~腹黒王子の罠にかかってツライ~
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うわぁぁぁぁぁ!!!!
「オリヴィア!!オリヴィア!!オリヴィアさーん!!オリヴィアサマ――!!!」
私は走りつつも必死でもう一人の自分を呼ぶ。頭の中の彼女の気配を探す。
しかし彼女の声はいつまでたっても降りて来ない。
うわぁぁぁぁぁ!!!
キスされたぁぁぁ!!!
王子を頭突き&足蹴にしてしまった!
リンゴをぶっかけてしまった!
それを見られてしまった!!
どどどどどうしよう~~!!?
「――わっ!?」
ずしゃり!
足がもつれ躓いてしまった。
派手にすっ転ぶ。
思いっきり地面に顔面からスライディング。
今日は走りすぎたのかもしれない。足がガクガクしている。
「ううう…」
よろよろと手をつき起き上がろうとする…が。
ゴンッ
頭からまた地面に突っ込んだ。
もうもはや気力がない。立つ気力が。
ゴン ゴンッ
この悪夢の記憶を誰か消してくれ!
ゴン ゴン ゴンッ
ああ神様!
男遊びをしたいなんて言ったから怒ってしまったのでしょうか。
明日から貴方の敬虔な修道女を目指しますので、どうかこの記憶を抹消してください。
ゴン ゴン ゴン ゴンッ
やばい、あーもう。
外交の外交が外交による……ああもうこれ国際問題になっちゃう感じかなぁ!?
指でもつめればおさまるかなぁ?いやそれは前世のある特殊な方々の謝罪方法だっけ。
じゃあどうすれば――!?
ゴン ゴン ゴン ゴン……
唐突に。
「なーにやってんだ!!」
頭上から声が降ってきた。
と同時に、地面に打ち付けている頭を引きはがされた。
「うあ…兄貴…」
「いや。ほんとおまえさぁ…なにやってんだ?」
泥と血と涙でぐしゃぐしゃの私を見て、兄貴はちょっと引いているようだったけど。
その顔にはそれ以上に心配しているんだ、って表情が見て取れた。
ああなんて。これなんてデジャヴだろう。
「うえええん。兄貴ぃぃぃ」
私は横に抱きかかえられているような形の兄貴に、ガシっとしがみついた。
兄貴はためらいがちに、背中を撫でる。大きな手が裸の背をじんわり温めた。
「どうしたんだ?何があった?」
思いがけず優しい声に、私は何も言えなかった。
うん、ていうか言えない。
「な、なんでも…ない」
「なんでもなくはないだろう?おまえの奇行はいつものことだが。何故泣いているんだ?…誰かに何かされたのか?」
はい。誰かにナニかされました。そしてし返しました。
でも言えない。相談をしなくちゃいけないことだと思うけど。
兄貴には――あなたにだけは知られたくない。
私はぶんぶんと顔を横に振った。
兄貴はため息をついて私の体を抱き直す。
そうして横抱きにしながら、スタスタと移動する。
兄貴が腰を下ろした気配がしたので、顔を上げると。
庭の噴水まで来たらしい。私を膝に座らせながら、彼は噴水の縁に座る。
「言いたくないなら…言わなくていい。けど一人で泣くな」
兄貴はポケットチーフを噴水で濡らし、私のひどい顔を拭いた。
ぶわわっと涙が盛り上がった。
「……はい」
私はこてん、と彼の胸に顔を預けた。
そんな感じで私が落ち着くのを待っていてくれたのだろうか。
しばらくして。
彼は私の顎を優しく持ち上げ、その顔を覗き込む。彼は破顔した。
「泣き止んだな」
「…うん。ごめん、迷惑かけた」
「いいよ」と彼は言いかけたのだろう。でも一瞬考え込むような仕草を見せた。
「…兄貴?」
「――悪いと思うなら。俺の願いを聞いてくれるか?」
「へ?お願い?」
私はびっくりした。
逆の立場ならともかく。
彼が私に何かをお願いしたことってあったっけ?
