九十七話 疑念深化
午後の移動を再開し、無理やり加わった二人に、旅の準備について尋ねた。
女は微笑みながら、自身の背を指差す。
動き易さを重視してか、小型だが鞄を背負っている。
そういや来がけは、腰周りの道具袋だけだった。
準備も含めて、遅れて来たわけか。
しかし、どうやって出てきたんだ。
言葉の端々によると、女騎士だけ出てこようとしたところ、小僧が追い縋ってきたように聞こえた。
よくもあの元老院の爺共が、こいつら二人とも外に出ることを許したよな。
何を企んでいるんだか。
企みといえば、ずっと抱いていた疑念を掃えるかもしれない。
こいつらが知っているかは怪しいが、聞くことにした。
「おい。お前ら、どうやって生き残りを探してる」
俺の問いかけに、女騎士は喜びも露に即座に反応した。
「興味を、持っていただけたのですか」
俺も即座に返す。
「不快だからな」
しかし、女騎士の微笑みは消えなかった。
文句を言おうとした小僧を遮る。
「それでも、貴方の方から尋ねてくれた。大きな一歩です」
この手の奴は、苦手だ。
鬱陶しいことこの上ない。
改めて小僧の方を見る。
元老院のことなら、こっちの方が詳しいんじゃないか。
女騎士は、ずっと離れていたわけだし。
いやどうかな。
要は神輿だ。
重要な決め事に参加させられていたとは思えない。
こんな性格だし。
「その忌々しい目付き。私が何も知らないと、馬鹿にしているようだな」
小僧は拳を握り締め、睨み返している。
自覚があるのか。
「まあ、こぞ……少年に期待はしないさ」
危ない。
面と向かって小僧呼ばわりは、また騒がれそうだ。
だがどっちにしろ小僧は吠えた。
「しょっ少年ではないッ!」
一々叫ばないと、会話も出来んのか。
「少しばかり上背があるからと、いい気になるなよ。この節穴め!」
何が節穴なんだか。
「え、まさか」
頭の上からジロジロと見る。
ひ弱そうだとは思ったが、どう見ても男、だよな?
「私は男だ! それに、既に十八歳だ。見て分からないだろうから節穴と言ったんだ!」
顔を真っ赤にし、目と口を尖らせて喚く様は、まさに小僧だ。
ああ良かった。
俺だけ勘違いしていたのかと、不安になっただろうが。
「やっぱり少年じゃないか」
「貴様と大差なかろう!」
やはりうるさい。
こいつ、元気が良すぎる。
女の不気味な元気さも見ていてげんなりするが、もっと直接的に精神力を削る。
高めの声がまた、よく頭に響いて頭痛がしてくる。
両耳に手を被せ、雑音を遮った。
横目に、何事か喚いている小僧を見下ろす。
俺もガキの頃はこんなだったのかね。
おっさんに拳骨をもらうこともあったが、さすがにここまでじゃなかった、よな?
