミラは心なしか身を乗り出した。
「うん、あのね…便箋が欲しい」
「便箋?」
「もうすぐ王宮に着くんだろ?着いたら兄貴に手紙を出したいんだ。毎日書きたいから、たくさん欲しいかな」
「毎日…シオンさんに?」
「そうだよ?」
勿論、両親やシルヴィアちゃん宛にも書きたい。
やはりたくさん欲しいな。
「わかりました。ではそのように手配しておきましょう」
ミラはちょっと不機嫌そうだ。ムスッとして答えた。
彼の質問通り、欲しいものを言っただけなのに、何故そんな顔をするのか。
意味が分からない。
ヨハンナムさんは腹を抱えてひーひー笑っている。
「姫君、ダメですよ。殿下は姫君に贈り物がしたいのに。他の男の名前を出すなんて。悪いお人だ」
「贈り物?ミラが私に?」
もらう義理なんて何もないよなー?
と不思議に思いつつパンをむしる。
「…折角出会えたのだから。何か記念になるものをお贈りしたいと思ったんです」
「ふうん。そんなもんか。じゃあ私もミラに何か贈らないといけないな」
ミラは片眉をあげる。
「俺に?薔薇姫が何か選んでくれるんですか?」
「出会った記念なんだろ?そういう習慣はよく分からないけど。ミラが私にくれるなら私も何かあげないと不公平じゃないのか?」
一方的に何か貰うのは気がひける。
お裾分けを貰ったらタッパに何か詰めて送り返すという、前世の母のご近所付き合い方法を思い出していた。
といってもお小遣いをそんなに持ってきてないんだよなぁ。両親に頼んで送金してもらうのも気がひけるし何か違うよな。
というか、何が欲しいのだろうか。こいつは。
「ミラは欲しいもの何かあるのか?」
「薔薇姫が俺の為に選んでくれたものなら何でもいいです」
……「俺の為」というのを強調されたな。
さっきまでの不機嫌はどこにいったのやら。
ミラはダークなそれではない、純粋に嬉しそうな笑顔で言った。
というよりも。こんな会話前も兄貴としたよなぁ。デジャブだ。
「わかった。考えておくよ」
とは言ったものの。
スモークサーモンを口に運びつつ考えた。
金の工面をしなければならないな、と。
お金がないのなら手作りの品とかをあげればいいのだろうけど。
いかんせん自分は不器用だし。王子様に下手なものを贈るのもいかがなものか。
やはりバイトか。バイトなのか。
前世で金欠になったときはバイトをよく掛け持ちしていたなぁ。
公爵令嬢なのでバイトはおろか、箸以上に重たいものを持ったことはない。
あ、ダンベルは持ち上げていますけど。それとこれとは別だ。
貴族といっても、ここは他国だし。
前世のバイト経験の記憶がある以上、働くことに抵抗はないかな。
そもそも働くって美徳ですよね。前世の国は労働が国民の義務でしたし。
ペットにまで降格されたもんね。労働階級なんてのはまだ人間扱いされておりますよ、うん。
ただどうやって働き口を確保するかだなぁ。
なんとか考えてみよう。
****
――それから馬車に揺られること1日。
私たちは王都ヨハミゼミに到着したのだった。
****
「ふぁ~!!」
王宮を目の前にして私は茫然と立ち尽くした。
門越しに見た宮殿は、白い壁に白い屋根だ。
丸い屋根の塔が両端にそびえ立っていて建造物を左右対称とさせていた。
シャダーン国の国旗だろうか。二匹の金竜が描かれている赤い旗がはためいていた。
王宮の正面には四角い大きな池があり、水面がその王宮を映している。
当たり前だけど、うちとは規模が違うな。
「美しいでしょう、姫君。ここは『白の宮殿』と呼ばれているんですよ。シャダーン国の硬貨にはこの宮殿が描かれているんです」