「……まだ少し先だが、御前試合がある」
「御前試合…?」
「各騎士団の中から何名か選出して、陛下の御前で試合う。何年かに1回行われる」
「そう…兄貴はその御前試合に出るんだ?」
話の流れがよく掴めないけど、理解しようと努める。
「ああ。俺も御前試合に出る。それで優勝したら――陛下から新たな領土と爵位を賜ることができるそうだ」
「へえ。すごい!!」
戦争がないからか、こういった大きな大会で武勲を積み上げることで出世していくんだろうな。
文官ではない騎士たちは。
「俺は今、子爵の位を戴いているが。せめて自力で伯爵くらいにはなりたいと思う」
「兄貴は出世とか気にするタイプだっけ?なんか意外な感じ」
兄貴はちょっと寂しそうな顔をした。
「そうだな。出世なんてしなくてもいいと昔は俺も考えていたが…。でも釣り合いがとれないだろう?」
「釣り合い?」
「何」と「何」の?
と一瞬考えたけど。
ああ。
「兄貴の実力」と「称号」の釣り合いだな、と解釈した。確かに釣り合わなければ不満になるよね。
兄貴はごほん、と咳払いをした。
「それで……もし俺がその御前試合で優勝したら…」
「うん」
「おまえから何か…贈ってほしい」
「――え?」
プレゼント?
私から兄貴へ?
私はぽかんとして兄貴を見つめた。兄貴は何故か、顔が赤い。
「そりゃ、そんなすごいことを兄貴がしたら。プレゼント位、頼まれなくても送りたいと思うけど…。陛下が賜る物以上に価値のあるものなんて思いつかないよ」
「いい。おまえが俺の為に考えてくれたものが、欲しいんだ」
『俺の為』というのをやけに強調されたな。
うーん?
わざわざ私にお願いしてくるくらいだ。あの兄貴が。何か欲しいものがあるんだろう。
でも疑問がある。わたしのお小遣いで買えるようなもの、兄貴が買えないはずがない。
ということは……
「兄貴は私が持っているモノの何かが欲しいの?」
兄貴はちょっとびっくりしたようにこちらを見た。
沈黙が降りた。
これは…当たりだよね?
えーでもなんだろ。
私が持っているもので兄貴が欲しがるもの。
自分の部屋の中を想像する。
ドレス?なわけないし。
靴?なわけないし。
宝石?そんなもの興味持たないよなぁ?
お菓子?は甘いもの嫌いだもんね、兄貴は。
えーなんだろう?まったくわかんない。
「何か、すごく欲しいものがあるんだろ?兄貴。私の持ちモノの中で」
「……そうだな」
「じゃあ、指定して」
「へ?」
だって変なもの渡してガッカリさせたくないし。
「私の持ちモノの中で、そんなに欲しいものがあるならあげるから。言って?私が兄貴にあげられるものならなんでもいいよ?全部あげる。なんでもあなたに与えてあげる」
「……いいのか?」
兄貴は恐る恐るといった風に私に問い返した。
「いいよ」
何がそんなに欲しいんだろう。
想像はできないけど、なんか笑ってしまった。兄貴の真剣な顔に。
「ていうか、御前試合で優勝なんかしなくても。あげるよ、いつだって」
「いや…これは一応ケジメだから」
「? そう」
兄貴はがっしりと私の肩を掴んでいた。
なんかちょっと怒っているような感じ?え?なんで。
「今の言葉、絶対だな?俺が指定すれば何でもくれるって言葉」
「う、うん。だから私があげれるものなら、あげるって」
「俺は、じゃあ一番欲しいものを指名することにする。――覚悟しておけよ」
私は笑った。
いいよ、と言いながら。
本当に何が欲しいんだろう?
でも。
――あなたにならなんでも与えたいんだ。
ん?
ていうかさっき「指定」じゃなくて「指名」って言った?
まぁ、気のせいか。
****
「そういえば兄貴、パーテイは…」
もう終わったの?と聞こうとして。
ガサガサ
ごそごそ
「なにか…聞こえない?」
「なに?」
「いや、何か人の気配…が…」
と私が言った瞬間。
小さく吐息を漏らすような、あえやかな女のひとの声が。
今まで気づかなかったけど。
よくよく耳を凝らせば。そこかしこの茂みから艶めいた男女の声が、き、聞こえ…。
兄貴も今気づいたのだろうか。
びしっと二人で固まってしまった。
ああああ!!!
人ン家の庭でナニしてくれちゃってんだ――――!!!??