なかったはずだ。
「女騎士、後は任せた」
今度は、こちらが眉を顰めた。
「女騎士、ですか」
しまった。
精神的疲労が溜まっているせいか、うっかり心の声が出てしまう。
気が付かなかったことにした。
幸い、それについて詰め寄られることもなかった。
しかし、今回ばかりの気がする。
今後はよくよく気をつけよう。
小僧のせいで話が逸れた。
やり辛い。
耳を塞いだ手を離し、女騎士と髭面を見る。
「怪しげな魔術具でも使って、居場所を監視してるのかと思ってね」
「怪しくなどない」
小僧が答えた。
が、それって、肯定してるよな。
女騎士が言葉を継いだ。
「確かに、魔術式の研究施設ですから、様々な道具を駆使させていただいてます。ですが、人の居所を探るなんて無理なことです。そうできたら、どんなに気が楽か」
腹が立つな。
探られた方の気持ちは無視か。
今の言葉は、そんなことは出来ないと、真実味を持たせるために心情を添えたに過ぎないだろう。
それでも、反射的に頭に血が上る。
「地道に、訪ね歩いたのです」
女騎士は、それで話を閉めた。
落ち着くため、前に向き直る。
女騎士の答えは、どうとでも取れる曖昧なものだった。
簡単に口は割らないか。
しかし、こいつらの行動は、わざとやっているのかとさえ思える。
仲間に引き込みたいのか、遠ざけたいのか。
無理にでも引き込みたいなら、洗いざらい正直に話せばいいだろうに、そうはしない。
話して、それでも拒否されれば、知られただけ危険を伴うとでも思っているのか。
そうはいっても、あれだけ切羽詰っているなら、踏み出しても良さそうなもんだ。
そういえば、あの人攫い男だけが、行動に移したことになる。
何をそんなに知られたくないのか――回廊の進行が速いと言っていた。
情勢不安を懸念して、緘口令でも敷いているのか、やたら口が重かった。
ただ、影響の広がり具合は、既に帝国側でも感じたことだ。
国も大々的に対策を講じている。
頑なに口を閉ざす段階でもない。
完全に足並みが揃ってなんかいないだろう。
計画にもずれがあるのかもな。
今は、そういうことにしておく。
不穏分子がすぐ側にいる。
落ち着きはしないが、ようやく静かに過ごせると思っていた。
「次は、いつ休憩するのだ」
「夜ですよ。野営の準備があるので早めに休みます」
窺い見ると、小僧は目を見開いていた。
「まさか、このまま歩き続けるのか」
女騎士は穏やかに頷いている。
「その通りです」
「そんな馬鹿な、人がそんなに歩き続けられるわけ……」
「皆こうして、旅をするのです」
女騎士がやや強めの調子で言い切ると、小僧は黙り込んだ。
見る間に、青褪めていく。
そんな覚悟もなく、出てきたのかよ。
本当に、厄介なのがついてきたもんだ。
しかし女騎士も酷なことを言う。
集団移動でもなければ、歩きの方が珍しい。
行商人はみんな馬車だぞ。
この商人が、ちょっと変わりもんなだけだ。
もちろん、そんなことを教えてやる義理はないから黙っていた。
ようやく、本来の目的について考えに及ぶ。
そのことが可笑しく思える。
あんなに必死だったというのに、気が付けば後回しになっている。
気にしてもどうにもならないからと、割り切ることができた。
あまりにも長く、こいつらと旅しすぎたか。
それはともかくと、気持ちを切り替える。
女の目的地は、ここでもなかった。
では、大掛かりな仕掛けと思っていたのはなんだったというのか。
女騎士らは、直接的な魔術式具とは言ってないが、王族を探すことになんらかの方法を試していたと認めはした。
単に、遠見の魔術具や転話具のようなもののことを、指しているのかもしれない。
例えば髭面が言っていたような、景色を絵のように写し取る魔術具だとか、一般人の知る由もない物。
地道に訪ね歩いたのも本当だろうが、その際に、そういった物を使っている可能性もある。
だとしても、女はここではないと言った。
目標が移動してる可能性は少ない。
今まで女から、詳細が判明したとき以来、方角の変化はなかった。
「ねえねえ、手合わせしよう」
その女は、相変わらず暢気なもんだ。
女は不気味な笑みを顔に貼り付け、鉈に頬ずりしながら、小僧ににじり寄っていた。
小僧の肩が大きく震えた。怯えているようだ。
よくやった。
「え、いや、わ、私は剣を嗜んではいないので。その、」
俺に対してとは違い、いやに腰が引けている。
確かに不気味だが、そんなに青くなるほどでもないだろう。
それとも、あれが普通の反応なんだろうか。
まずいな。すっかり慣れてしまった。
意図せず、口元が緩みそうになるのを抑える。
これを利用しない手はない。
今度から小僧がうるさい時は、女に任せよう。




