〜ペットに降格されてツライ~
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「ふぁー…アタマ痛い…」
この感覚、前世ぶりだなぁ。
誰かがベットに運んでくれたのだろうか。
宿に着いてからの記憶が曖昧だ。
私は布団から外に出ている上半身を見る
あれ?昨日着ていたドレスじゃない。服を軽くつまむ。
…ラベンダー色の寝衣を着ている。
んー?私ってばちゃんと着替えて寝たのかー。
ふあ~なかなかやるじゃないか。
今何時だろう?とりあえず起きねば。
私はそう思ってゆっくりベットから抜け出そうと身じろぎをした、その時。
ぎゅー
「ん?」
下腹に何かの外的圧力…締め付けられるような感覚。
ぱさっと布団をめくった。
私のお腹には腕が回されている。
ふぁ……んー?ウデ??
なんでここに腕…が…?
恐る恐る振り返る。
この腕の主は果たして…
「ああ…薔薇姫、おはようございます。…もう起きられますか?」
「―――っっ!?ミラ!?どどどどどうしてここに!?」
確か違う部屋をとっていたはずだ。なんで私のベッドに!?
私は青ざめて反射的にベットの端へと身を寄せた。
ミラはふわふわした金髪にちょっと寝癖がついていた。
「…誤解しないでください。貴女が昨日俺を離そうとしなかったでしょう?」
「わ、わたしが…?」
「そう。貴女が昨日宿に着いてから『逆セクハラだぞー』って離れなかったんですよ。……覚えてませんか?」
記憶にはない。が。
お酒の力も大いに働いて…、多分……ミラの言う通りなんだろう。
そこまで考えて私はさぁーっと血の気が引いて、いよいよ真っ青になった。
慌てて横で肘をつきながら寝ているミラに訊ねた。
「ミミミミラ……!」
「なんですか?」
「そ、それでどうなった…?」
「どう、とは?」
「~~!だからっ…ええとその」
いかんせん経験がないので「事後」なのか判断ができないのです!!
泥酔→朝ちゅん→隣に一夜を共にした男
などと。前世で見た月9ドラマかよ!
ミラは「ふうん?」艶っぽく笑いながら身を起こす。
「ミラ…?」
そっと肩に手を回し、私の体を優しくベッドに押し倒す。
その柔らかい動作に茫然となり何の抵抗もできなかった。
ギシリ、とベッドが軋む。
「薔薇姫。昨夜の貴女はとても可愛らしかったですよ?」
耳のすぐ後ろを撫でられ、吐息交じりに囁かれる。
私はかああっと顔が火照るのを自覚しながらかろうじて質問を続けた。
「ぐぐぐ具体的行動を教えてください」
うろたえるな!取り乱すな!痴漢には毅然とした態度!!
「おや?まだ欲しがるのですか。みだらでかわいい人」
そう言って彼は私の足を膝で割る。
「ミ、ミラ…あの…?」
「そんなに欲しいのなら応えて差し上げなければ。今すぐに」
彼の吐息がふわりと唇に当たる。
空色の瞳が私を捉えて離さない。
「ミミミミラさま!?ごごごご乱心あそばされたか!!」
何故か様付でミラを呼ぶ。
待って待って!
な、なんなんだ!この無駄な色気は!?
私の半べそ&動揺っぷりに彼は「ぷっ」と吹き出した。
「すみません。冗談ですよ」
「じょ、冗談…」
「ええ。その寝衣は俺にしがみついた状態で宿のおかみさん妙技で着替えさせてもらったんですよ。俺は残念ながら何も見ていませんよ」
ミラは苦笑交じりに私の上から退いた。
何も見ていないってことは。
そうだよね。『致してない』ってことだよね…ふぅ。
あーもう。
これこれ!これですよ!!
こういう行為が(前世童貞今世処女の)私を勘違いさせたり惑わすのだ。
歩く18禁だ、こいつは!
ほんとうに罪作りだと思う。これに勘違いした女は私以外にも星の数ほどいそうだ。
でもこれは「本気で」好きじゃないからできる冗談だよな、きっと。
あくまで「悪い冗談」なのだ。
きっとマジ惚れした人にはちゃんと誠実な対応を心がけるはずだよな!
うーん。
前世男だったのにこういった感覚はさっぱり分からないな。スケコマシの感性が。
私が「むぅぅ」と考えこんだのを見て、彼は勘違いしたようだ。
「……怒らないで?薔薇姫。俺だって一晩中我慢したんです。これくらいの冗談許されてもいいのでは?」
我慢…?
なにを?