そう言ってヨハンナムさんは懐から硬貨を取り出す。
私はそれを受け取り、目の前の宮殿と照らし合わせた。
「ほんとだ。『白の宮殿』か、キレイだなぁ~。ミラはここで育ったんだね」
「ええ。気に入りましたか?」
「うん。ステキだ」
私は素直に頷いた。
何だか懐かしいような気持ちになる。
恐らく前世で似たような宮殿を、写真か何かで見たことがあるのだろう。
……何という宮殿かは忘れてしまったけど。
何処の国の何の宮殿だっけ?うーん……
社会の成績悪かったんだよなぁ…。
と、唸りつつも必死に思い出そうとする横で、ミラが私に微笑みかけた。
「何ならずっとここに住んでもいいのですよ?」
「いやぁ、それは遠慮しておくよ。あんまり大きいと落ち着かないからさ」
私は彼の冗談を適当に流した。
私の家も大きい方だけど、ここの敷地は一体何坪位あるんだろうか。
東京ドーム〇〇個分!って感じだ。
「そうですか…俺が爵位を授かり兄王の臣下に下ったなら。もう少し城は小さくても良いかもしれませんね?」
「えー。ミラは王子様のくせに。私と同じように広い家だと落ち着かないんだ?」
結構所帯じみた王子様だなぁ。
私が言えることではないけど。
「殿下の思いはなかなか伝わりませんねぇ」
ヨハンナムさんは私たちの会話を聞いて、何故かしみじみと、そう呟いたのだった。
***
大勢の人たちに出迎えられ、恐縮しながらも謁見の間に通された。
何でも国王に御目通りが叶うらしい。つまりミラのお父さんだな。
国王様が来られるまでその場に待機だ。
「ミラのお父さんってどんな方?」
「そうですね…、決断力もあり民を思いやる良い国王だと思いますよ」
んー。
聞きたいのは国王様としての人柄じゃないんだけどなぁ。
「謝って許してもらえるかなぁ?」
「?」
今回の旅行の醍醐味というか目的のひとつだ。
優しい人だといいんだけどなぁ~?
悶々としていると、傍で控えていた侍従のひとりがベルを鳴らした。
チリンチリン。
ふと顔を上げると、目の前の玉座に国王がゆっくりと腰を下ろそうとしていた。
私は慌てて平伏する。
完全に玉座に腰を下ろした気配がした。と同時に声がかかる。
「良い、隣国からの客人よ。面を上げなさい」
落ち着いていて、優しそうな声だった。
私は恐る恐る顔を上げた。
灰褐色の髪に王冠を戴いているその人はゆったりと笑った。
金緑色の瞳と目が合う。
ミラはお母さん似なのかな。
「ミラ、長旅ご苦労であった。従者がひとりでは不便であったろう?」
「いえ。お陰で悪さをするネズミを捕らえることができました」
「それは重畳。その話はあとで詳しく聞くとしよう」
何の話だろう?と首をかしげていた私に国王は笑みを向ける。
「彼女の話は先触れより聞いておる。隣国の小さな客人よ。名前は何というのだ?」
「オリヴィア・アーレンと申します。御目文字叶い光栄です。エイゼル国王陛下」
私はスカートの裾をつまんで礼をとった。
「はは。先触れは貴女のことを『ちんくしゃ』などと評していたので、一体どんな女性が来るのかと思っていたが。野薔薇のように可憐な乙女ではないか」
ギュリさん……。国王陛下の前でもブレませんね。さすがフェアリーさんです。
「陛下、彼女を1か月程この国に滞在させたいと考えております。王宮の室を使用しても?」
「ああ、構わんよ。小さな野薔薇の姫君よ。好きなように過ごしなさい」
「あ、ありがたく…。あ、あの国王陛下!」
鷹揚に笑って応えてくれた国王陛下がその場から去ろうとする気配を見せたので、私は慌てて彼を引き留めた。
この和やかなムードをぶった切ってしまう…でも仕方がない!