「あっ、」とか「んん、」とかそんな切なげな女性の声を聴いているうちに。
――唐突に。
あの、ミラとの口づけが。
感触をまざまざと思い出して、身体がかぁっと熱くなった。
思い出してアーッ!!となる。
こうして兄貴に抱きかかえられている自分がひどく、恥ずかしいと思ってしまった。
「うあああ!兄貴、降ろしてっ!おおお降ろしてぇ!!」
「ちょ…どうした!?」
ジタバタと義兄の腕の中で暴れていたら、彼はゆっくり地面に立たせてくれた。
「オリヴィア?」
兄貴は私を覗き込む。
その瞳を見て。ダメ押しとばかり周囲の喘ぎ声が耳に入ってきて。
――お兄さまは人並程度には経験がおありなんじゃありませんの?
という言葉がざーっと頭を駆け巡る。
「う…うあああ」
「オリヴィア?」
頭がぐるぐるする。
思考がまとまらない!冷静でいられない!
兄貴は男だ。男なんだ!!大人の!!
そっと頬に手をあてがわれた。
どうしたんだ?と耳元で囁かれる。
「――っっ!!!」
瞬間湯沸かし器のようにカッと頭に血が上った。
私の中の、何かの指標を指す針がビーンと吹っ切った。ものすごい勢いで。
と同時に。
「ふぎゃあああああああ!!!!」
バシ―――ン!!!!
「いっ――!?」
思いっきり兄貴の横面を平手で叩いてしまった…んだと思う。
そのままテンパって走り去ってしまったので、正直よく覚えていないけど。
*****
「お兄さま!どうされましたの!?」
地べたにペタンと尻もちをついたように座り込んでいた自分の様子を見て、シルヴィアは駆け寄る。
「ああ、いや…」
じんじんと熱い頬をさすりながら、シオンは茫然としていた。
シルヴィアは放心しているような様子の彼に手を貸し立たせる。
「おねえさまは見つかりましたか?夜会も終わりますわよ」
「…見つかったには、見つかったんだが…」
「あら、どちらに?」
「いや…なんというか。『男は汚いぃぃぃぃぃ!!!』って突然叫びながら走っていった…」
「ええっ!?」
――そんな会話があったことを、私は知らなかった。
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結局夜会の締めをサボり、私は部屋でぐしぐし泣いていた。
私はなんてみじめなんだろう。
せっかく兄貴との会話で落ち着いたと思ったのに。
色々と本日の出来事がフラッシュバックされてきたのだ。
キスを無理やりされたのに。
相手の位が上だから。きっと泣き寝入りしかない。
どころか。
こちらの暴力を訴えられでもしたら……終わりだ。
「ううう。オリヴィア、なんで出てきてくれないんだよ」
いけない…誰かに相談しなくちゃいけないの…に。
私は泣きつかれたのか、意識を失うように、寝てしまった。
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私は真っ白な空間に立っていた。
ああ、これは。夢だ。
寝てしまったんだな、と明晰夢らしく自覚していた。
「大変だったわね」
背後で声がした。聞き慣れた声。
声の主は姿を見なくても分かりきっている。
「ああ…自分が蒔いた種なのかもしれないけど。なんでこうなっちゃうんだろ」
「そんなに心配しなくても。きっと大丈夫。大げさなことにはならないわ。向こうにとっても体裁は悪いもの」
「そうかな?」
「そうよ。シャダーン国は敵国ではないもの。わざわざ争いの火種を作るような真似、しないと思うわ」
私の言葉に、私はほっとした。
「そんなことより。貴女はもっと自分を労わってあげてもいいと思うわ。かわいそうに。怖かったでしょう?」
「オリヴィア…わたし…女なんだ。今、本当の意味で分かった気がする」
オリヴィアは私を抱きしめた。
母親が子供にするように。
「ええ。ええそうよ。あなたは女の子」
「抵抗したのに。全然かなわないんだ。嫌だ!こんなひ弱で。か弱くて…」
「でも強いわ」
「え」
「貴女は…私は強いよ。とてもしたたかで図太いの」
もうひとりの自分は、私の髪を手で梳いた。