ミラはふぅーと重い息をつき肩や首を揉んでいた。
そのしんどそうな、どこか気だるそうな様子にピンときた。
あ、寝返りとかか?ミラにしがみついていたんだもんな、私。
彼は身体の自由がきかないよな、そんな状態じゃ。
「ごめん。それじゃあゆっくり眠れなかったよね?」
ミラは遠い目をした。
「……そうですね。辛かったです、色々と」
そうか。
「寝不足だよな。旅の疲れが残っていたのにごめん」
ミラは「いいんですよ」と穏やかに笑って私の頭を撫でた。悟りを開いた人のようだ。
ああ、いけ好かない奴だけど。でも…
「わかるよ。自分の好きな姿勢で眠れないってツライよね」
「……なんですって?」
私は罪悪感もあってか、ミラに気を遣うことにした。
「あ、そこで寝てていいよ。私朝ごはん貰いに行ってくる」
「薔薇姫、ちょっと…」
「大丈夫だよ。ミラの分もとって来るから」
私はそう言って部屋を出た。
彼が何か言って引き留めようとした気がするけど、まぁ気のせいか。
***
「ほんと~に。殿下はスゴイですね。わたしめが仕えているのは聖人君子でしたか」
「…ヨハンナム」
彼女が出て行った数分後、にやにや顏の家臣がドアにもたれかかっていた。
「殿下、姫君をどうするおつもりで?連れ帰ったのはいいけど、1ヶ月経ったら逃げる気満々ですよ?あのご様子ですと」
「そうですね…」
「殿下が留学の期限をお決めになったのは、終わりが見えないと姫君がこちらにいらしてくれないとお考えになったのでしょう?それまでに彼女を口説き落とすおつもりで?」
ミラは険しい顔をした。
実際の感触…手ごたえも正直大変厳しい。
というか彼女が何を考えているのかさっぱり分からない。
だがひとついえるのは、彼女が「そういった雰囲気」をわざと避けているのは伺えた。
意識してなのか無意識の行動なのかは判別ができないが。
その様子を見てヨハンナムはせせら笑う。
「既成事実でも作っておけばよろしかったのに。最高の据え膳を、勿体無いことをなさる…」
「同意の上でないと、頭を林檎のようにかち割られてしまいますからね…」
「何を悠長なことを。羽を折らねば飛び立ってしまいますよ。あの姫君は」
ミラはベッドから降りた。
「わかっています」と苛立たし気に返事をしながら。
「ほんとですかぁ?わたしめは昨日ギュリ様とアミン様を宥めすかすのに多大な労力を使ったんですからね」
「ああ……悪かった。彼女達は王宮に行かせたんだろう?」
「ええ。殿下が国境を超えたことを知らせに御使いを頼みました。最初に帰ってきた方が殿下に褒めてもらえると我先に競争しながら飛んで行かれましたよ」
ミラは苦笑する。
確かに昨夜は好条件すぎる好条件だった。やはり抱いておくべきだったか。
「――彼女にはどんなことがあってもここに……俺の傍にいてもらわなければ」
――覚えててあげる。あなたのつらさや孤独を。
そう言ってくれた温かい彼女。
篝火のような愛を、優しさをくれた。
その飾らない態度と愛情に、自分はあっさりと籠絡されてしまったのだ。
あの烈しい性格は情の深さ所以だろう。
生命力にあふれた女性だ。まだ足りないと生に渇望しているような。がむしゃらに生きている。
それが暗闇に慣れた自分には太陽のように眩しくて熱い。
「大嫌い」と言いながらも本気で心配してくれるお人好し。
それでいてちょっとウカツなところもある。
彼女のあの烈しさを、熱を、まなざしを、全て自分に向かせたい。
そうして彼女の光を自分の中に取り込みたい。
もはや篝火では満足できない。
大火のような情熱が、愛が自分は欲しいのだ。
その為ならば。
飛び立とうとする小鳥の羽根を折ることも、手足を切ることも。自分は厭わない。そうでないと傍に置いておけないのなら。
だから。
「俺が優しいうちに靡いてくれればいいのだけど」
***
私は朝餉の膳を運びながら渡廊を歩いていた。
女中さんには部屋まで運ぶと恐縮されたけど、どのみち部屋に戻るのだから運んでいくと断って持ってきたのだった。
「食い意地がはってると思われたかなぁ」
否定はできないけど。しかも寝衣のまんまで。
お嬢様のすることではないな。
呼吸を整えつつ、廊を渡り切ろうとしたその時。
「ん?」
つんつんと髪の毛を引っ張られるような感覚があった。
「んー?」
振り返っても誰もいない。
気のせいか、と思い直したところでまた…
つんつんと。
「どこかに髪の毛が絡まってるのかなぁ?」
膳をその場に置いて、とりあえず自分の身なりを顧みようとしたところで、声がした。
「うつくしい方、こっちを向いて」
え?