「じ、実は陛下に謝罪しなければならないことがあります」
「なに?」
「薔薇姫?」
ミラは私にだけに聞こえる声で、問うように呟いた。
私はすっとその場に正座だ。
「じ、じつは息子さん…ミラ王子殿下の身体を傷物にしてしまったんです!!申し訳ありません!!」
がばっと手と頭を床につける。全面的な叩頭の礼をとる。
ジャパニーズ DOGEZA です。
「と、とりあえず面を上げなさい。……傷物?ミラ、これは一体どういうことだ?」
狼狽した国王陛下の御声がした。
私はそっと床から頭を離した。
「ええと…ミラ王子殿下の肩に傷を作ってしまったのです」
「ああ、そういう傷物……そうか。どうしてそんなことに?」
「あの私が……」
ヒール靴で蹴っ飛ばしたんです、と言おうとした言葉を、ミラが引き取った。
「私が彼女の屋敷の夜会に招待された際、酒を飲みすぎてしまったんです。それで転んで肩をぶつけただけで、彼女に責はありません。私の不注意です」
私はびっくりしてミラを見た。
庇ってくれたんだ、という純粋な驚きだ。
「そうか。では野薔薇の姫君。貴女が責任を感じることはない。我が愚息はこれでも男だ。女性でもあるまいし、肩に傷など気にすることはない」
ふわりと優しく笑ったエイゼル国王陛下は、ダークではないミラの笑顔を彷彿とさせた。
笑うと目尻の皺が深くなって、温かな人柄なんだと思えた。
似ていないと最初思ったけど、笑い方はそっくりだ。
やっぱり親子なんだな、と私は何だか心がほっこりしたのだった。
***
礼拝堂、ギャラリー、舞踏会場、図書室等々…。
広すぎて全てとはいかないまでも。
何となくではあるが、一通り王宮内部を案内してもらった。
最後にミラは私の滞在する部屋を案内してくれた。
白漆喰の壁に天井は金のシダのような蔦の装飾が施されている。
天蓋付きのベットもあって、生活に必要なものは一通り揃っているようだ。
「キレイな部屋だな~」
公爵家の自室も十分キレイだったけど。
客間として使われているのだろうか。調度品が豪華だ。
「他に入用なものがあれば、遠慮なくおっしゃってください」
ミラは部屋の窓を開け、換気をしながら言った。
「ありがとう。……あの、ミラ」
「なんですか?」
「その、今まで気にはなっていたけど。ずっと聞けなかったんだ…」
「はい」
「か、肩の傷は痛む?もう大丈夫?」
ミラは若干気まずそうに咳払いをした。
「……先ほどの陛下との謁見で知りましたよ。まだ気にされていたんですね?」
「そりゃ…暴力をふるったのは私だからな。どんな理由があったとしても。暴力はいけないことだと反省はしているんだ。……あと、さっきは庇ってくれてありがとう」
私は蚊の鳴くような声で最後にお礼を言った。
癪と言えば癪なんだけど。
お礼を言うべきだと判断した。
「別にお礼を言われる筋合いはないと思うのですが……薔薇姫は真面目ですね」
ミラは苦笑しているようだ。
私は照れもあってかそれを誤魔化す為に叫んだ。
「わ、私は謝ったぞ!だから、ミラも謝れ!!」
「何をです?」
すらっとぼけた様子である。
こちらに言わせる気か!
私は恥ずかしい気持ちを押し殺しながらミラを睨む。
「だ、だからキスのこと。水に流してあげる。今謝ったなら良い友人関係を築くために今後は前向きに努力したいと思う」
「友人?誰と誰が?」
「わたしと、おまえだ!決まっているだろ!?」
ミラは笑った。
あ、あれ?これはダークな方の笑みだ。
ミラは黒い笑顔のまま吐き捨てるように言った。
「俺は貴女と友達になんてなりたくありませんよ。そんな関係、反吐が出る」
「んな!?」
この言葉は結構……いや、かなりショックだ。
確かにこいつのことを良く思っていなかったのは私の方だが。
それでもこの旅の道中で、お母さんの形見を貸してくれたりと、「こいつ案外いいスケコマシかもしれない」レベルにまで到達していたから。
だから私から歩み寄ろうとしたのに!
それなのに……
「そ、そんなにはっきりと言われるとは思わなかった」
私は茫然とつぶやく。
「そうですか?今までも態度ではっきり示したつもりでしたけど?」
ミラは怒ったようにこちらを見つめてくる。
訳が分からない。そんな態度知らない。
だって出会いの記念品だって贈り合う約束をしていたじゃないか。
頭は大混乱していたけど。
ミラは私を「友達になりたくない」程嫌っている。今彼がそう言ったんだから、それが事実なんだろう。
じゃあ、何で私はここにいるんだ?どうしてミラは嫌いな人間を連れてきたんだ?
私のここでの存在価値ってなんだ?
サイラスで交流して情が沸いたからうっかり連れてきちゃったんじゃないのか。
王宮にひとりで帰るのが寂しいって。そう言っていたじゃないか。
なんで嫌われている人間と。友達にもなりたくないと思われている人と1カ月も一緒にいなければならない?
これはミラにとって、嫌いな人間に対する盛大な嫌がらせなのか?