「泣き寝入りなんてしなくていい。明日堂々と胸を張っていればいいの。何事もなかったかのように平然としてあげればいい。…きっととっても悔しがるわ」
うん、と私は頷いた。
頷いた瞬間に。
突然、意識もしなかったのだが。
ボロッと涙がこぼれる。
呼びかけても最近反応がない理由。そのくせ彼女が夢に出てきた理由。
なんとなくわかってしまった。別れの空気が。
もうひとりの自分は笑う。晴れやかな笑顔だ。
「もっと時間がかかると思っていたけど。なんとかほぼ融け合うことができたわね」
「…まだ、話したいことたくさんあるよ。きっとこれからも出てくる」
「そうしたら。自分の心に聞けばいいの」
オリヴィアは私の胸をツンツンとつつく。
「――貴女の声がもはや私の声、思い、意思だわ。別れなんかじゃない。誰よりも近くに。――あなたの」
「オリヴィア――!」
「自分を信じてもうひとりのわたし。誇り高く、真っすぐ、この生と身体を隅々まで愛して。惜しんで。駆け抜けて――」
「…うん。うん…。オリヴィア――ありがとう。私…」
頑張るよ、と言いたかったけど、続かなかった。嗚咽で。
もう一人の自分は、私の返事に満足したように。
ひときわ艶やかに笑って、…もやのように消えていった。
***
――翌朝。
若干の憂鬱な気持ちをどうにか抑え込みながら、私は旅立つ勇者一行を見送ることにした。
「薔薇姫…良かった。もうお会いできないかと…」
「ソウデスネ。もう金輪際お会いすることもないでしょうから」
ガッと食い気味にミラに両手を掴まれていても、騒ぎ出すだろうあの二人がうるさくない。
あの美女妖精たちはまだミラの影の中にいるんだろう。
兄貴と妹、両親は、私の返答のまずさよりもミラの口から出た衝撃的なワードにびっくりしていたようだ。
「ば、ばらひめ…ですか?」
シルヴィアちゃんが扇で口元を隠しながら言った。
ミラは「ふふ」と笑った。
「折角お会いできたから。誰も呼ばない、私だけの特別な愛称が欲しいと思って」
突然、私は兄貴に後ろからガシっと両肩を掴まれた。
「――リヴィ」
「へ?」
「俺はこれからおまえのことを、『リヴィ』と呼ぶことにした。いいな?」
「ええ?別にそれは構わないけど…」
なんだ突然。
両親は私のことを「オリ―」と呼んでいるんだから、「オリ―」でいいんじゃない?
わざわざひねらなくても。
とも思ったけど、シルヴィアちゃんと両親が視界の隅で肩を震わせていた。
なんか笑いをこらえていた感じが…。な、なんだ?
「???」
しかも。なんだかよく知らないけど。
私を間に挟んで、兄貴とミラの間にバチバチと火花が飛んでいるような…いや、錯覚か。だよな。
「えーととりあえず。ミラ…王子殿下。お元気で」
私は最後まで気の抜けたような挨拶でミラを送った…つもりだった。
ミラはおや?という不思議そうな顔をしている。
「貴女も来るんですよ?シャダーン国に」
「「はあ??」」
私と、私の肩に手を置いている兄貴は同時に聞き返した。
ミラはニコニコしている。
あ、なんかこの笑顔……やばい気がする。
「昨日、お話ししてましたよね?シャダーン国に興味があると。ヨハンナムから聞きました」
「え…?まぁ確かにこちらの国とは全然違うみたいだから。興味深いとは思いましたケド…」
「だから一緒に行きましょう?滅多にない機会ですし。1か月位なら王宮の室も手配できますし」
「はああ?…じゃなくて。いやいや、行きません。何を突然…」
ミラは薄く笑う。
そしてぼそりと。
「肩…」
「!?」
「やや殿下!肩がどうかされましたので?」
斜め後ろで控えていたヨハンナムさんがわざとらしく声を上げる。
「王子殿下!?肩を…?どうされました、ケガでもされましたか?」
父親は慌ててこちらに駆け寄った。
「ああ、いいえ。ちょっと痛むだけなんですよ。大げさにしないでください」
ミラは弱々しく儚げな笑みをつくり、肩をさすった。
「痛む…!?それはいけません。どうされたのですか?」
「実は昨日――」
「わあああああ!!!!」
私は慌ててミラの口を両手で勢いよく塞いだ。