「まるで花のように可憐なあなた」
ええ?
キョロキョロと辺りを見回せど人影はなく。
「ここですよ、ここ」
髪の毛をつんつんと持ち上げられたので、その方向に目を凝らせば。
「よ、ようせい?」
「はい。あなた方のいうところの、妖精です」
蝶のような羽根をパタパタさせて浮いている小人と目が合った。
白目がない黒目だけの大きな瞳。尖った耳。
童話や絵本に出てくるThe妖精だ。
「うわぁ、なんか感動。それっぽいフェアリーだ」
妖精はくすくす笑う。
「かわいらしい方。一緒にいきましょう?」
妖精は髪の一筋を持ったまま庭を指差す。
「え。どこへ?ダメだよ、待っている人がいるから」
私じゃなく朝ごはんを。
「いいえ、ダメダメ。今すぐじゃなきゃあ」
「遊んでほしいの?これを届けた後なら少しだけ付き合ってあげるよ」
妖精はなおも髪の毛を引っ張って離さない。
強引に庭へ出ようとする。
「こんなにかわいらしく芳しい乙女を見つけたのだから。他にとられてはいけない」
「な、なんの話?」
勝手に話を進めないでほしい。
羽音が複数になった。
ぶんぶんとたくさんの妖精たちが自分の髪を、ドレスを引っ張っていた。
「契りを」
「我が長のもとへ」
「かわいい方。甘いいい香り。まるで野イチゴ」
「きっとこの方をお気に召される」
ぐいぐい引っ張られ、よろけた拍子に庭に出てしまった。
庭を出たすぐそこに小石を円状に並べた一角があった。
ああ、なんか。これはヤバイかも。
直感だけど。
ーー連れて行かれる!
「そこな羽虫」
あと半歩で小石を踏むーーというところで、凛と通る声が聞こえた。
「ギュリ…さん…」
「そのちんくしゃを連れて行くのかえ?」
ギュリさんはじろじろと私をみた。
相変わらず壮絶なまでの美しい顔立ち。身体の線もあらわな白い一枚布のような服を巻いている。
しゃっと衣擦れがした。立ったまま足を組み直す。さらされた太ももに填められた金色の装身具がピカッと光った。
「聞こえているのか?羽虫ども。おまえらどこの眷属か」
私の周りを飛んでいた妖精はきっと険しい顔をしてギュリさんを睨む。
「この乙女は我が長の元へ…貴女の契約主ではないでしょう?」
「そうか、では連れて行くがよい」
ギュリさんは即答した。きっぱりはっきり。
しかも嬉しそうに。手を合わせニコニコしていらっしゃる。
これには周りの妖精たちも戸惑いを隠せないようだった。
「我が主人が気まぐれに連れ帰った娘。ちょうど邪魔に思っていたところだったのじゃ。ちんくしゃ娘に手を出さぬよう我が主人と約束してしまった故、手をこまねいていたところの僥倖じゃ」
「ギュギュッ…ギュリさぁん」
そりゃないよぅー。
思わずその場に力なく座り込んでしまう。
「ギュリ、それはだめよぅ」
視界の隅にばさっと人影が降りてきた。
言葉通り空から、降ってきたのだ。
トン、と軽やかな音を立て地面に降り立つ。
「アミン、なにがダメなのじゃ?」
着陸時に乱れた髪を整えながらアミンさんは居直す。
「我が君の所有物よぉ?低級妖精に与えて良いものじゃないわ」
「だが今なら痕跡も残さず厄介払いができるぞ?」
おいおい。サラッと怖いこというな。
アミンさんはため息をつく。
「きっと我が君にバレてしまうわ。私たちが悪い子だって」
「ぬぅぅ。バレるかのぅ?」
ギュリさんはまだ、迷っているようだ。
私は意を決して「今、私を助けたなら!」と叫んだ。
「ミラに2人が私を助けてくれたってちゃんと懇切丁寧に!もうものすごーく私がどれたけ助かったかを説明申し上げます!私腐っても身分だけはあるから。ここで失踪されちゃうときっとミラも困ると思うから、すっごく感謝すると思う!たくさん褒めてもらえるよ!」
点数稼ぎになりまっせー!と私は必死に言い募った。
そのだめ押しが効いたのだろう。
ギュリさんはふむ、と手に顎を添える。
「ちんくしゃ、今回だけ助けてやろう。我が主人にちゃんと説明せよ」
ギュリさんはそっと手をかかげる。
光が掌に集まる。
その様子を見た妖精達は短い悲鳴をあげて、一気に霧散する。引っ張られていた髪がすとんと落ちてくるのを感じた。
掌に集まった光を握りつぶすように拳を作ったギュリさんはつまんなさそうな顔をした。
「なんじゃ、張り合いのない…」
た、た、助かったぁぁぁ~!!