そんなの時間の無駄遣いだ。私の人生の時間はできるだけ有意義に過ごしたい。
どうせ一緒にいるなら、大好きな人達と一緒に。
私はふぅとため息をついた。
「ミラ。馬車を貸して」
「……なぜですか?」
「帰る!」
「は?」
「馬車がダメなら馬と地図を貸して。もういい、自力で帰るから。あんたのよく分からない気まぐれ?嫌がらせか。それに付き合うのはもうこりごりだ」
私は幼い頃とってもお転婆だった。
刺繍より木登りをして。読書より乗馬を楽しんでいた。
だから馬術なら得意だ。馬さえあれば帰れる。いいや、今すぐ帰ってやる。
野宿だって厭わない。
ミラのお父さんには謝罪ができた。
傷を作った原因はミラに庇ってもらったが。
でも肩の傷を作った原因――私の暴力のことを言えば、そのまた私が彼に暴力をふるった原因――つまりキスのことも国王陛下に話さなければならないだろう。
ミラとしてはそのことを言いたくなかったのかもしれない。
じゃあこれでおあいこにしよう。
謝罪をして。多少は落とし前ってやつをつけれたんだ。
それだけでもこの旅行の成果は十分だろう。
私は驚き顔のミラを無視して室の出口に向かってツカツカと歩く。
もういい。ヨハンナムさんにでもお願いしよう。
お金もちょっと借りて。サイラスに帰ってから送金すればいい。
扉のノブに手を掛けたとき、ミラの手が私に重なる。
「薔薇姫。何か誤解をしていませんか?」
「してない。ミラが私のこと、大嫌いだとは知らなかっただけだ」
「嫌い?俺が貴女を?やはり誤解しています」
「友達になりたくないんだろ?」
「ええまあ。でも貴女のことは大好きですよ」
「? 訳が分からない」
私のつま先が少し浮いた。
彼に抱きすくめられたのだ。
「貴女とただの友達で終わりたくないって話ですよ。……大好きだから」
んー?
『ただの友達』で終わりたくないっていうと。
『ただ』ではない、もっと特別な関係…。
特別な……友達関係?
というのは。
は!
そうか!!
こいつは私と『親友』になりたいのか……?そういうことか!
確かに友達少なそうだもんな、こいつ。
『親友』とかという言葉に憧れちゃうのもわかる。
彼は寂しいと言っていた。皆自分が王子という立場でしか自分を見ていないことを。
だから気の置けない友人が欲しいのか。
それでサイラスでちょっと交流して気に入った私にあたりをつけたんだな!?
「ミラ、おまえ分かりにくい」
「よく言われます。……複雑な性格をしていると」
ではこれも友達としてのスキンシップか。
友情のハグをしつつ、私はくすくす笑った。
確かにこいつは複雑怪奇で難解だ。
さっぱりしていて、思ったことがすぐに表情と言葉と態度に出る兄貴とは全然違う。
「もう怒っていませんか?」
ミラはそろそろと私を抱く腕を緩めた。
私のつま先が地面につく。
目が合って私はまた、くすっと笑った。
「うん。逆に私とそんなに仲良くなりたかったんだな」
「そうですね。いつでもこの距離でありたいです」
ミラは私をもう一度抱きしめた。
彼の胸に頬を寄せた。なんかこいつ私よりいい匂いがするな。
「でもまぁ、とりあえずはただの友達からスタートだろ?何事も順序は大事だ」
いきなり親友にはなれないよな。
出会ってまだ間もないし。そんなに腹を割って話せる間柄でもない。
ミラは額をコツンと私の額と合わせる。
「分かりました。貴女がそう言うなら。……でも俺は貴女とただの友達で終わるつもりはないですからね」
「あはは。じゃあ楽しみにしているよ」
「覚悟しておいて下さい」と囁いた彼の闘志に燃えた空色の瞳を、私はキレイだと思った。
まぁ、天性のスケコマシに変わりはないのだろうけど。
極度の寂しがり屋な部分がそうさせているのかもしれない。
悪い奴ではないよな、とは思う。
あ、キスのことは結局謝ってもらっていないけど。
もういいか。笑って許してあげよう。
いつまでも根に持つっていうのは。いつまでも忘れられないってことで。
怒り続けるのにはエネルギーが欲しいよね。
彼との関係性を新たにしたのだ。過去のことは水に流そう。それがイイ女ってやつだな。
妖精の前ではご主人様で。
二人きりの時はメンドクサイ友人で。
――そんなこんなで。よく分からない関係性がひとつ、また生まれたのだった。
彼は頑張って……やっとただの友達になりました。