「リヴィ?」
兄貴の視線が背中に刺さる。
うううう。
私はミラを恨めし気に見上げた。
空色の瞳は悪戯が成功したような子供の目をしていた。
横から悪い筋肉がこれまたぼそりと。
「外交。国際問題。一家断絶……etc」
と不吉なキーワードをぼそぼそ並べ私の耳につぶやく。
「~~っっ!!」
なんて悪党なんだ。こいつら。
「で、でも。いきなりそんなこと言われても。何も旅支度できていないし」
私はささやかな抵抗を試みる…が。
「大丈夫。向こうで何もかも用意させますから。不自由はありません。身一つでいらしてください」
ミラは口から私の手を外しながら言う。
外された両手は優しく拘束された。
「で、でも」
「これからサイラス国王にお暇のご挨拶がてら、あなたの身分を証明する旅券を発行してもらいましょう」
「あ、あうう」
外堀が埋められるような恐怖感。
極めつけに。
ミラは「ん?」とまた小首を傾げ微笑む。
これは「イエス!サー!!」以外の返答を認めない彼の合図だ。
「うわあああん。一緒に行かせていただきますぅぅ」
自分で蒔いた種なんだぁぁ、向こうに行ってミラとそのご両親に誠心誠意謝罪でもして。
きっちり回収しなければいけないんだ。その猶予が1カ月ってことか。
これもお家――ひいてはお国の為、私の謝罪旅行だ。
「リヴィ!?」
「兄貴、シルヴィアちゃん。父さん母さん!ちょっとひと月位留学に行ってきます!!他国に赴いて見聞でも広げてきます!!」
父と母は驚きつつも「あら。気を付けて」とおっとり構えられた。さすがである。
兄妹たちも、驚いている様子だったが。
兄貴は前に進み出て、私の頭を抱え込むように強引に自分の方へ引き寄せた。
が。
手を拘束されている。ミラは離そうとしなかった。
「…王子殿下。恐れながら申し上げます。こいつを必ずひと月後には傷のひと筋もなきようお返しするとお約束を」
ミラは笑顔で応じた。
「誓いますよ。傷のひと筋さえ、彼女には負わせません」
「――必ず返すと。どこかにお隠しになるおつもりならご覚悟を。――俺が地の果てまで追いかけますので。そのおつもりで。王子殿下」
「……肝に銘じておきますよ」
「あ、あにきぃ」
兄貴は「リヴィ…」と囁いて俺を後ろからぎゅっと抱きしめた。
「私、行ってくるよ…」
「ああ、気を付けて。…必ず戻って来いよ。俺との――約束は守れよ?」
「うん。当たり前だよ。ふふ」
もう一度、ぎゅっと強く抱きしめてから兄貴は私の体を離した。
ほんと。兄貴ったら。
シスコンなんだから。それも超がつくほどの。
でもそうやって想われるのがくすぐったくて、気持ちいい。
「手紙出すよ。返事書いてくれる?」
「ああ。もちろん。どうせなら楽しんでこい」
「うん。行ってきます」
ミラは私たちの会話が終わった途端、掴んでいた私の手をぐいっと引き寄せた。
「わ!」
トン、と彼の胸に飛び込む形で鼻をぶつけた。
ううう痛い。
鼻をこすりながら見上げれば。
ちょっと不機嫌そうな空色の瞳とぶつかる。
何を不機嫌になっているんだか。
でもそんな様子も一瞬だった。
私を抱きとめた彼はすぐに嬉しそうな。それでいてどこか挑戦的な表情をしていた。
「さぁ行きましょうか。薔薇姫?」
私はぐっと拳に力を込める。その挑戦的な眼差しを真っ向から受け止める。
1か月。やってやろうじゃないか。
――絶対、守ってみせる!
家も国も。大切な人達も。
――そうだろう?オリヴィア。
心の中でかつての自分に声を掛けた。
もちろん、返事はない。
私は胸のあたりをぎゅっと握りしめる。
諸悪の根源・クソハゲエロ王子にエスコートされ、決意を新たに私は揚々と馬車に乗り込んだのだった。
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御前試合で優勝しても気軽に伯爵領は授与されないと思いますが。
異世界ファンタジーなので許してクダサイ。
ここで第二章終わり、
次章よりシャダーン国編になるかと。
お付き合いいただければ嬉しいです。