私は足がガクガクしつつも何とか立ち上がり、ギュリさんとアミンさんへひしっと抱き着いた。
「うわぁぁ!ありがとうございます、ギュリさん、アミンさんんんん~!!」
「…な、なんじゃ。なにをする!?ちんくしゃ」
「もう連れて行かれちゃうかと思いましたぁぁ~!うわああ」
感謝の意を表したハグでもあったけど、アミンさんは私の首根っこを持ってべりっと剥がす。
「うっとうしいメスですわねぇ。我が君の所有物でなければ消していたものを」
私はその言葉を聞き今なんとなくミラに感謝した。大いなる筋違いかもしれないですが。
「ところでちんくしゃは、何ゆえここにおるのじゃ?」
「あー、ええとですね。ミ…王子殿下サマに朝餉の膳をお運びする途中でして」
「ほぅ。ちんくしゃはちんくしゃなりに自分の立場を弁えておるのじゃな。褒めて遣わす。中々感心なちんくしゃじゃ」
私は放置してあった朝餉の膳をよいしょっと持ち上げる。
アミンさんはその様子をじーっと見つめていた。
「ねえ、ギュリ」
「ん?」
「このメスは我が君の所有物なんですもの。ということは私たちの玩具にしても良いですわよね?」
は?
な、なにを言っているんだ。
その麗しいお顔で人のことを「おもちゃ」とは。これいかに。
頭に疑問符がいっぱいの私をよそに、ギュリさんは「おお!」と手をぽんっと叩く。
「確かに。言われてみればそうじゃの。我が主人は妾たちとの契約の際に『私の持っているものは共有して良い』とおっしゃっていたしな。……ということは」
「ど、どういうことでしょうか?」
「このちんくしゃは妾たちの愛玩動物じゃな!」
えええええ!!!
「我が君に人間のメスが尻尾を振るのは我慢ならなかったけど。ペットなら許してあげられるわぁ。ペットが主人に尻尾を振るのは当たり前のことですもの。私、一度人間のメスを飼ってみたかったの」
「ええと、いや…私はミラのものでは……」
つい反論をしようとしたところ、ギュリさんがギッと睨む。
「ちんくしゃ、自分の主人を呼び捨てにする気かえ?」
「めめめめっそうもございません。ああ、もうミラ様のところへ朝餉を届けに行ってきます」
「ちんくしゃ、ペットのくせに主人の名前をみだりに呼ぶのもいかがなものじゃ」
「ええと、じゃあ何てお呼びしたら良いのでしょうか?」
「『ご主人様』か『飼い主様』でしょうねぇ、そこは」
アミンさんが満足そうに頷いている。
なんか…ちょっと変態的じゃありません?その呼び方。妖精たちには分からないのでしょうけど。
「なんじゃ、文句があるのか?ペットのくせに」
「いいえぇ~、滅相もござません」
ギュリさんは艶やかに笑う。
どんな男の人でもたちまち恋をしてしまいそうな笑顔だ。
「せいぜい愛されるよう良く仕えよ、ちんくしゃ。ペットは主人に愛され慰みものになってこそのペットじゃからな」
「うふふ。楽しみ。ちんくしゃだと言うけれど、ペットだと思えばこの顔も愛嬌があるように思えるわ。不思議ねぇ?」
アミンさんは私の頬をベタベタと触りながら声を弾ませた。
「あ、はぁ…」
ミラ兼妖精さんたちのペットですか。私は。
妖精・精霊には人間の常識もルールも通用しない。
そう、そうだった。ヨハンナムさんにそう聞いたんだった。
敵意を持たれるよりかは、幾分かマシなのかもしれない。そう思わなければやっていけない。
このふたりを敵に回したら留学期間中は針のむしろだ。
「しかし……」
ここでの私のヒエラルキーが決まってしまった瞬間だった。悪い方向に。
向こうでは一応公爵令嬢だったんですけどね、わたし。
若干の落胆をしつつも、私はヨロヨロとご主人様に朝餉の膳を運ぶため、部屋に向かったのだった。




